1.恋
ある日、奏は気がついたらこの世界に飛ばされていた。
記憶にある中世のような時代に少しだけファンダジーが混ざったような世界で、物語のように特別な役割が与えられるわけでもなく、特別な力が貰えるわけでもなく、ただただ己の身一つで飛ばされた。
幸運だったことがあるとすれば、彼女が飛ばされて最初に目覚めた場所が、ある一国の王城であったことくらいだろうか。
やれ侵入者だ、魔物だ、と騒ぎ立てる周囲を執り成してくれたのが、当時第一王子だったアレクだった。彼の働きかけで下働きとして城で働けるようになったのは良かったが、正直あまりいい思い出はない。
城で仕える人間は基本貴族で最低限の礼儀作法を習得していることが必須だと知ったのは、城で働き始めて割とすぐの頃だった。
常識も、貴族の礼儀作法も、物の使い方も、言葉の言い回しでさえ、全くわからない。
これが、時代が同じだったなら価値観は多少理解できたかもしれないが、それすらも違えば、奏が周囲から孤立するのは必然だった。
慣れない仕事に、同僚からの露骨な虐め。家に帰りたい気持ちだけが当時の奏を支えていた。
そんな中、王子のアレクはよく様子を見に来てくれた。奏を城仕えにしたのはアレクであったから気にしてくれていたのだろう。アレクの護衛であるローレンツはいい顔をしなかったが。
誰一人として味方のいない世界で、唯一優しくしてくれたアレクのことを好きになるのに、そんなに時間はかからなかった。