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貴方の番と言われましても

作者: 新井福

お読みいただきありがとうございます。

「君、君! 名前を教えてくれ!」

 

 森で木苺を摘んでいた少女の目の前に降り立った竜は人の形を取ると、そう聞いてきた。村娘であるリュミシアは、暫し驚いたかのように目を丸くした後くるりと竜人に背を向け木苺が入った籠を持ったまま歩き出した。

 ズンズンズンと、竜人から一刻も早く離れる為歩を進める。だが、竜人の方が足のリーチがあるのか直ぐに腕を掴まれリュミシアは静止した。


「ま、待ってくれ! 君は、私の番なんだ!」

「番、ですか?」


 頬を赤くしたまま竜人はコクコクと頷く。


「そういうの間に合ってるので」


 セールスお断りのような口上を述べて、リュミシアは手を振りほどく。強く掴まれていなかったからかリュミシアの腕は案外簡単に自由の身となった。リュミシアは目の前でオロオロする竜人を冷めた目で見る。

 ――竜人の番。それは魂が繋がりあった恋人。竜人同士であれば、その繋がりが会った時に分かるらしいがあいにくリュミシアはただの人間。番と言われてもピンとこない。

 それに、


「私、結婚しているんです」

「なっ、私を裏切るのか!?」


 裏切るも何も育んできた物がない。心の中で嘆息したリュミシアは「それじゃあ」と言って今度こそ去ろうとした。だが、もう一度腕を掴まれる。今度は振りほどこうとしてもビクともしない。


「私の方が君を幸せに出来る! 離婚してくれ、あと名前も教えてくれ!」

「名乗ってほしいならまずは自分から――」

「ドグウィン・シルトルバーだ」

 

 身を乗り出して答えてきた。リュミシアはヒクリと頬を引き攣らせる。うっとりとリュミシアを見つめるドグウィンは尚も続けた。


「こんな田舎に住ませるだなんて君の旦那は甲斐性無しなんだろう? 私なら君を苦労させない。さぁ早くその愛らしい名前を教えてくれ」


 プチリ。リュミシアのこめかみに青筋が一つ。


「結婚したら直ぐに私の国に行こう。ああ、子供は5人欲しいなぁ」

 

 プチリ。二つ目。


「私の愛しい番。愛しているよ」


 額にキスされ三つ目。


「さわんじゃね――――――よ、キモ男っ!!」

「なっ!?」


 粗雑な言葉を使うリュミシアにドグウィンは驚いたようであった。だがこちらはただの田舎娘。そちらのおきれいな世界を押し付けないでほしい。

 睨みつけるリュミシアに勢いをなくしたようにションボリとしたドグウィンはゴニョゴニョと情けなく言う。


「だ、だが君は確かに私の番で、」

「その番は、どうして分かるのですか?」


 リュミシアが問いかけると、『考えた事も無かった』と言いたげにドグウィンは首を捻った後口を開いた。


「それは勿論、会った瞬間に分かるのだ」


 リュミシアはため息をつく。


「――貴方は、一目惚れをした事がありますか?」

「…………小さい頃に、一、二度」

「その方々は番ではないのでしょう? どうして私が『番』だと言い切れるのですか?」

「それは……っ」


 切なそうな声をドグウィンが出す。そして縋るようにリュミシアに抱きついた。


「その答えは今は出せない。だけど、いつか必ず出すからどうか私の番になってくれ。お前の今の旦那より、何倍も幸せにする」

「……では、5日後にもう一度ここに来てください。貴方がもう一度ここに来れたのなら、私は貴方の求婚を受け入れます」

「……! 分かった、必ず来るからな!」


 そう言って、ドグウィンは竜の姿をとり空に帰っていった。婚姻の準備でも始めるのかもしれない。

 リュミシアはそれをじぃっ……と見つめてから、歩き出した。向かうは一里ほど先にある神殿。そこでリュミシアは番の証を切る(・・・・・・)のだ。


 ――10年程前、リュミシア達の人間国の王女が、竜人族の王様に『番』として見初められた。人間国の国王も王女も、そして国民もそんなロマンチックな展開に喜んだ。事実、会うたびに一層仲を深めていく二人は新聞にも取り上げられ、人間国の国民は二人の種族を超えた運命的な愛を祝った。

 だが、二人は結婚をしなかった。竜人族の王が「やっぱり君は番では無かった」と言い多額の慰謝料だけ渡し、竜人族の令嬢と結婚したのだ。王女は酷く悲しみ、国民からの反発も大きかった。

 そして、娘への不義理に怒った国王が、二度とこのような事が起こらないように、番の証――つまりは竜人族との魂の繋がりを断てる魔術を魔法使い達に作らせ、それは危険な力でもあるからと、術の流出を防ぐ為ただ一人証を断つ術が扱える『聖女』を任命した。ちなみに、聖女は件の王女が自ら立候補した。王女の魔力量は多く、兄弟も沢山いる。何より、王女の恋心を痛いほど知っていた国王はそれを止めなかった。

 10年経った今、聖女様によって番の証は簡単に断つことが出来る時代になった。



「――では、今から番の証を断ちますね」

「はい、お願いします」


 馬車に乗り辿り着いた神殿で、聖女様は私の手を優しく掴むと、何か呪文を唱え始めた。朗々と紡がれる言葉は、なんだか眠くなるような優しさがある。暫く祈った後に、聖女様は顔を上げにっこり微笑んだ。


「もう大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」


 お礼を言って、リュミシアは神殿を去った。


 きっと5日後竜人は来ないだろう、とリュミシアは考える。竜人は元来他者に冷たい生き物だ。繋がりがなくなった今、約束自体は覚えていてもただの小娘の為にまたあの場所に訪れる理由はない。

 愚かで哀しい生き物だと憐れむばかりだ。そう思考を巡らせていると、名を呼ばれた。リュミシアは名前を呼んだ人物に目を向け、それが誰か認識すると頬を紅潮させた。


「セドッ!」

「リュミシア、迎えに来たよ」


 リュミシア自体はしがない村娘だが、その旦那であるセドは実力だけで平民から騎士団の副団長まで登り詰めた男だ。

 神殿に向かうときに魔法を飛ばしておいたので、王城に勤務しているセドが迎えに来てくれたのだろう。


 リュミシアはセドの手を繋ぎ、可笑しそうに今日の出来事を話し始めた。微かに笑いながら話を聞いていたセドだったが、5日後の約束辺りでふと目を細くした。


「リュミシアは、行く気はないよね?」


 真顔で問いかけられたリュミシアは、慣れているのかパッと明るい顔をし両手を振った。


「あるわけないじゃない! 私にはセドだけだわ」

「……うん、僕にもリュミシアだけだよ」

 

 リュミシアの答えに満足そうに笑ったセドは愛しい妻の手を再度取り、帰路に就くために停留所に止まっている馬車に乗り込んだ。

 機嫌が良さそうに笑っているセドに、リュミシアは顔を綻ばせる。もし仮に自分が『番』が分かった時の高揚感を得ても、きっとセドを選んだと。

 だってセドは、10歳の頃、両親を事故で亡くし明日すら見えなかったリュミシアの手を取り言ってくれたのだ。

「僕がずっと、側にいるよ」と。

 あの日と同じ言葉を竜人が言っても、その言葉をきっとリュミシアは信じなかっただろう。


 時間が、言葉が、行動が、眼差しが、リュミシアとセドの間に愛情を芽生えさせた。あの「ずっと側にいる」という言葉をリュミシアに信じさせた。


「愛してるわ、セド」

「僕もだよ、リュミシア」


 二人を乗せた馬車は夕暮れの街の中を進み、二人の家へと向かっていく。リュミシアとセドは馬車の不規則な揺れに身を委ねる。決して離れないと、手を固く繋ぎながら。


 5日後、もしもの為にとセドがリュミシアには内緒であの森に訪れた。剣に手をかけ藪の中に身を潜め見ていたが、そこに例の竜人は来ない。セドは嘲りの笑みを零した。


「愚かな生き物だな。証がなければ『愛しい』と想う気持ちを保てないなんて」


 もう竜人への興味を失くしたセドは、愛しい妻の待つ家へと急いだ。

 

 


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