連続お給仕(1)
「みなと、今日もオーラスしてくれてありがとう!」
アルコールで顔を真っ赤にしたなゆちが、両腕を広げ、湊人の方に迫る。カウンターが無ければ抱きついてきたであろう勢いだった。
「今日は他のみんな早く帰っちゃったね」
照れ隠しで、湊人は、なゆちから顔を逸らすと同時に、話も逸らした。
「五日おきのお給仕だからさすがに飽きられちゃったかな?」
なゆちの声はため息混じり。
なお、今日のなゆちの格好は、メイド服だった六日前とは違い、巫女服である。
「なゆちが飽きられたっていうことはないと思うんだけど……」
「だけど?」
「だけど、さすがに最近コンカフェ出勤が多過ぎない?」
「まあねえ」
なゆちが赤いお椀に入った御神酒――のように見えるレモンサワーにちびちびと口を付ける。
湊人のビールも、同じようなお椀状の容器に注がれている。
要するに、ここは「神社コンセプト」のコンカフェなのである。内装は古い木造家屋を模したものであり、フードも三色団子やあんみつなどの和菓子だった。
六日前になゆちが一日キャストを務めていたお洒落なバー風のコンカフェとはだいぶ装いが違う。
コンセプトが徹底しているという意味では、この店の方が完成度は高いかもしれない。なゆちの巫女服も、メイド服よりも露出が少ないものの、心に刺さるものがある。ゆらゆらと揺れるものに弱い男は、だぶついた袖や袴に魅了されてしまっているのかもしれない。
そんな批評はさておき――
「なゆち、どうして連続してコンカフェに出勤したの?」
「ファンサービスに決まってるじゃん」
「お金が必要なの?」
「……さすがみなと、私のことがよく分かってるね」
なゆちの供述は簡単に崩れた。
「愛用してたドライヤーが壊れちゃって、新しいドライヤーに買い替えなきゃいけなくなっちゃって……」
「ドライヤー? 五千円くらいで買えるんじゃないの?」
「ううん」となゆちは首を振る。黄土色のイヤリングがゆらゆらと揺れる。
「五万円するの。リーファの最新のやつ」
度肝を抜かれた。ただ温風を噴き出すだけの機械に、イマドキの女子はそんな高額課金を求められているのか。
とはいえ――
「なゆち、だったら、最初からそう言ってくれれば良かったのに。僕が買ってプレゼントするよ」
なゆちが大きく首を横に振る。黄土色のイヤリングがさらに激しく揺れる。
「それじゃダメなの。自分自身の力で稼がなきゃ」
「でも、結局コンカフェで一番お金を落としてるのは僕だよね? お店を経由させてなゆちにお金を渡すか、なゆちに直接お金を渡すかの問題じゃない?」
「ううん。そういう問題じゃない」
湊人がなゆちに何かを言い返そうとしたその時、なゆちが男の声――この店の店長の声だ――に呼ばれた。
「またね」と手を振り、赤袴を踏みそうになりながらも、なゆちが小走りでバックヤードに消えていく。
湊人は、カウンターの上に置かれた狛犬の置物をぼんやり眺めながら、気の抜けたピールに口を付ける。
そして、ぼやく。
「そういう問題じゃないかあ……」
湊人の頭の中には、アイドルがコンカフェに勤務するということはみっともないことだ、という発想があるのだと思う。
ファンサービスとして、いわばオフ会代わりに年に一回程度勤務するのなら分かるが、お金に困って勤務するというのは、アイドルとしてのプライドを捨ててしまっているような気がするのだ。
――しかし、その考えは間違っているのかもしれない。
狛犬の置物が、カタンと動く。
「みなと、お待たせ! ワン!」
一瞬ビクリとしたが、無論、なゆちが手で掴み、置物を動かしたのである。
イタズラ成功と言わんばかりに、なゆちが愛らしく笑う。
「……ああ、なゆち、店長に何を言われたの?」
「客と話してばかりいないで、洗い物をしろって」
たしかになゆちの背後にある流し台の中には、コップやお皿がたくさん積み重なっている。
「だから、しばらく洗い物をするね。私、何か手元で作業をしながら話すのが得意じゃないから、みなとが一方的に喋ってて」
なゆちが手元で作業しながら話すのが得意でないことは、昔からよく知っている。チェキにサインを書いている間、なゆちはいつも黙り込んでいるのである。
「了解……だけど、何を話せば良い?」
「うーん、たとえば、佐泡紗那の事件の話とか」
あろうことか、我が探偵は、担当する事件の推理を放棄したばかりか、それを作業用BGMとして考えているようだ。