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コワモテ編集長(2)

「ギャルのお姉ちゃん、『四竈勇登を殺した犯人』って言ったよな?」


「言ったよ」


 有名漫画雑誌の編集長という大物に対して、平気でタメ口をきけるだなんて、なゆちは大物である。



「でも、警察は、あの事件を自殺で処理したって聞いたぜ」


「そんなこと知ってるよ。でも、編集長さんが殺したのかもよ」


 大物――否、単なる身の程知らずかもしれない。


 さすがに戸屋松の顔からも薄ら笑いが消えた。



「……へえ、何か根拠があるのかい?」


「アシスタントの古枝さんが言ってた」


――いやいやいやいや、なゆち、待って。


 古枝からは、勇登に「恨みのありそうな人物」を訊いただけである。「戸屋松が勇登を殺した」なんて、古枝は言っていない。



「へぇ、あの永年アシスタントがねえ……」


 戸屋松の顔に再び薄ら笑いが戻る。



「アイツは単純作業をやらせたら天下一品だが、こっちの方はだいぶ弱いんだ」


  戸屋松は、人差し指で自らの脳天を指差す。



「どうせ俺と四竈が揉めていたのを見て、仲違いの挙句、俺が四竈を殺したとアイツが勝手に妄想したんだろ?」


「編集長さんは偉い人なのかもしれないけど、そうやって目下の人を見下すのは良くな……痛い!」


 湊人は推しメンの足を踏みつける。

――なゆち、ごめん。こんな不敬な行為はもう二度としたくないが、今回に限ってはやむを得ない。



「編集長。妄想です。突飛な妄想」


 なゆちに代わって、湊人が言う。



「そうだよな。クソみたいな妄想だ。まさか地味男ジミオ君も俺が殺人犯だなんて思ってないよな?」


「微塵も思ってません。ただ……」


「ただ?」


 当初の台本どおりには行かず、破れかぶれの展開である。とはいえ、もう引くに引けない状況でもある。どさくさ紛れに、訊くべきことは訊いておこう。



「編集長は、先ほど『四竈と揉めていた』と言ってましたよね? 何を揉めてたんですか?」


「もちろん、アイツの新作についてだよ。地味男君は『ウタカタの饗宴』を読んだことがあるか?」


「はい。連載されていたものは全て読みました」


「面白かったか?」


「えーっと、その……」


 ここはどう答えるのが正解なのだろうか。素直に「クソつまらかった」と答えて良いものだろうか――


 湊人が悩みあぐねている様子を見て、戸屋松は満足そうに言う。



「そうだろ。答えに詰まるだろ。なぜなら、あの作品はクソつまらないからだ!」


 なゆちの目の色が変わったのが、間接視野によって、隣にいる湊人にも分かった。



「そんなことないよ!」


「はあ?」 


「『ウタカタの饗宴』はすごく面白いよ! 編集長さんはセンスな……痛っ!」


 二度目の不敬行為をはたらいてしまい、心が引き裂かれそうな思いである。次のライブでたくさんチェキを撮るので許して欲しい。



「たしかにクソつまらなかったです。僕には何が面白いのか分かりませんでした」


「だろ? ヒロインに共感もできないし、展開も鬱展開の一辺倒で工夫がない。あんなクソみたいな漫画、描く方が逆に難しいぜ」


「ですよね」


 この件に関しては、無理に戸屋松に意見を合わせずに済むのでありがたい。「ウタカタの饗宴」という「クソ漫画」をかすがいとし、編集長との距離がグッと縮まった気がする。



「そもそも、四竈には創作の才能がないんだよ。ヒットした『お仕事革命家美倉由愛』だって、()()()()()()()()()()()()()んだ」


 戸屋松の発言は衝撃的なものである。

 大ヒットし、ドラマの原作にもなった「お仕事革命家美倉由愛」が、勇登のオリジナルではないということは――



「……まさか盗作だということですか?」


「盗作……まあ、そうとも言えるかもしれないな」


 戸屋松の返事は曖昧なものだった。



「どういう意味ですか?」


「『お仕事革命家美倉由愛』は、脚色を交えた()()なんだよ。美倉由愛にはモデルがいるんだ」


 漫画の中の美倉由愛は、OLという立場でありながらも、他部署の人間に斬新なアイデアを提供し、会社を救った「革命家」である。

 そんなすごい女性が、まさか実在しただなんて――



「美倉由愛のモデルって誰なの!? 教えて!?」


 なゆちがミーハー感剥き出しで、机に身を乗り出して質問する。


 戸屋松が口元に不敵な笑みを浮かべる。



「アイツは良い歳になって子離れできてないんだよ」


 なゆちはピンと来ていない表情をしているが、湊人には合点が行った。



「美倉由愛のモデルは四竈冴江子さんということですね」


「……そういうことだ。アイツはどうしようもない親バカなんだぜ」


 冴江子は、単なる気品溢れる素敵な女性であるだけでなく、革命的なアイデアを有し、仕事もできる女性だったということだ。

 もしも冴江子がアイドルだったら全力で推せる。



「しかも、さらに情けないことに、四竈は、その一人娘から、漫画の題材だけでなく、金もずっともらってたんだ」


 戸屋松が道路に唾を吐き捨てるように言う。



「……と言いますと?」


「アイツは娘から毎月五万円の仕送りを受けてたんだ。売れない頃はもちろん、『お仕事革命家』がヒットした後もずっとな。まさに娘におんぶに抱っこの状態だよ」


「編集長はどうして仕送りのことを知ってるんですか?」


「アイツの確定申告をうちの会社の税理士が手伝ってたからな。アイツの預金通帳のコピーなら今もこの会社にあるぜ。興味あるなら見せるが」


 戸屋松は上半身を捻って振り返ると、背後にあるリングファイルがみっちり詰まった棚を指さす。そこに勇登の預金通帳のコピーが管理されているらしい。


 「とりあえず大丈夫です」と、湊人は、戸屋松の提案を断る。



「さらに滑稽なのは、さすがに罪悪感を抱いたんだと思うが、『お仕事革命家』の連載終了後は、アイツは娘に仕送りをし返すようにしてたんだ」


 「お仕事革命家美倉由愛」はかなりヒットしたから、勇登もそこで一財を成したはずである。それまでお世話になった冴江子にお金を渡すのは当然のように思える。



「何が滑稽なんですか?」


「金額だよ。娘が毎月五万円送金するのに対して、四竈が娘に送ってた金額は二万円かそこらの中途半端な金額だったんだ」


「中途半端な金額?」


「えーっと、ちょっと待ってくれ」


 結局、戸屋松はソファーを降り、棚のファイルを漁り始める。湊人としては、細かい金額がそんなに気になっていた訳でもないが、「やっぱりどうでも良いです」と今更言うのも気が引けた。



「見つけたよ。これを見てくれ」


 故人の預金通帳を見るのも気が引けるとも今更言えないだろう。

 湊人は、戸屋松によって机の上に示されたA4のコピー紙に目を落とす。



 戸屋松が指摘したい取引履歴はすぐに見つかった。


 「五〇、〇〇〇 シカマサエコ」の入金履歴のすぐ下に、「シカマサエコ 二一、一四二」の送金履歴があるのである。



「一度だけじゃない。何度も同じ入出金があるんだ」


 戸屋松がファイルに綴じられたコピー用紙をパラパラと捲ると、たしかに「五〇、〇〇〇 シカマサエコ」の入金履歴と、「シカマサエコ 二一、一四二」の送金履歴の組み合わせが何度も出現していた。



 戸屋松の言うとおり、滑稽かどうかはともかく、中途半端だとは思う。


 五万円をもらって二万円と少しを返すのでは、三万円弱はもらったままなのだ。


 それにしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 振り込み手数料、もしくは、節税の関係だろうか。湊人には皆目分からなかった。


 戸屋松はパタンとファイルを閉じ、脇道に逸れていた話も終わらせた。



「とにかく分かっただろう? 『お仕事革命家』では、四竈は可愛い可愛い一人娘から話を聞き、それを漫画にしただけなんだ。もちろんそこには創作も含まれてるだろうが、アイツはゼロからストーリーを組み立てていくことができないんだよ。才能がないんだ」


 戸屋松が勇登を辛辣にこき下ろすのを聞いていた湊人は、ある「重要なこと」に気が付いて。



「美倉由愛にはモデルがいた……とすると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 仮に佐泡紗那にもモデルがいるのだとすれば、勇登がダイイングメッセージによって糾弾した人物は、そのモデルたる人物なのではないか。


 勇登は、佐泡紗那のモデルたる人物に殺害された可能性が高いのである。


 戸屋松の答え次第では、この奇怪な事件の真相に一気に近付ける。


 果たして戸屋松の答えは――



「佐泡紗那のモデルはいると思うぜ」


「……思う?」


「ああ。いるだろう。だって、四竈はモデル無しでは漫画が描けないからな」


 要するに――



「編集長は、佐泡紗那にはモデルがいるとは推測してるけど、具体的に誰がモデルとなっているかは知らないということですか?」


「まあな。でも、大体分かるだろ? 美倉由愛のモデルは溺愛する娘だったんだ。佐泡紗那のモデルも同じように()()()()()()()だよ」


 戸屋松は、自信満々にそう断言した。



「四竈先生の『惚れた奴』が佐泡紗那のモデルということは、四竈先生はパパ活にハマってたということだね!」


 同じく自信満々に断言したのは、なゆちである。


 戸屋松は、なゆちに完全に同調した。



「ギャルの姉ちゃんの言うとおりだ。あのエロ親父は『お仕事革命家』の成功で小金を手にして、それを使って若い女の味を覚えて、夢中になったに違いないんだ! そのせいで、あんな尻切れトンボみたいな形で『お仕事革命家』を完結させてまで、『ウタカタの饗宴』なんてクソ漫画をスタートさせたんだ!」


 戸屋松は、自己の発言とともに湧き上がってくる怒りを、三桁万円しそうなウォールナットの高級テーブルをガンッと蹴飛ばすことによって発散しようとした。

 湊人となゆちは、色々な意味で目を丸くする。



「四竈は腐っても看板作家だから、奴がヒット作を終わらせてクソ駄作を始めたことで、『グライド』の発行部数がどれだけ落ち、我が社がどれだけの損失を被ったことか! このことで何回奴と揉めたかは分からないし、そりゃもう殺してやりたい気分だったよ! 自殺なのか他殺なのかは知らないが、四竈は若い女に入れ込んで身を滅ぼしただけだ! 自業自得だ!」


 

 

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