「自分が作ったキャラに殺されるってどんな気分? アイドル探偵なゆちの事件簿Vol.5〜売れっ子漫画家は自作ヒロインに殺された〜」(2)
冴江子さんの「動機」は、これで分かってもらえたかな?
冴江子さんにとって、お父さんの期待どおりの「自慢の娘」でいることは、すごく重要だったんだ。
それが崩れ去ったことで、冴江子さんは、自暴自棄になり、全てを壊したいと思ったんだよ。
……え? 動機は分かったけど、まだ謎だらけだって?
そうだね。まだ説明できてないことがたくさんあるね。
親子心中なのに、なぜ冴江子さんは死なずに生き残ってるのか――
なぜ現場は完全な密室だったのか――
答えは、次の動画で確認してね!
(再びオシャレな喫茶店。湊人となゆちに相対する冴江子の目から一筋の涙が落ちる)
…………
冴江子「『ウタカタの饗宴』が連載されてしばらくは、私は様子を見ていたのです。もしかすると、佐泡紗那のモデルが私だというのは思い違いで、父が『パパ活』をテーマの作品を書いているのは単なる偶然かもしれなかったので。でも、ある話を見て、佐泡紗那のモデルは私に違いないと確信しました」
なゆち「……どの話?」
冴江子「佐泡紗那が、パパ活相手から財布を盗難するシーンです」
なゆち「ああ! あの話好き!」
冴江子「そうですか?……まあ、良いです。とにかく、私はあのシーンを見て、父は、私が会社からお金を横領したことを告発したのだと思いました。それが決定打で、私は親子心中を実行することに決めたんです」
なゆち「そんな……」
冴江子「私は、刃渡りの長い包丁――少し前にネット通販でイタリアから取り寄せたものです――を持って、父の執筆部屋に向かいました。『大事な話がある』とドア越しに父に伝えたら、父は内鍵を開けてくれました。私は、包丁でまず父を刺し、それから自分を刺すつもりでした。私は、仁王立ちしていた父に包丁を向け、父に訊きました」
なゆち「なんて?」
冴江子「『佐泡紗那のモデルは私でしょ?』って」
なゆち「……そしたら?」
冴江子「父は『そうだ』と答えました。だから、私は父に『ごめんなさい』と謝りました。そして、父を包丁で刺しました」
湊人「肺に届くほど深くまで刺したんですね?」
冴江子「……いいえ。違います。私は、父を刺した後、同じ包丁で自分も刺さなければならなかったんです。だから、浅めに刺して、父の身体からすぐに包丁を抜こうとしました」
湊人「でも、実際には、包丁はかなり深く刺さってたんじゃ……」
冴江子「……それは父の仕業です。おそらく、父は、親子心中という私の意図を見抜いたんだと思います。ゆえに、包丁を私に渡さないために、自らの身体深くまで刺したんだと思います」
湊人「……つまり、お父さんは、冴江子さんに死んで欲しくなかった、と」
冴江子「……そういうことだと思います。私はどうして良いか分からなくなって、泣いて謝りながら、その場から逃げ出しました。家の外まで逃げて、正直、その時は我を失っていたので記憶はハッキリしませんが、玄関ドアの鍵は私が持っている鍵で閉めたのだと思います。何か意図があったというよりは、なんというか習慣で……」
湊人「執筆部屋の内鍵の方は?」
冴江子「それも父の仕業です。私が部屋を去った後に、死に際に父が内鍵を閉めたんです。あと、先ほどなゆちさんから『包丁の指紋も拭き取られてた』と訊きましたが、おそらくそれも父自身がやったんだと思います」
湊人「冴江子さんを庇うため……ですね。お父さんは冴江子さんに死んで欲しくなかったし、冴江子さんを殺人犯にもしたくなかったんだ」
冴江子「……そういうことなんだと思います。うぅっ……」
(冴江子が机に突っ伏して泣き崩れる)
…………
これで密室の謎が解けたね。
執筆部屋の密室は、四竈先生が死に際に鍵を閉めることによって作られたものだったんだ。
それは、大切な一人娘である冴江子さんを庇うため。
今回の事件は、被害者の手によって密室が作られたパターンだったんだ。
そうなると、残された謎はあと一つ――ダイイングメッセージの「サアワサナ」だね。
もう少しだけ冴江子さんに語ってもらおう。
(三たびオシャレな喫茶店の動画。目を真っ赤に腫らした冴江子が、ハンカチで目を拭う)
…………
冴江子「……私、本当に取り返しのつかないことをしてしまいました。私を大切に育ててくれた父に対し、恩を仇で返してしまったんです。私って本当に最低。救いようのない女……」
なゆち「ちょっと待って! 今の話だと、お父さんは、冴江子さんを庇い、密室を作り出し、自らの死を自殺に見せかけようとしたんだよね? それなのに、どうしてダイイングメッセージを残すことで冴江子さんを告発したの? 矛盾してるよ!」
冴江子「……そうなんです。父の行動は矛盾しているんです。父は『佐泡紗那のモデルは私』だと断言しました。だから、私が逃げた後に父が原稿に書いた血文字は、どう考えても、私が犯人だと告発するものなんです。それにそもそも、父は『ウタカタの饗宴』を描いて公表することで、醜悪な私の正体を世間に告発していたんです。そうでありながら、死に際に私を庇うというのはやっぱり矛盾しています」
なゆち「なるほど……」
冴江子「私は父の身に何が起きたのかは知っていました。私自身が犯人ですから。でも、父が残したダイイングメッセージの意味や、父が最期に私を庇った理由が分からなかった。警察は事件を『自殺』と考えていて、そのあたりを調べてくれそうになかった。だから、私はなゆちさんとみなとさんに依頼をしたんです。ワガママに付き合わせてしまい、ごめんなさい。なゆちさんとみなとさんがこの『謎』を解いてくださった後に、私はおとなしく警察に自首します」
湊人「……よく分かりました。それでは早速説明しますね。ダイイングメッセージの『サアワサナ』の意味は――」
…………
ここから、私の助手であるみなとの「的外れ」な推理が延々と続くんだけど、あまりにもくだらないから割愛するね!
代わりに、名探偵なゆちが素晴らしい推理を披露するよ!
冴江子さんの疑問は、次の二つだね。
①四竈先生はどうして冴江子を庇う一方で、冴江子さんを告発するダイイングメッセージを残したのか
②四竈先生はどうして「ウタカタの饗宴」で冴江子さんの「真の姿」を世間に知らしめる一方で、冴江子さんを庇ったのか
先に②の方から説明するね!
これは、言い換えると、「四竈先生はどういう目的で『ウタカタの饗宴』を描いたのか」という問題だね!
四竈先生は、決して、冴江子さんへの報復だとか、冴江子さんを貶めるために「ウタカタの饗宴」を描いたんじゃないんだ。
むしろ「ウタカタの饗宴」は、愛娘のどんな生き方をも肯定しようという決意の下に描かれた作品なんだ。
四竈先生は、「ウタカタの饗宴」を描く前に、冴江子さんをモデルとして「お仕事革命家美倉由愛」を描き、ドラマ化作家になった。
「お仕事革命家」を描いている時は、四竈先生は、冴江子の言葉を鵜呑みにして、冴江子さんは、電子機器販売会社にOLとして勤務しながら、斬新なアイデアで会社に「変革」をもたらしていると信じ切ってたんだ。
四竈先生にとって、冴江子さんと「共同作業」で「お仕事革命家」を描くのは、とても幸せだったんだと思う。
「お仕事革命家」をヒットさせることで、モデルである冴江子さんも、自分と同じように幸せな気持ちに違いないと思い込んでたんだと思う。
でも、現実は違った。
実際には、冴江子さんは、とっくのとうに横領で会社をクビになっていて、パパ活によって生計を立てていた。
何らかのきっかけでこのことを知ってしまった四竈先生は、大きなショックを受けた。
ただし、四竈先生が受けたショックの内容は、冴江子さんが想像するような、「娘に嘘を吐かれたこと」ではなかった。
四竈先生は、そうでなく、「娘に嘘を吐かせたこと」がショックだったんだ。
冴江子さんの嘘は、男手一つで自分を育て上げてくれた四竈先生を傷つけないためのもの。
四竈先生の中で築かれた、「幻想」の冴江子さん像を守るためのもの。
四竈先生は、冴江子さんの嘘に気付けないばかりか、あろうことか、嘘の内容を漫画にし、ヒットさせ、それを盛り立ててしまった。
それによって、冴江子さんは嘘を吐き続けなければならず、苦しみ続けなければならなかった。
冴江子さんに対して、「美倉由愛」でなければならないというプレッシャーを与えてしまったんだね。
四竈先生は、ありのままの娘を否定して、虚構と現実の板挟みにしてしまった。
本当に申し訳ないことをしてしまった――
冴江子さんを救ってあげたい――
ありのままの、現実の冴江子さんを肯定してあげたい――
そういう想いで、四竈先生は「お仕事革命家美倉由愛」を無理やり終了させ、「ウタカタの饗宴」を描き始めたんだ。
まあ、本来であれば、四竈先生は、反省と謝罪を直接冴江子さんに伝えるべきだった気もするけど、そこはさすが表現者というか、単に不器用というべきか、漫画で表現することを選んだんだね。
なお、「お仕事革命家」の時と違い、「ウタカタの饗宴」の時は、冴江子さんから「実体験」を聞きながら、二人三脚で進めて行くということはできなかった。
その意味で「ウタカタの饗宴」のストーリーは、四竈先生の取材と想像によって生み出された「フィクション」だった。
他方で、「ウタカタの饗宴」は、「ありのままの現実」を描き出すことを狙った作品でもある。
だから、「ウタカタの饗宴」は、漫画を盛り上げるための仕掛けや演出もなく、凹凸のないストーリーで、多くの人から「クソ駄作」と呼ばれちゃったんだね。
あえて、ひたすら退屈で、理不尽で、救いのないストーリーを描き出す。
それによって、本来肯定できないような生き方さえも肯定し、抱擁する。
そのことで、四竈先生は、冴江子さんへの無条件の愛を示そうとしたんだ。
みんな、理解できたかな?
もしかすると、四竈先生の考えは、「職業差別」的な感覚を持っていて、パパ活女子を下に見ている人には理解が難しいかもね。
パパ活だって、政治家だって、教師だって、コンカフェ嬢だって、アイドルだって、頑張ってお金を稼ぐっていう点では何も変わらないんだよ。
でも、パパ活を「卑しいもの」として見てしまうのは、しょうがないことかもしれない。そもそもパパ活は「職業」じゃないしね。
だから、パパ活女子を「職業差別」しない四竈先生の考え方は、先進的なものだと思う。
「ウタカタの饗宴」はかなり挑戦的な作品だったと思う。実際、読者にもあまり理解はされなかった。
だけど、パパ活に対する見方を変えないと、今回の事件の真相はなかなか見えないんだ。
四竈先生にとって、最大の悲劇は、四竈先生の考えが、読者だけでなく、冴江子さんにも理解されなかったこと。
理解されなかっただけじゃない。
冴江子さんは、四竈先生の考えを「曲解」し、「ウタカタの饗宴」は、冴江子さんに裏切られた報復として、冴江子さんの悪事を世間に告発するために書かれたのだと捉えてしまった。
そして、冴江子さんは、大事な父親にそのような行為をさせてしまった自分を責め、親子心中を図ろうとした。
冴江子さんは、「ウタカタの饗宴」を、四竈先生の親心を誤解したまま、四竈先生を包丁で刺した。
今回の事件は、愛し合う親子の悲しい行き違いによって生まれてしまったものだったんだ。
次回最終話です。