連続お給仕(2)
なゆちは、まるでステージの上で踊るかのように華麗にターンをし、洗面台の方を向く。
ジャーっと流しのステンレスに水がぶつかる音がする。
なゆちの意識は完全に洗い物に向かってしまっている。
湊人としては、言われたとおり、なゆちの白い背中に向かって、事件の話をするしかなさそうだ。
「正直、現段階では、僕には何が何だかサッパリ分かってない」
ジャーっと水の音。
「ただ、犯人は漫画から飛び出してきた佐泡紗那だ、なんてことはあり得ないから、今回の事件もちゃんと現実的に説明できるはずなんだ」
プチュっとスポンジに洗剤をつける音。
「だから、謎を一つ一つ地道に整理していきたい。まずは、現場が玄関ドアと執筆部屋のドアによって二重の密室になっているという謎」
ジュッジュとスポンジでグラスを洗う音。
「玄関ドアの密室については、実はそんなに難しい話じゃない。勇登から盗んだ鍵か、もしくは合鍵を犯人が持っていたと考えれば良いからね。家から出て、その後に鍵を閉めたんだ」
キュッキュと布巾でグラスを拭く音。
「でも、執筆部屋の密室が、どうしても崩せない。ドアは内鍵で、部屋の外から閉めることができないんだ。それに、ドア以外に人間が出入りできるような窓も無かった」
水の音が一瞬止まる。
「自殺じゃない?」
蛇口を捻って水を止めたなゆちが、首だけを湊人の方に捻る。
「自殺の可能性も薄いと思う。一つは死体の状況。死体には、肺に届くほどの深さまで包丁が刺さってたし、包丁の持ち手には指紋が拭き取られた跡があった」
それに、と湊人は続ける。
「二つ目として、そもそもダイイングメッセージの存在が自殺と矛盾する」
「どうして?」
「だって、ダイイングメッセージは、犯人を告発するためのものでしょ? ダイイングメッセージは、当然に犯人の存在を前提としている」
「みなと、それは断言しすぎじゃない? 自殺をするときに、『遺書代わり』としてメッセージを残すということもあるんじゃない?」
なかなか鋭い視点だと思う。しかし――
「なゆち、そうだとしたら、わざわざ血でメッセージを書くかな? 自分を包丁で刺す前に、普通に、紙とペンで書くんじゃない?」
「たしかに……」
現場に紙とペンが無いならまだしも、現場は漫画家の執筆部屋だ。筆記用具には事欠かない。
「自殺じゃないとすると、他殺っていうことだよね? 犯人はどうやって密室を作り出したの?」
「……何かしらのトリックをつかったのかもしれないけど、現段階では何も分からない」
気が付くと、なゆちは洗い場を離れ、一緒にお酒を飲んでた時同様に、湊人と対面している。
また店長から呼び出しを喰らうかもしれないが、「探偵」と事件について相談するには好都合である。
「とりあえず密室の謎は一旦おいておこう。もう一つの謎――ダイイングメッセージについて検討したい」
「サワワサナだね」
「なゆち、サワワじゃなくて、佐泡だよ。佐泡紗那」
「そっか! サワワワワ……あれ、舌がもつれて上手く言えない……」
「なゆち、飲み過ぎだよ」
てへっとなゆちが可愛く頭を掻く。白い着物から覗く赤ら顔からは、妖艶さも感じる。
「とにかく、原稿に書かれた文字は、カタカナで『サアワサナ』で間違いがなさそうだ。問題は、この『佐泡紗那』が誰のことを指してるかだね」
「漫画のキャラクターじゃないの?」
「もちろん、素直に考えるとそうなんだけど、漫画のキャラクターが犯人なわけないでしょ?」
なゆちは少し考え込んだ後、
「たしかに紗那ちゃんは人殺しとかしなさそう」
と、焦点のボヤけた回答をした。
どうツッコんで良いのか分からないので、聞かなかったことにして、湊人は話を続ける。
「ヒントとなるのは、戸野松編集長の証言だ。勇登の漫画のヒロインには必ずモデルがいる、というね。美倉由愛のモデルが冴江子さんであるように、佐泡紗那にもモデルとなる人物がいた可能性が高い」
「誰がモデルなの?」
「現段階では分からない。ただ、佐泡紗那のモデルが誰か分かれば、おそらく事件の解決にグッと近付くはずなんだ」
「みなと、『現段階では分からない』ってカッコつけて言うけど、もうだいぶ探したよね? それでも誰も見つかってないんだよね?」
頭の痛い指摘である。
戸野松との面談後、湊人となゆちは、生前の勇登の交友関係を漁り、佐泡紗那のモデル、すなわち「パパ活女子」を一生懸命探っているのである。
しかし、成果はほとんどゼロに等しかった。
そもそも、生前の勇登の生活は漫画一筋であり、戸野松以外の関係者の誰に話を聞いても、勇登は女遊びなど一切していなかったというのだ。
それどころか、今回の「ウタカタの饗宴」の連載開始にあたって、勇登は、「パパ活」について、ドキュメンタリーを見たり本を読んだりして、必死で勉強していたという話も複数出てきた。
佐泡紗那にモデルがいるという説は、今となってはかなり怪しくなってしまっている。
とはいえ、佐泡紗那のモデルを探す作業は、決して諦めてはならないとも思う。
なぜなら、佐泡紗那にモデルがいないのだとすると、今回の事件の犯人は、勇登が創作した漫画のキャラクターだということになってしまう――
ハッキリ言って、捜査は暗礁に乗り上げてしまっている。
密室の謎とダイイングメッセージの謎だけではない。現場にばら撒かれていた五百円玉も、生前の勇登が冴江子に送金していた「二万一一四二円」という中途半端な金額も、全てが謎のままなのである。
こんな時は、もう飲むしかない。
湊人は、余ったビールをグイッと飲み干すと、なゆちにジョッキを差し出す。
「なゆち、おかわり」
「りょ」
なゆちは、湊人からジョッキを受け取ると、バックヤードのそばにあるビールサーバーへと向かう。
そして、慣れた手つきで、ジョッキにビールを注ぐ。黄金色の液体と白い泡の黄金比率――
「みなと、私、ビール入れるのすごく上手くなったでしょ?」
「そうだね」
「居酒屋で働いてみようかな」
「やめてよ!」
湊人自身からしても意外なくらいに大きな声が出て、驚いたなゆちが、手に持っていたジョッキからわずかにビールをこぼした。
純白の巫女服に灰色のシミができる。
「なゆち、ごめん」
すぐ近くのカウンターにジョッキを置いたなゆちは、巫女服のシミを確認した後、困ったような、憐れむような表情で湊人の顔を見る。
「……みなとって変だよね」
「……え?」
「どうしてみなとは、私がコンカフェ嬢をやったり、居酒屋で働いたりするのが嫌なの?」
「……それは、なゆちにはアイドルでいて欲しいから……」
なゆちが大きく首を横に振る。
「ううん。違う。みなとは職業差別をしてるんだよ」
職業差別――
その言葉は、湊人の心に鋭く突き刺さった。
それが強い表現だったからというだけではない。
それが図星だったからである。
たしかに、湊人は、コンカフェ嬢や居酒屋店員といった仕事を下に見ているのだ。
ゆえに、なゆちがコンカフェに勤務することについて、推しとお酒が飲めて嬉しいと思う反面、推しから搾取しているのではないかという罪悪感を覚えている。
それはステージで踊るアイドルの存在を上に、接客を行うコンカフェ嬢の存在を下に見てしまっているからにほかならない。
職業差別に基づいた物の見方なのである。改めるべきだろう。
対して、なゆちには、そういう「歪んだ」物の見方は一切なさそうだ。
自分自身がコンカフェで勤務することについても抵抗がなさそうだし、「パパ活女子」を描いた「ウタカタの饗宴」についても――
「そうか!」
湊人から、先ほど以上に大きな声が出た。
今度はジョッキを持っていなかったために惨事にはならなかったが、その代わり、なゆちは湊人を睨みつけている。
「みなと、このお店は過度に酔っ払った客はお断りだよ」
「違う! 分かったんだ! 今回の事件の犯人が! この事件の謎を解く鍵は『職業差別』にあるんだ!」
「え? 犯人が分かったの? 誰? 私に教えて?」
「犯人は、もちろん『佐泡紗那』のモデルとなった人物だよ! 今回の事件の犯人はその人でしかあり得ないんだ!」
次話より解決動画(解決編)です。
この話で謎の整理はしましたが、今作は「読者への挑戦状」を出せるほどには推理可能性は意識していません(とはいえ、ご自身の推理をお送りいただける読者の方がいれば、大歓迎です!!)
正統派ミステリとは言い難い分、テーマでもある「メッセージ」に想いを込めましたので、その点をお楽しみいただければと思います。
なお、この作品に出てくる「コンカフェ」は、すべて風営法の許可を取っているものとします。




