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カクテル

 イベント開始日までに間に合わなかったのが痛恨の極みですが、「春の推理2024」のための書き下ろし作品のアップを開始します。


 「不可能犯罪」を扱った探偵モノシリーズ五作目ということにはなりますが、この作品からお読みいただいても構いません。もっというと、この作品からお読みいただくことを想定して書いています。


 ダイイングメッセージを扱った直球勝負のミステリーです。

 おそらく3万字台で完結するのではないかと見込んでいます。


 なるべく早く完結させます。


 よろしくお願いします。

 白い陽光が差し込む南国の海。


 背の高いグラス。


 ゆっくりとマドラーをさすと、底に溜まった青色が、ゆらゆらと揺れながら広がっていく。

 マドラーを動かすと、グラスの中の液体の秩序はさらに崩れ、混ざり合い、水よりも「水っぽい」水色になる。


 そのカクテルの名は「チャイナブルー」。


 若者の間で人気のカクテルだそうだ。その理由の一端は、リゾート感のある、その優美な見た目にあるのだと思う。要するに、「インスタ映え」である。



 樫井かしい湊人みなとは、紙ナプキンの上に、そっとマドラーを置く。


 バーカウンターに肩肘をつき、親指と人差し指で、グラスを丁寧に持ち上げる。


 そして、(ついば)むようにして味を確かめる。



「……なるほど」


 湊人は、独り言を言って、独りでニヤける。

 僅かに口に含ませただけで、チャイナブルーが単なる「インスタ映え要員」ではないことがよく分かったからだ。


「美味いな……」


 おそらく「中国チャイナ」というカクテルの名前は、リキュールである茘枝ライチに由来しているのだろう。大人の舌にも合う、スッキリとした甘さである。


 そして、口の中に残る柑橘系の酸味と苦味は――グレープフルーツだ。



 大衆酒場で仲間とワイワイガヤガヤしながらビールをガバガバ飲むのも悪くないが、こうして小洒落たバーでカクテルを嗜むというのも悪くない。


――そう。ここは小洒落たバー。

 洞穴の中でランタンを焚いているかのような仄暗さと、上品なジャズのBGM。お供には最高のカクテル。



 チャイナブルーを口に運びつつ、湊人はバーカウンターの向こうの陳列棚に並べられた古今東西のウイスキーの瓶を、うっとりと眺める。

 銘柄には詳しくないが、ラベルの雰囲気から、なんとなく好みのものを見定める。


 そして、白鬚を蓄えたマスターに声を掛けるで、言う。



「シーヴァスの割り方はロックかな。それとも…」


「みなと、何独り言言ってるの?」


「うわっ!」


 湊人は素っ頓狂な声を上げ、丸椅子からずり落ちてしまった。

 この店の雰囲気にそぐわない失態である。

 恥ずかしい。


 湊人は床に尻餅をつきながら、振り返り、失態の原因を作った者の顔を見上げ、睨みつける。



「ちょっと、なゆち、背後から突然声掛けないでよ!」


「え? 突然声掛けた? 言い掛かりはやめて。声掛ける前に肩を叩いたよ」


「背後から突然肩を叩かれたら、よりビックリするでしょ! よりタチが悪いから!」


 ムキになっている湊人を見て、「なゆち」こと朝野あさの奈柚なゆは、大げさに腹を抱えて笑い始めた。

 「期待どおり」のリアクションに、さぞご満悦、といったところか。


 おそらく前世は悪魔であろうこの少女は、今世においては常軌を逸したスタイルと愛嬌を持って生まれた偶像アイドルである。

 

 そして、おそらく前世での行いが悪かった湊人は、今世でこの少女に出会い、叶うことがない、ゆえに終わることもない恋に落ちてしまった。


 要するに、湊人は、この少女のファン――ヲタクなのである。



 なゆちへの怒りが鎮まり冷静になってきた湊人は、現状が決して冷静になれないヤバい状態であることに気が付く。


 今日のなゆちは、なんとも罪深い格好――ゴスロリ風のメイド服なのだ。


 同性が羨望の眼差しを向け、異性が目が眩ませるなゆちの細長い腕と脚は、コスプレという種目において遺憾無く発揮されている。


 秋葉原文化の「メイド」のステレオタイプである清楚系黒髪ではなく、少しヤンチャな明るい髪色が、かえってメイド服の犯罪臭を増している気がするのは不思議である。

 

 そして、サイズが微妙に合っていない、安い布の衣装というのも、実に罪深い。


 なんというか、隙が多いのである。


 これはヤバい――


 推しメンのそんなヤバい姿を、あろうことか、湊人は、こんな間近で、しかもローアングルから見てしまっているのである。


 太ももが、触感が分かりそうなくらいに、近い。


 見ようと思えば、見えてはいけないところまで見えてしまうかもしれない――


 これはどう考えたって――


 湊人は、あたふたと、ずり落ちた時と同じくらいみっともなく椅子に縋りつき、立ち上がる。


 そして、バーカウンターの方を向き、つまり、なゆちの方には背を向けて椅子に座る。



 当の本人は「そういうこと」には無頓着なようで、「どう? みなと、似合ってるかな?」と、湊人の背中に訊いてくる。


 湊人は、コホンと一度咳払いをした後、振り返ることなく、「悪くないと思う」と答える。



「みなとは絶対領域好きでしょ?」


 なゆちがニヤリと笑う――のが、背中を向けていても見えた気がした。


 なお、「絶対領域」とは、スカートとソックスの間の太ももが見えている部分を指すアキバ系用語である。



「別に」


「なんか今日のみなとは斜構しゃかまだね」


 なゆちが口を尖らせる――のも、背中を向けていても見えた。


 なお、斜構とは、「しゃかまえる」を略したアイドル現場用語である。



「だって、ここはお洒落なバーだから」


「バーじゃなくて、コンカフェだよ」


 コンカフェとは、「コンセプトカフェ」の略である。


 なんらかの企画性コンセプトを持ったカフェの総称であり、たとえば「メイドカフェ」は、メイドコンセプトのコンカフェとして位置付けられる。


 他にも、小学校コンセプトの「小学校カフェ」や、監獄コンセプトの「監獄カフェ」などがあるらしい。いずれも湊人は断じて行ったことがない。断じて。



「ここがコンカフェね……そうかもしれないけど」


「そうだよ。みなと、ちゃんと看板見た?」


 たしか看板には「cafe and bar」と書かれていたはずである。どっちともとれる記載だ。


 とはいえ、事前に確認したお店のHPには、ハッキリと「可愛い女の子が集まるコンカフェ」と書かれていた。


 店員――「キャスト」と呼ぶ――も、「可愛い」かどうかは好みの問題としても、みんな若い女の子であることは間違いない。シェイクをしてカクテルを作ってくれた女性も、キャスト内では一番年長に見えるが、若い女の子だった。湊人より少し年下か、同い年くらいだろうか。


 ここは「バー風のコンカフェ」もしくは「お洒落なコンカフェ」といったところだろうか。

 そういう緩やかなコンセプトのコンカフェというのも、ここ秋葉原には溢れている。



 いつの間にやら、「本日限定キャスト」であるなゆちは、本来の立ち位置であるバーカウンターの内側に回り込んでいた。


 そして、その視線は、湊人の飲みかけのチャイナブルーに注がれてる。


 「ズルい」と、なゆちはぷくっと頬っぺたを膨らませる。



「私にちょうだい」


「え!? 本気!?」


「みなと、なんで慌ててるの? まさかみなとの飲みかけをもらおうなんて思ってないよ?」


……ああ、なるほど。そういう意味か。



「……分かったよ。キャストドリンク入れるよ」


「ありがとう! みなと、大好き!」


 なゆちは満面の笑みとともに、ピョンと飛び跳ねてみせる。


 この我が推しメンのあざとさに、湊人は過去一度たりとも抗えたことがない。



 なゆちが、「はるかさ〜ん」と、年長のキャストに声を掛け、湊人の目の前にあるグラスを指差し、「あれと同じものが欲しい」と言う。


 「はるか」という名前の年長のキャストは、見た目どおり温和な性格なようで、いきなりタメ口を使ってきた年下の新入りのオーダーでさえも笑顔で受け、カクテル作りに取り掛かる。

 


 宝石のアクアマリンのように淡く煌めく液体が、みなとものよりも一回り小さい「キャスト用」グラスに注がれるまで、湊人となゆちは、はるかさんの手捌きに見惚れていた。



「私もこんな風にカクテル作れるようになりたいなあ……ねえ、はるかさん、弟子入りしても良い?」


 なゆちの軽薄な提案に、はるかさんは、優しく、しかし、露骨な苦笑いを返した。



「じゃあ、みなと、乾杯しよう。今日は『オーラス』でよろしくね」


 なゆちが、グラスを持った右腕を伸ばすと、明らかにブカブカなフリルの袖が、少しはだける。


 なお、「オーラス」とは「オープンからラストまで」の略であり、開店から閉店までずっと、という意味である。

 要するに、閉店前に途中で帰るなよ、と湊人に釘を刺したのだ。



「なゆち、オーラスって言うけどさ、そもそもなゆちがオープン時間に遅れて来たよね?」


 ゆえに、律儀に開店時間に来ていた湊人は少しの間待ちぼうけを食らった挙句、出勤してきたなゆちに背後から突然驚かされてしまったという構図である。



「女の子は着替えとかで色々と時間が掛かるの」


「それを見込んで早く来ないとさ」


「斜構。小言は嫌われるよ」


「別に小言じゃ……」


「かんぱ〜い!」


 なゆちは強引に、自らのグラスをみなとのグラスにぶつけた。

 カーンとそれなりに大きな音がした。一瞬ヒヤッとした。はるかさんの視線も感じた。しかし、透明なグラスは見かけによらず丈夫なようで、事なきを得た。


 湊人たちの心配をよそに、なゆちは、まるでスポーツ飲料を飲むかのように、チャイナブルーをゴクゴクと喉に流し込む。

 そして、あっという間にグラスはほとんど空になった。



「美味しい! みなと、おかわり!」


「ペース早過ぎ! っていうか、『おかわり』ってまた僕がキャストドリンク入れなきゃいけないの?」


「もちろん。そういうシステムだからね」


 たしかにそういうシステムなのかもしれない。ただ、キャストドリンクというのは、普通はもっと慎ましくお願いするものではないだろうか。


「なゆち、知ってる? この店のシステムだと、客自身が飲むより、キャストドリンクは値段が約一.五倍なんだよ」


「小言禁止」


 なゆちはピシャリと言うと、はるかさんに対し、「おかわり! 同じの!」と声を上げる。

 キャストドリンクの注文に同意した覚えはないので、「ぼったくり店」だと通報する権利が湊人に生じた。

 

 いつものことながら、なゆちにペースを握られっぱなしである。いつものことなので、気にしても仕方がないのかもしれないが。



 はるかさんがカクテルを作り始めたことを確認してから、なゆちは、グラスを傾け、僅かに残った水色の液体に取り掛かる。


 湊人も、なゆちに背後から驚かされて以来、久方ぶりにチャイナブルーに口をつける。



 独りで味わうお酒も最高だった。


 しかし、推しメンと一緒に飲むお酒は、なんだかんだ至高である。

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