叫び
「王族や皇族が身分を守り、責任を果たすことで邪魔な相手を蹴落とすことになんら悪意はない。王太子……もう王太子ではなかったな。フレデリックが言った言葉も、確かに王族としては正しい。ただ行ったことと、行った相手へ使わなければな」
ご自分の享楽の為だけに女性を傷物にし、あまつさえ王太子に抱かれて光栄だろうなどと宣ったことは、身分には関係ない。
単純にフレデリックが悪いのです。
王族が簡単に頭を下げてはならぬと申すならば、オルタナ帝国や聖ミカエル帝国の両皇帝陛下が行ったように、新たな縁組をすれば良かっただけの話。
もちろん、婚約関係の感情次第では王家が秘密とし、外に漏らさずにいれば体面は保たれていたでしょう。
傷付いたご令嬢の心身の療養さえ、きちんとしていれば。
「だからなんだっての!?身分、身分、身分、身分……そんなに皇族が偉いわけ!?」
「あぁ、偉い。当たり前だろう」
「はッ、」
「その分、責任の取り方も他と同じではいけないのだよ。フレデリックは本来であれば死刑だが、僕らより怒っている方々がいらっしゃる。誰だか分かるかい?」
「知らないわよ!」
「傷付けられたご令嬢方の御家族、並びに元婚約者たちだ。彼らが死ぬだけでは足りないと申すならば聖ミカエル帝国の帝国法にギリギリ引っ掛からない程度の生き地獄を見せることなど、僕ら皇族には容易いことなんだ」
なるほど、そういう事情だったんですのね。
アンナが死罪であるならば、フレデリックもと思いましたが。
生まれた時から王族で、甘やかされて育ったフレデリックに、炭鉱夫だなんて死より残酷でしょう。
寝台ひとつ取っても、王家で使われていたような上質なものではないでしょうし。
「ねぇ君。もしかして王妃になれば、贅沢三昧だと思ってはいないかい?」
「当たり前でしょ。毎日お茶会して、良い物食べて、最高級のドレスを来てパーティーするだけじゃない王妃なんて!」
「……サハラ王国ではどうだか知らないけれど。オルタナ帝国でも聖ミカエル帝国でも、福祉や教育は帝妃の仕事だ」
「はぁ!?」
「オルタナ帝国では、平民はほぼ1割の硬貨で医療を受けることが出来る。その代わり、身分証となるものの提出の義務はあるけれどね。子が生まれたら、2週間以内に神殿と皇宮に名と共に生まれた申告をする義務がある。しかし医療代は1割の硬貨で受けることが出来るし、3歳まで育てば神殿の預かり施設で時間限定だが子を預け、両親は働ける。それら全て、オルタナ帝国の民の血税からゆっくりと時間を掛けて構築されたもので、責任者はオルタナ帝国の帝妃陛下だ」
所謂、『戸籍』と呼ばれるものを作ったのでしたわね。
この案を出したのは、嘗て異世界から転生された方だったと聞いております。
それをオルタナ帝国で取り入れ、正確な帝国民の数を把握し、税を納めて下さっている皆様に還元出来るよう、歴代の帝妃様たちが力を注いだのです。
現在そこの責任者で、指揮者は母である現帝妃陛下。
母上様は今現在、赤子の死亡率を下げる為に出産に特化した医療施設を作ろうとなさっております。
「聖ミカエル帝国では、6歳から18歳までの教育を義務付け、その代わりに掛かる費用は帝国側が負担となっている。無論、掛かる費用には教材や鞄、靴等もあるし、学園側のカフェテリアで出される食事も含まれている。勿論貴族用の学園もあるが、そちらに入学する場合の費用は出さない。帝国側が提供する学園で学びたいのであれば費用は掛からないよう、手配をしていたのは歴代の帝妃殿下たちだ。現在の帝妃殿下である僕の母上は、服を統一してはどうかと日夜公務に勤しんでいる」
「現在、お互いの国にはない福祉と教育ですので、お互いの国の使節団と共に技術の交換をなさっておりますわね」
「母上は楽しそうにしているよ。オルタナ帝国の医療施設に興味はあったけれど、如何せん知識がなかったからね」
「まぁ、母上様もだと伺いましたわよ?聖ミカエル帝国の教育に対する知識は財産だと、毎日雄叫びを上げて公務なさっていると父上様からの手紙にありましたわ」
貴婦人の頂点に立つ母上様が雄叫びとは、と思いましたが。
母上様は元から公務が大好きな方でしたから余計ですわね。
「聖ミカエル帝国に限った話であれば。現在、帝妃殿下は硬貨や金貨等の預かり機関を作ろうとしている。妃とは、帝国であれ王国であれ、こういった公務をするのが当たり前だ。何故お茶会やパーティーだけをしていれば良いと思った?」
それはわたくしも気になりますわ。
確かに民からは、王妃様や帝妃様は悠然と微笑んでいるだけに見えるかもしれませんが、実際に視察に行ったりなさいますのに。
アイリスお姉様は孤児院の視察が大好きですわね、子供たちが皆良い子で愛らしいからと。
わたくしも帝国では神殿や孤児院の視察には良く行かせて頂きました。
アインお兄様は貧民街への視察に行かれる度、父上様と救済に向けて軍会議などを行っておりました。
悲しいことに、貧民街が未だあるというのはオルタナ帝国での課題ですわね。
「ニコニコ笑ってるだけじゃない王妃なんて!そんで平民に優雅に手を振りながら自分たちは贅沢三昧!」
「……ティア。もしやこの国の元王妃は、」
「えぇ。公務等をなさっていたわけではないようですわ」
「そうか。だから彼女はそんな勘違いを……」
「別にあたしはあんたの婚約者が欲しかったわけじゃないわ!ただ王妃になるには、どんなに使えなくてもこいつを煽ててあたしに夢中にさせるしか出来ないじゃない。税金は上がるのに還元なんてされない、そんな国の平民に生まれた人間の気持ちが、あんたら生粋の皇族に分かる!?」
隣で、現実に打ちひしがれていたフレデリックを指さして、アンナは叫び散らかします。
還元されない……確かサハラ王国の税率は、何故だか両帝国よりも高かった筈です。
確かにわたくしもおかしいとは思いましたわ、サハラ王国の王国民たちへの福祉や教育はあまり進んではおりませんし。
道の舗装や建物の補強等も見受けられない。
学術院は独立していますが、それでも平民の方々はあまり見受けられませんでした。
「流行病が伝染したって、国は助けてくれなかったわ。そのせいでみんな死んじゃった……ママだって……」
「実の、母君様のことで御座いますか……?」
「そうよ。あたしを育てる為に一生懸命働いてたわ。それでもお腹いっぱい食べたことなんてなかったし、ママなんか2日に1回しかマトモに食べられなかった。運良くクリリアントのおじ様があたしを引き取ってくれたけど、貴族らしい生活をさせてやれなくてすまないって言ったのよ!!まずは男爵領に住む人たちが優先だって……分かってるわよ、あたしだって元は貴族の領地に住む平民だったんだから。それでも!!毎日毎日煌びやかに着飾ってるだけの王族が妬ましかったわ」
「……この国は。根本から腐っていたか」
アンナの悲痛な叫びとも取れる内容に、カイン皇太子殿下は眉を潜めて呟きます。
えぇ、本当に。そろそろ次の断罪に進みましょうか。