内容
ここまで言って分からないのでしょうか。
いい加減、ため息を吐きたくなって来たわたくしを庇うように、カイン皇太子殿下が半歩前に出ました。
そして無機質なガラス玉のような眼差しで、フレデリック王太子殿下を見据えております。
「愚かな王太子に分かりやすく言おうか。君の両親であるサハラ王国の国王陛下と王妃は、オルタナ帝国の大切な婚約を横から壊した。そして君も、わざわざ自分の手でオルタナ帝国との婚約を壊すつもりで婚約破棄等という茶番を始めた。2度も泥を掛けられたオルタナ帝国の皇帝陛下が、お怒りにならない筈がないだろう?」
「両親のことは私に関係ないだろう!?」
「いいや。子の罪が親の罪ならば、親の罪は子の罪だろう。君は例えば貴族を罰する時、それが親の仕出かしたことであれ、家を取り潰すのではないのか?」
「当たり前だ!」
「それは王族とて変わらないのだよ、フレデリック。ただ王族の場合は取り潰せない故、玉座の挿げ替えが行われるだけだ」
何故愕然とするのかしら。
至極当たり前のことではなくて?
罪を犯したのであれば、罰が下るものでしょう。
それが首の挿げ替えで済むのだから良いのではないのかしら。
まさかこの王太子殿下、ご自分だけは助かるとでも?
だからわたくしに冤罪を掛けたのかしら。
例え冤罪でも、帝国の皇女を疑ったら首が飛ぶものでしょうに。
「当事者はオルタナ帝国の第三皇女殿下だ。故に来賓で居らしている第一皇子殿下と第二皇女殿下は被害者のご親族となり、今回の沙汰に関して口は挟めない。よろしいですか?」
カイン皇太子殿下がお兄様とお姉様を見やる。
御二方とも、心得たとばかりに頷き、そしてわたくしに微笑んでくださった。
嗚呼、なんという眼福……!!
凛々しいお兄様と、麗しいお姉様がわたくしに……ッ。
「ティア。第一皇子殿下と第二皇女殿下の笑みが美しいとはいえ、君の表情を壊してはならないよ」
「分かっております……分かっておりますわ。けれどまるで絵画から抜け出て来たような芸術品が如く洗礼された美を持つお兄様とお姉様の微笑みの前に、たかが小娘のわたくしが適う筈も御座いません……ッ」
「君の御家族ファーストな思考はとても素晴らしいし、尊敬もするけれど、それは僕と2人で語り合おう?」
「えぇ、勿論ですわ」
「なにをコソコソ話している!?アリスティア貴様、私に隠れてこの男と浮気していたのか!!!」
「えぇ〜アリスティア様ってばふしだらぁ〜」
……貴女が言いますか、それを。
「静粛に。此度のフレデリック・サハラとアンナ・クリリアントが引き起こした婚約破棄騒動と共に、現サハラ王国の国王と王妃が引き起こした他国の婚約解消事件。この両方を、聖ミカエル帝国の皇太子であるカイン・エルハバートが沙汰を言い渡す」
「沙汰だとッ!!」
「ああ。あくまで公平性は保っていると約束しよう。そういえばフレデリック、卒業パーティーだというのに随分と国王と王妃の到着が遅いとは思わないか?」
あら?
そう言われてみれば、最後の来賓の方々を迎えてから一向に扉が開かないですわね。
見栄ばかり気にする人たちですから、登場が遅いのは分かりきってはおりましたが。
「そして何故、聖ミカエル帝国からはわざわざ皇帝陛下が足を運んでいるのに。オルタナ帝国からは第一皇子と第二皇女の御二方が来賓でお見えになっているのか」
「そんなもの知るわけないだろう!!」
「そうだろうな、お前はそういう人間だ、フレデリック。耳に良い甘言しか聞こうとせず、お前を正しく導こうとする忠言は聞き入れない。アリスティアの苦言も、側近たちの諌言も、全て自分を否定する文句としか思わない。都合の良いことだけを見、都合の悪いことは王太子に見せるなと言い放つ始末。お前が様々なご令嬢に手を出し、傷物にし、婚約を壊しておいて、その両家に放った言葉はなんだった?『王太子に抱かれたのだぞ。喜びこそすれ、文句を言う権利はない』だったな」
会場がどよめいた。
わたくしもまさか、そんなことを言っていたなんて思いもしなかった。
なんてこと……ご令嬢の一生を奪っておきながら、その生家にすら謝罪しないなんて。
お相手のご子息だって、思い通わせていたご令嬢だったかもしれないのに。
それを、横から、まるで玩具のように、奪っておきながら。
「やっていることは、お前の親と変わらないではないか」
「私に抱かれて光栄だろう!私は王太子だぞ!?」
「だからなんだ、有り難がられるような王太子だったか?公務もせず、享楽に耽り、長年貴様のやらかしたことの尻拭いを婚約者であるアリスティアに丸投げしておいて。お前が壊した数々の婚約は、オルタナ帝国と聖ミカエル帝国が責任を持って新しく結び直しているのだぞ。それをアリスティアや僕が、貴様に自慢げに話したことがあるか?ないだろう?当たり前だ、責任を持って下さったのは両国の皇帝陛下なのだから」
元より王国の賢い貴族たちは、オルタナ帝国の意図を正しく組んでいた。
その実績に応じてオルタナ帝国と聖ミカエル帝国で爵位を用意するにしろ、なにか各家や各人の望みがあれば、叶えられるのであればと両皇帝陛下が話を通しているのも知っている。
故に第四皇子の弟はサハラ王国の公爵令嬢の家に婿入りが決まって婚約が結ばれたし、第五皇女の妹はサハラ王国の侯爵家との縁組が決まっている。
どちらの血筋も建国当時からある正しいものだし、領地もとても豊かだ。
もうひとつある公爵家は現宰相閣下の血筋で、ご子息は次期宰相として王太子の側近であった。
優秀な彼はカイン皇太子殿下が言うように、他の優秀な側近と共に何度も王太子に諌言を口にしていたのに。
聞き入れずに遠ざけた結果がこれですか。
白けた眼差しで自己弁護しかしない王太子を見たあと、来賓側にいる側近たちにお詫びする。
可愛らしい婚約者様たちと共に同じくお詫びを返して頂いた。
「そしてその両皇帝陛下が沙汰を下された。現国王並びに王妃はオルタナ帝国の帝国法に則り処分を。フレデリック・サハラ王太子は王位継承権消失及び廃嫡。貴様は人を殺してはいないが、人の心を殺したこともあり、聖ミカエル帝国の帝国法に則りオルタナ帝国と聖ミカエル帝国の両帝国間にある鉱山で炭鉱夫として下働きをし、稼いだ金は慰謝料として支払うように」
「なッ、」
「そしてオルタナ帝国とサハラ王国の契約の象徴であった、アリスティア・ソル・オルタナ第三皇女殿下との婚約を壊した罪として、アンナ・クリリアント男爵令嬢は公開処刑と致す」
「は……はぁ!??」
「また、養女とはいえ娘であるアンナ嬢を御せなかったとし、クリリアント男爵家は取り潰し、男爵には毒杯を賜る」
「ちょっと待ちなさいよ!!なんであたしが死なないといけないわけ!?だったらアリスティアはどうするつもりよ!あたしを虐めたアリスティアは!!!」
「虐めを立証するものは?」
「あたしの証言よ!未来の王妃のあたしが虐められたって言ったらそれは証拠でしょ!」
り……理論が破綻していますわ……。
確かに王族にある程度の発言力はありますが、虐めというのであれば第三者からの証言、若しくは物的証拠が必要です。
でなければ王族の気分次第で悪人が生み出されてしまうではないですか。
「……仮にその証言が認められたとしよう。だが、それのなにが悪い?」
「は!?」
「婚約者に色目を使い、身体で籠絡し、学術院ではマナーすら守らない令嬢に。身分が上の者が注意するのは当然だ」
「水を掛けられたり、階段から突き落とされたりしたのよ!物はなくなるし、制服だって切り裂かれて、ッ、」
「アリスティアは宗主国の第三皇女殿下だ。仮にそれらをしていたとしても、マナーを守らない君が悪い」
「なんですって!!?」
「アリスティア第三皇女殿下は、ただ自分の務めを全うしようとしただけだ。契約で結ばれた婚約を身勝手に壊した君に罰を下してなにが悪い」
ぎろりと。
音が付きそうな、底冷えするガラス玉のようなカイン皇太子殿下の眼差し。
わたくしだったら倒れてしまうわ……。