珍妙
この珍妙な阿呆は、なにを宣ったのか。
アンナ?どこのご令嬢かしら?
大体、婚約者たるわたくしが居ながら、他のご令嬢の名を呼び捨てになさるなど。
いくら小国とはいえ、ルール違反ではなくて?
「私の愛しいアンナ・クリリアントに、貴様は水を掛けたり、階段から突き落としたりしただろう!?」
「致しておりませんわ」
クリリアント……。
嗚呼、クリリアント男爵家ですわね。
アンナ様というご令嬢は確かにいらっしゃいますが、確かあの方は養女でしたわよね。
そもそも学術院では学び舎からして違いますのに、何故わたくしが男爵令嬢を虐めた等と申すのでしょう。
記憶が確かならば、年に数回の下位貴族との懇親パーティーでお言葉を交わした程度ですのに。
夜会もオルタナ帝国の皇女であるわたくしと、男爵令嬢であるアンナ様は顔を合わせない筈ですわ。
「そもそも。アンナ様とお言葉を交わしたのは数える程度で御座いますわ。学び舎も違いますのに、如何様にわたくしが階段から突き落とせるでしょう?」
「取り巻きにやらせただけだろう!!」
「そのような物言いはおやめになって。わたくしに取り巻きはおりません」
わたくしの友人たちを取り巻き等と、低俗なお言葉で表さないでくださいませ。
大体、何故殿下は本日の卒業パーティーに婚約者であるわたくしを放置なさっているのでしょう。
夜会とまでは行かずとも、それなりに華美に飾り付けられたサハラ王国の神殿の大聖堂は、学生という身分でも気楽に入れるようエスコートの是非は問わないとはいえ。
婚約者をエスコートしない等、笑止千万。
「心優しいアンナは、貴様にやられたことも私に言わずに耐え忍んでいたのだ!」
「で、殿下……!」
「でしたら手を差し伸べるのは無粋ではなくて?貴族令嬢たるもの、殿方に甘えたままでは居られないでしょう」
「なッ、」
「それとも殿下は、億が一。わたくしとの婚約を解消なさって彼女を正妃にした暁には、彼女に降り掛かる全てのものから守ると申しますの?」
「当たり前だろう!!」
「それはおかしなことを。社交界は女の戦場、いくら殿下と言えど殿方の入る余地はありませんのよ?」
なにを勘違いなさっておいでなのでしょう。
殿方が奥方を守るのは外交や公の場のみでしかないというのに。
それとも、この国では女性の人権はないのが様式美とでも?
どの国を見ても政を司るは殿方、それを管理するのが女性と決まっておりますでしょうに。
「フレデリック様ぁ〜アリスティア様がこわぁい〜」
「よしよし、アンナ。私が守ってやるからな」
「フレデリック様、頼りになりますぅ〜」
頭がおかしくなりそうな会話ですこと。
学術院在学中から、数々のご令嬢と浮名を流していただけありますわ。
それも全て下位貴族のご令嬢ばかり。
幾つかの婚約を破綻させたにも関わらず、王族というだけで処分らしい処分もしない国王陛下にも頭は痛いですけれど。
それにしても、王国には国王に進言する家臣は居ないのでしょうか。
学術院での出来事は、宰相たちの耳には入ってはいないとでも?
あんなに派手に遊んでおりましたのに、お粗末ですこと。