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レクトとウルリケ  作者: やまだのぼる


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33/44

合格

 

「いいか、レクト」

 並んで庭園を歩きながら、ネルソンは言った。

「俺が今から教える作戦なら、お前はクラスのほかのやつらどころか、俺よりも早くゴールすることだってできるからな」

「えっ」

 レクトは驚いてネルソンの顔を見た。

 ネルソンから競争のコツのようなものを聞ければ、何かの足しにはなるだろうとは思っていた。だがさすがにそれでラウディたちに勝てるとは思っていなかった。

 それをまさか、三年生のネルソンよりも早くゴールできるだって。

 さすがに大げさだろうと思ったが、ネルソンの自信たっぷりの笑顔は変わらなかった。

「障害物競走ってのはさ」

 とネルソンは言った。

「庭園の中の、決められたチェックポイントを二つ通って校庭に帰ってくる。そういうルールだろ」

「うん」

「それだけなんだよ、ルールは」

 ネルソンはもう一度、強調するようにそう言った。

「チェックポイントさえ通れば、それでいいんだ」

 それを強調する意味が分からず、レクトは返事せずに首をかしげた。

「よし、ここだ」

 ネルソンが植え込みの前で足を止めた。

「校庭から走ってくると、ここに出るだろ」

「うん」

 確かにここは、校庭のスタート地点から走ってきたときに必ず通る場所だった。校庭から伸びてきた道は、植え込みに沿って左に曲がっている。

「それでみんな、道に沿って曲がっていくだろ」

「うん」

 道が曲がっているのだから、それは当たり前の話だった。

「道に沿って行きたい奴らは、どんどん行かせちまえばいい」

 ネルソンはそう言って、いたずらっ子のように笑う。

「だけどお前が通るのは、ここだ」

 ネルソンが指差した場所を見て、レクトは目を丸くした。

 そこは、植え込みと植え込みの間の、ごくわずかな隙間だった。

 小柄な一年生でもやっと通れるかどうかの、そこ自体を意識して見なければ絶対に気付かないような、わずかな隙間。

「もう俺の身体じゃ通れねえんだ」

 ネルソンは両腕を上げて、嘆くように言った。

「一年の時は余裕で通れたんだけどな」

 それから、レクトを見てにやりと笑う。

「通ってみな」

 言われたとおり、レクトは植え込みの隙間に身体を潜り込ませた。葉や枝が身体に当たるが、小柄なレクトなら何とか入ることができた。

「よし、そのまままっすぐ進みな。また植え込みにぶつかるだろ」

 植え込みの向こうから、ネルソンの声がする。

「俺はちょっと先回りするからな。植え込みのところで待ってな」

 走り出す足音とともに、ネルソンの声は遠ざかっていった。

 レクトはネルソンの指示通り、植え込みの内側の整備されていない土の上を真っ直ぐに歩いた。

 突き当りの植え込みの前で待っていると、ネルソンの声がした。

「その植え込みの右側にまた、少しだけ隙間があるだろ」

「……うん」

 あった。

 確かに、そこにも隙間があった。

「よし、そっから出てこい」

 レクトが植え込みの隙間を通り抜けると、ネルソンがそこで待っていた。

 周りを見まわし、レクトは自分が今いる場所に驚く。

 普通に道を走っていたら、かなり時間を掛けなければ着かない位置にいた。

「こんなもんで驚くなよ」

 ネルソンは笑って、先に見える植え込みを指差した。

「次はあそこの隙間だ」


 結局、ネルソンの指示通りに植え込みの隙間を突っ切っていくと、石碑までほぼ一直線に来られることが分かった。

「次は迷路だったよな」

 ネルソンは楽しそうに、うひひ、と笑う。

「俺もあの迷路は大好きだけどよ。競争の時まで馬鹿正直に迷路をたどってやる必要はねえってことだ」

 その通りだった。

 ネルソンが教えてくれた隙間を通れば、迷路も迷路ではなかった。

 中央のボルーク卿の広場まで、一直線に近いルートで突っ切ってしまった。

「どうして、こんな隙間があることを知ってるんですか」

 半ば驚き、半ば呆れながら、レクトは尋ねた。

 自分に教えてくれた箇所だけではない。ネルソンはまるでこの庭園の全ての植え込みのわずかな隙間まで熟知しているように見えた。

「こんなもん、お前」

 ネルソンはそれを誇るでもなく、当然のように言った。

「俺が入学してからここでどれくらい遊んでると思ってんだよ。毎日毎日かくれんぼしてりゃ、身体を入れられそうなところくらい、嫌でも覚えるぜ」

 果たしてそうだろうか。

 レクトは、とても覚えられる気がしなかった。

「よく遊びよく学べって言うだろ?」

 ネルソンは笑った。

「俺が思うに、勉強ってのはつまりそういうことなんだよ」



 ネルソンから教えてもらった、植え込みの隙間を一気に突っ切るルート。

 それをレクトは自分の頭に叩きこむ必要があった。

 だから、昨日、ラウディにお前が抜けろと言われたあと。その悔しい気持ちをばねに、レクトはこのルートを何度も走った。

 靴もローブも土塗れ、葉っぱ塗れになったが、それでもレクトは繰り返し走った。

 僕にだって、できることがある。

 それをあいつらに見せてやるんだ。

 その一心だった。


 だから今日も、スタート位置は敢えて隅っこを選んだ。

 レクトは最後方から、誰にも気づかれることなく植え込みの隙間に飛び込んだ。

 後はもう必死だった。

 自分の記憶だけを頼りに、植え込みの隙間に身体を捻じ込んでいく。

 普通のルートを走っている他の生徒たちと比べて、自分がどれくらい先行できているのか。それとも遅れてしまっているのか。

 それも分からないまま、とにかく自信満々のネルソンの笑顔を信じた。

 これならやれる、と思った自分の直感を信じた。

 そして、一つ目のチェックポイントの石碑の前に来たとき、レクトはどうやらとんでもないことになっているようだ、ということに気付く。

 石碑の前に置かれた青い石が、まだ一つも減っていなかったからだ。

 もしかして、僕が今先頭を走っているのだろうか。

 それに気付いた途端、胸が震えた。

 自分が今、ものすごい番狂わせを起こしかけているのだという興奮。

 レクトの中に眠っていた、少年の闘争本能のようなものが弾けた。

 なら、一番だ。一番になってやる。

 レクトにも欲が出た。

 走る前は、ラウディに勝てるなんて言ってない、と弁明していたのが嘘のように、レクトは勝利を目指して無我夢中で走った。

 だが、やはり普通に走れば一番遅いレクトだ。ネルソンのルートを使っても、息が上がり、足がもつれた。

 必死に走ったのだが、それでも最後にはラウディに追いつかれかけた。

 ここまで来て負けるのか、と思ったら全身から嫌な汗がどっと流れた。

 だが、ラウディが叫ぶ声を聞いて、ありったけの勇気を奮い起こした。

「チェックポイントを抜かしてきやがったな! そんなんで騙されるかよ!」

 ラウディはそう叫んでいたのだ。

 誰がそんな卑怯な真似をするもんか。

 お前なんかに、絶対に負けるもんか。

 その怒りが、ゴールまで走り切る力をくれた。



「噓に決まってる」

 胸ぐらを掴んだ手をレクトに極められ、振り払われたラウディは混乱したままそう口走った。

「どうせそれは、この前の練習の時に隠しておいた小石だろう」

「違う」

 レクトは首を振る。

 その堂々とした態度が、ラウディには癪に障った。

「いや、そうに決まってる」

「だから、違うって」

 レクトは言った。

「僕に負けたことを認められないのかい」

「認められるわけねえだろ」

 ラウディは喚いた。

「おかしなところから出てきやがって。俺がお前になんか負けるわけねえんだ」

「レクト」

 不意に、冷たい大人の声がして二人は口をつぐんだ。

「確認を」

 そう言ったのは、ヴィルマリーだった。背後から二人に近付いてきたヴィルマリーは、レクトに手を差し出した。

「はい」

 レクトは二つの小石を差し出す。

 ヴィルマリーはそれを一瞥して、頷いた。

「合格です」

「先生、もっとよく見てくださいよ」

 ラウディが声を上げた。

「それ、この前の練習のときに隠し持っていた小石ですよ」

「ラウディ」

 ヴィルマリーの自分を呼ぶその声に怒気が含まれていることに、ラウディは気付いた。さっと顔を青くしたラウディが、

「はい」

 と返事をする。

「あなたは、私がその程度の不正を見抜けない教師だと言いたいわけですね」

「ち、違います」

 ラウディは慌てて首を振った。

「俺は、ただ」

「これは、今回私が二か所のチェックポイントに置いた小石です」

 ヴィルマリーは断言した。

「ラウディ。あなたがレクトに言った言葉は侮辱に当たります。彼に謝罪しなさい」

「謝罪…!」

 ラウディが屈辱に顔を赤くする。

 だが、ヴィルマリーの冷たい視線に、渋々レクトに顔を向けた。

「悪かった、レクト」

 ぼそっと、聞こえるか聞こえないか程度の声でラウディは言った。

「いいよ」

 レクトは頷く。

「ラウディ。あなたがもしも、過ちを認めたり、誰かに謝罪したりすることで自分の尊厳のようなものが失われると感じているのであれば」

 ヴィルマリーが静かに言った。

「それは大きな勘違いです」

 それからラウディの小石を確認し、頷いた。

「あなたも合格です、ラウディ」

 そこに続々と生徒たちがゴールしてくる。

 ベルティーナとライマーがほぼ同時だった。

 その後から、ジルコ。

「あれ、レクト!」

 ライマーが素っ頓狂な声を上げる。

「どうして、もうゴールしてるんだよ!」

「うるせえぞ、ライマー!」

 まるで八つ当たり気味にラウディが喚いた。

「お前が道を間違えなきゃ、俺が一位だったんだ!」

 その言葉でレクトは、ライマーが本当にレクトを助けるために道を間違えてくれたことを知る。

 ラウディの言う通り、最後はギリギリの差だった。

 ライマーの作戦がなければ、レクトは負けていただろう。

 ありがとう、ライマー。

 レクトはライマーに小さく頷いてみせた。

 ライマーがにやりと笑う。

「……ウルリケはまだ来ないの?」

 ベルティーナが呆れたように言った。

 バヴィット、エダー、モリスと続いて、最後の最後にやっとウルリケが帰ってきた。

「みんな速いわね」

 ウルリケは、額の汗を拭った。

「今日は走れなかったわ」

 そう言って、不満そうな顔のベルティーナに微笑む。

「おめでとう、ベルティーナ。あなたの勝ちね」




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― 新着の感想 ―
[一言] 先生、気がついて…(どきどき
2023/07/13 21:14 退会済み
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