決着
石碑の前に置かれた青い小石を掴むのももどかしく、ラウディは前を走るベルティーナとジルコの背中を追った。
ここから、植え込みが格段に多くなり、道が狭くなる。植え込みに沿って曲がりくねっているせいで、走る速度も上げられない。
だから、ここに来るときに後方にいたのでは勝負にならないのだ。
せめて、このくらいの位置に付けねえとな。
ラウディは植え込みぎりぎりに身体を寄せて最短距離を走り、徐々に先頭の二人との差を詰めていく。
どけ、ジルコ。
お前ごときが、俺の前を走るんじゃねえ。
そのとき、先頭のベルティーナが、
「何よ、これ」
と悲鳴を上げた。
目の前に、見たこともない急斜面の上り坂が出現していた。
こんな坂が庭園にあるわけがない。
これも障害の一つか。
「ふん」
上り坂は、むしろ俺に有利だ。
息を切らしながら、ラウディは上り坂を削るかのように駆け上がった。
その途中でジルコに肩からぶつかって突き飛ばしつつ抜き去る。
「邪魔だ」
ラウディは吼えた。ジルコが一瞬、怯えたような顔をしたが、気にしなかった。
残りは一人。ベルティーナ。
気取った貴族の、気に食わねえお嬢様だけだ。
ベルティーナに続いてラウディも上り坂のてっぺんまでたどり着く。
上ったのだから次は下り坂になるはずだが、気がつくと元通りの見慣れた庭園を走っていた。
下り坂はなかった。魔法によってつくられた障害だからこそ、なせる業なのだろう。
やがて前方に、植え込みで作られた迷路が見えてきた。チェックポイントのボルーク卿の像はこの迷路の中だ。
よし。
ラウディは勝利を確信した。
ベルティーナはこの迷路に詳しくない。
なぜかといえば、植え込みの迷路はもっぱら男子生徒たちの遊び場だからだ。
男子生徒がかくれんぼや羽根打ちやもっと乱暴な遊びをしているせいで、女子生徒はここにほとんど寄り付かない。
今からでも抜きにかかることもできるが、わざと先に迷路に入らせてやる。
ラウディはベルティーナの後ろに続いて植え込みの迷路に飛び込んだ。
案の定、ベルティーナが進む道を迷うように速度を落とした。
「どうした、ベルティーナ」
ラウディは後ろから声を掛けた。
「道が分からねえのか」
「分かるのなら、先に行ってよ」
ベルティーナが振り返りもせずに言った。
「私はその後ろをついていくから」
「へっ、やだね」
貴族ってやつは、これだから。
面倒なことは人にやらせるっていう習慣がついちまってるんだろうな。
ここはノルク魔法学院。お前らはもう貴族でも何でもねえ、俺と同じただの魔術師の卵だってのによ。
ラウディの目の前で、ベルティーナが間違った道に踏み込んだ。
間違ったな、そっちは行きどまりだ。
ラウディはその瞬間、猛然と速度を上げて正しい道に駆け込む。
「あ、そっちなの!?」
慌てたベルティーナの声が背後から聞こえてきたが、もうラウディは相手にしなかった。
そのまま記憶をたどって迷路を駆け抜け、中心部の小さな広場に辿り着く。
かつてのこの島の支配者ボルーク卿の像の足元に置かれた赤い石を引っ掴むと、また駆け出した。
広場から出るときに、ようやくベルティーナが姿を見せた。
「ラウディ、ずるいわよ!」
「道を覚えてねえお前が悪いんだ」
そう叫び返して再び迷路に飛び込みながら、ラウディは背筋がぞくぞくするような快感を覚えていた。
ああ、これだ。
どいつもこいつもみんな置き去りにして、俺が一番に駆け抜ける。
これが最高に気持ちいいんだ。
ベルティーナもライマーも来ない。ウルリケも来ない。
俺の勝ちだ。
迷路を出ると、ラウディは校庭に向かって一心に駆けた。
途中でちらりと振り返ると、ようやくベルティーナとライマーが迷路を出てくるのが見えた。
よし、もうすぐ校庭だ。
そう思って前を見据えたとき、ラウディは信じられないものを見た。
誰かの背中が突然視界に飛び込んできたのだ。
自分より前を、誰かが走っている。
「はあ!?」
そんな、まさか。
誰だ。ウルリケか。
前回の苦い記憶が蘇る。
だが、それはウルリケではなかった。
必死に腕を振って走るその華奢な背中に、ラウディは思わず怒りの叫びをあげていた。
「レクト! てめえ、どこから出てきやがった!」
レクトが自分よりも前にいるはずはない。
自分はレクトに抜かれていない。ここまで、ライマーに騙された以外は最短距離を走ってきたはずだ。
もし自分が気付かずに間違った道を何度か選んでいたとしても、レクトなんかに抜かれるほどの遠回りになっているわけはない。
その証拠に、ベルティーナもライマーも後ろにいるじゃねえか。
それなのに、なぜかレクトが自分の前を走っている。
その理由など、一つしかあり得なかった。
「チェックポイントを抜かしてきやがったな!」
そうとしか考えられない。
レクトは、行くべき場所に行かずにゴールしようとしているのだ。
青い小石と赤い小石。そのどちらか、下手をすれば両方とも持っていないのではないか。
だがレクトはラウディの怒鳴り声が聞こえているのかいないのか、振り返ることなく走り続けている。
その背中には、ある種の自信さえ感じられた。
「そんなんで、騙されるかよ!」
叫びながら、ラウディはむせた。
ここまで相当なペースで走ってきた。体力は、ラウディとてぎりぎりだった。
「くそっ」
振り返ると、ベルティーナとライマーの姿が見えた。その後ろにジルコの姿もちらりと見える。
思ったよりも引き離せていない。
こんなところで、負けられるかよ。
ラウディは最後の力を振り絞った。
レクトの背中がぐんぐんと近付く。
突然出てきたレクトが何かズルをしているのは間違いない。だがそれでもゴールには、こいつを抜いて一番に飛び込みたかった。
「ぐううっ」
歯を食いしばって、腕を振る。足を振り上げる。
しかし、とうとうその差を詰め切れなかった。
先にゴールにたどり着いたのはレクトの方だった。
レクトはゴールすると同時に倒れ込んだ。
走り込んだ勢いそのままにレクトに駆け寄ったラウディは、激しく息をつきながら彼の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「てめえ。レクト、舐めた真似しやがって。そこまでして勝った振りがしてえのか」
だがその鼻先に、レクトが握った手を突き出した。
苦しそうに喘いでいたが、それでもレクトは真っ直ぐな目でラウディを見返していた。
「なっ……」
その眼光の強さに、思わずラウディも気圧される。
レクトが手を開く。そこにあった二色の小石をラウディは信じられない思いで見つめた。
「……嘘だ」
「手を離せ、ラウディ」
レクトが静かに言った。
「僕の勝ちだろう」
「ああ?」
なんだと?
ラウディは怒りに顔を歪めた。
理屈よりも先に、感情が動いた。
こいつごときが、この俺に勝っただと?
胸ぐらを掴む手に力を込める。
「てめえ、もう一回言ってみろ」
その手をレクトが両手で包み込むように掴んだ。そのまま、ぐるりとひねる。
次の瞬間、ラウディの手首に電気が走ったような痛みが走った。
「ぐわっ」
自分の意志とは関係なく離してしまったその手を、レクトが払いのける。
「何度だって言ってやる」
息をつきながら、レクトは頬を紅潮させていた。
「僕の勝ちだ、ラウディ」




