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オリエンテーション

 

 百五十人近くの生徒が暮らす初等部の寮は、基本的に二人部屋になっている。

 レクトたち一年生の住む部屋はそのほとんどが二階にあった。

 階段を上ったところで、レクトはウルリケと別れる。

「じゃあね、レクト」

「うん。ウルリケ、また明日」

 もしかしたら夕食のときにまた食堂で顔を合わせるかもしれないけど。

 冗談めかしてそう付け加えようと思ったが、ウルリケは振り向きもせずにさっさと歩き去っていってしまった。

 ウルリケはきっと今日も一人で夕食を食べるのだろう。

 食堂でぽつんと一人食事をしているウルリケの姿をレクトは想像した。

 本人が気にしているふうでもないのだから、レクトが気に病むようなことではないのだけれど。

 どうしても気になってしまうのは、レクトがウルリケの別の側面を知っているからだ。

 レクトは自分の部屋のドアを開けた。

 机と椅子が二脚ずつと、二段ベッドが一つ、それに簡単な棚があるだけの簡素な部屋。

 ルームメイトのモリスは今頃ライマーと森に遊びに行っているはずだから、しばらくは帰ってこない。

 レクトは重いローブを脱ぐと、二段ベッドの下の段に横になった。

 あの日のウルリケは、可愛かったな。

 笑ったり、照れたり、それに色々なことを話してくれた。

 ぼんやりとベッドの上段を見上げながら、レクトは一か月前の、上級生による学院案内のオリエンテーションの日のことを思い返していた。


 ***


 ノルク魔法学院入学から、十日余り。

 南の小国ラング公国の片田舎からやって来たレクトにとって、学院での生活はまだまだ分からないことだらけだった。魔術師になるための勉強だけでなく、寮での生活も、クラスメイト達との関係も、不安でいっぱいだ。

 そしてこの日もレクトには心配な行事が待っていた。

 初等部の最上級生である三年生たちが、新一年生に学院内を案内してくれるオリエンテーションの日なのだ。

 三年生とは、寮ですれ違う程度でこれまでほとんど接点はなかったが、自分たち一年生に比べて身体も大きいし、立ち居振る舞いも大人びていて、レクトは何となく気後れしていた。

 三年生から意地悪されたり、馬鹿にされたりしたらどうしよう。

 少し人見知りの気もあるレクトは朝からそんな心配ばかりしていた。

「今日、楽しみだな」

 隣の席に座る能天気なライマーは、レクトとは対照的に朝から嬉しそうだった。

「今日一日、ヴィルマリー先生のしかめ面を見なくて済むだけでも嬉しいぜ」

「うん、そうだね」

 さすがライマーだ。僕もそんな風に前向きに考えられればいいのに。

 レクトは小さくため息をつく。

 一年生は二人ペアになって、学院内の色々な場所を三年生に案内してもらえることになっていた。

「俺はラウディとだけど、お前のペアは誰?」

 ライマーが尋ねてくる。

 そう。

 それも、レクトの気が重い理由の一つだった。

「……ウルリケ」

「うわあ」

 ライマーは大げさに目を丸くした。

「あのおっかなそうな女か。頑張れよ、レクト」

「う、うん」

 レクトのペアになったのは、ウルリケだった。

 クラスの女子は六人だから、女子同士でペアが三つできるのかと思っていたら、べルティーナがさっさと自分と同じガライ貴族の男子のレオンと組んでしまったせいで、女子の中でウルリケがあぶれてしまった。

 ウルリケは別に気にするそぶりもなく、ペアなんて誰とでもいいという顔をしていたのだが、女子のそんな動きを気にしていたらレクトまで男子の中であぶれてしまった。

 ルームメイトのモリスと組めばいいや、と油断していたのが敗因だった。モリスは自分の隣の席のバヴィットと組んでしまった。

 そして結局、ウルリケとレクト、女子と男子のあぶれ者同士で組むことになったのだ。

 フォレッタ王国の貴族出身のウルリケとラング公国の平民のレクトとでは、今まで住んでいた世界が違いすぎた。ましてやウルリケのあの、誰とも馴れ合おうとしない冷たい態度。

 レクトは、同じクラスとはいえ今まで彼女と一言も口をきいたことがなかった。

 話したこともない三年生たちと、話したこともないクラスメイトの女子。

 周りは敵ばかりじゃないか。

 いったい今日は、どうなるんだろう。

「おい、ライマー」

 今日一日の不安を抱えていたレクトの席にやって来たのは、大きな体格のラウディだ。ラウディは、レクトを手で追い払うようなしぐさをした。

「ちょっとライマーと話があるから、そこどけよ」

「いいじゃねえか、レクトがいたって」

 ライマーがそう言ったが、ラウディは首を振る。

「今日まわるコースのことで話があるんだ。こいつに真似されたらかなわねえからな」

「レクトはそんなことしねえってば」

「いいよ、ライマー」

 レクトは席を立った。

「僕、ちょっとトイレに行ってくる」

 けんかっ早いラウディは、身体が華奢で気の弱いレクトを完全に下に見ていて、時々こんな意地悪をしてくることがあった。

 やり返したくても、レクトには戦い方が分からない。

 暗い気持ちで用を済ませて教室に戻ってくると、ラウディはまだレクトの席に座って何やらライマーと話していたが、担任教師のヴィルマリーが背筋をぴんと伸ばしたいつもの姿勢で教室に入ってきたので、慌てて自分の席に戻っていった。

 朝の挨拶とオリエンテーションの簡単な説明の後で、ヴィルマリーは昨日決めたペア同士になるよう指示した。

 ああ、ついにこの時間が来てしまった。レクトは渋々立ち上がる。

「今日はよろしく、ウルリケ」

 おそるおそるそう声をかけてみると、ウルリケは澄ました顔で「ええ」と頷く。

 会話はそれで終わりだった。

 男子同士、女子同士で楽しそうに盛り上がっている他のペアをレクトは恨めしそうに盗み見した。

 ああ。気まずいなあ。

 今日という日が早く終わればいいのに。

「さあ、ペアは組めましたね」

 教壇で、ヴィルマリーがにこりともせずに言った。

「それでは、各自のコースに従って、出発しなさい。それぞれの場所で待っている三年生にきちんと挨拶をすることを忘れないように。あなた方も、もうノルク魔法学院の生徒なのですからね」

「はい」

 元気よく返事をして、生徒たちが一斉に立ち上がる。

「ええと、僕らは」

 レクトは、配布された紙を見た。

「午前中は、武術棟、治癒術棟、魔術実践棟だって」

 レクトは一生懸命、ウルリケに説明する。

「それで午後は、庭園と森を案内してくれるみたいだよ」

「そう」

 ウルリケはそっけなく頷く。

「じゃあ、早く行きましょ」

「う、うん」

 さっさとドアに向かって歩き出すウルリケの後を、レクトは慌てて追いかける。

 ああ。これは本当に今日一日、先が思いやられるぞ。




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