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レクトとウルリケ  作者: やまだのぼる


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25/44

秘密

 その夜。

 レクトが遠慮がちにドアをノックすると、ウルリケが顔を出した。

「来てくれたんだね、レクト」

 そう言って、嬉しそうに微笑む。

「う、うん」

 こんなことは、今までのウルリケは決して言わなかった。

 どうしてこんなに柔らかくなったんだろう。

「いいものを見せてくれるって」

「しっ」

 ウルリケは唇に人差し指を当てる。

「ここだと、ちょっと」

 ウルリケは、部屋の中をちらりと振り返った。

「外に行きましょう」

 そう言って、ドアの隙間からすべるように外に出てくる。

「外?」

 レクトは驚いた。

 とっくに夕食も終わった時間だ。

 廊下の窓から見える外の景色はすっかり闇に包まれている。

「今からかい?」

「寮の中じゃ、見せられないの」

 ウルリケはそう言うと、レクトの手を取った。

「ほら。早く、早く」

「あ、え、うん」

 ウルリケに手を引かれるままにレクトは階段を駆け下り、大扉の外に出た。

 生ぬるい風に混じって、虫の鳴き声がする。

 少しずつ、夏が近づいている。

「こっちよ」

 ウルリケは迷う様子もなく、寮の壁沿いにぐるりと回り込んでいく。

 やがて、いかにも誰も来なさそうな植え込みの陰で、ウルリケは立ち止った。

「この辺でいいかしら」

 寮の窓から明かりはこぼれているが、それにしても暗い。

 こんなところに、女の子と二人きりなんて。

 レクトは落ち着かずにきょろきょろとあたりを見回す。

 誰も来るわけはないのだが、何だか妙に人の目が気になる。

「どこ見てるの、レクト」

 ウルリケの甘い声がした。

 レクトはどきりとして彼女を見る。

「こんなところ、誰も来ないわよ」

 ウルリケは微笑んで、しゃがみこむと、手振りでレクトも同じようにしゃがませる。

 それから右手をレクトに差し出した。

「え? え?」

 レクトが顔を真っ赤にして戸惑っていると、ウルリケは、

「見てて」

 と囁いた。

 次の瞬間、その手にぼうっと炎が灯った。

「あっ」

 思わずレクトは声を上げる。

 これは。

 レクトにも、その魔法の名前は分かった。

「灯の術」

「ええ」

 ウルリケは得意そうに頷く。

 炎はゆらゆらと揺れながら、二人の顔を照らす。

 時折、ぼぼぼ、と音を立てて揺れたが、炎はウルリケの手の上で燃え続けた。

「どう?」

「すごい」

 レクトは驚きをそのまま言葉にした。

「いつの間に魔法が使えるようになったんだい」

「うふふ、驚いたでしょう」

 ウルリケは嬉しそうに笑う。

「実は、魔法を教えてくれる人がいるの」

「教えてくれる人?」

「そう。あ、でも」

 ウルリケは左手の人差し指を唇に当てる。

「他の人には喋っちゃだめよ。レクトだから、信頼して話したんだから」

「う、うん」

 レクトはもぞもぞと身体を動かす。

 何だろう。何だか、すごく落ち着かない。

「灯の術だけじゃないのよ」

 ウルリケは右手を振って炎を消すと、今度は人差し指で空中に文字を描いた。

 ウルリケの指の軌道に合わせて、光の粒が文字を形作る。

 レクト、と読めた。

 浮かし文字の術。

「そんな難しい魔法まで」

「もちろん、まだ練習中だけどね」

 ウルリケがそう言ったそばから、文字は空中で溶けるようにして消えた。

「まだうまく安定しないの」

 ウルリケは、もう一度手の上に炎を出す。

 苦労する様子もなく、滑らかな発動だった。

「もう少しうまくなったら、レクトにも教えてあげるね」

 ウルリケはレクトに微笑んだ。

「レクトだって、いつまでも瞑想の練習ばかりしていたって、仕方ないでしょ?」

「う、うーん」

 レクトは唸る。

 確かにウルリケの魔法はすごかった。

 だが、自分はウルリケのように優秀な生徒ではない。

 今やっている瞑想の訓練を飛ばして、彼女のように魔法を使えるようになるとはとても思えなかった。

「いったい、誰に教わってるんだい」

 三年生だろうか。

 魔術実践棟を案内してくれたルクスやウェンディの顔がよぎる。

 たとえばあの人たちが、特別に才能あるウルリケにだけ教えてくれているとか。

 それとも、魔術実践の授業を担当している、イルミスという名前の怖そうな先生とか。

 だが、ウルリケの答えはレクトには予想外のものだった。

「お母さまよ」

「え?」

 誰だって?

 お母さま?

 その時、ウルリケが不意に炎を消した。

 一瞬で、レクトの視界は闇に包まれる。

「静かに」

 ウルリケが囁く。

「誰か来るわ」

 その言葉通り、がさがさと植え込みを揺らしながら、誰かが歩いてくるのが見えた。

「あっ」

 思わず小さく声を上げてしまう。

 それは、オリエンテーションの日の昼食で、さっさと席を立ってしまった女子生徒だったからだ。

 名前は確か、エメリア。

 下級生から一番恐れられている三年生だ。

 エメリアはがっしりとした肩で植え込みを押しのけながら、ウルリケたちのところまで近付いてきた。

「一年か」

 足を止めたエメリアは、灯の術で二人の顔を照らした。

「こんなところで、何をしてるんだ」

 威圧感のある声に、レクトは竦み上がる。

「あ、あの」

「寮では話せない、内緒のお話をしてたんです」

 ウルリケがまるで怯むことなく答えた。

「もう戻ります」

 そう言って、さっさと立ち上がる。

「夜に外に出るのは、感心しない」

 エメリアは言った。

「内緒話をするにも、場所は選べ」

「はい」

 ウルリケが素直に返事すると、エメリアは、

「次は、管理人に報告するからな」

 と言って身を翻そうとした。

 だが、急に怪訝そうな顔で二人をまじまじと見た。

「ランプはどうした」

「ランプ?」

 ウルリケが小首をかしげる。

「持ってませんけど」

「持ってない?」

 エメリアは眉を顰める。

「私はちょうど廊下からランプの明かりが見えたから、おかしいと思ってここに来たんだぞ」

「そう言われても」

 ウルリケは、レクトに顔を向ける。

「ねえ、レクト」

「はい」

 レクトは頷く。

「ランプは持ってないです」

「あなたの勘違いじゃないんですか」

 驚くほど冷たい声で、ウルリケは言った。

「もう行ってもいいですか」

 エメリアは、何かを考えこんでいて答えなかった。

 ウルリケはレクトの手を取る。

「行きましょ、レクト」

「あ、うん」

 二人は、黙ったままのエメリアの脇をすり抜けて、寮の大扉へと走った。

「さっきの話、誰にも内緒だからね」

 二階の廊下で別れるとき、ウルリケはそう言った。

「今度、レクトにも魔法教えてあげるから」

 レクトがどう答えようかと迷っているうちに、ウルリケは笑顔で手を振って、歩き去ってしまった。




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― 新着の感想 ―
[一言] エメリア△ と思ったらウルリケに言いくるめられてしまいましたね…。 「お母様」の正体は何なんでしょう((( ;゜Д゜)))
2023/07/08 06:13 退会済み
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