コイン集め
障害物競走に続いて、校庭いっぱいに広げられたたくさんの木の板を、魔力の棒で突いて自チームの色に変えていく、板の塗り替え競争の練習が行われた。
「こっちも面白そうだなあ」
ライマーが羨ましそうにぼやいた通り、純粋な体力勝負の側面が強い障害物競走と比べ、こちらの競技のほうがゲーム的な要素が強かった。
最初はみんな楽しそうに手近の板からどんどんと塗り替えていたが、魔力の棒の五回という使用制限がミソだった。
何も考えずに使っていると、たちまち魔力切れを起こして自分の陣地に帰ってこなければならなくなる。
魔力補充用の壺に棒を入れてしばらくすると魔力が再充填されるのだが、それには意外に時間がかかる。
全員が同時に魔力切れになってしまったら、その間に相手にやりたい放題されてしまうので、生徒同士でタイミングを測り合わないといけない。
結果的に、校庭中を行ったり来たりすることになる、これはこれでなかなか運動量の激しい競技だった。
「体力だけではなく、頭も使うんだな」
額に玉のような汗を浮かべて、レオンが言った。
「だが、面白い」
「やりがいがあるわね」
ベルティーナも頷く。
「チームで作戦を立てましょう」
レオン、ルネ、ベルティーナの三人を中心にして話し合いを始めた塗り替え競争チームを、ラウディが白けた目で眺めた。
「ふん。何が頭も使う、だ。こっちが頭を使わねえみたいな言い方しやがって」
「障害が出てからが、こっちの競技の本番でしょうね」
ようやく息の整ったハイデが言う。
「今日のこれは、単なる長距離走だもの」
「まあな」
ラウディは渋々認める。
「次の練習では、多少は障害も出してほしいぜ。今のままじゃ練習にならねえ」
「あら」
ハイデはラウディの顔を珍しいものを見つけたように見た。
「あなたも結構本気なのね」
「当たり前だろ」
ラウディはハイデを睨む。
「負けたくねえだろうが、他のクラスの奴らになんか」
「それなら団結しないとね」
ハイデは腰に手を当てて立ち上がる。
「遅いレクトを責めたって、何にもならないわよ」
「団結したって、遅いやつがいたんじゃ勝てねえだろうが」
「あなただってウルリケに負けたんでしょ」
「そ、それは」
悔しそうに口をつぐんだラウディを尻目に、ハイデは一人ぽつんと腰を下ろしていたウルリケに近付く。
「ねえ、ウルリケ。すごかったわね。あなた、どうしてあんなに速いの?」
「走るのは昔から得意なのよ」
ウルリケは、相変わらずそっけなかった。
「ただ、それだけ」
さっきレクトに見せていた優しい態度とはまるで違う、関わり合うこと自体を拒否するかのような冷たい態度。近くで見ていたレクトの方がそれに冷や冷やした。
「ふん、次は負けねえからな」
ラウディが喚くように言った。
「お前が走るのが得意だと知らなかったから、ちょっと油断しただけだ。最初から速いと分かってれば、やりようはいくらでもあるんだよ」
「別に、私はどっちでも」
ウルリケは小首をかしげた。
その仕草が、ひどく大人びていた。
「あなたと競っていたつもりはないし、自分のペースで走るだけだから。勝ちたければ、私より速く走ればいいんじゃない?」
「……ふん」
勢いを削がれた顔でラウディがそっぽを向く。
「いや、ほんとに速かったな。ビビったぜ」
ライマーが無邪気な驚きを口にした。
「こりゃ、他のクラスに勝てそうだな」
「そうね」
ハイデもそれには同感だった。
「期待できそう」
だが、当のウルリケは興味なさそうな顔で、棒を持って校庭を走り回るレオンやベルティーナたちを眺めていた。
やがて、その練習が終わるとヴィルマリーは全員を集めた。
「それでは、最後にコイン集めの練習をします」
そう言って、褐色のローブの袖からじゃらじゃらとたくさんのコインを取り出した。
「得点は、銅貨が一枚につき一点。銀貨が三点。そして金貨が十点です」
「おお」
ライマーが目を輝かせる。
「俺、絶対に金貨取る」
「本番では金貨はおそらく三枚ほどしかありません。取るのは困難ですよ、ライマー」
ヴィルマリーはそう言うと、コインを持った両手を高く掲げた。
その手がぼうっと輝きを帯びる。
そして。
「うわあっ」
「すごい」
生徒たちから歓声が上がった。
ヴィルマリーの手から、鳥や蝶、兎や蜥蜴、トンボやバッタなどたくさんの生き物が飛び出したからだ。
これら全てが、変化の術で姿を変えられたコインなのだ。
「それでは、開始」
ヴィルマリーは空になった手を叩いた。
「捕まえなさい」
生徒たちが一斉に走り出す。
レクトも一生懸命走った。
けれど、コインの小動物たちはなかなか素早かった。
あちこち跳ね回るバッタを追いかけまわして、やっと一匹捕まえたところで、終了の合図が鳴った。
「はい、そこまで」
レクトの手の中のバッタが銅貨に姿を変えた。
「一点か」
それでもレクトには嬉しかった。
だが、顔を上げて他の生徒たちを見ると、みんな銅貨を何枚も持っている。中には銀貨を持っている生徒もいるし、レオンとラウディが得意げに金貨を掲げていた。
「くっそー、あと少しで捕まえられたのによ!」
ライマーが、金貨を前に嘆いていた。
ああ、そうか。
レクトは恥ずかしくなってうつむいた。
みんな、そんなに捕まえられるのか。
「どうしたの、レクト」
声を掛けてきたのはウルリケだった。
「あ、ウルリケ」
レクトは弱々しく微笑む。
「僕、銅貨一枚しか取れなかったよ。ウルリケは?」
「私は銅貨三枚と銀貨一枚だけど」
ウルリケは自分の手を開いて小さな四枚のコインを見せた後で、肩をすくめた。
「でも、こんなもの遊びだもの。別に気にすることないわよ」
「それはそうかもしれないけど」
でも、ほかの生徒たちに比べて自分が劣っていることをはっきりと見せつけられるのは、つらいし悔しい。
さっきの障害物競走といい、全然いいところがない。
「そんなことよりも、ね。レクト」
急にウルリケが身体を寄せてきたので、レクトはどきりとする。
「今日の夜、私の部屋に来てよ」
「え?」
「あなたにだけ、いいもの見せてあげるから」
そう言ってウルリケは妖しく微笑んだ。




