火種
「で、今日は結局何だったんだよ。ケンカの原因は」
その頃教室では、お調子者のライマーが、ウルリケとべルティーナとのやり取りの一部始終を見ていたハイデと話していた。
「森へ薬草を摘みに行こうってべルティーナが誘ったみたい」
ハイデは自分の席に腰かけ、そう答える。
「でもウルリケは、昨日自分で摘んだからって断って」
「ふうん」
ライマーは癖っ毛をがりがりと掻く。
「もう摘んでたんなら仕方ねえな。べルティーナがそれでも無理に誘ったのか?」
「無理やり誘うような子じゃないわよ、べルティーナは」
ハイデは肩をすくめる。
「じゃあ昨日あなたが摘んだ場所を私にも教えて。私も別の薬草の生えてる場所を教えてあげるって、そう持ち掛けてたけど」
「なら、それでいいじゃねえか」
ライマーがそう言うと、モリスも頷く。
「僕もそう思う。お互いにいい場所を教え合っておけば、きっと後々で楽だよ」
「私だってそう思うんだけどね」
ハイデは大人びた仕草でため息をついてみせる。
「ウルリケはべルティーナに、あなたのために薬草摘みを手伝えってこと? そんなのごめんだわって言ったの」
「おお」
ライマーとモリスは顔を見合わせる。
「その言い方は」
「うん」
「それでべルティーナも、そんなつもりじゃないって」
「そりゃそう言うよな」
「うんうん」
「だけどウルリケはいつものあの顔で、だってそういうことでしょって言って。あとはあんたたちにも聞こえてたでしょ」
「ああ」
その後で、あのべルティーナの大声になったわけだ。
ライマーとモリスは納得した顔で頷いた。
「そういうことか」
「困ったものよね」
ハイデは言った。
「これじゃクラスが全然まとまらないわ」
「そうだぞ」
ライマーが頷く。
「お前ら女子が仲悪いせいで、俺たち男子までとばっちり食ってるんだからな」
「何よ、あんたたちだって」
ハイデはじろりとライマーを睨む。
「入学してすぐの頃は、毎日ケンカばっかりしてたじゃない」
「あれは」
ライマーはモリスを振り返る。
「男には必要なんだよ。なあ、モリス」
「う、うん」
確かに入学当初は、男子にはケンカが絶えなかった。
一クラス16人、全三クラス48人の初等部一年生のうち、女子生徒は18人。男子生徒が、その倍近い30人いる。これでも今年は女子が多い方らしく、現に三年生の女子は13人しかいない。
ライマーたち一年一組は、男子十人、女子六人という構成になっている。
男の子というのは、特に出会ったばかりの最初は、誰が強いのか、誰の立場が上なのか、そういう序列のようなものを決めるためにぴりぴりするものだ。
まるで動物のようだが、生まれも育ちもまるで違う年端も行かない少年たちが急に一つの場所に集まって共に生活するのだ。自然とそういう軋轢も生まれる。
そしてそこに、学院の教師たちはほとんど介入してこない。
どのように集団を作って、どのように自分たちの才能を伸ばしていくのか。
厳しい試験を乗り越えて、ノルク魔法学院に入学してきた選ばれし子供たちだ。全ては、彼らの自主性に任されている。
一年生の男子の中では、時に殴り合いのケンカまでが繰り広げられつつ、結局は学年の何人かの男子がリーダー格ということに落ち着いた。
ライマーたち一組でいえば、ガライ王国の貴族のレオンとウィルコール王国出身の平民のラウディが双璧といったところだ。
女子の方は男子ほどあからさまではなく、もう少し曖昧な形でリーダー格が決まる。
学院内では貴族や平民という身分は関係ないとはいえ、やはりそれが全く影響しないと言えば噓になる。
一組のクラス委員でもあるルネと、それからべルティーナの二人が立場や人望、積極性の面からいって女子のリーダー格と言ってよかった。
二人ともに貴族の令嬢だ。
フォレッタ王国の貴族の令嬢であるウルリケも優秀ではあったが、人の輪に加わらず、思ったことをずけずけと言う一方で、自分の興味がないことにはまるで関与しようとしないなど、協調性に欠ける面が多々あり、リーダー格になるどころかそれがクラスの不協和音の一因となっていた。
とはいえ、普段の言動からウルリケが相当に賢い少女であることが窺われるのも、女子たちが彼女の存在を気にせざるを得ない要因の一つだった。
「クラス委員のルネだって、ウルリケのことは見て見ぬふりだし」
ライマーが言う。
「このクラス、まとまる気がしねえよ」
「もう別に、無理にまとまる必要ないんじゃない」
ハイデらしくない言葉に、ライマーとモリスが驚いた顔をすると、彼女はいたずらっぽく笑った。
「って、ウルリケなら言うと思う」
「ああ。ウルリケなら言うよ。絶対言う」
ライマーはため息をついた。
「あのお嬢様、わがままに育ち過ぎなんだよ。自分だけが魔術師になるわけじゃねえんだぞ」
その時、教室のドアが開いた。
顔を覗かせたのは、少し赤い目をしたべルティーナだった。
後ろには、彼女を追いかけていったケリーとデルマもいる。
「みんな、さっきはごめんね」
べルティーナは恥ずかしそうに言った。
みんなといっても、もう教室残っているのはライマーたち三人だけだ。
「ああ、別にいいよ」
ライマーが言った。
「大声出してすっきりしただろ」
「そういうわけじゃないけど」
べルティーナは微妙な顔をする。
「でも、確かにあんなに大きな声を出したの、久しぶりかも」
べルティーナもガライの貴族の令嬢なのだ。普段から活発ではあるけれど、あんな風に感情を高ぶらせているのを見たのはライマーたちも初めてだった。
「もう落ち着いたんだね」
ハイデが言うと、べルティーナは頷いた。
「うん。中庭の噴水のところで涼んできたの」
「あそこ、いいよな」
ライマーが無邪気に同意する。
「あんまり人もいないしさ」
「うん。また何か嫌なことがあったら、あそこに行く」
べルティーナは微笑む。
「それで私ね、ウルリケに話しかけるから、苛々しちゃうんだってことに気付いたの。友達になりたかったから色々と話しかけてみたけど、もうあの子のことは放っておくことにしたわ」
その言葉に、ケリーとデルマもうんうんと頷く。
この二人も、ウルリケの日頃の言動に苛々させられていた口なのだ。
「別に、クラスの子全員と仲良くしなくちゃいけないわけじゃないし。あの子は、最初からいないものだと考える」
吹っ切れた口調で、べルティーナが言った。
「ああ。そうした方がいいぜ」
ライマーが深く考える様子もなく頷く。
「あいつも仲良くするつもりないみたいだし、一人でやらせておきゃいいんじゃねえの」
「そうだよ、困るのは向こうだもの」
ケリーが切れ長の目を憎々し気に細めて言った。
「後で泣いて頼んできたってしーらない」
それでいいのだろうか。
ハイデは、微妙な表情のモリスと顔を見合わせる。
確かに、ウルリケは自分から歩み寄ろうという姿勢は見せないし、べルティーナの言っていることは、ウルリケがさっきハイデに言ったことと同じだ。
だが、こうしてウルリケをのけ者にしていく流れができていくのは、あまりいいことだとは思われなかった。
先生に相談してみようかな。
ハイデは、担任のヴィルマリーの顔を思い浮かべる。
短い指示棒を手に、常に厳しい表情を崩さない初老の女性教師。
ヴィルマリー先生は、私の心配していることを分かってくれるだろうか。
生徒同士のことは自分たちで解決しなさい、と言われそうな気がした。
とりあえず、クラス委員のルネに話してみようか。
笑顔で話すべルティーナたちを見ながら、ハイデはそう思った。