組分け
結局、ウルリケは戻ってこなかった。
しばらくして、ハイデだけが戻ってきた。
「やっぱりだめだったの?」
べルティーナに尋ねられ、ハイデは硬い表情で頷いた。
「ハイデ、戻ってきてすぐで悪いんだけれど」
ルネが言った。
「あなたはどちらに出る?」
「えっ」
ハイデが黒板を見ると、すでにクラスメイト達の名前が書かれていた。
「あなたが決めてくれれば、それで自動的にウルリケも決まるわ」
障害物競走と、板の塗り替え競争。
「ええと」
ハイデは迷った。
ぱっと見た感じでは、メンバーがずいぶんと偏っている気がする。
「こっちに来なさいよ、ハイデ」
ケリーが言った。彼女の名前は板の塗り替え競争の方に書かれていた。
そちらには、べルティーナとデルマの名前もあるし、べルティーナと仲の良いレオンと、彼の仲間の貴族の男子二人の名もあった。
「障害物競走って、女子にはちょっと大変だと思うし」
ケリーは言う。
確かに、それはそうかもしれない、とハイデは思う。
ラウディと、彼の取り巻きのジルコやエダーの名前は障害物競走の方に書かれている。
そちらにはレクトやライマーの名前もあって、女子は一人もいなかった。
「ルネ。あなたの名前がないみたいだけど」
「私は最後に書くわ」
ルネは答えた。
「みんな決まった後で、残った方に入る」
「いいの?」
「ええ」
ルネは微笑む。
「一応、クラス委員ですもの」
それがルネなりのクラス委員としての責任の果し方ということなのだろう。
「分かったわ」
ハイデはもう一度、黒板を見た。
今の一年一組の歪みがそのまま表れているかのような、偏った組合せに見えた。
「あんまり女子が固まるのは、良くないだろうから」
ハイデは言った。
「私は、障害物競走の方に回るわ」
「あら、そうなの」
ケリーが少し鼻白んだ顔をする。
「残念」
「ハイデは障害物競走の方ね」
ルネはハイデの名前を黒板に書くと、じゃあ、と言った。
「私は板の塗り替え競争に行かせてもらうわ。残ったウルリケは」
「え? 障害物の方に来るのかよ」
ラウディが不満そうに舌打ちする。
「そっちは貴族ばっかりで固まりやがったな」
彼の言葉通り、板の塗り替え競争の方には、レオンを筆頭に貴族の男子三人と、べルティーナとルネの二人、クラスの六人の貴族のうち五人が名を連ねていた。
一方、障害物競走に参加する貴族はウルリケただ一人だ。
「結果的に、そうなったようだな」
レオンは素知らぬ顔でそう言った。
「だがまあ、これで決まりだ」
「本番前に、練習が二回あるそうだから」
ルネはクラスメイト達の顔を見まわして、言う。
「そこでしっかり団結して、他のクラスに勝ちましょう」
「団結、ね」
ラウディが含みのある笑いを浮かべる。
「まあいいや。貴族様方はともかく、俺たちは勝つぜ。おいレクト、足引っ張るんじゃねえぞ」
「う、うん」
レクトは頷く。
ウルリケと同じ競技になれて少しほっとしたが、ラウディと同じ競技になったのは気が重かった。
ラウディと何かをするくらいなら、同じくらい尊大で偉そうではあるけれど、脅したりどやしつけたりはしてこないレオンの方がずっとましだった。
けれど、ラウディが子分のようなジルコとエダーと一緒に、俺たちは障害物競走に出る、と宣言したら、レオンをはじめとする貴族の男子とべルティーナたち女子が、みんなあっという間に板の塗り替え競争に流れてしまった。
レクトが気付いた時には、塗り替え競争はもう七人埋まってしまっていて、残ったレオン派でもラウディ派でもないレクトやモリスは、もう障害物競走に行くしかなくなってしまっていた。
レオンたちの動きがあからさまだったのは、貴族同士で固まりたいという理由もあるのかもしれないが、粗野なラウディたちと組みたくないという理由もあるのだろう。
割を食うのはいつも気の弱いレクトやモリスだ。
深く物事を考えていないライマーだけは、
「こっちは六人も男がいるから、結構いいところいくんじゃねえかな」
などと嬉しそうに言っている。
「なんにせよ、これで決まったわね」
べルティーナが、手をぱんと叩いた。
「後は練習あるのみね」
「そうだな。ルネ、ありがとう。みんなもお疲れ様」
そう言って立ち上がろうとしたレオンを、ルネが止めた。
「ごめんなさい、レオン。実はもう一つ話し合わなきゃならないことがあるの」
「もう一つ?」
レオンは怪訝そうな顔をする。
「運動競技会のことでかい」
「いいえ」
ルネは首を振る。
「今、ちょうどここにはいない彼女のことについてよ」
その言葉に、運動競技会に向けて少し華やいだ雰囲気になっていたクラスの空気が変わる。
ハイデは緊張して椅子に座り直したす。
レクトは不安そうにクラスメイト達の顔を見る。
「ウルリケのこと?」
頬に指を当てて小首をかしげたのは、べルティーナだ。
「何かしら」
「本人がいなくていいの?」
ケリーが尖った声を出す。
「私だって、言ってもいいのなら、あの子には言いたいことがたくさんあるわ」
それは確かに、言いたいことはたくさんあるのだろう。
ハイデは思った。
けれどケリーも、ウルリケ本人に面と向かって言うだけの度胸はないのだ。
あの日、大声を出して怒ることができたのは、べルティーナだからだ。
べルティーナもウルリケも貴族の令嬢で、まとう雰囲気は明らかに平民とは違う。
ケリーは結局のところ、今ウルリケが不在で背後にべルティーナがいてくれるので強気になっているだけだ。
「女同士のけんかなら、女だけで話し合ってくれよ」
ラウディが面倒そうに言った。
「俺らは帰ってもいいだろ」
「ウルリケに、授業の連絡がきちんと伝わっていなかった件よ」
ルネは言った。
「それは、そのとき日直だったあなたにも関係があるでしょう」
「それはケリーのせいだろ」
ラウディは顎でケリーを示したが、ケリーとデルマに睨まれて肩をすくめる。
「仕方ねえな。なんだよ」
「今日も一人で帰ってしまったけど」
ルネは、ウルリケが出ていったドアの方をちらりと見た。
「ウルリケがクラスの雰囲気を悪くしていて、それがクラス全体に悪い影響を与えてるんじゃないかって。そんな意見があるんだけど」
え?
ハイデは思わず顔を上げてルネを見た。
そういう話なの?
ウルリケが孤立しているっていう話じゃなくて?




