孤立
「レクト」
寮の自室のベッドに寝転がっていたレクトに、帰ってきたモリスが遠慮がちに声を掛けた。
「ライマーが反省してたよ。からかいすぎた、そんなつもりじゃなかったって」
「うん」
レクトは生返事する。
「別にいいよ」
「……みんな、仲良くしてくれたらいいのにね」
椅子に腰かけたモリスが、そう言った。
「みんな魔術師になるっていう目標はおんなじなんだから」
「うん」
レクトはまた生返事をする。モリスは小さくため息をついた。
「そろそろ夕食に行かないかい」
「ごめん」
レクトは目を閉じる。
「今日は食欲がないんだ。君だけ行ってきてよ」
それでもしばらくモリスは迷った素振りをしていたが、
「それじゃあ」
と言って出ていった。
部屋が静かになり、レクトは暗い気持ちのまま目を閉じていた。
すると、ばたばたと慌ただしい足音が聞こえてきたと思ったら、ドアが開いた。
「レクト!」
飛び込んできたのはライマーだった。
「すまん!」
「な、何だよ」
レクトは驚いてベッドから上体を起こし、その拍子に上の段に頭をぶつけた。
「いたっ」
頭を押さえるレクトに縋りつかんばかりの顔をして、ライマーはベッドの脇にしゃがみこんだ。
「レクト、すまん。俺、すぐに調子に乗っちまうからさ。悪気はないんだ、ほんとに。思いついたら口に出さずにいられないっつうか」
「それは気を付けた方がいいよ」
後から入ってきたモリスが、穏やかにそう付け加える。
「分かってるなら、自分で直さないと」
「ああ。自分でもそうしようと思ってるんだけどさ」
ライマーはしょんぼりとした顔をレクトに向ける。
「だから、悪かった。レクト」
「いいよ、別に」
レクトは言った。
「怒ってるわけじゃないよ」
本当はまだ怒っていたが、こんな顔で謝られたら、レクトもそう言うしかない。
「怒ってなかったのか、よかった!」
言葉の裏を読むということをしないライマーは、ぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ夕食に行こうぜ!」
怒っていないと言ってしまった手前、断るわけにもいかなかった。
「まあ、それじゃあ」
レクトがベッドからのそのそと出てくると、ライマーは本当に嬉しそうな顔をした。
「俺、お前らのこと応援するからさ」
「え?」
「もうからかったりしないから。がんばろうぜ!」
何か勘違いがある気もしたが、それでもレクトはもうその話題に触れたくなかったので、聞こえなかったふりをした。
「夕食がなくなっちゃうよ」
開いたドアの向こうで、モリスはもう廊下を歩きだしていた。
「早く行こう」
「すみません」
手を挙げたのは、ウルリケだった。
「副読本を、持ってきていません」
その言葉に、ウェシンハスが渋い顔をする。
三年一組の担任教師であるウェシンハスは、説教が長いことで知られていた。
「ウルリケ・アサシア」
ため息とともに、ウェシンハスは少女の名を呼んだ。
「この学院には、一コマとして君たちがおろそかにしていい授業などないんだ。分かるかね」
「はい」
ウルリケは頷く。
しゅんとしているわけでもなく、ウェシンハスを真っ直ぐに見つめる彼女の様子に、後ろで見ているレクトの方がハラハラした。彼の隣の席のライマーは、モリスと目配せをし合っている。
「君が副読本を持ってきていないからといって、今日の授業を延期するわけにはいかない。そうでなくとも、君たちの学ばねばならないことは山積みなのだからね」
「連絡を受けていませんでした」
ウルリケは言った。
「日直の生徒から」
「誰かね、昨日の日直は」
「俺です」
手を挙げたのは、ラウディだった。
大柄でけんかっ早いことで知られる彼は、その腕っぷしの強さで同級生たちから一目置かれている。
「確かに昨日の日直は俺でしたけど」
ラウディは悪びれる様子もなく、首を捻った。
「でも俺、女子への連絡は女子に任せたんだけどな」
だが、当の女子たちは皆、素知らぬ顔をしていて、誰も何も言わない。
ただ、ハイデだけが難しい顔をしていた。
「誰に任せたにせよ、伝わらなかったことは事実だ」
ウェシンハスは呆れたように言った。
「寮の一階に掲示板があるだろう。連絡事項など、あそこに書き込んでおけばいちいち一人ひとりに伝えずに済むんだよ。各自がそこを見ればいいのだからね。時間は有限なのだから、有効に使わなければ。我がクラスの委員を務めるアイン君などは、クラス全員があらゆる情報を共有できるように、あそことは別に自分で独自の掲示板まで作ってしまった。そう、彼は実に優秀な生徒でね。つい先日も」
ウェシンハスの説教はそこから何故か、三年一組のクラス委員がいかに優秀かという話に流れ、自分で一コマも無駄な授業などないと言っていた割には相当な時間をそれに費やし、結局終了の鐘が鳴ったときには副読本を使うところまで進まなかった。
「次も使うので、副読本を忘れないように」
ウェシンハスがそう言って教室を去っていくと、クラスには弛緩した空気が流れた。
「おい、誰だよ。ウルリケに連絡しなかったやつ」
さして気にしてもいない様子で、ラウディが頭の後ろで腕を組む。
「危うく俺まで説教されるところだったじゃねえかよ」
その言葉に、男子たちが笑う。
「説教されればよかったのによ」
ライマーが言い、ラウディが「おいライマー」と笑顔を向ける。
「冗談じゃねえよ」
「伝えたと思ったんだけど」
そう言ったのは、ケリーだった。
「ごめんね。ウルリケっていつも一人でどこにいるのか分かんないから」
特に申し訳なさそうでもない口調だった。
そうだよね、とデルマが頷く。
やっぱりだ、とレクトは思った。僕の時と一緒だ。ケリーが、女子に伝えると申し出て、そしてウルリケには伝えなかったんだ。
「この間も、こういうことがあったわ」
静かな声で言ったのは、当のウルリケだった。
「それじゃあ困るのよ」
「俺のせいじゃねえぞ」
ラウディが興味なさそうに言う。
「俺はケリーたちに頼んだんだからな」
「どこにいるのかも分からない人に伝えるのって、大変なのよ」
ケリーも、謝罪もすることなく言った。
「こっちだってそんなに暇じゃないし。あなたのためにここで勉強してるわけじゃないもの」
その言い方にあからさまな棘があり、クラスにぴりっとした空気が流れる。
うひゃあ、怖え、とライマーがおどけた声を上げる。
「まあ、いいわ」
ウルリケは肩をすくめた。
「ウェシンハス先生の言う通りだから。これからは掲示板を見ればいい。日直はちゃんと書いてね」
誰も返事をしなかった。
ケリーはさっさと前に向き直って隣の席のデルマと話を始めてしまう。
ラウディがばかにしたように、へっ、と鼻で笑い、教室には白けた空気が漂った。
息を詰めたような青い顔をしているのは、レクトだけだ。
クラス委員のルネは、我関せずといった感じで教科書のページをめくっている。
これは、良くない。
ハイデは思った。
ルネじゃ頼りにならない。
やっぱり、ヴィルマリー先生に相談してみよう。




