くじベリー
「どうした、レクト」
ライマーの声に、ぼんやりと考え事をしていたレクトは顔を上げた。
“休憩所の木”の上から、ライマーがひょっこりと顔を出している。
「お前も登って来いよ。くじベリー、こっちで食おうぜ」
「ああ、うん」
レクトは腰かけていた石から立ち上がった。
放課後の森。
学院の生徒たちは、思い思いの場所で遊んだり植物やキノコを採集したりしていたが、今日レクトとライマー、それにモリスの三人が集めていたのは、この季節に赤い小さな実を付けるテリクベリーだった。
それが子供たちに“くじベリー”と呼ばれる理由は、甘酸っぱい実の中に時々、ひどく苦い実が混じっているからだ。
甘い実も苦い実も同じように赤く、外見からは全く区別がつかないので、子供たちはまるで運試しのくじをするようにこの実を食べる。
世界中から才能あふれる子供たちが集められたこの学院の森でも、テリクベリーはやはり人気だった。
レクトは木の幹のこぶに足を掛け、ライマーとモリスの待つ枝の上まで登った。
登りやすいうえに、枝が三本お誂え向きに並んでいて座りやすいこの木を“休憩所の木”と名付けたのはライマーだ。
森の小道をしばらく歩いて疲れた頃に現れるこの木は、枝に腰かけて休憩するのに持ってこいというわけだ。
「よし、じゃあ俺から行くぜ」
登ってきたレクトが枝に座ったところで、ライマーが待ちきれないように自分のローブの袖に手を突っ込んだ。
「これだ」
そう言って、赤い実を一粒摘まみ出すと、口に放り込む。
「うまい」
にやりと笑ったライマーに続いて、モリスが自分の袖からベリーを摘まみ出す。
「じゃあ僕はこれ」
モリスはおそるおそる口に入れて、それからほっとしたように「よかった、甘い」と呟く。
「よし、次レクトだぜ」
「うん」
レクトは自分のローブの袖に手を入れ、そこに入っている何粒かのベリーを指先で転がした。
「ええと」
気乗りしないまま、レクトはその中の一粒を摘まみ出す。
「これにしよう」
そう言って口に含んだ瞬間、青臭い苦みが口いっぱいに広がった。
「げえっ」
呻いて吐き出したレクトを見て、ライマーが手を叩いて笑う。
「やった、レクトが当たったぞ」
「一粒目で、もう当たったのかい」
モリスが驚いたように言った。
「今日はついてないね、レクト」
「ついてない?」
ライマーがその言葉を聞き咎める。
「ああ、そうか。そういえば今日は授業中にも」
「うげえっ」
口直しに慌てて次のベリーを口に含んだレクトがまた吐き出したのを見て、ライマーが身体をのけぞらせて大笑いする。
「すげえ。ふた粒連続。初めて見た」
「危ないよ、ライマー。落ちるよ」
ライマーがあまりに身をよじって笑うので、モリスが心配そうに声を上げる。
「レクトも大丈夫かい」
「ああ、う、うん」
やっと三粒目で甘い実に当たったレクトは涙目で頷いた。
「ひどい目にあった」
「いやあ、面白いもんが見れた」
ひとしきり笑った後で、ライマーが自分のベリーを食べながら、そういえば、とレクトに顔を向ける。
「今日、災難だったな、レクト」
「え、何がだい」
「ほら。ワルハット先生の授業で、ウルリケお嬢様がフルエプラムの種を持ってこなかっただろ。あれ、日直のお前のせいにされちまってさ」
「ああ、あれね」
レクトは曖昧に頷く。
「僕のせいにされたっていうか……」
「レクトは偉いよね」
モリスが口を挟んだ。
「日直は僕でしたって、自分で手を挙げてたもんね」
「そうだよな。俺だったら絶対挙げない」
ライマーが能天気に笑う。
「怒られたくないもんな」
「実はさ」
レクトはずっとわだかまっていたことを、口にした。
「あのとき、女子の連絡はケリーがしてくれるって言ってくれたんだ。それで、僕は任せたつもりだったんだけど」
「ケリー?」
ライマーはモリスと顔を見合わせた。
「どういうことだ?」
レクトは、その日の放課後に教室であったことを二人にも説明する。
「ケリーのほかに、べルティーナとデルマもいたんだけど」
「いつもの三人組か」
ライマーは腕を組んだ。
「でもケリーのやつ、ワルハット先生の授業でそんなこと何も言ってなかったじゃんか」
「うん」
レクトは頷く。
「きっと忘れちゃってるんだと思うけど……」
「そうかもな」
ライマーはやはり深く考えずに頷く。
「俺だって三日も四日も前のことなんて覚えてねえからな」
「うーん、でも」
モリスが遠慮がちに言う。
「べルティーナとデルマもいたんだよね、ケリーだけじゃなくて」
「うん」
「三人とも忘れるって、ちょっと僕はあんまりない気がする」
「どういう意味だよ」
「だから、わざとウルリケにだけ伝えなかったってことだよ。レクト、君だってそれを疑ってるんでしょ?」
「え?」
今までそんなことを思いつきもしなかった様子のライマーは、
「あ、そういうこと?」
と素っ頓狂な声を上げ、それから両手で自分の両腕を抱く。
「あいつら、仲が悪いから、それで? うひゃあ、女って怖え」
「そうと決まったわけじゃないけど……」
レクトがなおも言葉を濁すと、モリスは、
「でも心配だね」
と暗い声を出した。
「こんなことがこれからも起こったら、どんどんクラスの雰囲気が悪くなりそうだね」
「そうだな」
ライマーも真剣な顔で頷く。
「俺たちもべルティーナたちは怒らせないようにしないとな」
「いや、そういうことじゃなくて」
「だって、ウルリケは自業自得だろ」
ライマーは鼻を鳴らす。
「あいつみたいな態度取ってたら、やられたって仕方ねえよ。モリスだってそう思っただろ?」
「うん、まあね」
モリスは顔をしかめる。
「べルティーナが怒るのも無理ないかなとは、僕も思ったけどね」
「俺だって嫌いだぜ、あいつ。人のことをいっつもばかにしたみたいな目で見るしさ」
「それはライマーがいつもばかみたいなことをしてるから」
「なんだと?」
ライマーとモリスの会話を黙って聞いていたレクトだったが、そこで我慢できなくなって
「ウルリケは、そんなに悪い子じゃないんだ」
と呟いた。
「ほら、僕はオリエンテーションでウルリケとペアだったから」
「ああ、そうだね」
モリスが頷く。
「最初は、組むのが憂鬱だって言ってたのにね」
「うん。だけどああ見えて結構優しいし、素直なところもあるんだ。笑うことだって」
そこまで話してから、面白がるような顔のライマーと目が合って、レクトは口に出してしまったことを後悔する。
「なんだお前、実はウルリケのことが好きだったのか」
「ち、違うよ」
レクトは慌てて首を振る。
「どうしてそういう話になるのさ」
「そういえば前にもそんなことがあった気がするな。ウルリケって、レクトにだけは結構優しいんだよな」
「別にそんなことないってば」
「いや。怪しいぞ。やっぱりお前ら、好き同士なんじゃないのか」
「違うってば」
「いや、怪しい!」
「よしなよ、ライマー」
一応モリスがたしなめてくれるが、調子に乗ったライマーは「レクトとウルリケ、好き同士ー」などと節を付けて歌い出す始末だ。
「もういいよ」
やっぱり話すんじゃなかった。
レクトは木から乱暴に飛び降りた。
「おい、待てよレクト!」
慌てたライマーの声がしたが、レクトは振り返らずに走った。




