車の中という密室で
この作品は しいな ここみ様主催の「冬のホラー企画」参加作品です。
※なろうにて直書き投稿したので、誤字・脱字・変換間違い等あると思います。お手数ですが見かけたら誤字報告お願いいたしますm(__)m
これはもう20年以上も前の話である。
当時私は普通の会社員として勤めている20代だった。名前を仮に赤城弘としようか。
とある年の瀬の事。
その年は数年来の寒波の影響で、普段は雪の積もらない土地柄の都市部にも朝から夜にかけてドカ雪が降り、交通マヒが起こって帰宅難民が出ているというニュースがテレビから流れるほど、街の中は雪で真っ白な世界を作り上げていた。
そんな中、私が勤めていた会社の周囲は毎年の事なので、特に気にした様子もなく普段通りの生活が営まれていた。だから年の瀬も迫った時期に、毎年恒例となっている忘年会が開かれるという事で、その幹事に選ばれた私は、丁度いい場所を知っているという同僚の言う事を聞いて、そのお店を予約した。
同僚の言う通り、そのお店の料理もお酒もどちらもリーズナブルで、更にとてもおいしかった。こういう時にかわいそうなのが、運転手としてこういう飲み会に参加している人だ。みんなが楽しんで盛り上がるのはアルコールのチカラも相まっているので、どうしても周囲のテンションにはついていけないでいる。
わたしはそんな方々にも楽しめるようにと、ミニゲームなどを用意して、その時間を飽きないように工夫をすると同時に、そんな人たちと積極的に話をするようにしていた。
この時までは全くこの後に起こることなど予想すらしていない。只々みんなで楽しく時間を過ごす事しか考えられずにいた。
楽しい時間は直ぐに終わりという時間がやってくるもの。
2時間の予約時間はあっという間で、体感的には1時間も経っていない様にさえ感じる。しかしやっぱり時計は正確なようで、みんなでその場を締めて各々帰りの途に就くことになるのだが、俺の役目は最後まで残って会計を済ませ、忘れ物が無いかを最終チェックすることまでである。
この時仲のいい後輩の二人、佐藤と加藤としておこう。それと最後までお酒を飲まないのに、場を盛り上げる事を手伝ってくれた貴重な一つ上の先輩で上野さん。もう一人が同じく幹事をしてくれた同期の女性で平木さん。
最後まで残ったのはこの5人。
「平木さん忘れ物は無いみたいだ」
「そう? こっちもお会計終わったわよ」
「間に合ったかな?」
「足りないところは部長が出してくれたわ」
「それは何より。さすがこういう時の為の部長だ」
平木さんとそんな話をしていたら、残った三人も大きな声で笑いあった。
「どうするんだ?」
上野さんからそんな声を掛けられる。
「どうするとは?」
「まっすぐ帰るのか?」
「……みんなどうする?」
俺はその場の4人の顔を見渡す。しかしだれからも返事が無いので、俺が一声かけてその場を後にすることにした。
「上野さんスミマセンが、俺たちの事を乗せて頂くことはできますか?」
「ん? 構わんよ? どうせ帰るだけだしな」
「「「「ありがとうございます!!」」」」
4人でお礼を言うと、上野さんが「じゃぁ行くか」と一声かけて、上野さんの車へと歩き出した。
バタン!!
「良し!! みんな乗ったか?」
「そうですね、大丈夫みたいです」
最後に乗ったのは、残ったメンバー唯一の女性である平木さん。さすがに後部座席で男と一緒という訳にはいかない。最悪サンドイッチ状態になってしまうし、端に乗ったとしても押しつぶされてしまう可能性もある。
前に乗った平木さんがシートベルトを締めたのを、運転手の上野さんが確認して上野さん自身もシートベルトを締める。(※1)
エンジンキーを回したのと同時に、動きだしたエンジン。そして「カチッ」という音と共にすべてのドアがロックされた。
少しの間暖機運転をして、車は駐車場から出て一般道へと出て行く。暖機運転の間に温められた窓に、いつの間にか降り始めた雪がぶつかり、滴となって流れていく。その様子を窓際に座っていた俺は静かに見ていた。
走り出す事数分。
それまで静かだった、佐藤が急に勢いよく片手を上げる。
「どうした?」
「どこか行きません?」
佐藤の方へ顔を向けると、その佐藤が俺を含め皆を見渡した。その表情はどこかウキウキとしている感じがする。
「どこかって……何処よ?」
運転しながら上野さんが訪ね返す。
「そうすね……、このまま皆で肝試しとか!!」
「バカかよ……。そういうモノは夏にする物だろ?」
佐藤の言う事に直ぐに否定的な意見を言う加藤。
「俺はどちらでもいいぞ? この後の予定はないからな。それにこのままお前たちを家に帰すにしたってそれほど時間を使うわけじゃないし」
上野さんの言葉を聞いた佐藤が一人ではしゃぎまわり、残りの平木さんと加藤を説得し始める。向かっているのが丁度いいと言っていいのか分からないが、とある曰く付きの家の近くを通るのだ。忘年会となったお店からそちらの方面に俺の住んでいるアパートと、平木さんの住んでいる実家が近いという事で、まずはそこから行こうと上野さんが判断したわけだけど、俺は好き好んでそこを通ろうとはしたことが無い。
平木さんに関しても俺と同じだと思う。そこの近くを通らなくても会社に行ったりすることが出来るので、まず近寄らない。
何故なら、そこは町から少し離れた林の中に有るから。
辺りは暗く、街灯もほとんどない場所。そして曰くつきときたら誰も近寄らなくなるのは当たり前で。
今では結構荒れ放題だと聞いたことが有る。
俺がそんな事を考えている間に、俺を除く3人の説得に成功していたようで、上野さんの走る車はその林のある方へと向かっていた。
「おいおい……まさか、本当に行くんですか?」
「あぁ。佐藤がうるさいからな」
バックミラーを少しクイッと動かして、俺の方を覗くようにした上野さんの顔が少し疲れが見える。
「とはいえだ、何もなければすぐに帰るぞ。雪もけっこう降ってきたみたいだからな」
「えぇ~!!」
佐藤だけがブーイングを飛ばす中、少しだけ俺たちの方に顔を向けた平木さんは苦笑いしかできなかったようだ。
そのまま車は雪の降り続ける道路を走っていく。
車内はまだまだ忘年会で騒いでいたままの、とても明るい雰囲気を残していた。
それから十数分後。
降り積もった新雪の上で、ギュっ!! と雪を押しつぶす音と共に停まる。
それまで騒いでいた佐藤も目の前の様子を見て押し黙っている。それもそのはずで、目の前には噂になっている通りの林が広がっていて、その中を車が一台通るのがやっとと思われる細い道が続いていた。
「ここ……ですか?」
「お前の言っているここっていうのが、噂の事を言っているのなら、この道の先に有るぞ」
「そ、そうなんですか……。すげぇ暗いっすね。なんだか雰囲気有るわぁ」
目の前の暗闇にさすがの佐藤もビビっているようだ。
「因みに言っておくと、ここまで来ると周りに家とかないからな?」
「え? マジですか……。じゃぁ何かあったら?」
「逃げるしかない」
「…………」
佐藤以外にも、上野さんや加藤が林の方を見たまま黙ってしまっている。平木さんだけが俺の方を向いて不安げな表情を見せていた。
「行くんだろ?」
「せ、せっかくここまで来たんすから行きましょう!!」
佐藤の気合の入った一言でみんなが車から降りると、その一本しかない道路へと歩いて進む。もちろん誰も住んでいない場所なので、雪が積もり放題になっているから、進むにしても結構大変だ。
林の入り口周辺はまだ車の通りがある事から雪かきはしてあるが、林の中の道は全くされていない。つまり車で行くことが出来ないから自然と歩きのみという事。
膝に届かんとする積もっている雪の中を、ここに来たいと言い始めた佐藤を先頭にして進む。雪が降っているし、寒さを少しでも忘れるようにと5人で会話しながら進んでいくと、急に目の前が開ける場所へと到着した。そしてその開けた場所のちょうど一番奥に一軒の家が見える。
「あれっすか?」
「そう……だと思う。俺も来たことが無いから詳しくはわから――」
会話も終わらないうちに佐藤がずんずんと進んでいく。
「あ、おい佐藤!!」
「平気っすよ!!」
慌ててその後を追い、佐藤に追いついた時には、その家から数メートルの所まで来ていた。そのまま誰も何も言わずに数分――いや数十秒かも知れないが、家を見つめる。
「ま、こんなもんすよね。何もないみたいですから帰りましょう!!」
一番張り切っていた佐藤が、また自ら先頭に立って進んできた道を戻る様に歩いていく。
「ねぇ赤城君」
「ん?」
佐藤の行動に少し呆れていた俺に、隣りにいた平木さんが声を掛けて来た。
「何か、彼変じゃない?」
「え? そうかな? いつもと……いや、さっきまでと変わらない気がするけど……」
「そうかしら?」
俺にはいつもと変わらない、つい先ほども一人はしゃいでいた時の佐藤に見えるが、平木さんは少し感じる事が有ったみたい。しかし俺はその言葉を本気にする事は無かった。
その会話はそれで終わり、佐藤が行ってしまった事もあって、またしても4人でその後を追う。
そして、上野さんの車が止まっている場所まで行くと、佐藤がブルブルと震えながら待っていた。
「どこ行ってたんすか!?」
「何処って……何言ってるだお前……」
「もういいッス!! 寒いんで車に入りましょう!!」
突然すごい剣幕で俺たちに大声で怒鳴る佐藤にビックリしつつも、俺たちは車の中へと入る。ここに来た時と同じ位置にそれぞれ座ると、上野さんは直ぐにキーを回してエンジンをかけた。しばらくはまた暖機運転が必要なのでそのまま待つ。その間は誰も何も言わず静かな時間が過ぎていった。
数分してエンジンがあったまったようで、ようやく車は走り出すが、佐藤の機嫌が悪くなったからか、車内では誰も話をしない。
窓の外では、いつの間にか吹雪になっていた。
「上野さん」
「ン?」
走り出して数分。俺は気になった事を聞く為に話しかけた。
「どこに向かっているんです?」
「…………どこだろうね?」
返事が曖昧なままでも車はそのまま走り続けていく。
しかし曰くつき林までの道から一般道に出てからは、来た時とは明らかに違う道を走っている。俺や平木さんの家がある場所からも遠ざかっているようだ。そしてその事に俺以外の誰も疑問を持っていない事も気になった。
途中で下ろしてもらおうかとも思ったが、自動ロックされているので鍵は開かない。俺だけがそんな事をぐるぐると考えていると、車は付近で一番大きな川に架かる橋に近づいていく。バックミラー越しに見えた上野さんの様子が少しおかしいのだが、俺の隣にいる二人は何も言わずにただ下を向きっぱなし。
車はそのまま橋の袂を無事に過ぎた。俺は安心したのかフッと全身から力が抜ける。ため息を一つ吐いてもう一度上野さんへ問いかけようと顔を上げた瞬間。
俺以外の4人からジッと見つめられている事に気付いた。
「え? え!? 上野さん!! 前!! 見て!!」
慌てて上野さんに声を掛ける。
そして車は運転手の見ていない方向へと進んでいき――。
ドガーン!!!!
大きな音を立てて何かを壊した音が耳に響く。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
横に見えてい橋の欄干が、俺の後ろに見えたとき、俺は橋の外に出たことを悟った。
「俺達の逝く所は、家に来た時に決まっていたのさ」
俺の方を向いたままの上野さんが、大きく目を見開いたまま、にちゃぁっと笑う
俺の記憶はそこで途絶えた。
気が付いた時には、包帯やギプスなどで体全く動かない状態のまま、病院の集中治療室のベッドの上で仰向けに寝ていた。俺はあの日から1週間意識の戻らないまま寝たきりだったらしい。俺が気が付いたと知ると病院の中では慌ただしくなった。
それからはいろいろとあった――。
雪によるスリップ事故として片づけられたあの日の事。
川に車ごと落ちた俺たち5人のうち助かったのは俺と平木さんだけ。事故を目撃していた人たちによって直ぐに消防などに連絡され救助が行われたのだが、佐藤と加藤、そして運転していた上野さんは助けられなかったと警察の方から話を聞いた。
生き残った俺と平木さんは同じ病院で意識を取り戻したのだが、俺達とあの三人の違いが良く分からない。川の中で――車の中で何があったのかは記憶に無いのだ。
後日、平木さんと再会してこの日の事を話す事があるが、俺には一つだけ言えない事が有る。あの時、上野さんが最後に俺に言った言葉。
あの言葉を忘れる事はできないだろう。
そしてあの場所には2度と行かないと決めている。
お読み頂いた皆様に感謝を!!
第2弾は少しホラーよりになっていると思いますが、いかがだったでしょうか?
(※1)
当時の道路交通法では、後部座席のシートベルト着用は、まだ法令で義務にはなっていません。