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太陽の刻印(3)

到着した王城を見上げるフェリシテの翠の瞳は期待にキラキラと輝き、艶やかに流れる黒髪、頼りなく纏った絹のマントから見えるしなやかな肢体。その姿は生まれたての女神のようだった。

同行の王子達はもちろんの事、女性である女王でさえもその姿に見とれていた。


 先に我に返った女王が皆に告げた。

「さあ、皆の者これからフェリシテが仕度したら大事な話をしたいと思う。今後彼女が住まう王子宮、嫌、今から天女宮にて行いたいと思う。それまで待っておくように」

 以前は王子宮と呼ばれていた王位継承者の為の宮殿は、中央に位置する王の住まう王宮と隣接していた。大小ある宮殿のうち王宮に続いて大きな宮殿だ。それがフェリシテの為に用意された宮殿だった。


 フェリシテは粗末な靴で歩くのもためらうような、ピカピカに磨かれた廊下を歩いて宮殿内に案内された。見渡せば宮殿の中は目も眩むばかりの豪華な装飾で素晴らしかった。

気後れする様子などない彼女にブリジットは感心した。庶民のしかも質素な神殿で育ったものがいきなりこのような処に連れて来られて堂々としているからだ。


(さすがは天界神の娘。そもそも出来が一般人とは違う。これなら私の思うもう一つの課題も大丈夫そうだな…)


 女王はユベールを本気にさせる作戦の他にもう一つ重大な決定をしようとしていたのだ。


 フェリシテは背中の鞭打ちの傷を手当されて、美しい絹のドレスに着替えた。神官服と違って初めて胸の開いた服を着たが嫌じゃなかった。胸元は 〝太陽の刻印〟 が見えるくらい開いていたが、いやらしさが無かったからだ。逆にふくよかな胸の美しさを引き出していた。上半身は身体にピッタリしているので細い胴を更に細く強調されてはいるが、そこから優雅にスカートは広がり、上下の曲線の調和がとても良くとれていた。最新流行のドレスらしい。神官服は色気がないと思っていたが身体全体にピッタリとした形が逆に、身体の線を強調しすぎていたのだ。だから今のデザインは隠すよりも出すことで彼女をより一層美しく輝かせていた。


髪を梳く侍女も鏡に映るフェリシテの輝くばかりの姿を羨望の眼差しで世話をしていた。もう彼女付きの侍女達の心を掴んだようだった。その姿で今までは妬まれ、蔑まれていた頃と大違いの反応にフェリシテ自身驚いてしまった。

 その誰をも魅了すると云われる〈天の花嫁〉の威力は高貴なる人達にも効果をあげたようだった。仕度を整えて入室した彼女に、一人を除いて熱い視線が送られていた。

 その一人とはユベールだった。彼だけくつろいだ様子で卓上に肘をついて関心がなさそうに腰掛けていた。あくびを辛うじて噛み殺している様子さえ見受けられた。

 女王はチラリとユベールを見て、少し落胆した。


(やはり…無関心か……それならばそうならないように仕向けるまでじゃ!)


「傷は大丈夫であったか?」

「はい。おかげまで、ありがとうございます。丁寧に治療して頂きました。それにこのドレスもありがとうございました。とても素敵です」

 ハキハキと物怖じなく礼を言うフェリシテに皆が注目した。

「礼には及ばない。急だったから有り合せで申し訳なかった。これから用意するから許しておくれ」

 女王はフェリシテに椅子を勧めると、早速話しが始まった。


「さて、皆には急な話でまだ詳細は説明出来ていなかったが…皆が存じているように我が国には〈天の花嫁〉の本来の婚姻の相手である王位継承者がいない。よって王族による婚姻となるわけだが…あえて一人に絞る事はしなかった。そなた達四人は国の中で最も血統の優れたもの達であり資格は十分である。そしてそなたらの中から只一人選び出す役目は〈天の花嫁〉に任せようと思う。自分の夫になるのは自分で決めて貰う」


 一同は女王のその言葉に息を呑んだ。

今まで他所を向いて聞いていたユベールさえも、ぎょっとして女王を見た。

 国政にも関わる大事な選択をいくら〈天の花嫁〉だからと言って、今まで普通に暮らしていた少女に任せると言うのだから正気の沙汰では無いからだ。候補に挙がっていても女王や大臣達で協議して決定されるものだと思っていたのだ。彼らが国王になるのでは無いが自分の第一子が成人して王となるまで事実上、国王のようなものだからだ。


 それをこの少女に?     


皆の視線がフェリシテに集まった。驚いたのは彼らだけでは無かった。フェリシテだってそうだ。なんとなく流されるまま興味津々でやってきたが


〝自分の夫を決める〟


確かに〈天の花嫁〉なのだから結婚するのが条件だった。それを具体的に言われて戸惑ってしまった。男性に性的な嫌悪を感じる彼女にとって、国政がどうのこうのと言うよりも真っ先にそれが浮かんでしまった。

 皆の反応に満足した女王は更に続けた。

「もちろん、彼女はそなたらとは初対面であるから今すぐとは申しておらぬ。それに彼女には王としての教養や識見などを養って貰い、その目でそなたらから一人選んで貰いたいと思う。共にこの王国を支え守って行ける夫を、な」


 その話はガロア大神官も聞かされていなかった。彼は驚いて皆を代表して言った。

「それは〈天の花嫁〉が国政に参加すると言うことでございますか?」

「何を驚いている?王位の条件は何だ?天界神の直系では無かったか?その直系の跡取りがいない今、天界神の本流である〈天の花嫁〉こそ、相応しい。だから余も〈光の聖剣〉を彼女に譲ろうと思う」

「 ! 」

「光の聖剣を…それは」

 さすがの大神官も顔色を無くした。

他の王子達も―――

ユベールだけが一瞬、何かひっかかるような表情をしたが再び感心なさそうな感じに戻っていた。フェリシテも単純な自分の結婚とか言うものでは収まらない話に戸惑いを感じた。

しかし女王は皆を見渡して卓上の呼び鈴を鳴らすと立ち上がった。


呼ばれて扉から現れたのは近衛兵二名だったがその二人は、直接手が触れないように金糸銀糸で刺繍を施された絹織物にのせた二振りの剣を持っていた。しかもかなり重量がある様子で、大の男が額に汗を滲ませながら必死に抱えるように持って来たのだ。

その二振りの剣こそオラール王国に下賜された天界の〈光の聖剣〉だった。一振りは長剣でもう一振りは片方の半分位の長さだった。いずれも柄と鞘にはフェリシテの胸に浮かんでいる 〝太陽の刻印〟 と同じ文様が施され、黄金と宝玉で飾られた見事な聖剣だった。

その聖剣を女王は軽く持ち上げた。大の男が持ち上げるのさえも大変なものを簡単に両手で受け取ったのだからフェリシテは驚いた。


 それを感じた女王が微笑むと説明してくれた。

「不思議そうな顔をしておるな。フェリシテ。これが世界の魔の根源〈虚無の王〉を押さえ込み、妖魔を滅する力を持つ〈光の聖剣〉それも王統を継ぐものしか扱えない代物で、他の者では持ち上げるのも困難であるし、鞘から抜くことも出来ぬ。此処におる王族であってもな。試しにシャルル、持って剣を抜いてみよ」


 指名されたのは一番手前にいた第三王子のシャルルだった。歳はフェリシテより一つ年下で肩にかかるぐらいの柔らかそうな銀の髪にすみれ色の瞳をした優しげな少年だった。兄であるユベールとは父親が違うせいもあるが余り似ていない。十分整った顔立ちだがユベールの際立った美貌に比べると見劣りするだろう。ユベールは先祖返りと言われるぐらい天界神の血が濃く出ていて両親に全く似ていないのだ。〝太陽神の如き〟 と言う賛辞は生きていれば今は亡き双子の兄ジェラールに贈られていただろうが……


 シャルルが母より聖剣の一振りを受け取ったが、やはり持つのがやっとで鞘から抜く事も出来なかった。それをフェリシテに渡すようにとブリジットは言った。

 フェリシテはその不思議な剣をシャルルから覚悟して受け取ったが、その剣は羽のように軽く重さを感じなかった。そして鞘から抜くと刀身も黄金に輝いていてフェリシテの顔を映していた。


 聖剣を掲げるフェリシテの姿に、ユベールでさえも驚きの表情で見つめた。

 女王は満足そうに確信に満ちて微笑みながら高揚した様子で言った。

「やはりな。聖剣は直系、いわゆる 〝太陽の刻印〟 を持つものが使えると言う事が証明出来たな。これで問題は無い。その剣をフェリシテ、そなたに引き継いで貰おう。そして、次代の王位継承者に引き継いで欲しい。余の願い、聞き届けてくれるだろうか?」

「お待ちを!姉上。いえ、女王陛下!聖剣は只の象徴で無いことは承知の筈。妖魔討伐の総帥としての役目も担う。そのようなこと承服しかねる!」


 激しく反論したのは女王ブリジットの実の弟であり、先王の第一王子のギスランだった。先王の末子で女王の弟と言うよりユベールの兄と言ってもおかしく無いぐらいの歳だ。しかし、女王と母親が違うと言っても先王似であるブリジットと同じく、明るい榛色の髪と瞳をしている。面差しは気性の激しさを物語るような精悍な感じだ。

 この件について最も反対すると思っていた彼から予想通りの言葉が返ってきたが、それは想定内であり女王は驚かなかった。そして激する弟をなだめるように返答した。


「これ、そんなに大きな声で言わなくても良い。そなたの言いたい事は分かっている。しかし余の左手は前回の妖魔の一戦で傷を負って、剣を振るえるくらいの握力が無いのは知っておろう?聖剣は二振り、両手でなければ使えない。余は聖剣の主としては失格であろう。仮に両手が使えたとしても、血の薄まりが聖剣の力も弱めていて小物の妖魔に遅れをとるようではな。だから最も相応しい者に譲るのは当然の判断だと思うが?」

「しかし陛下が当然ながら聖剣の持ち主として鍛錬を積まれたものと、そうでない者は必然的に異なる。妖魔との交戦は遊びでは無い!」


 尚も激して反論するギスランだったが、フェリシテは女王との二人の会話のやり取りを聞きながら手にしている〈光の聖剣〉を見た。

 大地を明るく照らす太陽の陽を集めて創ったかのように輝く剣――。   

王家が政をするのは当然だが…それと同じく建国の時より責務を負うのが人の力で斃すことが困難である妖魔の殲滅だ。王国の軍はこの為にあると言ってもいいぐらいなのだ。その最大の武器が〈光の聖剣〉だった。


(妖魔を滅する力があり世界の安寧をもたらす剣…私が女王の代わりに使う?オベール公が反対するのも分かる…剣なんか持ったことも無い素人が生か死かと言う場で、ウロウロされても足手まといだと言いたいのだろうけど……でもね…)


 言い合う二人を、シャルル王子は口出し出来ない様子で心配そうに見ていた。大神官は難しい顔をしていて、始終黙して語らないシャブリエ公爵家のマティアス。ユベール王子は相変わらず無関心の様子だった。

 フェリシテは聖剣をことさら響くように鞘に収めた。その音に言い合っていた二人は言葉を呑んで彼女を見た。そしてその場にいる全員が注目した。


「私、お受け致します!それが私に課せられた使命であるならばせて下さい。私は何時も神に問いかけていました。何故?私はこの世に生を享けたのかと。生まれてすぐに捨てられるような運命で何故?私を誕生させたのかと…それが今、ようやく答えを見つけることが出来ました。とても嬉しいです!それも只の人形のような花嫁の役割でない事に感謝致します。オベール公がご心配なのも分かります。でも私、一生懸命頑張りますから!どうぞお許し下さい!」


 凛と響く声でフェリシテは訴えた。ギスランを輝く翠の瞳で真っ直ぐ見つめる彼女に、勇猛を馳せる公も毒気を抜かれたようだった。

 ブリジット女王は逆に高らかに笑った。

「ははははっ。フェリシテ、良く言った。もちろん先程も言ったように、そなたにはこれから多いに学んで貰わなければならない。それで、夫候補をより良く知って貰う為にも彼らから学んでもらいたい。そこで、ギスランは大層心配であろうから彼女の剣術と体術に軍関係の師範を頼む。それならば良かろう?ギスラン?」

「私が、ですか!」

「さよう。西軍の元帥であるそなたが適任であろう?」

「宜しくお願いします。オベール公」

 ギスランが反論するより先にフェリシテがお礼を言った。

それも止めを刺すように、にっこり笑って。

 ギスランもその彼女の前では、ああ、と答えるしかなかった。


「では、次にシャルルは宮廷や王家の作法関係をして貰おう。そしてマティアスには国政関係を。フェリシテ、マティアスは王国一の頭脳の持ち主だから安心して何でも訊ねると良いぞ。マティアスが答えられなければ誰も答えられない」

 フェリシテは女王の評価する彼を見た。ユベール王子と変わらない歳か少し上のように見える。物静かで怜悧な顔立ちだが、淡黄色の長い髪を一糸乱れず後ろで結んで緑青色の瞳は意思の強そうな光りを宿していた。

 宜しく、と微笑むフェリシテには無言で軽く頷き返した。


「それからユベール。そなたは全てを命じる」

 呑気に構えていたユベールはその言葉に目を剥いた。

「母上!何故、私だけ全てですか?不公平でしょう」

「不公平にならない為にそうしたのだが。マティアスは政務高級官僚で、シャルルは士官学校に在学中。ギスランはオベール領の統治もあり西の元帥。そなたは東の元帥と言っても将軍らに任せっきりで何にもしておらんではないか。この中で一番暇なのはそなただから皆の補助をするのは当たり前だと思うが?まあ言うなればフェリシテの世話役と言うところじゃ。何か反論はあるか?」

「それはー―では申しあげます。私は面倒で退屈なのは御免です。そもそも〈天の花嫁〉の夫候補と言うのも辞退したい。興味など全くございません」


 ユベールの辟易した言いように、さすがの女王も一瞬黙ってしまった。しかしガロア大神官が柔和な彼には珍しく厳しい口調で反論してきた。

「それはなりません。それは殿下が決める事ではございません。決定権は〈天の花嫁〉の花嫁にございます。それは天意に従い判断されるものと同じでございます。決して異を唱えることなど出来ません」

「エルヴェの言う通りじゃ。それに王命も付け加えておこう。これはオラール王国国王ブリジットの命である。心して拝命するがよい」

 天意に王命とくればユベールも逆らう術がなかった。その美しい貌を不快に歪ませながら黙り込んだ。


 フェリシテも夫候補がどうのこうのと言うのに関心は無い。まだ恋もしたことの無い彼女にとって感覚的に実感が湧かないのが今の気持ちだった。面倒で興味無いと言うユベールの言葉に共感を覚えていた。だから彼に向かってクスリと笑った。自分に向けられたものだと気付いたユベールは彼女をチラリと睨んだが笑顔で対抗されてしまった。

 それからフェリシテは彼の視線を気にすること無くユベールに向かって言った。


「ユベール王子、これから宜しくお願い致します。私は沢山、色んなことを学びたいと思っています。今、やっと小さな籠から解き放たれた鳥の気分なのです。だから皆様には申し訳ないのですが…夫とか言うのに今は全く関心がございません。ですからユベール王子ご安心下さい、王子と一緒ですから気楽に致しましょう」


 ユベールはこの少女は何を言い出すのか?と言いたそうな表情で目を見開いた。

 女王も一瞬、唖然としたが愉快そうに笑いだした。

「これは、まいった。余もそなたに気に入って貰おうと、かなり最高の人選をしたと思ったのだが興味無いとはな。さすがは天の姫。そなた達も男なら己を最高の地位まで上りつめてみよ。この姫の御心にかなっての」


 それぞれの思惑が交錯する中、〈天の花嫁〉の争奪戦の幕が上がるー――.



夫候補の皆様は如何だった出ようか?知・勇・美・少。それぞれの美味しいところ満載です。因みに私はギスランがお気に入りです。

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