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二人の王子(最終話)

 フェリシテは女王への信書を添えた謁見の申し込みを頼んで、レギナルト皇子の元へ向かった。午前に聖剣のために時間を割いて貰っていたからだ。昨日の詫びと詳しくは後日説明するが、取り敢えず今日の件は不要となった旨を伝えた。

 フェリシテは昨日までの彼女では無かった。咲き誇る大輪の鮮やかな花のように美しく生命力に溢れていた。その彼女が裾を翻し去ろうとした時、レギナルトは呼び止めた。


「私の婚儀には是非、貴女の選んだ方と一緒に出席して欲しい。お会いできるのを楽しみにしている」

「ありがとうございます!私の時も又、是非お越し下さい。その時はもちろん皇子のティアナ様とご一緒にですよ!それでは失礼致します」

 フェリシテは、くるりと翻って走るように去って行った。

「さてエリク、早速帰るぞ。言った通り昨日、ブリジット陛下に挨拶を済ませていて正解だっただろう?」

「皇子、良くお分かりでしたね。午前の件も不要になるとも言われていましたが」

「ははっ、そうだな。昨日の二人の様子からすれば何となく予想は出来た。彼女の相手はユベール殿だろう。これは勘だが彼は継承者だ」


 エリクは目を見張った。

「王位継承者ですか!その方は亡くなっていた筈では!」

「さあ、からくりは分からないが最初に会ったときの勘だ。同じ皇統を継ぐものとして違和感を覚えた。彼がただの王子な訳無いとな。いずれにしても落ち着いたら様子が分かるだろう。我々は母国で吉報を待つとしよう」

 エリクは謎めいた主君の話に首を傾げたが、早まった帰国の手配に退室して行った。

 その後、慌しくレギナルト皇子一行は王城を去り、フェリシテが夫を決めたので皆の前で報告をしたいと言う旨の信書を受け取った女王は午後には皆を集めた。


 皆が揃った場所は王座を数段高い位置に設えられた最も広い謁見の間の一つだった。

 女王ブリジットが玉座に座り、横にフェリシテが立つ。そして下段中央には夫候補四名が跪き、両側にはガロア大神官を先頭に貴族百官が立礼していた。

「皆のもの大儀である。本日〈天の花嫁〉により次代の王政を司るものをここの四名より指名して貰う。これは天の意思として異議を唱えること許さぬ」

 女王の言葉に一同は更に深く頭を垂れた。


「では、フェリシテ。その名を告げるがいい」


「その前に陛下、一つお詫び申し上げます。私が受け継ぐと申しました〈光の聖剣〉はお返しさせて頂きます」

「何を申すのじゃ!」

 王権を放棄するのと等しい発言に、御前の前にも関わらず一同がざわめいた。

 フェリシテは、それを気にする様子も無く毅然とした態度で、用意してあった聖剣を取り上げると王座から下へ歩き出した。そして跪くユベール(ジェラール)の前で立ち止まると、凛とした声で告げた。


「私が生涯の伴侶として決めたのはこの方です。そして正式な〈光の聖剣〉の持ち主であるこの方にこれをお返し致します。お受け頂けますでしょうか、ジェラール王子」

 一同は耳を疑った。〈天の花嫁〉は何を血迷ったことを言っているのだと息を呑んだ。

 ジェラールは自分を見つめるフェリシテの瞳から視線を外すこと無く立ち上がった。そして返答した。誰をも圧する響きを含んだ声だった。


「このジェラール。謹んで受ける。天と地とこの命続く限り、貴女を愛し、この剣を守護し、オラール王国に繁栄をもたらす事を此処に誓う」

 ジェラールはフェリシテが持つ〈光の聖剣〉の柄を握ると鞘から軽々と抜き、聖剣の呪を詠じ始めた。


「ʃΞΨΠΛΣʃ…創世の煌く源よ、我は汝を召喚する。我にその黄金の輝きと虚を滅ぼす光りを貸し与えよ…ΥΠΟΦΥЩ」


 呪が詠じ終わると同時にジェラールは双剣の刃を頭上で重ねた。その重なった剣から眩い光が溢れ一切の色を消し去る閃光が大広間を駆け抜けた。聖剣の結界内は影も色彩も奪われ、眩しい筈なのに光景は見てとれた。側にいたシャルル、ギスラン、マティアスの三人は唖然として立ち尽くし、貴族百官は腰を抜かして床に這い蹲るものも大勢いた。驚愕するのも当たり前だ。十三年前に聖剣を継ぐべき王子は亡くなっている。


それなのにその聖剣を操るものが目の前にいるのだ。その死んだジェラール王子が―――


 ジェラールは聖剣の手応えを確かめるように暫くそうしていたが、フェリシテが差し出す鞘にその剣を収めた。それと同時に結界が消えて色彩が戻ってきた。

 ジェラールは跪き、母である女王を見上げた。女王は玉座に座して目を見張っているものの、意外と落ち着いている様子だった。

「陛下。今まで故あって皆を謀りましたこと、深くお詫び申し上げます。私はユベールでも、まして亡霊でもございません。ジェラールでございます」

 ジェラールの堂々とした明言に即座に答えたのは女王では無かった。


大神官のエルヴェ・ガロアだった。

 彼は蒼白な顔でふらふらとジェラールの前に進み出て来た。何時も優しげな光を湛えていた白銀の瞳が、紅く染まったかのように充血している。


「―――十三年前に亡くなったのは――ユベール王子だったのですか?」

 

頷く王子が剣の柄に手をかけるよりも早く、大神官はジェラールの上着を掴んで胸元の留め金を引き千切った。そしてよろよろと後退して行く。

 ジェラールの引き裂かれた上着の中から見えるのは、当然ながら王位継承者の証である 〝太陽の刻印〟 が刻まれてあった。

 大神官は狂ったように哄笑して叫んだ。


「何故?何故なんだ!私は確認した。ジェラールかと。そうだと、そうだと言った。そうだと言ったんだ!愚かな…何て私は愚かだったのだ。刻印も確かめず、この手でユベールを…ああ王子を手にかけたなんて――っ!母さまぁ―――っ、お許し下さい―――っ」

 ジェラールは腰の剣を抜いて叫んだ。


「ガロア!ユベールを殺したのは貴方か―――っ!叔父上暗殺未遂もそうだな!あの頃のリリアーヌは大神殿でお前の説教を受けていた。それを利用したのだろう!貴方ほどの人物が正かと思っていた。それを、それを…」


 エルヴェ・ガロアは糸が切れた操り人形のように床に座り込んでいた。


「―――ユベールがいない今、全てが終わってしまった。死ぬのはジェラールだった。可哀そうなユベール…全く同じ姿形をしているのに王座も無く、愛しいものさえ奪われた惨めな母さまと同じ…母さまは何時も嘆いていらした。そしてユベールが同じで哀れだと泣かれた―――愚かな義父が漏らした〈天の花嫁〉の啓示に私は決めた…母さまが自分の分身のように思っていたユベールに何もかも与えて、母さまを喜ばせようと――それなのに…それなのに……」


 女王の双子の妹であるエルヴェの母ルイーズは、大神殿の奥深くに住んでいる。しかしこの十五、六年というもの心を病んでいて死んでいるのも同じだった。ただ呪文のように嘆き悲しむ言葉を紡いでいた。エルヴェは幼い頃から常にそれらを聞かされていた、その母の怨念が息子の心を蝕み突き動かしたのだ。

 彼の立場で足が付きやすい他人を使わず、単独で行った犯行を誰が予想出来ただろうか。唯一口を滑らせた年老いた義父も病死のように口を封じていた。それに崇高な精神を持つ彼を疑うものなど誰一人としていなかったのだ。


 ユベールの代わりに再び突きつけられた憎悪に、ジェラールは剣を握る指が白くなるほど強く力を入れ、息を止めていた。その手にフェリシテがそっと手をのせて彼を見つめた。ジェラールは大きく息を吐き出し、大丈夫だと、彼女を見つめ返した。

 その時だった。エルヴェが懐から何か取り出し、自分の口元へ運んだのだ。


 一瞬の出来事だった――― 


 エルヴェは四肢をバタつかせ、反り返ったかと思うと鈍い骨の折れる音と共に吐血して絶命した。毒を飲んだのだ。数十年前の姉妹の確執から始まった事件は、迷妄する心の闇は深くその鬼才ゆえに道を違えてしまった大神官エルヴェの死によって幕は引かれた。


 ジェラールもだが最も心を痛めたのは言うまでも無い女王ブリジットだった。だが女王は毅然とした態度で騒ぐ一同を収めた。母親の妄執にとらわれたエルヴェの亡骸が片付けられていくのを無言で見送っていた。

 長年王として国を守り続けた彼女にとって、後継者を亡くした時でさえもそうであったように、普通の女性のように振舞うことなど許されないのだ。


 貴族百官が退室し、フェリシテとジェラール。そしてギスラン、シャルル、マティアスだけが残った。

 ブリジットはようやく王座から降りてジェラールを抱いた。その顔はやっと子を思う母らしい表情を見せていた。

「この馬鹿者が!母まで謀るとは不届きぞ!」

「申し訳ございません。母上」


「そうです!志同じくする。このマティアスまでお騙しになるとは思ってもおりませんでした」

「本当にすまない。敵を欺くにはまず味方からだろう?兵法通りだったんだけどね」

「全く馬鹿馬鹿しいにも程がある。とんだ茶番に付き合わされたものだ!」

「叔父上…私もこんな結末になるとは予想しておりませんでした」


 ギスランは、ギロリと、ジェラールを睨んだが大きく肩をすくませた。

「まあ良い。私の暗殺未遂など初耳だし、後日ゆっくり聞かせて貰おう」

「はあ…承知致しました」


 シャルルは不思議そうにジェラールを見ていた。シャルルは物心ついた時からジェラールしかいなかったので、ユベールだのジェラールだの言われても、ピンとくるものが無かったからだ。兄は一人だけのようなものだった。だけど安心したものが一つだけあった。それはフェリシテの事だ。彼女の夫候補に名を連ねたとは言え、彼女とはそんな気にはなれなかったのだ。素晴らしい人だとは思うが友人以上の気持ちにはなれなかった。

 シャルルははにかみながら微笑んで兄に言った。


「兄上。どうぞフェリシテを幸せにして下さいね。僕の大切な友人ですから」

 ギスランとマティアスは、はっとした。自分達は彼女を争っていたのだった。

本当は争う必要も無い遊戯に参加して――― 

 ギスランとマティアスは、にこにこ笑って皆のやり取りを聞いているフェリシテを見て、お互いに顔を見合わせた。

 マティアスが口を開いた。


「ジェラール殿下。我々の大事なフェリシテを宜しく頼みますよ。やる気の無い振りしてちゃっかり攫って行かれるのですからね。それなりの覚悟で望んで下さい。フェリシテ、貴女はとても素晴らしく我々の心を捉えて離しませんでした。だからこそ貴女の幸せを心から願います」

「マティアスの言う通りだ!心せよ、ジェラール」

「参ったな。お目付け役が三人もいるなんてね。叔父上こそリリアーヌとお幸せに」

「ば、馬鹿もの!そなたは余計なこと心配しなくても良い!」


 ギスランは少し頬が赤くなって、隠すようにそっぽを向いた。幼い頃から彼に憧れ崇拝してきたリリアーヌの気持ちにギスランが応えるのも近いだろう。

「さてと、〈天の花嫁〉の夫選びの遊戯はこれで終了じゃな」

「母上。遊戯ですか?やはり我々で遊んでいましたね。それと気になったのですが私がジェラールだと分かってもさほど驚いた様子では無かったですよね」

「ふふっ、何となくそんな気がしておった。これでも生みの親であろう。いつ正体を現すかと思っておったわ。そこで国家の存亡をかけた遊戯に興じたのじゃ。そなたが選ばれなければ血脈は絶えて余の負け。しかし余は勝負で負けたことは無い。そうであろう?」


 女王の豪胆な発言に皆お互いに顔を見合わせた。女王は続けた。

「そもそもそなたは本当にこの十三年というもの風のように、ふらふらしているかと思っても全く隙を見せなんだ。怪しんで幾度か刻印を確かめようとした事もあった。それらもさり気なく自然にかわしていく。こうなったらと密偵を夜な夜な情事の現場まで向かわせた事もあったが、薄暗闇の中で事を済ませておる。全くもってけしからん」

「あ、あの…母上。そのような話は今でなくても――」


 ジェラールは、チラリとフェリシテを見た。潔癖性の彼女は案の定、怒っていた。

「王子!夜な夜なですって!嫌らしい!やっぱり女たらしだわ、最低!」

「うわ――っ、昔のことだって! 母上!恨みますよ!」

「自業自得じゃ。それにそなたには十三年間怠けておった仮を、しっかりと返して貰うぞ。やれやれ、やっと余も休めるというものじゃ。しっかり働けよ。フェリシテ、目を離さず見張っておくのじゃぞ」


 フェリシテは膨れっ面から一転して、輝くように笑った。

「もちろんそう致します。それに私の願いを、なぁ~んでも聞く約束が幾つも残っていますから大丈夫です」

「ちょっとフェリシテ、何時からその願いは何でも聞く物になった訳?」


 情けない声で言うジェラールをフェリシテは無言で、じっと見る。


「いや、その――分かった。分かったよ。何でも聞きます。聞かせて下さい!」

 魅惑の翠の瞳に敵う筈も無かった。ジェラールの降伏宣言に、みんな破顔した。

明るい笑い声が王国の明るい未来を象徴しているようだった。


 闇夜に沈んでいた落陽の王子は、この日から真の 〝太陽神の如き〟 陽光の王子となり、オラール王国を照らし始めた。そして天より降りたった花嫁と共に、まるで〈光の聖剣〉の双剣のように互いに輝き合い、この王国に歴史上類を見ない繁栄をもたらす事となる。


そして人々はその治世を称えて〈旭陽の王国〉と呼んだ―――


最後はバタバタと終わっていきなり大神官が犯人?てな具合で伏線もあまり無くお粗末様でした。申し訳ございません。あまりダラダラと長いどうでも良い話は好まないのでさくっと「天の花嫁」篇はこれにて終了致します。次はティアナ&レギナルトの続編「星の記憶」と行きたいのですがその前に私のお気に入りだった「リリアーヌ&ギスラン」の短編の外伝を投稿します。年の差カップルお好きな方はぜひお立ち寄りくださいませ。

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