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石のコエ  作者: 鍵の番人
7/10

7.

 それからは、休日も、陽光の気が向いたときには会うようになった。

 香波の体質があるから、やはり行き先もやることも同じだ。川原やその周辺の掃除。草木の手入れ。

 同級生がやるようなデートどころか、奉仕活動じみた真面目な労働だが、その合間合間で香波は年相応の表情を見せることが多くなった。

 髪や服に付いた木の葉を取ってあげると、赤くなって小声で礼を言う。浅瀬に入って涼んでいるとき、陽光が足を取られて転びそうになると、大声で笑った。

 以前に比べたら、香波はよく笑うようになった。けれど、時折その表情に浮かぶ陰りは、日増しに濃く、深くなっていった。


 近づけたようで、そうでもない。

 そんな日々が続いていた頃。



「……はあ。全然、ゴミが減らないね」

 ゴミ袋片手に、香波がぽつりとつぶやいた。

 やけに疲れた声だった。陽光が心配して顔をのぞきこもうとすると、うっとおしげに顔を背ける。

「昨日は客が多かったから、そのせいかもな。それより大丈夫か? 体調が悪いとか」

「そんなことないよ」

 香波は否定するが、やはり元気がない。

 目を合わせないよう背中を向けてばかりいるので、業を煮やしてその手をつかんだ。香波がびくっと反応して、陽光のそれを振り払う。

「あっ……、ごめ――」

 謝りかけた香波は、視線を手に移し、小さく悲鳴を上げた。すぐに背中へ隠したが、陽光の目にもそれははっきり映っていた。

 香波の腕、肘から先があるべきところに――、何もなかった。

「咲原……、今、手が……?」

「――っ」

 香波はゴミ袋を放り出し、道路の方へ走り出した。追いかけようとした陽光は、すれ違いに入ってくる人影に気づいて息を呑んだ。

「あっれー? ヨーコーじゃん! 何してんの?」

「あ! 何その袋!? もしかして、最近ゴミ拾いしてるとかいう噂って、マジなの!?」

 アルバイトがない日にたまにつるんでいる友人達だった。道路と川原を行き来できるこの出入り口は、同じ高校の生徒もよく使うので避けていた場所だ。

(よりによって……!)

 悪い奴らではないが、理解してもらえるとは思えない。陽光は、自分の運のなさを呪いながら、ゴミ袋を持っている手を後ろに回した。

 顔を上げてハッとする。同時に、しまったと思った。彼らの後ろに、香波の姿が見えたのだ。

 彼女は足を止めて、痛みをこらえるような目で陽光を見つめていた。口を開きかけた陽光を振り切るように顔を逸らすと、そのまま走り去った。

 陽光は遠ざかる香波と友人達を交互に見つめて、迷った。

 迷って、しまった。

「……おい、ヨーコー。あれ、咲原香波だろ? お前ら、もしかして付き合っちゃってるわけ?」

「うっそお! じゃあなに、最近お前が変なのって、あの子の影響なの?」

「……そんなんじゃ、ないけど……」

 絞り出した声は想定以上に弱々しく、陽光は情けなさに泣きたくなる。

「いやいや、そんなんじゃないなら何なんだよ。仲良くゴミなんか拾っちゃって!」

「やめとけやめとけ。お前にいい子ちゃんなんて似合わないって。これから街行ってこいつのバイト先でたまるんだけどさ。お前も来るよな?」

「いや、オレは……」

(オレは……?)

 その先の言葉が続かない。

 どうしたらいいんだろう。どうしたら……。

 香波の泣きそうな顔、慧の言葉、明日からの教室での立ち位置やなにかが頭の中でぐるぐるまわる。

 何をすべきかはわかっているのだ。香波を追わなければならない。何が彼女に起きているのかわからないが、一人にしておくべきではない。

 わかっている。

 わかっているのに、陽光の自己保身が、この足を地面に縫い止めている。

(――ちくしょう……!)

 ……呪縛が解けたのは、彼らに肩を抱かれて無理矢理歩かされたからだ。

「ほら、突っ立ってないでいくぞー」

 そう言って、彼らは笑いながら飲み終わったペットボトルを投げ捨てた。小石にあたる間の抜けた音を聞いた瞬間、わけのわからぬ衝動に突き動かされた。

 陽光はきびすを返し、彼らの真ん中を突っ切って川原を出た。

「おい、ヨーコー……!?」

「そのゴミ、置いといてくれ。後で拾うから」

 陽光に彼らを軽蔑する資格はない。ゴミ拾いを馬鹿にする気持ちは、陽光もまだ払拭できていないからだ。今までどっちつかずできたツケが、こんな時にまわってくるとは思わなかった。

 ……嫌な予感がした。

 ここで迷っていたこの時間が、取り返しの付かない事態を引き起こさなければいいのだが。

 陽光は自己嫌悪を無理矢理心の奥にねじ込みながら、香波を探すために走り出した。

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