7.
それからは、休日も、陽光の気が向いたときには会うようになった。
香波の体質があるから、やはり行き先もやることも同じだ。川原やその周辺の掃除。草木の手入れ。
同級生がやるようなデートどころか、奉仕活動じみた真面目な労働だが、その合間合間で香波は年相応の表情を見せることが多くなった。
髪や服に付いた木の葉を取ってあげると、赤くなって小声で礼を言う。浅瀬に入って涼んでいるとき、陽光が足を取られて転びそうになると、大声で笑った。
以前に比べたら、香波はよく笑うようになった。けれど、時折その表情に浮かぶ陰りは、日増しに濃く、深くなっていった。
近づけたようで、そうでもない。
そんな日々が続いていた頃。
「……はあ。全然、ゴミが減らないね」
ゴミ袋片手に、香波がぽつりとつぶやいた。
やけに疲れた声だった。陽光が心配して顔をのぞきこもうとすると、うっとおしげに顔を背ける。
「昨日は客が多かったから、そのせいかもな。それより大丈夫か? 体調が悪いとか」
「そんなことないよ」
香波は否定するが、やはり元気がない。
目を合わせないよう背中を向けてばかりいるので、業を煮やしてその手をつかんだ。香波がびくっと反応して、陽光のそれを振り払う。
「あっ……、ごめ――」
謝りかけた香波は、視線を手に移し、小さく悲鳴を上げた。すぐに背中へ隠したが、陽光の目にもそれははっきり映っていた。
香波の腕、肘から先があるべきところに――、何もなかった。
「咲原……、今、手が……?」
「――っ」
香波はゴミ袋を放り出し、道路の方へ走り出した。追いかけようとした陽光は、すれ違いに入ってくる人影に気づいて息を呑んだ。
「あっれー? ヨーコーじゃん! 何してんの?」
「あ! 何その袋!? もしかして、最近ゴミ拾いしてるとかいう噂って、マジなの!?」
アルバイトがない日にたまにつるんでいる友人達だった。道路と川原を行き来できるこの出入り口は、同じ高校の生徒もよく使うので避けていた場所だ。
(よりによって……!)
悪い奴らではないが、理解してもらえるとは思えない。陽光は、自分の運のなさを呪いながら、ゴミ袋を持っている手を後ろに回した。
顔を上げてハッとする。同時に、しまったと思った。彼らの後ろに、香波の姿が見えたのだ。
彼女は足を止めて、痛みをこらえるような目で陽光を見つめていた。口を開きかけた陽光を振り切るように顔を逸らすと、そのまま走り去った。
陽光は遠ざかる香波と友人達を交互に見つめて、迷った。
迷って、しまった。
「……おい、ヨーコー。あれ、咲原香波だろ? お前ら、もしかして付き合っちゃってるわけ?」
「うっそお! じゃあなに、最近お前が変なのって、あの子の影響なの?」
「……そんなんじゃ、ないけど……」
絞り出した声は想定以上に弱々しく、陽光は情けなさに泣きたくなる。
「いやいや、そんなんじゃないなら何なんだよ。仲良くゴミなんか拾っちゃって!」
「やめとけやめとけ。お前にいい子ちゃんなんて似合わないって。これから街行ってこいつのバイト先でたまるんだけどさ。お前も来るよな?」
「いや、オレは……」
(オレは……?)
その先の言葉が続かない。
どうしたらいいんだろう。どうしたら……。
香波の泣きそうな顔、慧の言葉、明日からの教室での立ち位置やなにかが頭の中でぐるぐるまわる。
何をすべきかはわかっているのだ。香波を追わなければならない。何が彼女に起きているのかわからないが、一人にしておくべきではない。
わかっている。
わかっているのに、陽光の自己保身が、この足を地面に縫い止めている。
(――ちくしょう……!)
……呪縛が解けたのは、彼らに肩を抱かれて無理矢理歩かされたからだ。
「ほら、突っ立ってないでいくぞー」
そう言って、彼らは笑いながら飲み終わったペットボトルを投げ捨てた。小石にあたる間の抜けた音を聞いた瞬間、わけのわからぬ衝動に突き動かされた。
陽光はきびすを返し、彼らの真ん中を突っ切って川原を出た。
「おい、ヨーコー……!?」
「そのゴミ、置いといてくれ。後で拾うから」
陽光に彼らを軽蔑する資格はない。ゴミ拾いを馬鹿にする気持ちは、陽光もまだ払拭できていないからだ。今までどっちつかずできたツケが、こんな時にまわってくるとは思わなかった。
……嫌な予感がした。
ここで迷っていたこの時間が、取り返しの付かない事態を引き起こさなければいいのだが。
陽光は自己嫌悪を無理矢理心の奥にねじ込みながら、香波を探すために走り出した。