3.
なんだか釈然としないが、香波を一人にしておくのも気が引けた。陽光が昨日のように川原に向かうと、彼女は小鳥相手にバタバタと騒いでいるところだった。
「お願い、暴れないで……!」
どうやら糸にからまった小鳥を助けようとしているようだ。陽光も慌てて助けに入る。
陽光がなんとか小鳥を押さえつけている間に、香波がこんがらがった糸をほどく。それは予想以上に困難な作業で、無事に鳥が飛び去った頃には、二人とも疲労困憊だった。
香波のすらりとした腕には無数のひっかき傷ができ、ところどころに血がにじんでいる。
「うわ、ひどいな。鳥とも話ができるんだろ? おとなしくするように言えないのか?」
そう言うと、香波は小さな声でつぶやいた。
「……私は、聞こえるだけで、話ができるわけじゃないから」
「そう、なんだ……」
相手の声は聞こえるのに、伝えることはできない。香波の表情から察するに、もどかしいものなのだろう。
陽光はひとまず香波の手当てをすることにした。診療室まで戻って救急箱を借りてくると、彼女の腕に手を伸ばす。すると、ものすごい速さで腕を引っ込められた。
「い、いいよ! たいした傷じゃないし!」
「何言ってんだよ。ちゃんと手当てしないと傷が残るぞ。そんなにきれいなのに勿体ないだろ」
「……そ、そういうこと、言う人なんだ……」
香波は赤くなると、観念したように手を出してきた。手首をとって一つ一つ傷を確認しては、消毒液にひたした脱脂綿をそっとあてていく。香波はたまに痛みに顔をしかめるだけで、大人しく手当てされていた。
「私のこと、気味が悪いって思わないの?」
しばらくして、ぽつりと香波が言った。そのことをあえて考えないようにしていた陽光は、ぎくりとして脱脂綿を落としそうになる。
とっさに取りつくろうとして、すぐに思い直した。彼女には、嘘をついてもばれるのだ。
「正直、少しは……。でも、昨日のはわざとだろ?」
香波の目が泳ぐ。
学校で、香波の中学時代を知る生徒にそれとなく聞いてみたのだ。中学生の頃は、特に変わった言動はなく、友達も普通にいたらしい。
どんなことを言えば、相手にどう思われるか。それをわかった上で、わざと香波はああいう発言をしたのだ。
おそらく、陽光を遠ざけようとしたのだろう。誰にも理解されないことに傷ついてきた彼女の処世術なのかもしれなかった。
「あのさ、単純に不思議なんだけど、心が読めるって、どんな感じなんだ?」
香波はためらった後、重そうに口を開く。
「……私がわかるのは、感情だけ。具体的に考えていることはわからない。嘘をついてるかどうかくらいなら、わかるときもあるけど」
「へえ……」
嘘がわかる。それは、便利そうだが、同時に不便でもあるだろう。みんな、何の理由もなく嘘をつくのではないからだ。
見破られる方からすれば、会話をするのも怖くなる。陽光だって例外ではない。けれど、香波の方がつらそうな表情をしていたので、陽光は黙っていた。
不器用ながら手当が終わった。途中から唇をひき結んでいた香波が、ぎこちなく礼を言う。
陽光もつられて「どういたしまして」と返すと、なんだか照れくさくなった。「どういたしまして」なんて言葉、いったい前回はいつ言っただろう。
「えっと! ああもうこんな時間だな! 咲原ももう帰るんだろ!?」
微妙な空気を散らせるために、わざとらしい大声を出して立ち上がる。咲原が小さく頷いたので、ほっとした。
「じゃあまた明日。気をつけてな」
そう言って帰ろうとしたら、なぜか香波が目を丸くして陽光を見つめている。
「? なに……」
「……変な人」
「へ、変な人!?」
陽光はショックを受けてのけぞった。慧といい香波といい、自分に対する評価が不当に低すぎるのではなかろうか。
「変はないだろ、変は。それに、どっちかっていうと、咲原の方が変な人だろ!」
「あ。そういうこと言う? 森なにひろ君って言ったっけ? デリカシーないよね」
「あ・き・ひ・ろ! デリカシーなくて悪かったな!」
やっぱりオレじゃダメじゃないか、と心の中で慧をののしっていると、香波が小さく吹き出した。それから、はにかみながらほほえんだ。
「分かった。じゃあ……、陽光君。また明日」
それは噂に違わぬかわいらしさで、陽光は一瞬で心をつかまれた。慧の策略にたやすくはまったことに気づいたけれど、引き返そうとは思わなかった。
それ以降、放課後は香波の手伝いをするのが陽光の日課になった。
彼女は大抵川岸にいて、ゴミ拾いをしている。草や虫の嫌がる声が聞こえるらしい。
手伝いをするのはやぶさかではないが、ゴミ拾いには偽善者っぽいイメージがあって、陽光は人の目を気にしながら付き合った。
学校の友達に見られたら、絶対馬鹿にされる。同年代の姿や自分たちと同じ制服にびくびくしている陽光を、香波はそっと見つめていた。