2.
「――不思議ちゃんじゃねーか!」
翌日、病院に着くや否や、陽光は叫んだ。
「冗談じゃない。話とか無理。変になつかれてストーカーにでもなったら困るだろ!」
院長室で本に埋もれていた慧は、しぶしぶといった表情で顔を上げる。
「なつかれてって……。違うよ陽光。僕は口説いてくれって言ったんだ」
「だから無理だって。大体、口説けって何だよ。あいつは恋愛恐怖症か何かなのか?」
陽光の剣幕に、ようやく慧は本をとじて椅子ごと陽光に向き直った。
「もしかして、石や草の声が聞こえるとでも言っていたかい?」
昨日の衝撃発言をあっさりと慧が繰り返す。陽光は一瞬言葉を失ったが、すぐにもう一度口を開いた。
「そ……、そうだよ! 病気なら病気で、治療するのは慧ちゃんの仕事だろ!」
「まあ待て」
慧はおもむろに窓のカーテンを開けた。窓の外に、小さく香波の姿が見える。
「彼女は病気ではないよ。生まれつきの特性のようなもので、治るようなものでもない。……むしろ、もっとやっかいな……」
「え?」
最後の方が聞き取れなかったので問い返すと、慧は「いや、何でもない」と首を振った。
「とにかく、彼女は人より感受性が強くて繊細なだけなんだ。特に、共感力がずばぬけていてね。他者と自分との間に境界を築けない。相手の気持ちがわかる――のが高じて、石や植物の気持ちまでわかるようになったんだ」
「はあ? 繊細なだけって……。だからって、石の気持ちがわかるなんてあるのかよ」
「信じられない気持ちはわかるよ。こういう特性の人は他にもいるけど、彼女は正直、いきすぎでね。これ以上症状が進まないように、抑えてくれる人が必要なんだ」
わかったような、わからないような。
陽光は狐につままれたような気持ちで、質問を続ける。
「そういわれても……。それ、慧ちゃんじゃだめなのか?」
「僕はあくまで医師だ。個人的な関係にはなれない。親御さんは彼女の性質をなかなか理解してくれないし、友達はいないというし。同じ学校に通う君なら適任だと思うんだ」
意外にもきちんとした理由があった。断る気満々だった陽光は、逃げ道をふさがれて恨めしい目を慧に向けた。
「……でも、なんでオレなんだよ? オレ、あんまり気とかつかえないんだけど……」
「だから君にしたんだよ」
「――はあ?」
「打っても響かない壁みたいな存在がちょうどいい。気をつかったって彼女には逆効果になることが多いからね。君はそのままフツーにしていればいいんだよ」
「……なあ。オレのこと、めっちゃ馬鹿にしてない?」
陽光の控えめな抗議は、慧の無駄にさわやかな笑顔で一蹴された。そして、ぽんと背中を押されてクリニックから追い出されたのだった。