基礎的なこと①
2 基礎的なこと
3日後の水曜日、改めて集合した僕達3人は教えられた場所まで自転車で向かった。夕陽で赤みを帯びた田んぼ道を進み、途中何度か道に迷いながらもやっとこさ目的地に到着することが出来た。
2階建の建物で、1階が大きなシャッターと端にある入り口。2階は窓があり、1階と2階の間には爽エンターテイメントと書かれた看板があった。
「ここだ!」
僕達3人は建物の横にあるちょっとした空間に自転車を止めた。
入り口前で急にかしこまる3人。お互いに先頭行け!と譲り合う。
仕方ないといった感じで中村が先に入り口に入った。
中に入るとすぐ目の前に2階へ続く、傾斜がやや急な階段が現れる。右横には1階の部屋に入る入り口のドアが開きっぱなしになっていた。その開かれた1階の中を覗いたが暗くてよく分からずシーンと鎮まりかえっており、人の気配はない。このシャッターを開けないとあまり明かりが入ってこない作りになっているようだ。
奥は仕切りがあって、中の様子は分からなかった。
「2階が事務所らしいけん、上に行こうか」
北川の言葉に従い、中村を先頭に北川と僕が続く。
階段を渡りきり、2階入り口のドアを軽く叩いた。そっと開けると、中村が「今晩は。バイトの面接で来ました」と挨拶した。
「。。。」
返事が無く、僕と中村は北川に続き、事務所の中へと入った。
限られた空間の左側にソファとテーブル。その奥に台所があり、右側には幾つかのデスクが所狭しと並んでいた。壁際にはテレビで見るような営業ノルマや成果とかが貼られていた。
右奥には窓があり外の景色が、、、ん?
その窓際に佇む高身長でとても体格の良い男性が両手を腰に一人窓の外を見つめている。パンツ一丁で。
僕達は目が点になってしまった。
「ん?」
顔だけこちらに向ける男の人。その眼鏡越しから僕達三人をまじまじと見つめる。
「もしかして面接に来たのかな?」
「あ、です」
ぱんつ一丁姿に圧倒されつつも絞るように答えた。
「そうかそうか!どうぞ向こうのソファに座って〜」
男性の方に促され、僕達は左側にあるソファに3人詰めて腰掛けた。
僕が真ん中で北川と中村がそれぞれ両サイドに、なんとも窮屈だ。
事務所は1階と違って明るい。先ほどソファへ促したパンツ一丁の男性が向かい側のソファに座り、真ん中のテーブルにそれぞれ3枚紙を置いた。
この人は何も服を着ないのだろうか、、、
「お待たせ。俺は金井裕貴と言います。よろしく。え〜まずはこの紙に記入してください」
金井さんという方の股間が目の前にあるからして、チョット隠して欲しいなと思いつつ差し出された紙に目を通す。ある項目から名前、性別、年齢、住所、身長、体重、学歴、資格、長所や短所などの記入欄があり、とりあえずそれを書いていく。
金井さんは、一通り書き終わった紙を回収し、それを見ながら一人ずつ生い立ちについて触れていく。
「じゃあこの仕事の内容ですが、え〜実施は基本的に土曜、日曜、祝日です。予めこの日入れるかどうかスケジュールを確認します。それまでは練習をします。
で、当日に会社に集合して1台の車に乗って現場に向かいます。この前の日曜日に見に行ったと思うんだけど、内容はあんな感じ。給料はその勝敗によって金額が変わります」
金井さんは1枚の紙を目の前のテーブルに置いた。
「ここに記されるように、勝てば1人1万円。MVPの人は2万5千円支給されます。負けても最低補償額の5千円が支給されます。なので新井君はこの前参加してくれたので給料あります。今回は現金支給しますが、次からは銀行振込なのでよろしくお願いします」
「はい」
僕の返事を聞いた金井さんはにこりと微笑んだ。
「そしたら今倉庫の方で基礎練習をしているんで行きましょうか。下に降りてて待ってくてください」
僕達3人は一階に降りる。
「やばい人だね」
中村が呟く。「そうだね」と僕も言いながら降りてきた階段の方に視線を向けた。すぐに金井さんが降りてきた。パンツ一丁で。
「行きましょうか!」
「ちょっと待ってください!その格好で行くんですか?」
「ん?あ〜失礼!」
慌てて上に上がっていく金井さん。もしかして自分がパンツ一丁だった事気付いてなかったのか???ますます変な人だ。
次に現れた時にはしっかりと服を着ており、何故かホッと安心した。
ワゴン車に乗り込み、10分程走った。車内は誰も口を発する者はいなかった。金井さんは微かに鼻歌を歌っている。
ワゴン車は程なくして止まった。
「は〜い降りてください」
ワゴン車から降りると、目線の先にシャッターが開きっぱなしの倉庫があった。
とても大きな倉庫で、奥は多くの物がゴチャゴチャと置かれている。
手前では数名の人が体を動かして汗を流していた。
「武田、あとは頼んでいい?」
「うす」
金井さんは僕達に「また迎えに来るよ」と言ってワゴン車に乗って帰っていった。
倉庫には武田さん、土端さん、本田さんの他に5人ほど初めて見る人がいた。
「みんな〜紹介するよ!今度新しく入った新井君、中村君、北川君だ」
武田さんの紹介に合わせて会釈をする。
「新井君って、高田君のバトブレを使えたっていう人?」
金髪の男性が僕を指差す。
「そう。彼はどういうわけか使えたんだけど、もしかしたら将来すごい存在になるかもしれんな」
「へ〜そりゃ楽しみだ」
バトルブレスレット、通称バトブレ。普段は登録してから東京からその人専用のバトブレが届くらしくて、それ以外のバトブレは使うことが出来ない。でも僕は何故か登録もしていないのに他人のバトブレを使用できたんだ。それで、他の人からはちょっとした有名人。
「とりあえず今日は見学してもらう。新人のお手本となるように練習に励んでくれ」
『はい!』
紹介が終わった後、用意された椅子に座り、見学した。
「バトブレが届いたら練習に参加してもらうから、それまでどんな感じかを見ていて。分からないことがあれば何でも聞いていいから」
「はい、ありがとうございます」
それから2時間近く、ひたすら見学。
素人の目から、何をしているのかあまりわからないけど、基本的な打撃技の練習をしているみたい。
特に後半のバトブレを使った練習は凄かった。
後日教えてもらったんだけど、バトブレには様々なタイプのスーツと属性が備わっていて、一人一人違う。
例えば、武田さんはライオンをベースにしたスーツで、属性は雷。
本田さんは馬をベースにしており、属性は風。
土端さんはウサギベースで属性は水。
川崎さんは亀ベースで属性は土。
で、金髪の岡本さんという人は鳥ベースの風。
みんなにオリジナルのスーツがあってそれぞれの属性があるとのこと。
バトブレを装着し、変身後、肉弾戦の練習から属性を使ったスキル使用の練習を行う。
その状況は前半の地味な練習に比べて、かなり魅入られた。
ただ、普段の生活とは現実離れしすぎていて、目の前に広がる光景に圧倒される。あの人達のように自分もバトルスーツを装着し、あのスキルを使用して戦うのかと思うと、不安と緊張でいっぱいになった。
「新井君、試しに僕のバトブレ使ってみる?」
変身を解いた岡本さんが僕に言ってきた、
「あ、、、」
僕は言われるがまま岡本さんから渡されたバトブレを右手に装着した。
「えっと、、、」
バトブレの水晶を押す、、、あれ?
この前のようにスーツに身を纏うのを想像したのに、今回は全く反応がなかった。
「変身しないね、、、」
「、、、はい、、、」
土端さんの言葉に返事しながら、もう一回押してみた。が、やはりバトブレは反応しなかった。
あれは偶然だったのだろうか?
あっという間に時間は過ぎ、練習は終了した。
見学をしていた僕らも椅子を直し、帰社するワゴン車に乗った。
運転席の列、それから後ろに3人座れる横長のシートが2列の計9人乗りワゴン車。
僕と中村、北川は一番後ろに座る。
前の方に他の人達が座り、「お願いします!」と運転手の武田さんに伝えた。
助手席には金髪の岡本さんが座る。
この岡本さんて人の動きは凄かった。その巧みなステップで本田さん、土端さん、川崎さん3人を相手に互角の戦いを繰り広げていた。
そしてその岡本さん以上に凄かったのが武田さん。戦い方としては岡本さんよりも重みがあるのだが、軽やかなとこもあり、非常に心を奪われた。
帰社までの間、僕達は先輩達に年齢やら学校やらどこに住んでるのかとか、色々と質問された。
会社に到着すると、金井さんが2階から降りてきた。服はちゃんと着ている。
「ごめん、迎えに行くつもりが、行けなかった」
と謝った。特に気にもしていなかった僕らは、その時に迎えに来ると言っていたのを思い出したくらいだ。