ショーの終わり
そこにはただ虚無があった。誰一人いなくなったサーカスの舞台の真ん中、そこに一人やりきった顔をした道化師がいた。メイクや高い身長のせいでわかりにくいがよく見るとこの男は、年老いた男のようだ。道化師は一人呟いた「これで終わりか……長かったようで短かった。」この道化師、実はとても有名なサーカス
「ワン・ナイトサーガ」の団長を勤めていた、今年で89才のフェリド・アーガスだ。彼は今、自分の力で始めたサーカスの団長を引退した。
誰もいないのは最後の講演が終わって、片付けも終わり打ち上げも終わったからだ。
自分が勤める最後のショーは、最高の一言だった。今まで助けあってきた仲間、厳しくも優しく教えていた弟子たち、そして観客の歓声と涙には感動した。もともとなぜ団長を辞めたのか公式には病気を発見したからと言っているがそれは違う。理由は簡単、疲れたからだ。サーカスの
団長を始めて60年以上ただひたすら最高のショーを求めて研究し続けた、毎日が発見だった、一晩眠れば新しいアイデアが思いついた。時に周りから非難を浴びても気にせず貫ける勇気があった。だが今の彼にはその力は、残っていない。
彼は自分が老いて頭が硬くなっている、と悟り。引退を決意した。実はこの引退を最初に言ったのは5年前の話だ、辞めると言っても整理が必要だし、何より団員たちがやめないで!と泣いて迫ってきた。確かにとても嬉しかった、だが着実に自分の終わりが近づいているのが分かった。今から1カ月前、肝臓ガンが判明した。
完璧な末期ガンだった。余命は、1週間だと最初は言われた。諦めて大人しく死のうとしていたが、団員たちがせめて最後の講演をやらせたい!と言い、最新の薬を飲み少しだけよくなった。そうしてこの最後の講演を迎えることが出来た。
次の団長も決まった、自分の余生を過ごす場所も決めた、先に逝った大切な人にも報告した。このサーカスで思い残すことはない。だがずっと過ごしてきたこの舞台への最後の別れがまだだった。「終わりだな…今までありがとなこれからは…新しい仲間とともにゲストを楽しませてくれ…」返ってくる返事はない。だがその時少しだけ風が通った、彼はその風が自分に対して、平気だ!と言っているように思い、満足して大切な場所を去って行った。




