第4話 生存
クイーンの襲撃を受けたリー隊は、結局従軍記者の私を含めて17名しか生き残らなかった。私も左腕を撃ち抜かれた。
チャン大尉と共に何とか駐屯地に戻ったところまでは覚えているが、その後は気絶してしまって何も覚えていない。目が覚めたらダラット近辺の工業地帯、フーガンの病院だった。隣のベットではチャン大尉が左足を包帯でぐるぐる巻きにされて釣られて眠っていた。彼と私は妙な縁があるらしい。
「『クイーン』は、いったいどんな容貌をしていましたか」
パーシー中尉と名乗る将校が私に問いかけた。私は思い出せる限りの情報を伝える。
「よくは見えませんでしたが、翼をはやして、空を飛んでいて、サブマシンガンを持っていました。体つきは華奢で女性のように見えましたが、恐ろしく早く動いていた覚えがあります」
パーシー中尉は渋い顔をしていた。
「他に何か思い出せることはありませんか? 凄惨な現場だっただけに、つらいかもしれませんが」
そうだ。現場は凄惨という言葉で表せるものではなかった。木々が銃弾でズタボロにされ、兵士の体が赤く弾ける光景がフラッシュバックした。私はだまりこんでしまう。
「これ以上は難しそうですね。つらい記憶を呼び覚ましてしまい申し訳ございません」
パーシー中尉は切り上げた。病室から退出しかける。
「まて、中尉」
チャン大尉はいつの間にか起きていたのか、顔だけを起こしてパーシー中尉を呼び止めた。階級が上の大尉に呼び止められた中尉は、背筋を伸ばしてそちらに向き直り、は!、と短く返事をする。
「俺たちを襲ったあの化け物がクイーンか」
「確定はできませんが、奴が空を飛んでいたという生存者の証言やサブマシンガンを使用した形跡から、おそらく『クイーン』と我々連合軍が呼んでいる革命戦線の将校かと推察されます!」
「話には聞いていたし、実際に戦火を交えたこともあったが、肉眼で至近距離から見たのは初めてだ」
駐屯地が夜襲を受けた時も、大尉はクイーンの襲撃だと推測していた。呟くように大尉は言葉をつなげた。
「やつは死なん…… 俺は確かにあいつに鉛球を打ち込んだはずだった。確かに空を飛ぶ相手に命中させることは難しいさ。だが、銃弾で奴の軍服が破損したのも確認し、出血もしていた。それでも奴は死なないどころが痛そうなそぶりも見せなかった」
「……」
パーシー中尉は何も答えなかった。いや、答えられなかったのだろう。チャン大尉の言葉は俄かには信じがたい。しかし、信じないということは、中尉にとって上官である大尉の言葉を疑うことになる。
「すまんな。こんなことを上官の俺に言われても貴官は何も言えんな。とりあえず上の方に報告しておいてくれ」
パーシー中尉は、またも「は!」とだけ答えて、病室から退出していった。
「嫌なことを忘れるには酒が一番だが、病院ではさすがに飲むわけにはいかんな。ケン、今回は危険な目に合わせてしまって申し訳なかった」
大尉は独り言ともつかない言葉をこぼして、再び眠りについた。私は彼に謝って欲しいとは思っていなかったから、謝罪の言葉に驚いてしまった。同行したのは私の選択で、そこにある危険は私の責任において甘んじて受け入れるべきだからだ。しかし、彼の軍人としての矜持において、私を危険な目に合わせないということは重要なことだったのかもしれない。
私のケガは一か月もすれば大体において回復した。従軍記者としての職務を果たすため、現場に戻ることを希望したが、ひとまずのところそれは却下された。心的外傷などが残っている可能性もあり、ここフーガンの病院において療養に専念せよ、という本社の指示だった。
チャン大尉は本国に一旦帰国し、休暇をとるとのことだった。