第1話 黄金色
小屋に戻ってきたチャン大尉は、ベッドの下からウイスキー瓶を取り出し、薄汚れたショットグラスに注いだ。黄昏に透かしたウイスキーをすすり込んで目を閉じ、ベッドにごろりと横たわる。彼のまつ毛は夕日を反射して金色に光る。自慢の黒髪も燃えるよう黄色に映えていた。
夕方の虫が鳴く。将校用の小屋は一般兵用のそれよりは居心地はいいというものの、ジャングルの中の掘っ立て小屋の中はどれほど繕っても不快な湿気がよどむ。
大尉のベッドは窓から刺さる西日をまともに受ける位置にある。しかし、彼はカーテンを閉めようとはしない。私は壁側に据え付けられた自分のベッドから這い出して、彼のためにカーテンを閉めようとした。
「ケン、無駄なことをしないでくれ。このままがいい」
大尉は目を開けることなく私を制した。従軍記者である私は彼に服従する必要はないが、かといって嫌がらせをする道理もない。私は大尉の言葉に従ってカーテンを開けたままにし、読みさしの小説に戻った。小屋は黄金色に満ちていた。
いつの間にか寝ていた。爆発音で目が覚めた。そしてタイプライターの打鍵音のような音が響く。サブマシンガンの発砲音だ。隣のベッドを見てみたら、大尉はすでに起きており、迷彩服を着こんでいた。月明かりのなかで大尉は
「おそらく、クイーンだ」
とつぶやいて、大急ぎで小屋を出ていった。
クイーンというのは革命戦線の女性将校の一人だ。最近、連合軍は彼女一人に手こずっている。尋常ではないその強さから、連合軍の中にも彼女に対して畏敬の念を隠さないものもいる。実際に戦場で彼女と交戦した兵士の証言を集めると、どうやら彼女は並みの魔術師とは格が違うらしい。
私は非戦闘員用の防空壕に逃げ込み、人いきれの中で一晩を過ごした。調理師や他社の記者、武器供給のための出入りのビジネスマンなんかが詰め込まれた防空壕は暑苦しくて寝るに眠れない。
明け方、ようやく爆発音がやんだ。一般兵が防空壕に入ってきて、戦闘の終了を告げた。私たち非戦闘員は安堵し、それぞれの小屋やテント、持ち場に戻っていった。
私が小屋に戻ると、すでに戻っていた大尉はまたウイスキーをあおっていた。この部屋には朝日は差し込まない。西向きの窓から朝の冷気が流れ込んでくるだけだ。
「朝から酒ですか」
「今から寝るのだから、これは夜の酒だ。今日の仕事は昼過ぎからで、そのころには酒もぬけてるさ。ケンも一杯どうだ」
ここに来たばかりの頃の私であったら、大尉の提案にはのらなかっただろう。しかし、ここにきて半年近い時間を過ごしていた私は、彼の提案に乗っかった。先ほどまで轟いていた爆発音がもたらした興奮を、酒無しでどうやって忘れられるだろう。
「お言葉に甘えて」
そう言って、私はコーヒーの渋で黒ずんだマグカップを大尉に差し出した。
「よくマグカップで酒を飲めるな」
大尉は冗談めかして独り言ち、黄金色の液体をマグカップに垂らした。