いつも楽しく読んでます
今まで動きがあったのはお昼の時間。俺が冒険したり改稿できたのはその時間帯だけだった。
そりゃあ明け方に編集できるか確認したわけじゃないから確実じゃないかもしれないけど、今のところ俺が把握しているのは昼休みの時間ということだ。
前回の冒険で俺は背中から剣を刺されて血だまりに転がるっていう終わり方をしていた。
仮にこのまま小説の中に入ったとして俺はどうなるんだろう。
小説は一人称だ。主人公の俺が動かないとなると話が進まない。それどころか死んじゃったらどうなるんだってことだよな。もしかして幽霊になって冒険が続くとか……それはそれで面白いかもしれないけど。
「あ、そうだ今日は金曜日だ。明日は学校が休みで昼休みなんていうイベント自体が発生しない。だとすると小説を動かせることができるのはいつなんだ。
この間編集できたのはいつだったか。この小説の中に入り込んでしまえるようになってから編集できた日は。一昨日か。いや違う、昨日だ。雨が降って食堂で編集中と出た昨日だ」
要素はなんだ。
雨が降っていた。食堂で見ていた。巡がいたな、俺一人じゃなかった。他には。異世界転移できる時と編集できる時の違いは。
仮に編集できるとしてその時どうする。
「宿の二階で休んでいたところで襲撃者が入ってきた。ちくしょう、いいシーンだったのに。一番影響が無いというところだとあの襲撃を躱すところか。来ることが判っていれば対処するのは難しいことじゃないよな。だとするとどこまで遡るかが問題だ」
スマホのエラー画面を見ながらプロットらしいところを考える。
編集画面に移ったのは、土曜の昼間。俺の部屋でだった。
「このタイミングだと編集か。でも今は助かった。あの状態を打開できるんだからな」
俺は急いでパソコンを使って編集をかける。
「よし、これで俺が襲撃を気付けないということはなくなる……」
保存しようとした俺の手が止まる。
「これだとフィアナにとってあれはなかったことになっちゃうんだな。物語の中とはいっても俺のファーストキスだったりもするんだよな」
まだ感触として残っているあの唇の柔らかさ。胸の鼓動。
それにあのフィアナの視線。
どこか心の奥でつながったような感覚。
俺は彼女がいたことなんてない童貞野郎だ。だから自分の小説で恋愛シーンなんて書いたところで想像でしかない。
俺の小説の中だというのに俺の知らない出来事が起きる。俺が主人公として動いている間は俺じゃない俺が行動している感じがする。だいたい俺が女の子といい感じになるなんてこと自体が現実世界じゃありえないだろ。悲しいけどこれって非現実なんだよね。
チート設定をぶっこんで襲撃直前のシーンで再開させるとかはどうだろう。
いやそれだと確実性に欠ける。
物語の俺はなんでもできる神じゃないんだ。一人のプレイヤーキャラクターに過ぎない。創造主でいられるのは現実世界の俺が編集できる期間だけ。
いろいろと考えていたプランに迷いが生じる。
上書き保存のボタンが押せない……。
「俺が死んだ後でもフィアナが主人公になって冒険をするっていうのはどうかな」
馬鹿な。俺は何を考えているんだ。
「俺が創った俺のための小説。だったら俺が逃げてどうすんだよ!」
過去改変はするけどな。
俺は心を決めてクリックする。
「上書き保存っと。よしこれで襲撃は躱せる。フィアナとのイベントシーンは全部カットだ。でも俺の異世界妄想ハーレムラノベはこんなもんじゃ済まないってことを証明してやるぜ!」
悲恋に終わった初恋ってこんな感じだろうか。
今回は始まる前に戻ってしまうことになるのだけど。
更新をかけた小説を見直す。
よしこれで態勢は整った。
後は話を進めるだけ。
「さてここからがもう一つの難題だ。どうやって異世界転移するかっていうところだな」
時計を見ると普段なら昼休みが終わっている時間。
慌てて小説サイトを確認するが特に問題はなかった。
さっきの改稿はそのまま新しい文章に差し替えられている。
だが今はお決まりのサーバーエラー表示。
「ふぅっ。とりあえず今日のところはこんなもんか。日曜がどうなるかも考えてみたいしな」
結局土曜はそれ以上何もできなかった。
日付けが変わっても状況に変化はない。俺が改稿した内容のまま次話を投稿もできなければ投稿した内容も編集できなかった。
ただ一つ違いがあるとすれば。
トップ画面に表示されているメッセージ。
「メールが届いている……」
ネット小説の底辺作家といっても長いこと書いていると、それなりに読者や他の作家との交流は生まれてくる。
「ただなあ、このところはコメントも書いていないし他の作家さんのページへ遊びに行ったりもしていなかったしなあ」
それだけに久しぶりのメールだった。
俺はそのメールを開く。
「えっと、差出人は……愚民さん? お気に入りさんにはいなかったな。どれどれ……」
グランドランナー先生こんにちは。
突然のメール失礼します。
いつも楽しく拝読させていただいています。
最新シリーズでは王道のお姫様救出シナリオから、ゴブリンの長になってしまうといういつもながらのちょっと斜め上の展開でびっくりしています。
その中でも穴ゴブリンのメークルちゃんの純粋さ、健気さに僕もドキドキしてしまいます。
あんな風に迫られたら僕なんかイチコロだな、なんて思ってニヤニヤしながら読んでいます。
「そうかー、確かにメークルって俺が出したキャラじゃなくて異世界転移してから出てきたキャラだもんな。そう考えると俺の中にはいないキャラっていうことにもなるんじゃないかな。名付け親は俺だけどプロットじゃそこまで考えていなかったし。それに結構可愛かったな。で、続きは……」
主人公のカケルも究極に危ないところでの機転の利き方や、やっぱりやる時はやるといったところに好感が持てます。こうした駆け引きも楽しさの一つだと思います。
「そりゃそうだよな。俺としては命懸けだし失敗したところは過去改変しているわけだし。結果としてぎりぎりの綱渡りに見えたらいいなあ」
これは勝手なお願いというより妄想ですが、ぜひカケルとメークルをカップリングしてもらってハーフゴブリンの子供たちが活躍するような話になったらいいなって思っています。
これからも更新待っています。頑張ってください!
「頑張ってください、か……。でも更新できるかどうかも判らないんだよね。それにハーフゴブリンか、その発想はなかったわー。でもそうするとメークルとやっぱり夜のあれだ、営みというか」
意識しないわけにはいかないだろう。
「でもどことなくメークルって巡に似ているところあるよな……」
巡が俺に子作りしようとか言ってきたら……。
「ぶふぉぁっ! げほっがはっ……。いやない、ないないよそれは」
きっと今の俺は茹で蛸も裸足で逃げ出すくらい顔が真っ赤だったりするんだろうな。
「すーはーすーはー、落ち着け俺、俺落ち着け。今日は日曜日だ学校は休みだから昼休みは昨日と同じく発生しない。
でも確か土日でも学校は開いていたよな。部活で使う分は解放していた気がする」
俺は身支度を整えて家を出る。
「今からならいつもの昼休みの時間には学校に行けるかもしれない」
急いで自転車に乗りペダルを回す。
「日曜の昼間って案外車が少ないんだな」
一応は気を付けながらも出せるスピードで自転車をこぐ。
学校の敷地内に飛び込んで自転車置き場へ自転車を置くと裏口から校舎に入ろうとする。
「あれ、カケルじゃん。おーい、どしたの?」
「巡か別に」
あんな想像をしてしまった後で巡の顔がまともに見られない。
「カケルが休みの日に学校来るなんて珍しいね」
「あ、ちょっと忘れ物があってな。巡は陸上部の練習か」
「うん、大会近いからね~。今回は三年生の先輩たち最後の大会だからさ、あたしたち二年生も頑張ろうってね」
「そうか、偉いな」
「えへへー。偉くなんてないよ。じゃあ練習あるからまたね」
「ああまた」
適当な挨拶で切り上げて校舎に入る。
靴は外に放り出して靴下のままで階段を駆け上がっていく。
俺が屋上のドアを開けた時、立ち眩みに近い感覚に襲われた。
俺たちは二階の宿部屋を一つ借りて休むことにしていた。
フィアナと相部屋だって問題はない。別々の部屋では有事の際に対処ができないしな。
夜半。降り出した雨が激しくなる。
「昼間はいい天気だったのにね」
「山の天気は変わりやすいっていうから」
「あー、今日も疲れたわ」
「まあ明日は装備を整えたり次の村へ行く準備をしよう」
「そうね」
宿屋といっても簡易的なベッドが一つあるだけだ。
木材が豊富な村だけに簡易ベッドといってもしっかりした木材で作られているが。
「じゃあフィアナ、俺は毛布を敷いて寝るからベッドを使ってくれ」
「いつもそんなことを言ってゆっくり休めないのではないの?」
「そんなことはないさ。床で寝るのは慣れている」
実際、現実世界じゃあ畳の部屋に布団を敷いて寝ているんだ。ぶっちゃけベッドの方が落ち着かない。
一瞬外が光った。
「きゃっ!」
すぐさま雷の落ちる音が響く。
窓の隙間から風が吹き込む。ランプに直接風が当たらないようにしていたおかげで火が消えることはなかった。
「大丈夫か」
「い、いえ大丈夫よ」
「いやいいんだ。雷、怖いのか」
「こ……怖くなんかないわ、驚いただけよ急だったから」
怖いんだな雷。
また雷が落ちる。
明かりがあるせいかフィアナはもう驚かなくなっていた。
「カケル……」
フィアナが真剣な眼差しで俺を見る。
「もしかして怒ってる?」
「違うわ……」
フィアナの視線を追って床を見る。
俺の耳に雷とは違う音が聞こえてきた。
大人数の靴音が階段を上る音だ。
一瞬で俺とフィアナの顔が戦場に向かう者のそれに変わった。
ランプの炎を吹き消すと俺たちは息を潜める。
軋む音を立てて入り口のドアがゆっくりと開く。
隙間から一人、また一人と部屋に入ってくる。
「……」
「……」
小声で会話をしているようだが外の雨音にかき消されて聞き取れない。
そいつらはベッドと毛布の膨らみに近付くと、手にした剣を振りかざす。
「死ねぇっ!」
掛け声と共に襲撃者たちはベッドと毛布の膨らみに剣を突き立てた。
「んっ手応えが」
「だろうな」
俺は隠れていたカーテンの裏から飛び出して襲撃者の一人の背後を取ると短剣を喉元に突き付ける。
「武器を捨てろ。二度は言わない」
俺が声を低く囁くように話す。
雷光が部屋を照らした。
「やはりな」
襲撃者は諦めにも似た舌打ちをして剣を手放すと両手を上げる。
「参った参った降参だ。抵抗はしないからその手を放してくれないか」
ハスキーボイスで降伏の意図を示す。
「信用ならないな」
俺は襲撃者の背後から左腕で身体を拘束して右手に持った短剣で首筋を狙っている。
「そんなにあたしの胸がお気に入りなら構わないけどね」
むにゅっとした感触。
とっさのこととはいえ、俺の左手は襲撃者の胸をしっかりホールドしていた。
だからといって自由にさせる訳にはだな、うむ。
「フィアナ、ロープでこいつらを後ろ手に縛ってくれ」
襲撃者は左頬に刀傷の大男とザ・女戦士の二人だった。
大男は素直に手を後ろに向けてフィアナが縛りやすいようにする。
「ついでに足もな」
フィアナが頷いて大男の足も縛りにかかる。
これで自由は利かないだろう。
大男を縛って転がすと次に女戦士を縛っていく。
ようやく俺の手から離れる。
左手をワキワキと動かす。あの感触はなかなか手から離れない。
「な、なんだよフィアナ」
「べーつにー」
なんでむくれてるんだよ。
女戦士も縛り上げると二人とも部屋の隅に座らせる。
二人が持っていた剣は部屋の反対側へ蹴り飛ばす。
「言い訳があるなら聞こうか」
しばらくの沈黙。
「俺たちはただの行商人だ。それを襲うなんて追い剥ぎか、それとも昼間の意趣返しか」
「けっ、そんなんじゃねえよ」
「ならなんだっていうんだ」
「理由ならそこのお嬢ちゃんがよく知ってるだろうぜ」
フィアナが?
「ほう、この商売勘定も禄にできない娘が何を知っているって」
「そのお嬢ちゃんに聞くんだな」
「よく意味が解らないんだが。あまり時間をかけるのは好きじゃないんでね、要点をまとめて言ってくれると助かる」
「とぼけんなよ。その水色の髪のお嬢ちゃんが何者か一緒に旅をして知らないわけもないだろ」
俺は短剣を握りなおして大男の側へと寄る。
「はっきり話せと言ったよな。次に回りくどいことを言うとその左頬と同じ傷を右側にも付けてやるぞ」
「はっ、脅しのつもりか」
短剣の先を大男の右頬へ当てる。
血が膨らんで溜まる。
「脅しじゃない。本気だ」
俺は語気を強める。
「行商人なら知っているはずだろう。水色の髪の魔女、シウバ帝国のお尋ね者。フィアナ王女のことはよ!」
うん、まあ知ってた。
「だからどうした。今はただの行商人の娘だ」
「そういうわけにもいかねえだろう。この娘を差し出せば帝国から報奨金がたんまり貰えるってんだからよ。どうだお前さんも一枚噛まないか分け前は半分やる、な?」
「そうか。お前は金で動くというのだな」
「俺は流れの傭兵グスタフだ。こいつは女戦士のユカリ。相棒とかじゃなくてたまたまこの村で会っただけなんだがな、丁度その時に水色の髪の王女が来たってんで手を組んだだけだ」
「そうなのか女戦士?」
「ああ。だいたい間違っちゃいないよ。あたしも旅の傭兵、払いのいい旦那にだったら言うことを聞くさ」
「なるほどな。だったら俺がお前らを雇おう。報酬は王女の首にかかった懸賞金の倍だ」
女戦士のユカリが口笛を吹く。
「それは豪儀だね。いいだろう乗った。で、報酬の条件はなんだい」
一息溜めて俺は宣言する。
「帝国を打倒して俺が王になる」
俺以外の三人が目を丸くして叫んだ。
「お前がか!」
前回投稿後に改稿してラストを変えてしまったので、今回はその回収でした。
新キャラ登場でまたややこしくなりそうですね。