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人材発掘も役割りの内

 シュネイ山脈の近くには町というほど大きくない集落が点在していた。

 山とその森の恩恵おんけいにあずかる人々や、中央や大都市に居られない人の行き着く先だったりもする。


「マルカの村へようこそ、だって」


 立て看板を見たフィアナがわざわざ教えてくれる。

 俺とフィアナは協力者をつのる旅の途中だ。周辺地域に足を運んでこれはという人材や資源を発掘することが主な目的。俺と穴ゴブリンたちだけでは帝国軍に対抗できない。別に俺はゴブリンの王国を作ろうとしているわけではないけどああして俺をおさとして認めてくれる連中をただ見殺しにはできないからな。


「でもこれは俺のこだわりなんだ。なにもフィアナが穴ゴブリンたちと一緒になって帝国と戦う必要はないんだぜ」

「そうね、彼らを見捨てて旅に出ることだってできる。どこかに亡命して余生を送ることだって。でも帝国を敵とするのなら私の目的にもかなうことよ。それにこの議論はもう何度も繰り返したわ」

「そうだな。確認をしたまでだよ」


 俺は肩をすくめてこの状況を認めるしかなかった。

 フィアナは帝国内で指名手配されている。辺境へんきょうの村とはいえあまり人と接触することは避けたいのだが。


「ねえカケル、メークルたちは大丈夫かしら」

「穴ゴブリンたちは元々温和おんわな種族だからな。マエオサを俺の正式な代理として引き続き統治とうちしてもらうようにしているし、メークルたち知識階級には人間の言葉の習得と教育に頑張ってもらう。もし仮に俺たちが戻る前に帝国が攻めてきたとしても、森の中に逃げるよう避難訓練はしているからな」


 やはり言葉が通じると何かと便利だしお互いの理解も深まるというものだ。

 中二の俺が言うのもなんだけど教育って大事だなって思ったよ。


「村に入りましょうか」

「ああ」


 粗末そまつだがしっかりしている門をくぐる。

 そろそろ夕方になろうかという時間。村人たちは今日の仕事を終えて思い思いの時間の過ごし方をしていた。


「木で組んだ家がちらほら見える。森が近いせいか木材には事欠ことかかないようだな」

「そうね。ほら見てカケル、あそこのお店で果物を売っているわ」


 旅が続いていたせいか甘味かんみには飢えていた。

 森の中で野生の果物を食べたこともあるが、確かにみずみずしく甘かったもののやはり栽培さいばいしている物ほどではなかった。


「甘いかなあ。美味しいかなあ」

「どうだろう、一つ試してみようか」

「うん!」


 フィアナが年相応の少女らしい笑顔で俺を見る。


「おばちゃん、この林檎りんご二つちょうだい」

「あいよ。いい赤だろ? マルカは林檎の栽培が盛んでね。あんたたち行商人かい? あんたたちみたいなのもよく仕入れに来るんだよ」

「へえそうなんだ。じゃあ今度は俺たちも仕入れに来られるように、あ、それなら荷馬車がいるなあ」

「そうだねえ、荷車なら作っているところもあるんだけど馬を売る店がないからねえ。馬車は自分たちで持ってきてくれな」

「ああそうするよ。それとさおばちゃんここらで宿はないかな」


 俺は代金を払いながら情報収集ができそうな場所をく。


「ああ、宿屋ならほれ。そこに」


 そこには店の看板だろうか。大きな切り株に斧が刺さっているレリーフが掛けてあった。


「斧と切り株亭は宿もあるし酒も出るよ。うちの林檎も扱ってもらっているからね贔屓ひいきにしておくれ」

「そっか。ありがとうおばちゃん」

「いいっていいって」


 この辺りの宿屋は一階が酒場や食堂になっていて二階が寝室となっているものが主流だ。

 こういったところには情報が集まりやすかったりする。


「あれ、おばちゃん林檎買ったの二つだよ」


 俺の手には林檎が三つ乗っていた。


「お連れさんが疲れていそうだったからね、もう一つおまけさ。これで元気出るといいね」


 確かに言葉には出さないがフィアナの顔は疲労の色が濃い。


「ありがとう。恩に着るよ」


 フィアナも軽く会釈えしゃくをする。

 旅をする中で王女時代にはしてこなかった挨拶あいさつや人付き合いといったものも徐々に覚えていっているようだ。

 俺はそんなフィアナの成長を喜びながら斧と切り株亭の扉を開ける。


「邪魔するよ」

「いらっしゃい」


 あまり愛想あいそがいいとは言えない酒場の親父おやじがこちらをにらむ。外から来る人間は少ない。どうしても仲間外れみたいな空気になる。

 酒場には村人らしいいかつい顔の男たちが酒を飲んでいた。


「宿を頼みたい。それと食事もできたら」


 酒場の親父があごで奥のテーブルを指す。

 俺たちはひとまず指示されたテーブルへ向かうと、その途中俺の足元に村人の足が投げ出されてきた。


 いじめっ子小学生みたいないたずらだな。


 俺はその足を無視してそのまま歩く。

 当然足がぶつかるがそのまま少し蹴り上げるようにすると、足をかけようとしていた村人が座ったまま椅子いすごとひっくり返った。


「て、てめえ何しやがるっ!」


 転んだ男が立ち上がって声を上げる。なにしやがるはこっちの台詞せりふだ。

 男は俺よりも頭一つ二つは大きい。左頬ひだりほほに大きな刀傷かたなきずがあるところを見るとただの材木屋ってわけじゃなさそうだ。


「カケル!」


 あせるフィアナを俺は手で制す。


「おっさん、人を転ばせようとするなら自分も転ばされる覚悟かくごがあってのことだろうな。それともどうしようもなく足が長いってことを自慢じまんでもしたかったのかい」

「なんだと、行商人ぎょうしょうにん風情ふぜいがっ」


 俺たちは行商人ぎょうしょうにんに身をやつして旅をしている。土地土地の特産品やら情報やらを持って運んで金にえ、そしてまた新しい品物や情報を仕入れていく。今のところ旅をして一番怪しまれないスタイルだと思っている。


「行商人風情とは聞き捨てならないなあ。行商人は社会的地位が低く見られがちらしいが、俺たちがいなければ手に入る品も限られてくるということをどうやら認識していないようだな。だいたいだ、運ぶ者がいて流通が成り立っているというのにそれを理解していない奴が多すぎる。家に居ながら遠くの荷物が届くのは運び屋がいてのことなんだぞ、それがまったく近頃の通信販売ときたらなにが送料無料……」


 俺は男を無視して持論じろんを展開する。ちょっと熱がこもりすぎて脱線したかな。


「なに訳の分かんねぇこと言ってんだ!」


 男は俺の胸ぐらをつかんで引っ張る。

 一瞬(いら)ついた俺はその手と男のえりつかんでたいしずめる。


「ほわっ」


 男が気の抜けた声を上げた頃にはふところに入った俺の足のバネが伸びて男の身体を持ち上げていた。

 そのまま勢いをつけてると男は宙を舞って投げ飛ばされる。

 一本背負いが綺麗きれいに決まった。


 目を回して倒れている男を見た周りの連中が色めき立つ。


「こいつ!」

「よそ者のくせに!」


 俺はつかまれたえりを直すと周りを見回した。

 今の技がこの酒場の連中に与えたインパクトはでかかったようだな。じゅうよくごうせいす。


「どうした。よほどこの酒場は転びやすいようだな」


 俺の挑発ちょうはつにも周りの連中は乗ってこないようだ。


「まあそれくらいにしてやってくれな」


 奥の暗がりから声がする。ハスキーボイスだが通る声だ。


「あんた、面白いねえ」


 人影がこちらに歩いてくる。

 明かりの下に来たそれは俺より背の高い女戦士。

 日本の萌えを意識したデザインというよりはビキニ鎧に幅広の剣。今どき珍しい洋ゲーとかアメコミのヒロインみたいなお姉さまだ。

 救いなのはムキムキの筋肉ダルマってわけじゃなくて、すらりと均整の取れた身体に豊満なボディ。


「昔のRPGロールプレイングゲームじゃないんだし化石みたいな女戦士だな……」


 それこそレトロゲーででも出てきそうな、ザ・女戦士な衣装だ。


「おい若造、誰が骨董品こっとうひんみたいなババアだって!?」

「いやいやいや、そんなことは言ってません、はい。温故知新おんこちしん、歴史は繰り返すってやつですよね、わかります」

「なに言ってんのか分かんないけど、ともかくここは幕引きと行こうじゃないか」

「特に俺は、別に」

「そうかい、こちとら辺境の村だろう? 外からの人間が珍しくてねえ、ついちょっかいを出しちまうのは悪いくせさ」


 癖を判っているなら早めに直した方がいいな。


「でだ、娯楽ごらくえているあたしたちに何か面白い話をしておくれでないかい」

「なるほど。でも俺たちは吟遊詩人ぎんゆうしじんじゃないんでね。話す内容が面白いかどうかは保証できないぜ」

「まあそれくらいは大目に見るさ」

「じゃあまずはこの間仕入れた商品のことについてだが。これが何か判るか」


 俺は荷袋から節くれだった竹を取り出す。


「なんだよ竹じゃないか。その竹がどうしたってんだい」

「竹ということは理解しているんだな。だがこの一本が一〇〇〇ゴルドになるっていうところまでは知らないだろう」

「せ、一〇〇〇ゴルド! そのちいせえ竹が丸太一〇〇〇本分になるってのかい! こいつは驚きだよ」

「これは妄想もうそうちくといってな、強い幻覚げんかく作用さようがある竹で国によっては持っているだけで罪に問われることもある危険な品物だ。だが薄めれば麻酔ますいや痛み止めにも使える。シュネイ山脈の向こうインデラ王国でれる特殊な竹だがその精製方法はシウバ王国(・・)にしかないので持って歩いていたってわけだ」

「ほうシウバ王国にしかない技術なのかい」

「ああ俺は旅の行商人だ、精製方法やそういった技術はよく解らないのでね」


 俺は酒場を見回す。


「この間いい商売ができてだいぶ稼がせてもらったからな、この村に来たのも何かのえんだ。ここはひとつみんなに酒をおごらせてくれ。さっきのことはこれで水にというか酒に流そうじゃないか、え、どうだい」


 酒場にいた村人たちから歓声が上がる。

 親父は不愛想なままテーブルに酒の入ったジョッキを配って歩く。


 話に加えてこれで村人たちの表情が少し和らいだようにも見える。


「それじゃああんたの旅の無事を祈って」

「ごちになるぜ」

「ああ楽しんでくれ」


 俺が村人たちの挨拶あいさつに返事をしていたところで転んだ男がジョッキを四つ持ってくる。

 俺とフィアナそれと女戦士の分に、ちゃっかり自分の分まで持ってきているのはいい根性しているぜ。


「あたしらもご相伴しょうばんあずかろうかね」

「まあこういうことならさっきのはなかったことにしてやる」

「流石は山の男、ふところが広い」

「はっ、よせやい。それにしてもこの俺を投げ飛ばすたあ、すげえなお前。ほれそっちのお嬢さんも」


 男が差し出したジョッキをフィアナが受け取る。


「ありがとう」

「お、おう……って、あ!」


 突然の大声で周りの話し声が止む。


「あんた、いや、そんなはずは」

「どうした」


 俺は腰に剣があることをひじで確認する。


「な、なんでもねえよ」


 それだけ言って男は元のテーブルに戻っていく。


「カケル」

「いやまだ判らない。警戒はおこたらない方がよさそうだな」


 俺はフィアナに目配めくばせして深く追求せずに他の冒険譚ぼうけんたんを話し始めた。



 俺たちは二階の宿部屋を一つ借りて休むことにしていた。

 あ、相部屋だって問題はない。そうだ、問題はないはずだ。


 夜半。降り出した雨が激しくなる。


「昼間はいい天気だったのにね」

「山の天気は変わりやすいっていうから」

「あー、今日も疲れたわ」

「まあ明日は装備を整えたり次の村へ行く準備をしよう」

「そうね」


 宿屋といっても簡易的なベッドが一つあるだけだ。

 木材が豊富な村だけに簡易ベッドといってもしっかりした木材で作られているが。


「じゃあフィアナ、俺は毛布をいて寝るからベッドを使ってくれ」

「いつもそんなことを言ってゆっくり休めないのではないの?」

「そんなことはないさ。床で寝るのは慣れている」


 実際、現実世界じゃあたたみの部屋に布団ふとんいて寝ているんだ。ぶっちゃけベッドの方が落ち着かない。


 一瞬外が光った。


「きゃっ!」


 すぐさま雷の落ちる音が響く。

 窓の隙間すきまから吹き込んだ風で部屋のランプが消える。

 真っ暗闇の中フィアナが俺にしがみついていた。


「だ、大丈夫か」

「ごめんなさい……」

「いやいいんだ。雷、怖いのか」

「こ……怖くなんかないわ、驚いただけよ急だったから」


 怖いんだな雷。


 柔らかな身体が俺に押し付けられていた。

 甘い髪の香りが鼻孔びこうをくすぐる。

 抱きついた手が俺の背中でぎゅっと握りしめられた。


 俺は心臓の音が聞こえるんじゃないかと心配になるほど緊張していたが、ゆっくりと深呼吸をしてフィアナを抱きしめる。髪をなでてやるとフィアナの身体の緊張がほぐれていく。


「なにしてるのよ」

「俺は雷が苦手でね、こうしていると落ち着くんだ」

「へ、へえ。それなら仕方がないわね。少しだけよ、このままでいてあげる」

「悪いな助かるよ」


 また近くで雷が落ちる。

 木がたてけるような大きな音だ。


「ひゃうっ」


 身体を強張こわばらせたフィアナが小動物みたいに小さく震える。

 暗闇に目が慣れてきたからかフィアナが力いっぱい目を閉じている姿が見えた。


「よしよし」


 反射的に俺はフィアナの頭をなでる。


「なっなによ。あなた雷が怖いのでしょう」

「ああ」

「ならどうしてそんな風に平気でいられるのよ」

「平気じゃないさ。今でも緊張でドキドキが止まらないよ」

「そんな、あ」


 フィアナが俺の胸に顔をうずめていることに今気づいた様子だった。

 でも離れようとか突き飛ばそうとかはしないで目を閉じる。


「本当ね。フフッ、こんなにドキドキしてよっぽど雷が怖いのね」

「だろう?」

「もう子供みたいね」


 また雷が落ちる。

 だがフィアナはもうそれでは驚かなくなっていた。


「カケル……」


 雷におびえていた時のだろうか。涙が溜まって潤んだ瞳が俺の目を真っ直ぐ見つめる。

 ほんの少し開いたピンク色の唇から柔らかな吐息といきが漏れた。

 ゆっくりとフィアナが目を閉じる。顔が触れそうになるほど近い。

 お互いの吐息がじって一つになるくらいに。


「いいのか」


 俺の問いにフィアナは答えない。だがその沈黙ちんもく肯定こうていであることは間違いない。


 雷の中、俺とフィアナの唇が一つに重なった。



 こんなに気持ちが落ち着くのはいつぶりだろうか。

 現実世界でも味わったことがなかった喜びと言ってもいいかもしれない。たとえこれが俺の小説の中の話だとしても。


 俺は気付けなかった。

 激しい雨音あまおとにかき消されたドアのきしむ音。

 雷鳴らいめいに上書きされた足音。


「カケル……」


 なんだよフィアナ、そんな驚いた顔をして。

 おかしいな、焼けつくような痛みが背中から腹部へ。


「かはっ」


 おびただしい血が俺の口からあふれ出す。


「カケルっ!」


 うつむくと俺の腹から剣が突き出している。

 こりゃあ痛いわけだ。でもなんで……?


 振り返ろうとして首を動かす。あ、こいつ。


 言葉にしようと思ったが口が思い通りに動かない。

 血の匂いが充満して気持ちが悪くなる。

 耳鳴りが激しい。まるで鐘の音……。




 スマホを持った俺は青空の下で独り震えていた。


「屋上……か」


 独り言と一緒に溜め込んでいた息を吐き出す。

 判っているがそれでも腹をさすって傷が無いことを確かめた。


「だよ、な……」


 震えるひざを押さえながら手すりを頼りに屋上から教室へ向かう。

 更新されている小説を見る。


「うっ」


 胃液が逆流する感じを力ずくでこらえた。



 小説の中の俺は、血だまりの中に倒れたまま動かない。

気がつけばゴブリン王になりつつあるカケル。思わぬ展開に進んで行ってしまっていますが、これからどうなりますでしょうか。一所懸命考えますので、ご一緒に冒険をお楽しみいただけたら嬉しいです。

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