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水辺とくればお約束

 道は少し下りになっている。

 もう設営班の音は聞こえない。

 俺たちは水の音を頼りに奥へ進んでいく。

 ここまではおおよそ一本道。壁に亀裂きれつがあったり少しくぼんだ場所はあったけど、道に迷うようなところはないから生活圏としても十分じゅうぶん対応できるだろう。


「ほう……」


 思わずため息が漏れる。


 地底河川ちていかせんが流れていて、フィアナのともす光で幻想的な姿を見せていた。


「すごい透明度だな。光が入らないからこけが少ないのか、岩肌のオレンジ色と水の青の対比が綺麗きれいだ」


 剣先を水にける。特に反応はなし。手ですくってみる。


「冷たぁ……」


 俺は顔を洗って水を飲む。

 歩き通しで火照ほてった身体にこの冷たさがまた気持ちいい。


「ちょっとあなたたち」


 フィアナの声がする方向に顔を向ける。


 裸になって水浴びを楽しむゴブリンたち。

 普通に身体を洗ったり服を洗濯したりと自由気ままな連中だ。


オサ、一緒、入ロウ」

「へ、は、わぁっ!」


 自然体のメークルが生まれたままの姿で俺の手を引く。

 背は小さいがゴブリンにしてみればちゃんとした大人の女性だ。健康的で締まりのある手足、思った以上に大きく張りのある胸。


 ロリ巨乳バンザイ。


「どうしたの、そんな変な格好して」


 フィアナが前かがみの俺に話しかけてくる。


「それって何かの儀礼とかかしら」

「いやあ、別に、あの、えっとって、おわっ! なんでお前まですっぽんぽんなんだよ!」

「まったく脱いだら脱ぎっぱなし、あの子たちはそこから教育する必要がありそうね」


 濡れた水色の髪、不思議そうな顔。すらっと伸びた手足と一糸まとわぬ姿。

 これはこれで、でかい。ありがとうございますごちそうさまです。


「いやいやそう言うことじゃないだろ、真っ裸で、その、目のやり場にだな……」

「王女たるもの裸体らたいを見られることに抵抗はないのよ。湯浴ゆあみだって着替えだって従者がしてくれるもの」


 常日頃つねひごろから他人の視線にさらされていた裸っていうことか。


「だがな、いや、俺は従者じゃねっし!」

「ならいいではないの。眼福でしょう」

「ガンプク、ガンプクー」

「お前らが言うなー!」


 水辺といえばボーナスシーンかもしれないとまあ、別に期待していたわけではなかったが。


オサ、ドウシタ?」

「はあ。俺は男として扱われていないんじゃないかってね」

「長、男ダ。めーくる、長、好キ。子作リスルカ?」

「駄目よメークルちゃん、こんなところで無作法ぶさほうよ。そういう大切なことはねやでしないとはしたないわよ」


 はしたないのはどっちだよ。そんな正論、ヌーディストビーチみたいなところでやられても違和感しかないんだが。


「ギャッ!」


 俺たちとは関係なしに水浴びを楽しんでいたボスモドキが悲鳴を上げる。

 俺は剣を抜いてそのボスモドキの元へ向かう。


「これはひどい」


 ボスモドキの足に歯形が付いていてそこから血が噴き出していた。


「どうした、なにがあった!」


 ボスモドキは水の中を指差して何かを伝えようとしている。


「メークル、回復魔法を頼む」

「アイ!」

「フィアナは光を水中へ持って行けるか」

「この呪文は空気を振動させて光を作っているから」


 そうかいまいち原理が判らないけど水の中では振動させる空気がない。

 ここは水上からの光で対処しよう。


「判った。水の中に何かいる。ボスモドキの怪我からしたら口の大きさだけでもそれなりのサイズだ」

「気をつけて」

「ああ」


 俺はゆっくりと水の中に入っていく。


 地底河川の生き物だ。眼は退化しているだろうが音や匂いには敏感になっているだろう。

 俺が水に入ったことも奴らは気付いているかもしれない。


 薄明りでは影すら見えない。

 何度か剣を水の中に突き入れてみるが、姿も見えない相手にこの程度の攻撃は通用しない。

 単に水を叩いているくらいだ。


「いてっ!」

「カケル、大丈夫」

「ああ平気だ。でも足に何かが触れた。引っかかれたような感じだ」


 カミソリでスパッと切られたようなそんな痛みだ。


「フィアナ、この光の呪文を水の中でも使ってもらえるか」

「え、でもさっきも言ったけど」

「解ってる。頼むよ」

「いいわやってみる」


 フィアナはガウンを羽織はおって戦闘体制に移行する。

 それはそれで残念だが今はそんなことを言っている場合じゃない。


「大気の精霊たちよ、その身を震わせ我を暖かな光で包みたまえ」


 フィアナが呪文を唱えてもさっきより少し明るくなったかもしれないけど。


「水の精霊たちに呼びかけるようにはできるか」

「うーん、そうね。やったことはないけど……水の精霊たちよ、その身を震わせ我を暖かな光で包みたまえ」


 フィアナの呪文で段々と水が振動し始める。

 小さな波が重なってより大きな波に変わっていく。

 眼鏡めがね屋の店先に置いてある超音波洗浄機のようなあんな感じだろうか。俺は眼鏡かけないからよく知らないけど。


 水面が泡立つように激しく揺れる。


 そうだ。眼が退化しているとして振動だって感知しやすいのじゃないか。

 そこにこの超強力な振動がかかるとなると。


「フィアナありがとう。もういいよ」


 水面を見ながら後ろ手にフィアナを制止させようとして……。


「きゃんっ」


 ぽやんとした、それでいて触ったことのある感覚。

 ふにふに。うん、ふにふにだ。


 手の先を見ると、丁度いいタイミングで俺の手がフィアナの胸にフィットしていた。


「カ~ケ~ル~」

「あ、ごめ……」


 波立つ水面よりも大きな音が洞窟内に木霊こだまする。

 おもいっきりきついビンタで俺の謝罪は最後まで言うことができなかった。



「長、ふぃあな、スッゴーイ!」


 回復魔法を使っていたから一連のやりとりは見ていなかっただろうがメークルがめてくれる。

 水面には川魚としては大き目なのかとげの付いたひれを身に着けた痛そうな魚がいっぱい浮かんでいたからだ。


「ありがとう、メークルちゃん」


 何事もなかったかのようにフィアナが答える。


 ボスモドキはこいつらにまれたみたいだ。俺の足に当たったのはこのひれだったかもな。


 ゴブリンたちは楯と槍を器用に使って浮かんだ棘魚とげざかなを集めてくる。

 泳ぎながらかぶりつく奴もいるが、とげのあるひれかたうろこ悪戦苦闘あくせんくとうしてもいた。


「獲り方を考えれば案外食料にもなるかもしれないな」

「たくましいわね」

「ゴブリンたちだろ?」

「あなたもよカケル」


 そりゃどうも。



 だいたいの地図はできた。

 奥にある地底河川ちていかせんも流れがあるからよどむことはなさそうだ。

 迷うような所もないし、穴ゴブリンたちが生活するにはてきしているかな。


「でもどうしてこんな場所に誰も寄り付かなかったのかしら」

「寄り付かなかったんじゃなくて、寄り付いた奴はあの蜘蛛たちに喰われていったのかもな」

「あ、そうね。そうかも」


 おかげでいい物件が手に入ったということでもあるのだが。


「まあ、一本道なのは攻められた時に困るかもしれないけど地下迷宮じゃないからなあ。うまく扉とか使えればいいんだが」


 その辺りは設営班に頼むとしよう。


「メークル、やっぱり言葉の重要性を痛感したよ。お前がいてくれて助かった」

「エヘヘー」


 いつものようにメークルの頭をなでてやる。

 ゴブリンたちとも意思疎通ができるように何か考えた方がよさそうだな。


「お土産みやげを持って帰るか。部屋の掃除そうじくらいは終わっているかもしれないしな」

「アイ」


 俺たちが支度したくをして戻ろうとした時、俺たちに向かってくる影が見えた。


「ガッ、グワ」

「ギャガラ」


 メークルが制止させるとその影はゴブリンの言葉で何か話しかけてきた。


「どうしたメークル」

「コイツ、設営班。ニンゲン、来タ」

「なっ」


 俺もフィアナも息を呑む。

 ボスモドキたちも同じ、いやそれ以上に怒りをあらわにする。


「急いで戻ろう」

「ええ」


 俺たちは探索した道を戻る。

 ぬるぬるする足場に気を付けながらなるべく早く走ろう。


 それにしてもいったいなんだってんだ。

 しいたげられた弱者は反撃してもいけないっていうのか。

 穴ゴブリンだっていい奴はいる。話ができなくても共に戦える頼もしい奴らだ。文化的な違いはお互いの歩み寄りで埋めていったらいい。

 それをまたゴブリン狩りだったりしたら。そう思うと居ても立っても居られない。



 外の光が見えてくる。

 それと共に喧騒けんそうが大きくなってきた。

 それに小さいながらも揺れる炎がいくつも見える。人間たちの持つ松明たいまつだろうか。


「もっていてくれよ」

「大丈夫よ、前長まえおさもいるのだし」

「そうだな」


 フィアナのフォローは俺の心を強くする。

 大丈夫かどうかじゃない。間に合ってほしい。これは俺の願望だ。

 走る一歩一歩が焦る。


「うっ」


 水たまりに入った時の音。

 ここは地底河川からは遠く離れた場所。

 乾いていた地面。


 フィアナの薄明りに照らされた地面には血だまりができていた。


「奥からも来たぞ!」

「援軍だ、構えーっ!」


 人間の言葉だ。とするとまたやはり人間たちが攻めてきたというのか。

 前長たちはどうにか持ちこたえてくれているようだが被害は出ている。


「やめろ! どうしてお前たちはゴブリンに手を出すんだ!」


 俺の叫び声に両軍の手が一瞬止まる。


「貴様人間か? なぜ人間が汚らわしいゴブリンどもと一緒に居るのだ!」


 松明たいまつを持った手を突き出してくる。


「そんなことはどうでもいいだろ、こっちは迷惑をかけていないんだ。大人しく暮らす分には構わないだろう、どうせここの洞窟は大蜘蛛が棲みついていたところだ。元からお前たちには関係ない場所のはずだ!」


 世界を創った俺にしてみればみんな俺の子供みたいなものなのだが。こうしていがみ合い争い合うのは気分のいいものではない。


「なぜそこまでしてゴブリンたちを憎むんだ」


 そう仕向けさせた俺が言うのもおかしいと思う。だからこそ正せるのなら正したい。


「こんなけがれた生き物と共に生きるだと!? 正気か貴様!」


 兵士たちの笑い声がしゃくさわるな。

 見れば身なりはそれなりに整っていて鎧は全員同じような作りになっている。どこかの軍隊ということか。これでは穴ゴブリンたちでは歯が立たない。それをこれまでこらえてくれたのだから大したものだ。


オサ……」

「メークル、怪我をした奴の手当てをしてやってくれ」

「アイ」


 メークルに指示を出す俺の様子を見て兵士たちからいやらしい笑い声が漏れる。


「おいおい長だって? 人間のくせにこんな珍獣どもの長とはな」

「人間社会で生きていけなくなって、言うこと聞きそうなゴブリンの親分に成り果てたってか」


 ボスモドキの歯ぎしりが聞こえる。

 言葉は解らなくとも兵士たちがゴブリンを、そして俺をあざけっていることは理解できるようだった。


「仕方がない。共存共栄を望むのであれば俺も考慮しよう。だが、種族はどうであれ俺の臣民を傷つけようとする奴らは許しておかん」

「許さねえって口だけならなんとでも言えらあな!」

「残念だ」


 俺は落ちていた小石を拾う。


「命の始まり雌鶏めんどりごとく、この手に宿りし卵にていざ敵を貫かん」

 俺の手のひらに握られたいくつかの小石に力がこもる。

 怒りで血がたぎってきた。


たぎくりっ!」


 掛け声と共に俺は握った小石を放り投げると、その小石一つ一つが勢いよく飛んでいく。その先にはいやらしい笑みを浮かべる兵士。その顔が引きつったものに変わる。

 小石が兵士たちの身体を貫通かんつうしていく。


「こやつっ、珍妙ちんみょうな技をっ!」

「今の時点で引き揚げればよし。さもなくば階級の高い者からその首貰い受けるぞ」

「ひっ」


 俺は続いて小石を繰り出す。またさらに兵士が倒れていく。


「ここは退け。今なら見逃してやる」

「ふざけるなっ! これしきの攻撃、帝国軍戦士の威信いしんにかけてけてやるわっ!」

「帝国っ……!」


 フィアナの髪が逆立つようなそんなオーラを感じた。


くれないたけ戦乙女いくさおとめたちよ、その爪をもてかの者を切り裂けっ!」


 フィアナの大きな手振りに合わせて地面に溜まっていた血液が宙に浮かぶ。その一雫ひとしずく一雫ひとしずくが鋭い刃のように薄く細く変形していく。


紅蓮ぐれん刺棘しきょくそうっ!」


 血の塊が鋭い槍となって帝国兵たちを襲う。


「なっこいつ呪文使いっ! 盾を、盾を使えっ!」


 かぶとふさの付いた兵が指示を飛ばす。他の兵はそれに従って盾を使って血の槍を防ぐ。


「ぐわっ」

「ぎゃあ!」


 それでも盾に守られていない部分へ飛ぶ血の槍が兵士たちの身体を貫いていく。


 俺は落ちていたゴブリンの槍を手にしてバランスを取る。

 あの指示をしていた房付きが司令塔だろう。


「ちくしょう、究極のマッチポンプだな!」

「なっ」


 俺の声に房付きが目を見開く。


「我が槍は全ての敵を撃ち滅ぼすっ、その攻めは隙無しっ!」


 槍全体に光のベールが広がる。


槍技そうぎたてくう無視むしすきづきっ!」


 俺の手から放たれた槍は光跡を残しながら房付きへ向かっていく。


「ひいっ!」


 房付きが盾を構えてその陰に隠れるがその盾ごと槍が貫いて司令塔の頭ごと房付き兜を吹き飛ばした。


「隊長っ!」

「隊長がやられた!」


 文字通り頭を潰された部隊ほどもろいものはない。


「帝国とやらに戻って伝えよっ。この洞窟への手出し無用! それでも来る者はこの房付きと同じ目に合うものと知れっ!」


「ばっ、化け物だぁ」

「逃げろぉ!」


 生き残りの帝国兵たちは我先にと逃げ出す。

 身軽にできるものなら剣も盾も放り投げていく。


「逃がしてしまっていいの」

「構わないさ。全滅させたところでさらに大人数で攻めてくるだけだ」

「でも逃がしてもそれは同じなのではないの」

「かもしれないが俺たちの恐ろしさは伝わるだろう」


 攻めてくるとすればかなりの戦力でやってくるはずだ。

 だがこちらが強大だと思えばこそ戦力を整えるのに時間がかかる。


 それまでにどう対策をこうじるかが俺たちの生き残るポイントになるだろう。


 洞窟の外の夕焼けが、この戦闘で流れた血のように赤く空を染めていた。

一話五〇〇〇文字程度で書いていますが、なろうで読むには多かったりしますでしょうか。

今作はこのペースで進めていこうかと思っています。長いなー、と思われる声が大きい場合には、改稿時に文字数調整を検討します。

PVを考えると、短い話を複数話に分けた方がカウントアップにつながるともいえるかもしれませんが。

それにしても、これだけの量ですと一話の中に複数のエピソードが入ってしまう気がします。

エピソードごとに分けてもいいのかなあ。

試行錯誤中です。いいアイディアがございましたら、ぜひお知らせ願います。

では、また次回お会いしましょう。

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