投稿後に改稿できるネット小説(挿し絵)
授業が始まっているからこっそりスマホを確認する。
くそっ、やっぱりか。
閲覧はできても編集できない。編集しようとしてもサーバーエラーのメッセージ。
ったく仕事しろよな運営!
苛ついても結果は同じ。フィアナたちが息絶えるシーンで終わっている。
授業の終わるチャイム。今日はこれで終わりだ。スマホだけじゃなくて家のパソコンからならどうだろうか。早く帰って家でも確認をしてみよう。
俺がスマホを鞄にしまった時、後ろから聞き慣れた声がした。
「ねえ今日ずっとスマホいじってるよね」
「フィアナ……」
「はぁ誰それ。あんたゲームのやりすぎなんじゃないの」
「あ花澤か、わりい。で、用がないなら帰るけど」
「用があるから声かけてんでしょ。カケル今日はご両親が帰ってこないんだよね」
俺の両親は共働きで同じ会社に勤めている。確かに今日は出張で帰ってこない。
うちと花澤の家は親同士も公私ともに付き合いがある。だから仕事で出張という情報も親同士で共有しあっているわけだ。
「カレーの材料買って帰るから付き合ってよ」
普通、女子に付き合ってと言われたら嬉しいものだ。花澤みたいにクラスでも屈指のかわいい系アイドルからなら特に。
でも俺はそんな勘違いをしない。これは買い物に付き合えという話で彼氏彼女になってくれの付き合ってではない。
「なんで俺が付き合わなきゃいけないんだよ」
「だって今日うちに食べにくるでしょ晩御飯。重たいから手伝ってよ」
俺はドキッとして辺りを見渡す。
ふー。今の会話は誰にも聞かれていなかったみたいだ。こんな会話を聞かれたらどんな騒ぎになるか判ったもんじゃない。
「ちょっ、少しは周りを気にしろよ」
「え、いいでしょ別に。いつものことだし」
確かにうちの両親は小さい頃から仕事で家を空けることも多かったし、仕事の都合ということも花澤の親に伝わっていてよく晩御飯を食べに行っていたものだった。
「でもそれは小学生の頃の話だろ」
「今でも大して変わってないでしょ」
「変わったって、俺だって大人の男だぞ」
「なに言ってんのよ下の毛だってまだ生え揃っていないくせに。この間まで一緒にお風呂入ってた……」
ばっ、お前こそ何言ってんだよ!
俺は慌てて花澤の口を塞ぐ。
もちろん口でじゃなくて手でだ。こういう時相手の口を自分の唇で塞ぐことができるのはイケメンに限る。俺じゃあ一発レッドの事案発生だ。
「むんぐ、んぐ……」
「これ以上余計なこと言うなよな、いいな」
花澤が頷く様子を見て俺は手を離す。
「俺はコンビニでカップ麺でも買って帰るから」
「えー、それじゃあお腹すいちゃうでしょ」
「大丈夫だ、やきそばビッグだったら麺の重量一三〇グラムだけで腹いっぱいだ」
「それだけだと栄養偏っちゃうよ」
「いいんだって。それに今日は急ぎの用があるんだから俺帰るな、じゃ」
それだけ言い放って俺は教室を出る。
「もう、私がお母さんに怒られちゃうじゃん……」
花澤の独り言と一緒に花澤本人を教室へ置き去りにした。
幼馴染みで親同士の付き合いもある関係。それは第三者から見れば友達以上の関係って思われたりもするだろう。
だけどそんなしがらみの中で告白して振られでもしたら、これからどういう顔で見ればいいんだよ。
だから好きなことができる俺の小説の中でヒロインとして登場してもらって、いろいろあって仲良くなる……前に死んじゃったよ!
これってどうしたらいいんだよまったく。
「ただいまー」
誰もいない家に帰ってくる。そんな時でも挨拶は忘れない俺って真面目。
急いでパソコンの電源を入れるとショートカットをクリック。俺が投稿していたサイトが開いた。
「なんでだよ、なんで編集できないんだよ!」
家のパソコンでもだめだった。アカウントで規制食らうようなことをやった覚えはないし、特に運営から警告をもらったりしたわけでもない。
それどころか問い合わせた返事も来ないってどれだけ余裕ないんだよ運営。
「ちくしょうっ!」
パソコンデスクを叩いた音が部屋に響く。
その音もさっき降りだした雨の音にかき消されていった。
次の日も同じだった。
今まで動きが取れたのは昼休みの時だけだな。そろそろ午前中の授業も終わる。
今日は夜半から降ってきた雨がまだ降り続いているから屋上は駄目だな。
俺はチャイムの音と一緒に教室を飛び出す。
駆けださないぎりぎりの速度で廊下を進み、購買の人だかりを尻目に食堂の空いた席へ座る。
「ここで小説の中に入っちゃったら、こっちの世界じゃどう見えるのかな」
そんなことを呟きながらスマホの画面を……。
「編集中?」
編集画面が表示されている。
試しに文章を書き足してみた。
「更新……しましただと!」
大きな声を出したが昼休み時間の食堂はそれ以上にうるさい。誰も俺の声を気にする奴はいなかったようだ。
それどころじゃない。確かに更新されている。慌てすぎて誤字脱字が山盛りだったが。
「だいたい手にした券ってなんだよ。チケット購入優先券なら勝負にもなるかもしれないけどモンスターは倒せないだろ、剣だよ剣」
修正する。できた。
普通に編集ができている。
「なんか知らないけど小説の中には入っていない。でも文章は書き替えられる!」
これは、物語を書き直せるということか。
俺はファンタジー世界で冒険がしたいだけだ。強い敵をばったばったとなぎ倒して、もちろん英雄譚ともなれば言い寄ってくる女性はいっぱいいるし、楽しい冒険者ライフが楽しめるってものだろう。
だからフィアナたちのあんな死に方は望んじゃいない。
だいたい俺の小説なのに俺が冒険しているのに、俺の理想から離れていくっておかしいだろ。
でも次の授業開始までの時間でできるとしたら大きな改稿は難しいだろう。例えば俺が暗視能力を持っていた設定にすると、今まで暗視を持っていなかったから起きたいろいろなことを直さなくちゃならない。
今はそんな時間とてもじゃないけど無いよな。
また編集できたということは家に帰ってからでも大改稿はいいとして、まずは他に影響が少ないところから直していこう。
大蜘蛛の後に巨大蜘蛛が二体出てきて俺たちはそれにやられた。
「とすると、大蜘蛛と戦っている時から巨大蜘蛛二体のことを考えていれば、いや、もし警戒していたとしてもあの戦力差は埋められない。だいたい大蜘蛛だけでも手一杯だったからな」
そもそもが巨大ナメクジに不意を突かれたところからバタバタしたのかもしれない。
とすれば、天井も警戒することで不意打ちは避けられたかも。
それに天井へ張り付いている時からメークルに爆炎魔法を使わせれば、味方の被害は出さないで済むかもしれない。
「そうだ、それで行こう。俺は広くなった洞窟を調べる。当然足元から頭上まで。するとほら、天井に張り付く巨大ナメクジだ。メークル、あいつに爆炎魔法をぶっ放せるか? そうかよし頼む……っと」
「へぇ。そうやって書いているんだね小説」
「のわっ!」
俺の横に座っている背が低くて日焼けした女の子が、特徴的なクリクリっとした目を俺に向けている。
「巡か、脅かすなよ」
林原巡。去年同じクラスだったが今年はクラス替えで隣のクラスになった奴で、特に親しいというわけではないが委員会が一緒とか登下校で見かけるとか何かと縁のある奴だ。
確か陸上部で日焼けはそのせいかもしれない。
「カケルが小説書いているって本当だったんだね」
「なっ、どっから聴いたんだよそれ」
「小学校の卒業文集に書いてあったじゃん」
「そ、そうだけどさ、って巡お前小学校違うだろ!」
「まあまあ。今からそんなこと気にしてると禿げちゃうよ」
「残念ご覧の通りふさふさだよ。心配してくれてありがとーなっ」
折角久しぶりに編集できるチャンスなんだ。またいつメンテナンスやらサーバーエラーやらが起きるか判らないんだからな。巡なんかに構ってる暇はないのだ。
「へえネット小説なんだ。今時だねえ。ねえねえペンネームなんていうの?」
「うっさい黙っとれ」
「なんだよケチ、ぶー」
かわいくふくれても駄目だ。これだから人のいるところで小説を書くのは嫌なんだ。
俺は巡のことは無視して改稿できる場所を書き換えていく。
「じゃああたし次体育だからもう行くね。またねカケル」
「おー」
俺は気のない返事で答えながらスマホのフリックを止めない。
「よし、これで上書き保存……っと」
無事に改稿できたことを確認した俺の耳に午後の授業が始まるチャイムが聞こえてきた。
それと同時に俺の腹の虫も鳴る。
「昼飯、食わなかったな……」
教室へ向かう途中の水場で水を大量に飲んで腹を膨らませる。
午後はこれで我慢しよう。
授業中確認したが、またサーバーエラーの文字。
おいおい今編集できたのはまぐれかよ。
その短い時間で巡の邪魔が入りながらも、危機は脱出できるように改稿できたつもりだ。
その後も何度か繰り返すがうまくいかない。
晴れた翌日。
小説の中、異世界エセルラントに転移できたのはやっぱり昼休みの時間になってからだった。
「見て」
フィアナの指差す方向にはいくつかの横穴が見える。
フィアナもメークルもまだ生きていた。というより致命傷を受けるシーンには至っていない。
転移した俺は思わず抱きしめたくなるのを堪えて提案をしてみる。
「どれ少し偵察してみよう」
俺は剣を構えて横穴の一つへ向かう。
「どう?」
「うーん、細部まではよく判らないが少し広めの空間があって行き止まりになっているな。怪しいところは無いか探ってみよう」
俺は薄明りの見える範囲で危険が無いか調べる。
「メークル、暗視が使えるなら暗いところも見てもらえないか」
「アイ……長、天井、イル、大キイ」
早速メークルが天井にいる大きな影を見つけた。
「フィアナ、光を天井に向けられるか」
「やってみる。全体を薄く照らす呪文だから遠くまではどうかな」
フィアナが天井に意識を集中すると少しながら明かりが天井へ向けられたような気がする。
「なっ」
薄明かりで照らされた天井を見上げると、そこにはぬめぬめとした得体の知れない何かがぶら下がっていた。
「巨大ナメクジ……」
「みんなここに入るな。メークル、爆炎魔法は使えるか」
「アイ」
「よし、あのナメクジに爆炎魔法をぶっ放せ」
「アイ! 弾ケル炎ノ紅キ塊、爆ゼテ散レッ!」
ナメクジに炎属性攻撃は有効だ。
メークルの両手から放たれた炎の塊が巨大ナメクジにヒットする。
洞窟を揺るがす爆発音と破裂した巨大ナメクジが飛び散る。
「よくやったメークル」
「ヘヘヘ」
俺がメークルの頭をなでてやると嬉しそうに目を細めて笑う。
「さっき通路のところでも所々に見える蜘蛛の巣が気になっていたんだが、蜘蛛の巣を焼くのに火炎放射魔法は使えるのか」
「アイ、出来ル、ぼわー、出来ル」
「続けてで悪いが頼めるかな」
「アイー!」
メークルは通路に戻ると火炎系の魔法で蜘蛛の巣を焼き始めた。
「カケル、その奥に何か動いているように見えるのだけど」
フィアナの視線を追いかけると、確かに何かが炎の中で苦しがっているのが見える。
人間より大きな躯体一つと更に大きい躯体が二つ、合わせて三つの炎の塊が見えた。
「助かったよメークル。まさかこんな大きな蜘蛛が隠れ棲んでいるとは思わなかったよ」
「エヘヘー」
一通り鎮火するといろいろと焼けたものが残っていた。
蜘蛛の餌食になった動物の死骸や人間の装備品も転がっている。
「いろいろ食っていたんだな。俺たちもこの仲間入りをしていたかと思うと背筋が寒くなるぜ」
俺たちの中に被害が出ていないことを確認してもう一度横穴を見る。
「これだけの広さと位置だ。入り口の光もまだ見えるくらいの距離だしここを第一の拠点にしてもいいかもな」
俺はメークルを通じてゴブリンたちに指示を出す。
前の長である三メートルある巨大ゴブリンをまとめ役にして設営班が住処作りを始めた。
「よし、あとは彼らに任せて探索班の六名は奥の調査を始めよう」
「ええ」
「アイ!」
残る護衛たちには他の横穴の安全確認を頼み、俺たちは洞窟の奥へと進んで行く。
フィアナの魔法の光がなくなった後でもゴブリンたちは暗視能力で普段通りに活動しているらしく、物音や話し声が聞こえてくる。
「道幅が狭くなっていくようだからな、前の長を置いてきてよかったかもしれない」
なんせ三メートルはある身体だ。この道幅、高さは辛いだろう。
「カケル聞こえる?」
フィアナが足を止めて耳を澄ます。俺たちもそれに倣う。
「あ、この音は」
そうだな俺も聴きおぼえがある。
水だ。
巻き戻し回です。
ネット小説での書き直しはよくあること。でも、自分が物語を書くのではなく、転移先で自分の冒険した内容が記されていくというのも、なかなか融通が利かずに大変そうです。
書き手には心にグサグサくる内容が多いかもしれません。
※2017/06/17:キャラ設定ラフとして挿し絵を追加しました。ラフですけどね~(^▽^;)