洞窟だって住めば都
俺たちの目の前、山肌に空いた大穴は入り口は大きいけど光が入らなくて奥が見えない。
「火はあるか?」
松明でもあればいいんだが、あいにくそんな便利道具は持っていなかった。
「アカリ、イラナイ。めーくる、見エル」
「おー、それは便利だなあ」
「すごいねメークルちゃん」
そうだった、穴ゴブリンは暗視ができたっけ。赤外線スコープみたいに真っ暗闇でも周囲の状況が把握できる便利な能力だ。穴倉といえば彼らのホームグラウンドだし当然といえば当然のこと。
「でもなあ、俺たちは夜目が効かないからなあ。メークル、松明の光があると邪魔になるかな」
「ウーン、知ラナイ」
「なら少し待って……」
フィアナが助け舟を出してくれる。
「大気の精霊たちよ、その身を震わせ我を暖かな光で包みたまえ」
フィアナが呪文を唱えると、うっすらではあったが洞窟の中が明るくなった。
「これは」
「大気の光を少し放出したの。魔法の増幅だから暗闇の眼の能力には影響しないと思う」
大気の光ってなんだよ。言っていることはよく解らないがとにかく明るくなったのはよかった。
「メークルどうだ。眩しかったり暗視が使えなくなったとかはないか?」
「長、オカシイ、ナイ。めーくる、洞窟、見エル。奥、見エル」
「そうかよかった。フィアナありがとう助かるよ」
「私も真っ暗じゃ何も見えなかったもの、ついでよついで」
術者のフィアナから遠く離れると光は届かなくなるようだが、追尾型の光はフィアナが歩いてもそれについていくから足元が暗くなることはない。
「便利だなこれ」
「そうね、呪文なんて使い方次第のところはあるけど暗闇の中を歩くことなんてなかったから、うまくいってよかった」
「よしこれなら奥へも行けるな。それじゃあ編成を考えなくちゃなんないんだけど」
俺は集まった穴ゴブリンたちを見回す。
「ひとまずは洞窟の外に置いていくのも心配だから、ある程度までは全員で行こう。そして班分けをしてそれぞれに役割を持たせる」
「班分け?」
「穴ゴブリンたちは子連れや身重のゴブリンもいる。開けた場所があったら彼らにはそこを居住区にできるか見定めてもらう。生活できそうなら住処の設営だ。護衛や力仕事向けにオスゴブリンも何人か設営班に入ってもらう。
これは前の長のあんたにとりまとめをしてもらいたい」
前の長の巨大ゴブリンは三メートルの巨躯。洞窟の入り口はそれより大きいから入ることはできるけど奥が狭くなっているのかは判らない。
広いうちに拠点を定めて子供たちもいる設営班の面倒を見てもらえれば安心だ。
「メークル伝えてくれるか」
「アイ」
メークルが通訳をしてくれる。細かいところはもちろん伝わらないとは思うけど、なんとなくでいいから意思の疎通ができれば十分だ。
「次は探索班だ。俺とフィアナそれと戦士を何人か頼みたい」
「アイ、強イ、ミンナ、ツイテク」
俺の頭一つ大きいボスだと思っていたゴブリンと他に数人名乗りを上げてきた。こいつらは普通に戦力として考えてもよさそうだ。
「めーくる、イッショ、長、イッショ!」
「そうは言ってもなあ。メークルたちシャーマンにははみんなの護衛についてほしいんだが」
メークルたちゴブリンシャーマンは、魔法がどれくらい使えるか未知数だし人数もそれほどいない。戦力としては貴重かもしれないが文化的な話をするとなれば知識階級はなるべく危険な目には合わせたくない。探索班よりは設営班で構築に当たるか護衛班で外敵からの守りに当たってもらった方がいいと思ったんだが。
「イッショ! めーくる、イッショ!」
「参ったな」
「いいんじゃないのカケル」
「嫁とか言って茶化すつもりじゃないだろうな」
「そうじゃなくて、今は私たちとゴブリンたちの言葉の橋渡しができるのはメークルだけでしょ。彼女だけでも連れて行った方がいいと思うのよ」
確かに、俺たちとゴブリン戦士の連合軍じゃ意思の疎通ができないからな。言葉の壁は思ったより高い。
「判った通訳として連れて行くよ。でも危険なことにはならないように安全な陣を敷こう。俺が前衛になってボスモドキが後衛、前後でゴブリン戦士を配置して中衛にはフィアナとメークルに入ってもらう」
「どういうこと?」
「フィアナとメークルを中心にして、周りを俺たちが囲む感じだ。これなら中心が一番防御が厚い布陣になるからメークルを連れて行っても比較的安心できる。呪文を詠唱するにも邪魔が入りにくいしな」
「よかったねメークルちゃん、一緒に行っていいって」
「ヤッタ! めーくる、長、スキ!」
メークルが抱きついて俺の頬を甘噛みする。ゴブリンかどうかはともかく積極的に女子からアプローチされたのは初めてだから、どうしても表情が緩んでしまう。
「カケル、鼻の下が伸びきっているわよ」
フィアナの視線がまたまた冷たい。
「男子中学生の夢を奪わないでもらいたい」
「まったく、その男子なんとかはよく解らないけどだらしがない」
「すいません……」
「ン?」
メークルは無邪気にしがみついたまま。特徴的な大きい目をクリクリっとさせて。
俺はうつむいた状態で足元ばかりを見てしまう。
「あ」
「どうしたのカケル」
俺は地面を指差す。
「筋? 洞窟の入り口から続いているわね」
「そうだ。地面に筋のような跡が残っている。何かが出入りしていると見てよさそうだ」
「でも動物のものではなさそうよ。足跡には見えないもの」
フィアナの言うことももっともだ。砂地を竹ぼうきで掃いたようなそんな筋が残っているけど歩行動物のような区切れた足跡には見えない。
「足か獲物を引き摺っていった跡か。中に何かがいると思って警戒するか」
「そうね。いつまでも大人数で入り口にたむろっているわけにもいかないでしょうから注意は怠らないように」
「ああ」
俺を先頭にして洞窟へ入る。
直射日光が遮られると急に温度が下がる。逆に湿度が上がってじめじめとした空気に変わった。
「通路は広めだな」
「そうね」
「人工的な造りにはなっていないとすると、ヒューマノイドが使っている様子はないな」
生活臭というか誰かが住んでいるような雰囲気がない。人間や亜人間がいれば少なくとも足跡や人工的な壁があったり、もしくは全く痕跡を残さなかったりするものだが。
ほのかな魔法の明かりを頼りに進みながら確認しても、どこも人が手を加えた様子はなかった。
「見て」
フィアナの指差す方向にはいくつかの横穴が見える。
「どれ少し偵察してみよう」
俺は剣を構えて横穴の一つへ向かう。
「どう?」
「うーん、細部まではよく判らないが少し広めの空間があって行き止まりになっているな。メークル、護衛を何人か調査に当ててくれないか」
「アイ」
土の山みたいなものがごろごろとしているくらいで、特に危険なものはなさそうだ。
「よし、ひとまずここを」
天井から何かが垂れてきて一緒にいたボスモドキの頭に落ちる。
「ギャッ!」
「うわっ、なっ!」
ボスモドキが煙を纏いながらながら暴れる。
「上かっ!」
薄明かりで照らされた天井を見上げると、そこにはぬめぬめとした得体の知れない何かがぶら下がっていた。
「巨大ナメクジ……」
「カケル、あの液体は危ないわ!」
強力な酸なのかまともに浴びたゴブリンの服や皮膚がじわじわと溶けていく。
「フィアナ、メークル、回復魔法は使えるか!」
「めーくる、デキル!」
「よしボスモドキの回復を頼む」
「アイ!」
「私は少しでも酸を薄めるわ」
「任せた」
フィアナがボスモドキに水をかける。強酸でも液体なら濃度を下げられるから傷口をメインに洗い流す。
メークルが回復魔法を唱えると赤くただれていたボスモドキの皮膚が元の色に修復されていく。
俺と他のゴブリン戦士で上から垂れてくる体液を楯でしのぐ。
「大丈夫カケル?」
「楯がもうもたないけどな」
怪我をしたボスモドキは後ろに引き上げさせた。
ここは攻撃に転じよう。俺は楯の後ろで剣を構える。
「よし、牡牛の力を剣に宿しその角なりて突き崩さんっ!」
両刃の剣に力がこもる。先端に光の粒が集まった。
「剣技! 牡印達致!」
突き出した剣の先から光の刃が天井へ飛ぶ。
「ピチュッ!」
悲鳴にも聞こえる音を出してナメクジが天井から落ちてきた。
落ちてきてもまだ見上げるサイズ。人間よりも一回り二回り大きいぬらぬらした身体が蠢いている。
それに今の牡印達致の傷もみるみる回復していく。
「気をつけろ、中の体液も危険かもしれないぞ!」
俺はゴブリンが持っていた槍に持ち替えて巨大ナメクジへ突きを繰り出す。
突かれてできた穴から青黒い体液が出てきて触れた槍が溶け始めるが、その傷自体はすぐに塞がってしまう。
「くそっ、やっぱりか」
「なんて回復力なの」
「弾ケル炎ノ……」
ゴブリンシャーマンのメークルが何やら呪文を唱え始める。
「待てっ、それは爆炎……」
「紅キ塊、爆ゼテ散レッ!」
ナメクジに炎属性攻撃は有効だ。
メークルの両手から放たれた炎の塊が巨大ナメクジにヒットする。
俺はフィアナとメークルを抱えて押し倒す。
洞窟を揺るがす爆発音と破裂した巨大ナメクジが飛び散る。
「くっ」
「カケルっ!」
俺の肩と背中に破片が飛んできたらしい。焼けるように熱い。
「長ッ!」
「だ、大丈夫だ。お前たちに当たってないか……」
メークルの唱えた呪文は効果抜群だ。
巨大ナメクジは木っ端微塵に吹き飛んでいた。
「メークル、よくやったぞ」
俺は倒れたままメークルの頭をなでる。
「長……今、回復……」
「ああ、頼む」
巨大ナメクジは一匹だけだったのか。他にはこんな奴がいないだろうか。
「ここは行き止まりだからこれだけのようだが……」
俺の言葉は広場の入り口側から聞こえたゴブリンの悲鳴で遮られた。
背中の痛みはメークルの回復魔法で気にならない程度になった。
改めて剣を持って声の方へと向かう。
「なっ、繭……!」
さっき来た時とは全く違う光景が広がっていた。
そこかしこに作られた白いネットと繭のようになった塊。
「これは……大蜘蛛か」
ハンモックのようになっているネットの奥でフィアナの光に反応する赤い目が見えた。
これまた人間よりも大きいサイズの蜘蛛だ。
「こいつは麻痺針に毒を持っているかもしれない。それと糸は絡まったら取れなくなるから気を付けろ」
「ええ」
「アイ!」
メークルがゴブリン戦士たちに情報を伝達してくれた。
ゴブリンたちは蜘蛛の巣にからめとられないように錆びた剣で払いながら大蜘蛛との距離を測る。
「閃光の雷獣よ、敵を貫けっ!」
フィアナが雷撃を放つ。
大蜘蛛の動きが少し鈍くなったところで俺やボスゴブリンが斬り込む。
動きが鈍くなったとは言っても大蜘蛛の爪は研ぎ澄まされた刃物のようで、まともに食らったら戦闘離脱くらいじゃ済まされないだろう。
ボスゴブリンは大蜘蛛の爪をハンマーで弾き飛ばす。
俺は振り下ろされた脚を狙って剣を突き立てる。
切り落とされた脚から緑色の体液が溢れ出した。
「この調子だ、脚を切り落としてしまえばこっちのもんだ!」
「ガァァ!」
ゴブリンたちも雄叫びを上げてそれぞれの得物を振り回す。
大蜘蛛の薙ぎ払いにゴブリンが何人か吹き飛ばされる。
楯や鎧でなんとかしのげていたようだが打撃のダメージは相当の物。骨の一本や二本は折れたかもしれない。
「無理をするな。少しずつダメージを与えていければいい!」
「アイ!」
俺の指示をメークルがゴブリンたちに伝える。
誰かが囮になり逆方向から剣で斬りつけ、また後退して守備に回った。
ワンテンポ遅れることは仕方がないとしても即席チームでよく連携しているものだ。
姿を見せた時点で振動や圧力といったセンサーはほぼ意味を持たない。あれは糸に絡まった獲物に忍び寄るための能力。そうなると後は目と空気の流れを読む辺りか。
「メークル、さっきのいけるか」
「サッキ、炎?」
「そうだ。爆炎魔法だ」
「アイ! めーくる、行ケル!」
「頼むぞ」
「アイ!」
俺はメークルの頭を軽くなでてやると詠唱の邪魔にならないように場所を離れて剣を振るう。大蜘蛛は俺の大袈裟な動きに釣られて俺の方へ寄ってくる。
フィアナは連続で雷撃の呪文を使って大蜘蛛の動きを鈍らせていた。
「私も炎属性の呪文が使えたらいいのだけど」
「そんなことはない。雷撃で痺れさせてくれるおかげでかなり戦いやすくなっているさ」
「ありがとう。気をつけてね」
「ああ」
フェイントをかけながら大蜘蛛にダメージを与えていく。基本的にはヒットアンドアウェイで、軽く攻撃を当てたら回避に入る。そして他のアタッカーが攻撃をする。この繰り返しだ。
「紅キ塊、爆ゼテ散レッ!」
メークルの爆炎魔法が完成して両の手のひらから炎の塊が大蜘蛛へ放たれる。
巨大な熱量を感じたか本能的に逃げようとするがそれを俺が防ぐ。またもう一本脚を切り落とした。
バランスを崩した大蜘蛛の頭部に炎が当たって爆発する。
破壊された部位が辺りに散らばった。
炎に焼かれた焦げ臭い空気が辺りに充満していく。
大蜘蛛は動かない。
「やった、のか……」
大蜘蛛の割れた頭部に剣を刺し込むが残った脚がビクビクと規則的に動くだけで意図した動きは感じられない。とどめとばかりに剣で抉り切り裂いていく。
「やったねカケル」
「ああ。みんなのチームワークの勝利だ」
振り向いた俺とフィアナの目が合う。
徐々にフィアナの目が見開かれ、口元から血の泡が噴き出した。
「あ……あ……」
「フィアナ!」
駆け寄った俺が見たものは、フィアナの胸から突き出した刃物のような黒光りした爪。
「長……」
俺を呼ぶ声の方へ視線を向けると、腹と胸から同じような黒い爪を生やしたメークルがいた。
「なっ、おまっ!」
二人の身体から不自然に生えた爪は徐々に大きくなっていき、それに合わせて身体から真っ赤な血が溢れ出してくる。
「あ、ああっ……」
「ウ……」
俺に向けて手を伸ばす二人。
急速に瞳から光が失われていく。
二人の後ろにさっき倒した大蜘蛛よりももう一回り大きい蜘蛛が二体。二人を貫通させた爪以外の脚を動かして俺の方へ向かってくる。
「ゴガァ!」
ゴブリンたちが巨大蜘蛛に立ち向かっていくが、今さっきの戦闘で疲弊した上にそれよりももっと大きな相手が二体も襲ってきているのだ。
簡単にあしらわれて、一人は蜘蛛の脚に突き刺され、また一人は鎧ごと胴を真っ二つに切り裂かれた。
フィアナとメークルは身体を貫かれたまま持ち上げられてしまう。
血の滴る音が戦闘の阿鼻叫喚の中でも聞こえてきた。
ここは蜘蛛たちの狩り場だったんだ。
間抜けな俺たちは奴らの領域に入ってきてしまった餌でしかなかった。
こんな洞窟でも蜘蛛たちにしてみれば住みやすい場所というわけだ。
「くそっ!」
俺は剣を振り回すが巨大蜘蛛たちの爪の攻撃を弾き返すのがやっとの状態。
剣技を使う溜めの時間すら確保できない。
「堪えてくれ、今助けるからな!」
無理じゃない。やるんだ。俺が二人を助けるんだ。
肺をやられたのだろう。フィアナの口から血の泡と一緒に言葉が漏れた。
「に、げて……」
フィアナは俺に助けを求めたのではない。俺に逃げろと、俺を助けようとしてくれたんだ。
隣では既にうなだれたまま動かないメークルの姿。
「お、おあぁぁ!」
俺は頭の中が真っ白になって巨大蜘蛛へ向かっていく。
まだ間に合うかもしれない。
助けるんだ。
「待ってろフィアナ!」
俺の言葉が届いたのか、フィアナがふと微笑んだように見えた。
「ありが……」
光の魔法が切れて辺りが暗闇に覆われた。
「フィアナ! フィアナーっ!」
俺の叫び声が洞窟に木霊する。
衝撃と胸に感じる熱い塊。
蜘蛛も暗視能力があるのだろう。的確に俺の急所を狙ってきやがった。
鼓動が聞こえる。段々と大きく耳の奥で響く。
耳障りなほど大きく、まるで教会の鐘のような音が俺の頭の中を埋めていった。
「かはっ!」
深呼吸する俺の手元にはスマホがあった。
真夏でもないのに全身汗でびっしょりになっている。
荒い呼吸を落ち着かせてスマホの画面を見ると俺の小説が表示されていた。
タイムスタンプを見ると、今さっき投稿されたばかり。
今まで見てきた全てがそこに書かれていた。
読んでくださってありがとうございます。
書いていて衝動に駆られてしまってこんな終わり方になってしまいましたが、これからどうしようか考え中です。
あー、本当にどうしましょう。次回も読んでいただけると嬉しいです。