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昼休みだけの転移

 教室に戻る。まだ授業開始のチャイムは鳴っていない。


「ふー、セーフだな」

「セーフじゃないよカケル」


 呼びかけられて振り返る。


花澤はなざわ、まだ授業始まってないだろ」


 花澤はなざわ加奈子かなこ。俺のクラスメイトで幼稚園の頃からの幼馴染みだ。席は俺の真後ろ。常に監視されているようで居心地いごこちが悪い。フィアナのモデルというか身近な女の子をイメージして小説に登場させたらああなった。


「小テストあるの知ってたでしょ? 復習するは我にあり、って言ってたのに」


 うわ、しまった、そうだっけか。


「そんな恥ずかしいセリフ言うか。それに実力テストだから日頃の実力をそのまま測ることが目的だろ、うん」

「そんなわけないじゃん、もうしっかりしてよね」


 花澤はフィアナと同じ顔、同じ声で俺に悪態をく。違うのは髪くらい。花澤は少し明るい茶色の髪に軽くウェーブのかかったセミロング。フィアナは水色の髪でストレートを基本として編み込みが両脇にあるロングヘアーだ。

 俺のことをカケルと呼ぶのは二人とも変わらない。俺は花澤のことを中学になってから苗字で呼んでいるが、花澤はそれまで通り俺のことを下の名前で呼ぶ。

 恥ずかしいからいい加減やめてほしい。


「おーし、お待ちかねの小テストから始めるぞー」


 午後の授業が始まるチャイムと共に数学教師の小津が現れる。イケメンの優男やさおとこながら気さくな性格で女子だけではなく男子からもそこそこウケがいい。


「はあ……」


 俺のため息は小テストのプリントが配られる音にかき消された。



 無事ではないが学校が終わり、家に帰って自分の部屋でスマホを確認する。

 あれからずっと、投稿した小説の閲覧えつらんはできるが更新や投稿ができない状態が続いていた。俺が編集しようとするとサーバーエラーだかなんだかになって、ちっとも更新できないんだ。


「他の人の更新はできているみたいだからなあ。俺だけだったりすると嫌だな。ひとまず運営にメールしたけど」


 時計を見る。


「こんな深夜じゃ営業時間外だもんなあ。今日は更新諦めるか」


 昼間のことはよく判らないけど、もし更新や投稿ができたらもっと特殊能力とか技とか好感度とか、いろいろな情報を上乗せしてやろうかとか思ったんだけど。


「ちょいちょい見てみるかな」


 俺の書いた小説は俺が昼休みの時間に体験したことが書かれていた。

 作者自身が小説の中に入って、そこで物語を進めていたことまでも。


「ほんといったいどうなってんだろな」


 俺はベッドの上でスマホを持ちながら眠りに落ちていった。



 なんだかんだで昼休みの時間。

 朝は相変わらず更新ができなかったからもう更新ができないんじゃないか、そんな不安に襲われながらもゼリー飲料でカロリーを摂取せっしゅ。今日の昼飯はこれで終わりで一分一秒も惜しんで階段を駆け上がっていく。


「メンテナンスならそろそろ終わってほしいもんだけど、な」


 俺は屋上に誰もいないことを確認すると、ポケットに入れていたスマホを取り出した。


 小説サイトにアクセスして編集ボタンを押す。

 サイトに反応がある。




 空気の匂いが変わった。

 都心のほこりっぽい空気じゃなくて田舎いなかの澄んだ空気。


「そういえば前もこんな感じだったんだよな。その頃はそこまで考える余裕もなかった」

「なに言っているのよ、こんなところで止まっていられないでしょ。さあ立って!」


 フィアナ。

 また飛ばされた小説の中の世界。

 目の前にいるのはフィアナだ。


「なあフィアナ、俺がいなくなってからどれくらいった?」

「いなくなったもなにもずっといたわよ。わけのわからないこと言ってないで次どうするか考えましょう」


 もしかしてあれから時間が過ぎていない、とか。


 確かに小説は一文字も更新できていないし物語が進むわけもないんだけど。


「そこのところは追い追い調べていくか。それよりも確かにフィアナが言う通りだな、次のことを考えよう。

 この場所は王国、いや今は帝国の領内か。だとすると何もしなくてもフィアナには追手おってが差し向けられている状態、あの様子じゃあどこへ行こうが指名手配されているとみていいだろうな。

 ここは街道から少し外れた森の中だからそうそう簡単に見つけられるとも思えないけど、いつまでもここにというわけにもいかないだろう」


 この世界の地図なんていうのは大雑把な町や国が書いてある絵地図がせいぜいで方向も厳密には記されていない程度のもの。

 国外へ出るにはどこが一番近いだろうか。

 思い出せ。前にも書いたはずだ。俺はどんな設定にしていたか。


「国境ということなら街道があっちだからその逆方向かしらね」


 確かにフィアナが言う通りだがその方向には……。


「シュネイ山脈……」


 シュネイ山脈は帝国の北に位置する山々で夏でも山頂には雪が積もっている。


「今の装備じゃ生きて山越えはできないだろう。別のルートを探さないと」


 フィアナも俺の意見に賛同してくれた。

 そりゃあそうか。破れたドレスにガウンを羽織ったくらいの軽装だものな。こごえるのは目に見えている。

 こんなところで無理はさせられない。


「となると一度街道を横切って南下するか。プシキア連邦が近いはずだ」

「よく知っているのね。でもプシキア連邦はシウバ王国と何年もいくさをしていた間柄。私が行っても犯罪者扱いに変わりはないわ」

「さてそれはどうかな。シウバ王国は今や王弟おうていグレゴリオが皇帝を名乗り帝国を称した。旧王国の者がいたとしても戦の天秤は傾かない。それどころか亡命政府を作って王権回復に助力してくれるかもしれない」


 だがそれには問題も多い。


傀儡かいらい政権ね……」


 フィアナの言う通りだ。

 たとえそれで自国を再興したとしても他国の力で取り返した権力だ。その軍事力を背景に独立が脅かされる事にもなりかねない。


「すまん。やはりこれはないな」

「ええ私もそう思うわ」

「すると国内で潜伏せんぷくして反抗はんこう勢力せいりょくを集めるか」

「地方には派閥はばつに関係のない領地やお父様と懇意こんいにされていた領主もいることでしょう。その方々と内々に交渉ができれば」

「暗殺かクーデターか。いずれにしても王弟グレゴリオとは決着をつけるべきか」


 フィアナは言葉の意味をよく理解していないかもしれないが、おおよそのニュアンスは解ってくれているようだ。

 賢くて理解力のある設定にしておいてよかった。


「それかただの農夫として狩りや耕作で暮らしてもいいかもしれんな」

「……そうね」


 意外だった。

 いやそうでもないのか。命からがら逃げてきた身だ、生命の危機にさらされないだけでも十分じゅうぶんと思うのか。

 自分が俺に造られた存在だったと知ってから、フィアナは生きるということが最優先になったのかもしれない。


「だが帝国の目から逃れられるという保証はどこにもないが、な」


 フィアナは真剣な顔でうなずく。

 二人の逃亡生活か。それも悪くないかな。


オサ……」


 草むらから聞き覚えのある声がした。


「なんだお前か」


 そこにいたのは穴ゴブリンのシャーマン。あのメスゴブリンだ。


「長、ゴ命令ヲ……。行クトコ、ナイ」

「自分たちの穴倉へ戻れと言ったと思うが、それはどうした」


 人間の集落を襲っていた穴ゴブリンたちだ。元の穴倉へ逃げ帰るよう命令したはずだった。

 巣穴に戻ればひとまず人間たちとの接触はなくなる。

 ゴブリン狩りでもしない限りは、だ。


「穴、モウナイ。ニンゲン、穴コワシタ」


 草むらには集落の時に見なかった、子供をかかえたメスゴブリンや小さな乳飲み子の姿も。


「壊した? あの集落の人間たちがか」


 メスゴブリンが涙目になってそれを肯定こうていする。


「確かに穴ゴブリンは巣穴にこもって生活している種族だ。草ゴブリンと違って人家じんかを襲ったり建物に住んだりとかはしない比較的大人しい暮らしぶりのはず」

「デモ、ニンゲン、オレタチ狩ル、イッパイ、イッパイ狩ル。オレタチ穴、奥行ク、ニンゲン、入ル、オレタチ逃ゲル……」


 それでか。巣穴を破壊されて行くあてのなくなった穴ゴブリンたちは人間の集落に行くしかなかったということか。

 人間たちにしてみれば因果応報いんがおうほうだけど、ゴブリンを同等の知的生命体として扱っていない世界観を踏襲とうしゅうしていたからその影響が出ていたわけだ。


「そうか、済まないことをした」

「長、謝ル変。長、悪クナイ」


 そうじゃないんだ。俺が深く考えもしないでゴブリンは初級の冒険者が退治する程度の存在だったと勝手に決めつけてしまったから。


「フィアナ済まない。俺はこれからこいつらの住処すみかを作ってやりたい。作ってやらなくてはいけないと思うんだ。今のフィアナの状況は理解しているつもりだけどこのままにしてはいられない。どうか解って欲しいんだ」

「何を言っているのゴブリンなんて放っておけばいいでしょ」


 フィアナは髪をかき上げてゴブリンたちを見る。


「そう以前の私だったら言っていたかもしれないわね」

「フィアナ」

「私も国を追われた身、彼らのことは痛いほどよく解るつもり」


 柔らかな笑顔をゴブリンたちに向けてフィアナがメスゴブリンの頭をなでる。


「私にも手伝わせてちょうだい」

「ありがとうフィアナ」


 これは設定でも何でもない。フィアナの想いが俺の心に温かいものを灯した。


「私はフィアナ、放浪ほうろうの呪文使いよ。あなたの名前は?」

「ナマエ? ソレ、ウマイノカ?」

「名前、知らないの? ねえカケル、穴ゴブリンって名前があったりする?」


 メスゴブリンの返事を受けてフィアナが俺にたずねる。


「そうだな、個体識別こたいしきべつとしての固有名詞こゆうめいしは持っていないかもしれない」


 ぶっちゃけ、そこまで設定を作っていなかったというのが正しいが。


「ならこうしよう。お前は今からメークルと呼ぶことにする。お前の名前はメークルだ」

「めーくる? オレタチ、めーくる?」

「いやお前たちではなく、お前だ。お前がメークルだ」

「めーくる、オレ、めーくる!」


 メークルと名付けられたメスゴブリンは突然のプレゼントに飛び上がって喜んだ。


「長、ウレシイ、めーくる!」


 メークルは小さい身体で精一杯背伸びして俺に抱きつく。


「おわっ」


 俺の腰の辺りに押さえつけられる二つのふくらみ。

 穴ゴブリンといっても女の子だ。盛り上がっているところは十分じゅうぶん盛り上がっている。

 それどころかなかなかご立派なものをお持ちのようで。

 はたから見れば小学生くらいの幼女が無邪気むじゃきに抱きついているとも取れるが、実際は身長が低いだけでれっきとした女の子の身体をしている。

 それに野生的な女の匂いが鼻腔びこうを刺激した。強烈なめすを感じさせる匂いだ。


「メークル、可愛い名前ね。メークルちゃんこれからよろしくね」


 フィアナはその辺りのことを理解していない様子で、これまた子供を見るような目で喜んでいた。


「長、強イ、めーくる長スキ、長コドモ、産ム」

「ぶふぉっ!」

「めーくる、コドモ、産メル、長、子ヅクリ、シヨ!」

「ちょっ、まっ」


 俺は無理矢理メークルを引きはがす。

 ゴブリンの早熟そうじゅくさを俺も理解していなかった。

 フィアナの視線が急に冷たいものになる。


「フィ、フィアナさん……?」

「あらカケル、素敵なお嫁さんができてよかったじゃない」

「いやそれはその、そういうのじゃなくてだな」

「別に私はあなたのことをそういう目で見たりしていないから、安心して子作りにはげんでちょうだいね」

「ちっがーう!」


 むなしい叫び声が森にこだまする。



「でもなんでメークルなの、カケル」


 あれから少し経ってフィアナも少しは気分が直ったのか普段通りの会話はできるようになった。表向きは。


「いや、あれだ、なんとなく、なんとなくだよ」

「へー」


 冷めた返事が怖い。

 なんとなく目がクリクリっとしていたから、なんて言ったらなに言われるか判ったもんじゃない。俺は自分の直感を信じる。


「そっか。気に入ってくれたみたいだし、よかったねカケル」

「そ、そうだな。よろしくなメークル」

「アイ!」


 あまり深く考えたら負けだ。

 話題を切り替えて本格的に巣穴探しということにしよう。


「なあメークル、穴倉を壊されたのはもうどうしようもないとして、直せそうなのか?」

「穴、崩レタ、部屋、埋マッタ」

「そうか。なら他で住処すみかになりそうな穴倉とか洞窟どうくつはないか?」


 メークルはキラキラと目を輝かせて俺の言葉を聞いている。

 余程よほど頼られることが嬉しいんだろう。


「できれば近いといいんだが」

「アイ、めーくる、知ッテル、他、穴、近イ」

「そうか。ではそこまで案内してくれるか」

「アイ!」


 メークルを先頭にして森を進む。近いと言ってもゴブリンの感覚だし距離についての具体的な数字なんて期待はできなかった。

 後ろにはぞろぞろと穴ゴブリンたちがついてくる。

 中には三メートルの巨大ゴブリンやボスだと思っていたけどボスじゃなかったゴブリンもいた。


「なあメークル」

「アイ」

「あのおっきいゴブリンの怪我けがは大丈夫だったのか」


 俺は巨大ゴブリンを見る。

 集落で首に矢を受けた巨大ゴブリンは俺と視線が合ってにたりと笑った。


 少し背筋が寒くなったがこれは我慢だ。


「アイ、マエオサ、傷ダイジョブ、治リ、早イ」

「歩けるようになっただけでも大したものね。回復力は人間に比ぶべくもないわ」

「アイ」


 メークルが嬉しそうにフィアナと会話している。

 なんだかんだ言って同じ年頃の女の子同士、会話ができれば打ち解け合うのも早かった。


 穴ゴブリンたちは狩猟しゅりょうけている。

 穴倉に住んでいるとはいえ穴倉から出れば腕利うでききのハンターだ。野ウサギや鹿なども集団で捕らえたり野草なども簡単に見つけだしたりして、ことしょくには困らなかった。


「フィアナ」

「なに」

「思ったんだが人間と穴ゴブリンたちでもこうして意思の疎通そつうかなえばお互い協力できるのではないかとね」

「うーんそうね」


 フィアナは歩きながらも考えて答えを探す。


「あなたみたいな人がいればこそ、なのかもしれないわよカケル」

「え」

「なに目を丸くしているのよ」

「いや、そうか。そんな風に思っていなかったから……」


 少しいたずらっ子のような目で俺を見る。


「まがりなりにもあなたは彼らのおさなのよ。もっと自信を持ちなさい」


 流石さすがは王家の者。言葉に重みがあるな。


「そうだな、そうするよ。ありがとうフィアナ」

「ばっ、別に、国をべる者として当然のことよ」

「ああ。勉強になる」


 俺がフィアナとそんな話をしていたところだった。


オサー、穴、アッター!」


 メークルの声が目的地に到着したことを伝えてきた。


 シュネイ山脈に連なる山のふもとに、ぽっかりと大きな横穴がいている。

 まねかれざる客を追い出すかのような風が横穴からき出していた。

次回はダンジョン回です。

いつの間にやらメスゴブリンとの関係が楽しいことになっていますが、できたらビジュアルもちっちゃ可愛くできたらいいなって思っています。

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