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設定と違うじゃねえか

 巨大ゴブリンが棍棒を振り下ろす。

 いやあれは棍棒じゃない。納屋なやの柱だ。あんなのまともに食らったら車にかれた蛙以上にぺちゃんこだぞ。


「あっぶね!」


 俺の設定じゃこんなのは出てこない。俺よりも少し大きいくらいのゴブリンが首領ボスだったはず。


 巨大ゴブリンの振り回す柱が音を立てる。圧倒的なパワーで剣じゃ相手にならない。


「ガッ! ゴワッ!」


 柱が屋台を直撃する。中の商品ごと吹き飛ばされて辺りに散らばった。

 巨大ゴブリンにしても家の柱は重たかったのか、振り回すたびに足元がふらつく。

 逆に言えば、掘っ立て小屋くらいだったら一撃で破壊できる威力があるってことだ。


 ここは秘術の出番だな。


 俺は剣を構えて巨大ゴブリンをにらみつける。


「剣技、つばめ一本斬りっ!」


 剣を左下から右上に斬り上げる。剣そのものはくうを切るがそこから生み出された衝撃波しょうげきはが……。

 巨大ゴブリンの柱が上から振り下ろされて地面に叩きつけられる。その勢いで土がはじけた。

 ぎりぎりのところで避けた俺の顔に土のかたまりが当たって砕ける。


「で、出ねぇ!」


 衝撃波が出ない。

 巨大ゴブリンが地面に埋まった柱を抜き取ると、土がパラパラと落ちていく。


 設定通りじゃないとすると……。


 俺は背筋が寒くなった。

 だいたい、俺の腕力くらいじゃきっとあの怪力は止められない。設定通りなら剣技でなんとかならなくもないだろう。チート技ならいくつも仕込んでいるしずっと前の方の話でも物語のカケルが使っていたからな。


「それとも俺も忘れていた設定があったとか……。一度書いた話はほとんど読み返さないからなあ」


 どうしよう。どうしたものか。あれだけの大見得おおみえを切った後で今更いまさら中断というわけにもいかないだろうなあ。


「カケルっ!」


 フィアナの声が聞こえる。

 やべぇ、ぼーっとしてた。戦場では一瞬の迷いが命取りに……。


 巨大ゴブリンのフルスイングした柱が俺の背中を強打する。


「うが、かはっ!」


 肺の中の空気が全て絞り出されたような感じ。背骨がきしむ。

 背中で何かが爆発したかのような熱さと衝撃。


 ふっ飛ばされた俺は近くの家の壁に突っ込む。

 壁が崩れて俺の上に瓦礫がれきとなって乗っかる。


「いっててて。こういう時の壁って人型ひとがたには壊れないもんなんだな」


 起こったことに対して脳は冷静、でもなかったけど無駄口をきける余裕があれば大丈夫だろう。

 倒れて天井を見上げたまま手足を動かしてみる。

 骨は……折れてなさそうだ。

 俺は瓦礫を払いのけて立ち上がる。

 立てるし動く。痛みはあるけど手足にしびれは無い。

 どろりとした何かが顔を伝っていく。


「頭切ったかな。顔が血だらけだ。でも思ったより頑丈がんじょうだな。中二のままの身体だったら絶対死んでたろ」


 怖え。それでいてほっとした。


 俺のかっこいいと思った行動を物語の中で登場人物にやらせていたけど、それがこんな心境だったのかと思うと彼らにも悪いことをしたかなって思う。話が盛り上がるかと思ってわざと怪我をさせたりしたけど、それってやっぱ痛いよな。


「次に書く話は痛いことのないストーリーがいいな」


 そんなことを口にしながら家の壁にできた大きな穴からゆっくりと外へ出る。


 目の前には俺よりも一メートル以上高い巨大ゴブリンが俺を見下みおろしていた。


 ああ、フィアナが心配そうな目で見ている。

 力の差は歴然。勝ち目はないと思っているんだろうな。俺だってそう思う。


 俺は軽くほこりを払う仕草しぐさをする。

 こんなんじゃあ汚れなんて落ちないけどさ、無駄な動きじゃなくて冷静になるためのお作法さほうみたいなものだ。


「こりゃあ、まともにやってたら大変だぜ」

「カケルもういいよ! 財宝ならゴブリンたちに渡して、謝ったら命だけは助けてくれるかもしれないから!」


 巨大ゴブリンが柱を肩にかついでにやついた笑いを見せる。


「その前に、試したいことがあるんでね」


 俺は口の中でそうつぶやく。

 当然フィアナには聞こえない程度の声だ。独り言みたいなもの。


「わかった。信じてる」


 聞こえてた? まさか。まあいいか聞こえていたのなら聞こえていたで。


 俺は剣を脇腹の位置で構える。

 巨大ゴブリンのニヤニヤ笑いをじっと見つめる。

 背中が痛い。冷や汗がその上を伝っていくのが判る。


牡牛おうしの力を剣に宿し……」


 手のひらが温かくなる。

 これだ。


「そのつのなりて突き崩さんっ!」


 両刃りょうばの剣に力がみなぎってくる。先端に光の粒が集まってきた。さっきの技は片刃の曲刀用の技だった。だから発動しなかったんだ。

 これは両刃の剣の秘技。発動条件を忘れていたぜ。


 巨大ゴブリンの目が一瞬驚きの色に変わる。


「おおお!」


 駆けだした俺は腰にえた剣をそのまま巨大ゴブリンのあごめがけて突き出す。


「剣技! いん達致たっち!」


 剣先に宿った光の塊が放たれる。

 巨大ゴブリンの顎へ命中して光が爆発した。


「ゴ、ガ……」


 のけぞる巨体。闇雲に柱を振り回すけど俺には当たらない。大振りで軌道きどうも読めるしなにより一発が遅い。

 振り回すごとに酔っ払いのような足取り。頭はクラクラ足はフラフラだ。


 俺は丸太をかいくぐって奴の股下またしたをスライディングで抜ける。

 すぐに起き上がって背後を取り、両拳りょうこぶしで左右の膝裏ひざうらを勢いよくパンチした。


「拳技、膝カックン」


 これはプロットにも入れていなかった技だ。今編み出した完全新作だぜ。


「ゴワッ!」


 巨大ゴブリンは膝の力が抜けたことで大きく後ろへのけぞる形になった。


「ほいよっ」


 俺はやっと届く高さになった奴の肩をつかむとそのまま後ろに引き下ろした。

 巨大ゴブリンの背中が地面に打ち付けられて大きな音と地響きを立てる。

 馬乗りになった俺は喉元に剣先を突きつけて言い放つ。


「勝負、あったな」


 一瞬の静寂せいじゃく。そして一気に広がる大歓声。


「オオオ!」

「グワッ、グワッ!」


 ゴブリンたちはぼろぼろの剣や木の槍を楯に叩きつけたり地面を突いたりして興奮していた。


「おわっ」


 巨大ゴブリンが俺の胴を両手で掴む。

 そのまま立ち上がって俺を高く持ち上げた。


「カケルっ!」

「フィアナ大丈夫、大丈夫だ」


 俺を掴んでいる力の加減、それに巨大ゴブリンの険の取れた表情。


「ゴアアー!」


 穴ゴブリンのおさは俺をその肩に乗せて雄叫びを上げた。


「ゴアアー!」


 他の穴ゴブリンたちもそれに合わせて声を張り上げる。


「ニンゲン、オマエ、勝ッタ。オレタチ、オマエ、従ウ」


 メスのゴブリンシャーマンが俺たちに駆け寄って宣言した。


「ガウ、ガウ、ゴアアー!」


 周りの穴ゴブリンたちも掛け声を合わせる。


「ガウ、ガウ、ゴアアー!」

「ガウ、ガウ、ゴアアー!」


 よし、後はこの集落からこいつらを引き離せば……。

 そう思っていた俺の耳に風切かざきおんが聞こえた。


「ゴワッ」


 巨大ゴブリンののどから生えている矢。


「やった、やったぞー!」

「よーしいけーっ、やっちまえー!」


 集落の村人たちか。


「やめろ! もう済んだ! こいつらは穴倉へ帰す、もうここへは来させない! だからやめろ、やめろって!」


 何本か飛んできた矢は誰にも当たらずに地面へ刺さる。


「ギョアー!」

「死ねぇ!」


 戦意の喪失そうしつした穴ゴブリンたちに村人が襲いかかる。


オサ、ドウスル、ニンゲン、倒スカ?」


 メスゴブリンが困惑こんわくした顔を俺に向ける。


「逃げろ! とにかくここから脱出するんだ! 集落を出たらお前たちの穴倉へ戻れ! それまで全力で逃げろ!」


 メスゴブリンが何事か叫ぶと、穴ゴブリンたちは蜘蛛くもの子を散らすようにてんでばらばらに逃げていく。

 村人たちに叩かれたりしている穴ゴブリンも、うのていでなんとか逃げられそうだ。


「まだ息がある……」


 喉に矢が刺さった巨大ゴブリンをかつごうとするが流石に持ち上げても足を引きってしまう。


オサ


 メスゴブリンとボスじゃなかったボスゴブリンと、他にも数匹の穴ゴブリンが集まってくる。


「手伝ってくれるのか」

「アイ」

「よし、任せたぞ。こいつを穴倉まで連れて逃げてくれ」


 メスゴブリンが返事をすると、他の穴ゴブリンたちと一緒に巨大ゴブリンを運び始めた。

 俺は飛んでくる矢を剣で撃ち落とす。少しでもこいつらが無事に逃げられるように。


「おいもうやめろ! もう戦う理由はない! 剣を納めろ!」


 そう叫ぶ俺の前にあの村人Aが現れた。


「旅の剣士さん、あんたは人間の味方なんじゃないのか? なんで畜生ちくしょうどもに肩入れするんだい」

「味方とか敵とかそんなの関係ない。命の取り合いなんてするもんじゃないだろ、死んだらそれで終わりなんだぞ!」

「ふざけんな、あんたは何様のつもりだ! こっちにだって人死ひとじには出ているんだ。あん畜生どもを全て狩り殺すまでは戦いをやめるつもりはねえぞ!」


 俺は知っている。当然だ。こうなった原因を作ったのは俺だからな。


「ああそうだな。お前たちが何をやったのか俺は知っている。

 お前たちは子供の遊びでゴブリン狩りをやっているんだよな」

「大人になるための儀式だ。当然だろう」


 そうだ。そんなくだらない設定を作ったのは俺だ。前にそんなことを書いていた。


 斬り殺した、討ち取った、倒した。


 そんな文字だけの世界で俺はたくさんの命を奪ってきた。

 でもそんな中で生きている者にしてみれば、血の通った身体であり共に笑う家族だったりするんだ。


 人間だってゴブリンだって、死んで血を流して恨めしそうに濁った瞳で俺を見るんだ。


「お前もあの畜生どもの味方をするってんなら容赦ようしゃしねえぞ」


 村人たちが俺に石を投げる。

 拳大こぶしだいの石だ。当たれば痛い。場所によっては皮膚ひふが破れて血が出てくる。


「カケル、いいよもう行こう!」


 フィアナが俺の袖口そでぐちを引く。


「おっ、こいつは先王の娘じゃねえか!? おいみんな捕まえろ! 皇帝陛下がお喜びになる、報奨金もたんまり貰えるぞ!」

「待て、よく見ろあいつの足元。財宝がいっぱい落ちていやがるぞ」

「本当だすげえ金だ! いつ貰えるか判らねえ報奨金よりまずはこの金だ!」


 村人たちが足元に散らばる金貨や宝石に群がり始めた。


「カケル今よ!」


 村人たちの意識が俺たちから外れた瞬間、俺とフィアナは集落から逃げ出していた。

 背後から罵声ばせいやら怒号どごうやら聞こえるが気にすることはない。捕まったらそれこそ何をされるか判ったものじゃないからな。

 待てと言われて待つ奴はいないって。


「ねえカケル、あなた何か知っていたように思えるけど」


 ある程度集落から離れた所でフィアナが俺に問いかける。

 息が切れてそれどころじゃないんだが。


「あ、ああ。そうだな、どこから、話そう、か……」

「いいわ少し落ち着いてからで」

「ひゅー、はあ、助かる……」


 息を整えて後ろを振り返る。

 どうやら追手おってはいないみたいだ。


「えっとそうだな。俺は大地カケル中学二年だ。ここは多分、俺が書いていた小説の中の世界。全ては俺が仕組んだ世界だよ」


 フィアナの顔が真っ青になる。


「そんな……馬鹿な」

「俺も変だとは思っているけど、これが現実みたいなんだよな」


 なんで俺、こんなことまで口走っているんだろう。適当に誤魔化ごまかせばいいのに。


「うそ、嘘よ。だったらお父様を殺したのもヒューイットをあんな目に遭わせたのも、全てはあなたの想像から生まれたことだというの!?」


 やはりそうくるよな。でも今更取りつくろうような話にすり替えても信じてはくれないかもしれない。だとしたらここは素直に。


「ああ、そうらしい。どういう原理で俺が自分の小説の世界に来たのかは知らないけど、俺自身も物語に組み込まれたということなのかな」

「なら今はどういう状況なのよ」


 言われてみて俺は書いたことは知っていてもこれから書かれることは知らなかった。プロットは考えてメモをしていたけどそれが未来への設計図になるとは限らない。


「俺もよくは判らないんだ。俺が考えていた物語ではあの巨大ゴブリンは出てこなかった。せいぜい俺と同じ背丈くらいのゴブリンを想定していたんだが」


 少しずつだけど俺の知らないことが起き始めている。


「世界を創ったなんていうからどれだけすごいのかなんて思ったけどそんなことなかったのね。私を創ってくれてありがとう。そして絶対に許さない。こんなにも心を引き裂いてくれたあなたを」

「フィアナ」

「どうせあなたが創った世界。薄っぺらな物語。もしかしたら建物だって外見だけで中身は空っぽだったのかもしれないわね」


 フィアナの視線が突き刺さる。


「それは面白かったでしょうね、人を苦しめて悲しませてそれを見ているのは。創造主ならなんでもできるし全てが思い通りですものね。

 踊らされている私たちはさぞかし滑稽こっけいだったと思うわ」


 叫びながらもフィアナの目には涙が溜まっていく。


「お父様が実の弟の手にかかって息絶えるなんて、物語としては最高潮に盛り上がったことでしょうね!」


 突きつけられた言葉は当然俺から出たものではない。俺の創作じゃないんだ。俺が勝手に生み出して勝手に殺した奴からの当然の恨み言。


「フィアナ、君の言うことは正しい。俺が全ての始まりであって全ての責任を負う必要があるんだ」

「あなたがどう考えようと私たちはここにいる。ここで生きている」

「ああ」

「私は死なないわ。必ず生き抜いてみせる。あなたが創造主かどうかなんて関係ない。私の命は私のものよ」


 フィアナは悟りを開いたような晴れやかな顔つきで天を仰ぐ。


「天地神明なんて嘘、全てはこの男の妄想が生み出したもの。ならば私は私の心、魂にかけて誓う。私は私であるために戦い私のために生きる。国や王女なんていうことはもう関係ない。ただのフィアナとしてこの世界を生きるのよ!」


 ともすれば自決でもしようかというくらいに世をはかなんでいたフィアナだ。たとえかりそめの命で俺が諸悪の根源だったとしても、生きることに前向きになってくれたことはありがたいのだろうか。


 俺は彼女の決意に、ただただ涙した。


 遠くで聞こえるのは時を告げる鐘の音。

 やけに寂しく聞こえたのは気のせいだったろうか。




 俺は左手にスマホを持っていた。


「ここは……屋上?」


 スマホの時計は午後の授業が始まる五分前を示している。画面の中央には今投稿したばかりのネット小説が表示されていた。

また戻ってきてしまいました。

私もどうしたらいいか判らなくなってきてしまいましたけど、これからどうなりますやら。一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。

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