主人公が俺だ
昼休み。今日の屋上も日差しが眩しい。
俺はジャムパンをコーヒー牛乳で流し込み、昨日の続きを書き始める。
今日はどうしようか。物語を考えて世界を構築して行くことが楽しい。その中で登場人物を活躍させるとそれが自分で冒険しているようにも思える。
登場させたフィアナは水色の髪だけど、イメージは同じクラスの花澤が合っていそうだ。そんなに性格はとげとげしていなくて金には不自由していなさそうで頭も良くて。運動はあまり得意じゃないけど美少女と言ってもいい容姿。
優しい、可愛い、スタイルいい。彼女にしたいクラスメイトナンバーワンだ。
俺とは幼馴染みだというのに恋愛感情とかは全くの無縁だ。告白したらいいかもしれないがなんか今までの関係を壊すのも怖い。いや別に好きとか嫌いとかそういうことじゃないけど。
俺の創った世界でなら、そんな花澤と俺が一緒に冒険をするのだって簡単だしリアルと違って仲良くさせるのだってできる。
さあて、物語を進めていこう。
盗賊団に襲われていた元王女のフィアナを救った俺は、これからの身の振りを考えていた。
ひとまず使えるものはないかと馬車を調べてみたが、華美な装飾の箱はいくつかあっても中身は空。
「逃げる時に宝石や衣類は投げ捨ててしまいましたので」
なるほど。どうりで俺が倒した盗賊どもは不自然なくらいの金品を持っていたわけだ。おそらくその一部はここからばらまかれたものだったのだろう。
「この箱もいい装飾なのだが持ち運ぶには大き過ぎる。大都市の貴族にあてがあるならまだしも、こんな辺境の地で宝箱だけを欲しがる物好きはいないだろうし。
それにしても着替えか何かがあればよかったのだが。ドレスのままでは目を引く上に何かと不便だろう。近くに集落でもあればそこで着る物を調達したいところだな」
フィアナの着ている物は流石一国の王女だったというべきか、ただの町娘が着るような物とは質からして異なる。生地が違うし刺繍が施されていたりとどうしても目立ってしまう。
盗賊どもに破られているのも困ったものだ。
「俺が身につけていた外套だが、これを羽織っておくといい」
俺はフィアナに外套を渡すと、転がっている盗賊どもから比較的汚れが無い上着を見つけて羽織る。
暖かくなる季節だがまだ寒い時もあるし、肌を露出して旅をするわけにもいかない。
半裸みたいな格好で旅をするのはおとぎ話の中だけだろう。
身の回りで持って行けそうな物は袋に詰めて立ち上がる。
近くに盗賊どもの拠点でもあれば道具や装備が整えられるのだろうが、倒した奴らは日用品はおろか水筒すら持っていなかった。
「どこかに中継地点や基地でもあるのかもしれないが、あてもない探し物をするよりも街道を下って集落を探そう。それなりに歩くことになるが」
フィアナの返事を待たずに俺は街道を歩き始めた。
少し経ってからフィアナの足音が俺の後を追ってくる。
付かず離れずの間隔を保ちながら街道沿いに歩いて行く。
そのうち日がだんだんと傾き始めてきた。
「そろそろ集落が見えてくる頃だろう。食料と装備を整えるくらいならできるといいのだが」
一人旅の時から次の行動を口に出すようにしていた。言葉にすると現実味が湧いてくるし、問題点が分かって理解も深まる。
「はい、街道には宿場としても使えるように一定の距離ごとに集落を作るようにしていました」
「どうりで商人の行き交いもあるわけだ。まあ、今日は商人どころか盗賊団にしか出くわさなかったがな。前に通った集落では警備兵の詰め所もあったし、集落まで行けば安全ということか」
「ええ、宰相のヴィルヘルムがその辺りの整備を進言していました」
フィアナの顔に影が差す。
「その宰相は」
「父上をお守りして……」
「討たれたか」
俺の質問にフィアナは小さく首を縦に振った。
今回の内乱で国王派はほぼ一掃された。唯一残ったのが王女のフィアナだけらしい。
「今、王都は王弟グレゴリオとその一派が占拠しているということだとすれば、国軍も全て掌握されているだろうからな。地方とはいえ警備兵も王弟側の人間と思った方がよさそうだな」
「はい。恐らくは」
「親王派の振りをして自分の兄を裏切るとは、あの王弟なかなかのタヌキっぷりだな」
「叔父、いえ逆臣グレゴリオは剣の腕も立ち政治にも力を注いでいたのですが。まさかこのようなことになるとは思いもしませんでした」
「兄弟喧嘩も国を揺るがす一大事か。
俺は親兄弟もいない天涯孤独の身。家族に裏切られる心配はなさそうだな」
しまった。軽口のつもりがフィアナにしてみれば親しかった叔父の裏切りだ。これは失言だったかもしれない。
「気に触るようなことを言ってしまったな」
「いいえ、気にしないでください。事実は事実で受け止めなくてはなりません」
「そうか。すまなかった」
気まずい雰囲気をそらそうと前を見る。俺たちが歩くその先には家がぽつぽつと見えるが、そこから幾筋もの黒い煙が立ち上っていた。
「夕餉の支度……ではなさそうだな」
「まさか」
「ここも盗賊の群れにでも襲われたか、それとも今襲われているか……」
遠くからでも聞こえる喧騒。
「フィアナ、どこかに身を隠していてくれ」
「カケルはどうするのですか」
「たとえ俺の国ではないとしても民の平和を乱す輩は見過ごせん」
「であればなおのこと私もご一緒します。今がどうあれ民を守るのが王族たるものの務めです」
「なるほど王者の心構え、天晴れだな」
俺は剣を抜いて集落に突入する。
その後をフィアナが続く。
「戦闘の経験はあるのか」
フィアナは首を横に振る。
「先程の盗賊どもにも手を焼くとなると、これからの戦いは辛いものになるかもしれんぞ」
「それは私が独りであった時のこと。詠唱の時間があればお役に立てましょう」
なるほど呪文使いか。
俺が前衛となってフィアナの詠唱の時間を稼ぐ。剣では一人ずつ倒す必要があるが、呪文ならまとめて攻撃することもできる。
集落に近づくと簡単な柵が少しあるくらいでまともな防壁にならないような様子が見える。
外敵に対しての防備もそれほどしっかりしたものではないだろう。
「所々に死体が……ゴブリンか」
集落の手前で倒れている人影。背はあまり高くなく皮膚は緑に近い黄土色、口からは尖った牙が見える。
「ゴブリンが集落を襲っている?」
ゴブリンの他にも集落の者だろうか、人間の農夫も倒れていた。
「駄目かもう息がない。だが肌はまだ温かい」
体温の残る死体は今さっきまで生きていたという証拠。
戦闘はまだ続いているとみてよさそうだ。だとすれば助けられるだけ助けたい。
「ギキイッ!」
「カケルっ、右!」
錆びた剣が俺の目の前を通り過ぎる。
それ程殺気は感じられなかったが剣が来ることは判っていた。
俺は自分の剣を抜くと襲ってきたゴブリンの剣をはたき落とす。
「ギャギャーッ」
ゴブリンは痺れる手を押さえながら逃げ去っていく。
「やはりな」
「どういうこと、カケル」
ゴブリンの身体の色だ。ゴブリンらしい緑色の皮膚ではあるが基本は黄土色。
「こやつらは穴ゴブリンだ。普段は山奥の巣穴に籠って小動物を獲って暮らしている。こんな人里に下りてきて命の危険まで冒して集落を襲うなどとは……」
「でも、そうするとどうして……」
いきなりだった。
雷鳴が太鼓のような音をして空に広がる。
その瞬間、激しい光が俺を突き刺した。
「カケルっ!」
「へっ?」
「大丈夫、カケル。今急に雷があなたに落ちて……」
俺の手が止まる。というより止まっている。あれだ、よく雑誌のインタビューとかで出ているろくろのポーズというか、要するにスマホを持った状態でスマホを持っていない間抜けな姿で立ちつくしていたわけだ。
「か、雷だって? どこ、どこにだよ! 今日は天気予報で雷なんて言ってなかったぞ!」
「何を言っているのカケル、あなたに今……あれ、雷雲が無い……」
「そっちこそ何言ってるんだよ花澤……って、髪が水色? それにその恰好。俺の小説のイメージした姿にそっくり」
え、なになにどうしたってんだよ。
俺は今まで小説を書いていた。スマホで昼休みにだ。
でも今俺が見ている風景は学校の屋上じゃない。
言ってみれば、さっきまで書いていた小説の集落をビジュアル化したような。
俺は自分の手を見るとそこにはさっきまで持っていたスマホは無く、剣の稽古でもしていたかのようなマメというよりタコが手のひらにできていた。
腕や服装を見ても学校の制服じゃない。
ファンタジーの中に出てくる冒険者のような格好。
俺が小説でイメージしていた姿そのものだった。
「花……じゃなかった、フィアナだよな」
「ええ。どうしたの、ちょっと感じが変わった……?」
「俺はカケル、カケルに見えるんだよな」
「そうよ、雷に撃たれてからおかしいけど、いえ雷に撃たれても平気でいること自体がおかしいのだけど」
よく解らん。
だが俺の意識が小説の主人公である俺のコピーになっているといったところか?
夢なら早く醒めて……いや待てよ。俺はファンタジーの世界で冒険がしたくてゲーム感覚で小説を書いていた。ということは、ヴァーチャルリアリティとか異世界転移みたいな感じだと思えば、この世界で俺が好きなように動けるっていうことにならないか?
どんなことができるかとか、俺の考えた世界がどこまで再現されているかとか、ああっ、いったいどうなってんだこれ!
「ねえ、カケル……」
「ちょっと待ってくれ、今考え事を……」
近づいてきたフィアナを手で制止しようとして。
「ひゃんっ」
手のひらに伝わる感触。
思春期になってから初めて意識した柔らかさ。
おっぱい鷲掴みだこれ。
見ればフィアナは涙目になって俺を見ている。
「わっ、悪い! そんなつもりじゃいやその」
しどろもどろになる俺を見る目が急に厳しいものに変わる。
「お、怒って……」「閃光の雷獣よ、敵を貫けっ!」「うわっ」
フィアナの手に放電したような光の筋がいくつも見えて、俺の脇腹ぎりぎりのところをその放電の光が突き抜けていく。
「ゴギャッ」
背後でくぐもった呻き声。
「ゴブ……リン、か」
「怪我はないカケル」
ゴブリンは痺れた様子で横たわっている。
命に別状は無さそうだ。
「助かったよ。それと、ごめん」
フィアナは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「おいあんたら、そんなところにぼーっとつっ立って危ねえぞ!」
おっさんの声に呼びかけられる。あれだ、村人A。この集落には何人か会話のできる村人を配置していた。プロットじゃあそうなってる。
「こっちに来い! 奴らに襲われるぞ!」
俺は手にした剣を大きく振り下ろす。
勢いをつけて八の字の振り回して鞘に納める。
うん、大丈夫だ。俺は剣なんて持ったこともないけど扱いはなんとなく慣れている感じがする。
当然主人公のスキルはチートレベルに高いし、剣術も超一流。危機察知能力もずば抜けてるはずだったんだけど……あの柔らかい、あれだ、その。
ああそうだよ、おっぱい触ってそれどころじゃなかったんだよ。ちくしょう童貞なめんな。
「大丈夫だ、ゴブリン程度なら俺が蹴散らしてやる」
声が上ずってしまった。
ま、まあこんな緊急事態だ、誰も気にしないだろう。
「旅の剣士さんか、それは頼もしい。判った無理はするなよ」
村人Aはそう言ってどこかの路地へと消えていく。
「まずはこの状況をなんとかしないとな」
俺は井戸のある広場に向かった。設定を作った時に簡単な地図も書いていたからな、だいたいの目星はつく。
案の定、そこにはゴブリンのボス格がいた。
「ガガッ」
一体だけか。これなら楽勝だな。
俺は足ばやに駆け寄ると剣を抜き払う。
ボスゴブリンは他の奴と違って体格がいい。普通のゴブリンはせいぜい俺の肩程度の身長だけど、こいつは俺よりも頭一つでかい。
「ゴガア!」
「遅いっ」
剣の腹でボスゴブリンの鼻を叩く。続けざまに剣の柄で腹を突くと、ボスゴブリンは鼻を押さえながらうずくまってしまった。
「鼻血がいっぱい……ちょっとやりすぎたか」
ボスゴブリンが一度は落とした棍棒を拾って立ち上がる。
鼻からはおびただしい血が流れたままだ。
「ゴワアアァァ!」
大きな唸り声を上げて棍棒を振りかぶる。
大きな口が、笑ったように見えた。
「カケル、この大きなゴブリン仲間を呼んだんじゃ……」
「だろうな」
「なんて悠長なことを」
ボスゴブリンの呼び声で他のゴブリンたちが集まってくる。
建物の影や裏路地から。
「よし全員集合な感じだな。おい穴ゴブリンたちよ俺に従え!」
「えっ、何言っているのよカケル!」
「いいから。シャーマンの一人や二人連れてきているんだろ? 言葉も少しは判るはずだ」
集まってきた穴ゴブリンたちを見ると、ちらほら顔に隈取りをして杖を持った奴がいた。
「シャーマンよ首領に伝えろ。俺と勝負をして俺が勝ったらお前たちを俺の支配下に置く!」
穴ゴブリンたちがざわざわと騒ぎ出す。
「どうした穴ゴブリンどもよ」
集団から一人フードを被った穴ゴブリンが歩み出た。
普通のゴブリンより少し小さい。赤い隈取りとクリクリっとした目が特徴的なメスゴブリンだ。
「ニンゲン、長勝ツ、オマエ」
そのメスゴブリンが俺を指差す。
「いいだろう、お前たちの長が勝てばこの財宝を全てくれてやる」
俺は懐にあった袋の中身をぶちまけた。
金貨、宝石、ペンダントや指輪といった装飾品が地面に散らばる。
「オオオ……」
穴ゴブリンたちからどよめきが上がる。
「ワカッタ、長、負ケナイ」
メスゴブリンが言い終えるや否や、近くにあった納屋が吹き飛んだ。
「へ?」
納屋から出てきた、というより屋根から突き出てきたそれは、三メートルはあろうかという巨大なゴブリンだった。
ようやくあらすじに追いついた感じの話になりました。
これで異世界転移という形になりましたかどうか。
これからどうぞよろしくお願いします。