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9話・ノマルの町防衛戦

 

「これは、酷いな……」


 村から出発して一日が経った。

 途中、馬を休ませる為に休息を挟んだが、出来る限りの最高速度で町へ到達出来たと言えよう。


 そして町の外壁を初めてみた感想は、酷いの一言だった。


 魔物で埋め尽くされた大地、その進行を必死に食い止めようとしている騎士や冒険者。

 彼らの亡骸があちこちに放置されていて、更に魔物がそれを食い散らしている。


 地獄絵図ーーそんな言葉が浮かんだ。


「地下の隠し通路を通って町へ入ります、狭いので気をつけてください」


 木の幹に隠れた入口を通り、町の中へ入る。


「皆んな、元気が無さそうですね……」


 ミスティの言う通り、町は完全に活気を失っていた。


 町規模で籠城戦をしている、という話は本当で、誰もが何かしらの役割に担って働いてはいる。

 男は資材を運んだり、騎士や冒険者の穴埋め。

 女は傷ついた者の手当てや食料の確保。

 子供も水汲みをしたりと大忙しだ。


 だがどの世代の人も、全員目が死んでいた。

 諦めてる、という訳では無いのだろう。

 ただ限りなく自分達が助かる可能性が少ない、それを知ってしまっているんだろう。


 下手な真実は、より人を絶望へ叩き落す。


「前線基地へ行きましょう、そこに仮設の冒険者ギルドが建てられていますので」


 ルナリアが言う。

 そこを本拠地にして戦っているそうだ。




「サブギルドマスター・ルナリア、只今帰還しました、任務は……原因解明という意味で、達成しました」


「ルナリアさん! 皆んな、ルナリアさんが戻ってきたぞおおおおおおお!」


 仮設冒険者ギルドの入口に立っていた衛兵は、ルナリアの報告を聞くとすぐに周囲に吹聴した。


「ルナリア!」


「エルナ、無事でしたか」


 エルナと呼ばれた女性がルナリアと抱擁する。

 その顔は心底心配していたと訴えており、またルナリアも再開出来て嬉しそうな表情をしていた。


「ルナリア、そっちの人達は?」


「最強の助っ人、アリトとミスティです」


 さ、最強は言い過ぎじゃないのかな?

 一通りの事情を話すと、エルナさんは俺とミスティの前にやってきて自己紹介を始めた。


「私はエルナ、冒険者ギルドに所属してる冒険者よ。ルナリアとは友達でパーティーを組んでたの、君たちの話は聞いたわ、助っ人ありがとう、今は少しでも戦力が欲しい状況なの」


 ニカっと笑い右手を差し出してくる。

 それに応じない理由も無く、俺も右手を差し出し握手を交わす。ミスティも同じように握手をした。


「エルナ、ギルドマスターは?」


「今も最前線で戦ってる、でもそろそろ一旦戻ってくる頃だからーーて、噂をすれば何とやらね」


「戻ったか、ルナリア」


 ギルドマスターは筋骨隆々とした大男だった。

 年は三十過ぎだろう、それでも全く衰えを感じさせない筋肉と鋭い眼光。

 スキンヘッドの頭には無数の傷があり、潜ってきた修羅場の数を連想させてきた。


「マスター、報告を」


「ここじゃなんだ、奥の部屋へ行こう……そっちの坊主と嬢ちゃんは?」


「助っ人です、今は少しでも戦力が必要と判断し、近隣の村から連れてまいりました」


 ギルドマスターの瞳が俺を射抜く。

 それは戦力として使えるかどうかの判断だろう、いくら猫の手も借りたいとは言っても、無能な味方は有能な敵よりも厄介なのは、どこの世界も同じだからだ。


「彼についても話があります」


「そうか……まあ、一緒に来い」


「は、はい」


 俺はギルドマスター、ルナリアと共に奥の部屋へ向かう。

 ミスティは自ら負傷者の手当てを手伝うと言い出し、エルナさんと共に治療院へ行った。




 奥の部屋は外の騒然とした空気を全く感じさせない程、静謐な雰囲気に支配されていた。

 防音仕様の壁でも使っているのかもしれない。


「まずは、向こうで何があったか聞かせてもらおう」


「はい、実はーー」


 ルナリアは話した。

 森の事。

 ベヒモスの存在。

 そして……俺についても。


「以上が、私の知った事の全てです」


「そうか、危険な任務を一人で任せて悪かった」


「いえ、誰もが忙しいのは分かっています」


 そうしてギルドマスターとルナリアの話が終わる。

 ただ彼女は一つだけ真実を話していない。

 それは村の、村長の秘密。

 もしかして、俺たちの事を気遣ってーー?


「坊主」


「はっ、はい!」


 突然声をかけられ、思わず飛び上がってしまう。

 ギルドマスターはそんな俺を苦笑しながら、ベヒモスを倒したのは本当かと問いてくる。


「はい、本当です」


「そうか、それは期待出来るな」


「え?」


 あっさりと信じてくれた。

 てっきり疑われて変な尋問でもされるかと思ったのに……俺がそう疑問に感じていると、ギルドマスターは静かに口を開いた。


「勘違いするなよ、俺は坊主を信じたんじゃない、サブギルドマスターとして役目を全うしたルナリアを信じてるんだぜ?」


 ギルドマスターはルナリアを見ながら続ける。


「こいつを送り出したのは実力は勿論、ギルドの中で俺が信用出来ると確信していたからだ。その報告を嘘だと断じるなんて、自分自信を否定してるようなもんだ」


「大袈裟に言わないでください、マスター」


 ルナリアのサブギルドマスターという肩書きは伊達じゃないみたいだ。

 そんな彼女の期待を裏切らない為にも、魔物を一匹でも多く倒さないといけないな。


「とまあ、積もる話はここまでだ……俺の名はリュウゴ、ノマルの町の冒険者ギルドのギルドマスターだ」


「アリト・カグネです、よろしくお願いします」


「おうよ!」


 二人でグッと握手を交わす。

 リュウゴさんの握力が強いのか、はたまたワザとやってるのか分からないが、かなり強く握られた。痛い。


「それじゃあ早速、実力を見せてもらおうか」


「い、いきなりですか?」


「そうだ、何度も聞いてるだろ? 本当に戦力が足りてねえんだ」


 俺は腰に下げている刀の柄を握り締める。

 ……自信はあるけど、やっぱり戦いは緊張するな。


「大丈夫ですよ」


 すると、ルナリアが柄を握っている俺の手の上に、自らの手を被せてきた。

 暖かく、それでいて柔らかい指が絡みつく。


「ギルドマスターはああ言ってますが、私は貴方の実力を間近で拝見しています。貴方ならきっと、あの数の魔物相手でも遅れはとりません」


 彼女の細く鋭い瞳が、その瞬間だけ和らいだ気がした。


「……ありがとう、もう平気だ」


 弱気になんていられない。

 ミスティだって自分のやるべき事をやっている。

 なら俺も頑張らなくちゃ。


「準備は出来たか? 行くぞ!」


 俺はギルドマスターと共に最前線へ向かった。




 ♦︎♦︎♦︎




「貴方、そこの薬草とって!」


「はい!」


 ギルドマスターとアリトが話している頃、桃色髪の少女ミスティは治療院のあちこちを走り回っていた。


 負傷者の数は増える一方で、戦う戦士の数は勿論、実は裏方の治療師や医師も圧倒的に不足していた。


「そこに集まっている人をこっちに移して、広域治癒魔法で一気に傷を治すわ」


「ごめんっ、こっち人手が足りない!」


「……もうダメね、この人は助からない」


 あちこちから聞こえてくる狂乱の産声。

 痛みを訴える負傷者と、それに答える治療師達。

 治療院は最前線並みに生と死が入り乱れていた。


 ーーでも、諦めちゃだめ。


 ミスティはどんなに過酷な環境でも、逃げ出そうとは考えていなかった。


 ーーアリトさんの側に、いたいから。


 それが、彼女を突き動かす原動力。


「あっ」


 彼女は不意に、祖父から貰った秘薬を思い出す。

 何故かそれが頭から離れず、祖父のことを連想させる……あの人は今、大丈夫なんだろうかと。


「ミスティさん! こっちきて!」


「は、はい!」


 思考は助けを求める声に上書きされる。

 彼女は忘れるように、自分の仕事を全うした。

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