7話・VSベヒモス
「ルナリアさん、ですか」
「ルナリアでいいです、歳も同じくらいでしょう?」
「そっか、それじゃあ俺からもよろしくルナリア」
自然な動作で握手を求める。
しかしルナリアは俺の手をジッと見つめるだけで、その整った顔を白黒させて驚いていた。
「えっと、協力の証と思ったんだけど……嫌だったかな、だったらごめん」
「そ、そんな事はありません! ただ、握手を求めてくる男性の方は久しぶりでして……冒険者の男性は皆、乱暴な方が多くて……こちらこそ失礼しました」
しっかりと握り返してくれるルナリア。
俺は改めて、彼女の事を観察してみる。
まず顔は美しい、とても整っている美人さんだ。
ミスティが可愛いなら、彼女は綺麗……そんな感じ。
紫色の長い髪を乱雑にひとまとめにしているが、元々の素材が良いのでそれでも十分絵になっている。
同じく紫色の瞳も美しく、同時にどこか無機質。
身長は目視160㎝くらい。
服装は若干軍服に似た物を着ていて、黒のストッキングとミニスカートを履いている。
森に入る格好とは思えないが、さっき魔法とか言ってたし、何らかの不思議パワーが働いているのだろう。
「あ、あの……そんなに見られると、その」
「アリトさん、女性に対して失礼ですよ?」
「あっ、ごっごめん!」
慌てて目をそらす、ついでに手も離しておく。
いつまでも握手をしている訳にもいかない。
「あ……」
何故かルナリアが俺の手と自分の手を交互に見て、名残惜しそうな表情を浮かべていた。
「えっと……それじゃあこれから、どうする?」
「そ、そうでした! こんな事をしてる場合では……うっ!」
急に立ち上がったルナリア。
しかし傷が痛んだのか、すぐによろめいて倒れてしまう。
「……一体、何故この森にきたんだ?」
ルナリアに問う、きっとこの答えが彼女をここまで傷だらけにしたのと森へ来た理由だと予感したからだ。
「お茶です、焦らずゆっくり、落ち着いてください」
「ど、どうも…………そうですね、ここまで世話になってしまった以上、話さなければなりませんね」
ルナリアはゆっくりと、自らの事を話し始めた。
♦︎♦︎♦︎
「数週間前から、ノマルの町付近……外壁の外に、大量の魔物が確認されるようになったんです」
ルナリアの表情は悲痛なものになっていた。
まるで懺悔をしているかのような、辛く痛々しい顔。
「しかもその数は日に日に増え……いつしか魔物の唸り声が町にまで届く数になった時、ようやく領主は魔物への対処を検討し始めました」
「貴族、町に駐在してる騎士団、そして冒険者ギルド……その上層部が集まり会議を行いました。その席には私も同席していたのですが……遅すぎたのです」
「会議の途中、伝令の騎士が部屋に飛び込んできました。内容は多数の魔物が外壁を攻撃、町へ侵略しようとしてきた、と」
「すぐに騎士を派遣、会議へ出席していた我々も外壁へ向かったのですが……」
「生まれて初めてでした、あんなに大量の魔物を一度に見たのは……その魔物が、一斉に攻撃してきたのも」
「騎士と冒険者が総出で戦場へ向かいました、しかし魔物の数が多すぎて、最早町の戦力だけでは全滅は不可能、そこで王都へ増援を要請しました」
「増援が来るまで、我々は町一つを使った篭城作戦を行うことにしました。恐らく今も外壁を最終ラインとした戦いが繰り広げられています」
「……ですが、それがいつまでもつか分からない。そこでそもそもの原因である魔物の大量発生を調べる為、私が派遣されました」
「戦場は常にギリギリですから、多くの冒険者や騎士を使うことは出来ない、だからサブギルドマスターである私が単独で任務を任されました」
「調査の結果、この森から魔物が流れてきていると分かったのです。その原因を探る為に森へ来ましたが、まあすぐに分かりましたよ……先程のアレですから」
「アレを滅する事は不可能、出来たとしても町の魔物をこの森へ戻す事も出来ない……ならばすぐに戻って、戦力の足しにならなければなりません」
「……これが、ここへ来た私の目的です、まあ、全て徒労に終わってしまいましたが」
話し終えた頃には、瞳から一筋の涙が溢れていた。
そして本人はそれに、全く気づいていなかった。
♦︎♦︎♦︎
「そうか……辛かったんだな」
「っ!」
俺にもそんな経験はある。
勿論今回の事みたいな大きい事件じゃないけれど、悲しい出来事に大小は関係無い。
元の世界、日本での生活。
俺は毎日虐められ、無力な自分を呪っていた。
どうして何も出来ない、何故怒らない。
だが、彼らの前に立つと足が震えてしまう。
ーーけど、今は違う。
「よしっ、それじゃあ町へ行くか」
「え?」
「ミスティは、どうする?」
「勿論お供します、私がいないとアリトさん、普通に生活することだって出来るか怪しいんですもの」
はは、それを言われると痛いな。
とりあえず一旦村へ戻って準備をしてーー
「ま、待ってください!」
俺の思考をルナリアが遮る。
今度こそしっかりとした足取りで立ち上がり、目つきを鋭くしながら俺を見つめる。
「は、話を聞いていなかったんですか⁉︎ 今町はとても危険でーー」
「だからだよ」
真っ直ぐにルナリアを捉える。
そこには気丈に振る舞っている、弱々しい少女の姿が瞳に映し出されていた。
「今の俺には力がある、きっと戦力になるよ」
「そんな、でも」
「なら、今からさっきのアレを倒してくるよ、丁度近くにいるみたいだし」
ミスティとルナリアは話しに夢中で気づいていなかったが、俺はしっかりと認識していた。
奴の圧倒的な存在感を。
「■■■■■■■■■■■ッ!」
「なっ⁉︎」
だが不思議な事に、今はそうでも無い。
多分倒せる。
直感だが、そう予感していた。
「『サンダー』」
「■■■■ッ⁉︎」
牽制とばかりに雷を飛ばす。
しかし大したダメージは入って無い。
流石だな、でもこれでいい。
「お、こっちにやってきたな」
「あ、あ、あああああああああ貴方なにをををを⁉︎」
ルナリアが錯乱し始めた。
「ミスティ、ルナリアを頼む」
「はい」
ミスティかルナリアを連れ、俺が見える範囲ギリギリまで後退する。
「ア、アレは伝説と言われる《三魔怪》の一柱、《制圧のベヒモス》なんですよ⁉︎ どうしてこの森に現れたのか分かりませんが、私もベヒモスに見つかってこのザマだったんです、絶対殺されます!」
三魔怪、制圧のベヒモスねえ。
大層な称号じゃないか、俺なんて天気予報士だぞ?
「来いよ伝説、その神話、俺が塗り替えてやる」
「■■■■■■■■■■■■■■ッ!」
そして、ベヒモスは現れた。
四足歩行の竜、と言えばいいだろうか。
全身真っ黒で眼は赤い。
口は大きく、鋭利な牙と爪は誰が見ても危なそう。
竜と言ったが翼は無い。
「■■ッ!」
「うおっ!」
ベヒモスの咆哮。
たったそれだけで空気は揺れ、大地は崩される。
「『サンダー・レイン』」
お返しとばかりに反撃する。
「『ゲリラレイン』!」
続けて大量の水で動きを止める。
降った雨は操作出来るので、俺たちに当たら無いよう上手く弾いて事無きを得る。
「■■■■ッ!」
「よし……下準備は出来たな」
いつも通り、右腕を天に掲げる。
さっき思いついた即興の大技、その実験台になってもらうぜ!
「『ウェザースキル・ハリケーン』!」
ベヒモスを巨大な竜巻が囲う。
「『ウェザースキル・サンダー』!」
巨大な雷が連続して落とされ続ける。
「『ウェザースキル・ブリザード』!」
そして降り積もる、真っ白な結晶。
「終わりだ……『ウェザースキル・テンペスト』!」
三つの大災害が、ベヒモスを襲った。