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6話・森の魔物

 

「よし、行くか」


「はい」


 ある日の早朝、俺はミスティと共に闇夜の森を見据えていた。


 本来誰も寄り付かない、魔物達の巣窟。

 実際こうして改めて見てと、うん、確かに不気味で怪しい雰囲気がこれでもかと醸し出されている。


 そんな森に踏み入る理由。

 それはあの盗賊が言っていた事に起因する。

 ーー魔物から逃げてきた。

 あの盗賊はそう言っていた。


 しかしこの辺りで魔物が出現するのは、森しかない。

 となると盗賊団は森からやってきた事になるが、そうなると何故森に入っていったのか?

 その謎を解明する為、森へ調査をしに行くという訳だ。


 が、しかしーー


「なあ、本当に君も付いてくるのかい?」


「勿論、祖父からも言い付けられているので」


 森への調査にあたり、村長は自らの孫娘であるミスティを同行させてくれと頼んできた。

 というのも、今自警団などに所属する男達は、村の復興に手一杯らしい。


 その為、村長が最も信用しているミスティを、村の代表として同行させたいようだ。

 しかし……


「魔物の強さがどの程度か分からないけど、やっぱり危険過ぎると思うんだが……」


「大丈夫です、アリト様はお強いですから」


 ニコニコと笑って俺に寄り添うミスティ。

 今朝からやたら距離が近い、いやまあ、危ないから俺の側を離れないでとは言ったけどさ……


「まあいい、そろそろ行こう」


 これじゃあいつまで経っても先へ進めない。

 それに、俺が責任を持って彼女を守ればいいだけだ。


「……ふう」


 緊張感が場を支配する。

 俺とミスティは覚悟を決め、森へ足を踏み入れた。





「……て、意気込んで来たわけだけど」


「びっくりするくらい何も起きませんね」


 森へ入って数時間、魔物はおろか普通の動物すら一度たりとも見かけていない。

 これは逆におかしいのでないだろうか?


「少し休憩しよう」


「どうぞ、お茶です」


 すかさず水筒にいれたお茶をくれるミスティ。

 木で出来た水筒だったが水漏れする事も無く、保温機能こそ無いが持ち運ぶのに不便は無かった。


「……しかし、拍子抜けにも程があるな」


「まあ、確かに……」


 これまで観察した結果をまとめてみても、至って普通の森としか言えない。


「うーん、でも……」


「どうした、ミスティ?」


「いえ、少し気になる事が」


 顎に右手を重ねて、唸りながらじっと考え事をするミスティ。


「いえ……普通の森、とも言えないと思いまして」


 彼女は自らの考えを語った。


 やはり魔物はおろか、動物もいないのは奇妙らしい。

 それどころか虫などの昆虫類も一切生息しておらず、流石に異常だと断言した。


「森に何かあったと考えるべきでしょうね」


「だよなぁ……」


 逃げてきた盗賊団と関係があるのかもしれない。

 が、俺はそこで気づいてしまった。


「……まてよ、盗賊団は一体何から逃げてきたんだ?」


「魔物じゃないんですか? 彼らがそう言ってーーあっ」


 どうやらミスティも気づいたようだ。


「そう、魔物から逃げてきたって言ってたのに、魔物なんて一匹もいないじゃないか」


 俺は目を瞑り思考を集中させる。

 この森に魔物はいた、それは確かだ。

 だけど、何らかの要因で魔物はいなくなった。

 ついでに動物も昆虫もだ。


 なら、どうしていなくなった?

 生き物がその住処を変える理由……餌が取れない、土地が悪くなった……後は。


「……外敵から逃げる為…………!」


「アリトさん?」


 俺は水筒をミスティへ返し、そっと耳をすませる。

 よし、まだ大丈夫。


「ミスティ、すぐに帰るぞ」


「え、よいのですか?」


「ああ、俺の予想通りなら、今この森は俺らが考えてる以上に危険だ」


 村へ戻る為の目印はしっかり残しておいてある。

 それを辿れば迷う事なく帰れるはずだ。


「急いで、一秒でも惜しい」


「は、はい!」


 その時だった。

 距離感などどうでもよくなるような、絶対的捕食者の咆哮が放たれたのは。


「■■■■■■■■■ッ!!!」


「ひいいっ!」


 ミスティが俺の腕を強く掴む。

 なんだ、今の⁉︎


「ア、アリトさん……!」


「走ろう!」


 二人揃って、脱兎の如く森を駆け抜ける。

 後ろは振り向かない、前だけを見てひたすら走る。


「はあっはあっ!」


 咆哮と共に聞こえてくる、木々の破壊音を無理矢理聞き流して自らを奮い立たせる。

 そうでもしないと、恐怖で体が動かなくなってしまう、今らそれが何よりも恐ろしかった。


「■■■■■■■■!」


「ま、また!」


 大地を揺らす大咆哮。

 空気の振動が肌を伝い、生物としての本能的に恐怖に心と体が支配される。


 アレはヤバイ、本気でヤバイ! 何がヤバイのか分からないけどとにかくヤバイ!

 多分きっと俺より強い!


「はっ、はっ……大丈夫かミスティ?」


「はい……!」


 ミスティは体力には自信があるそうだ。

 そりゃそうか、現代日本のもやしっ子と、何から何まで自給自足のたくましい子、比べるまでもない。


「けど……さっきからのアレは一体…………!」


「い、今は考えるな!」


 とにかく走って村へ戻ろう。

 あそこには魔物を寄せ付けない結界がある、咆哮の主相手に効力があるか分からないが、今まで村を襲ってこなかった事を考えるとしっかり効いているだろう。


「……はあっ……はあっ!」


 辛い……もう休みたい。

 でも立ち止まったら……殺される。


 そう思いながら一心不乱に走っていたら、目の前にナニカが飛来してきた。


「ぐはあっ!」


「え?」


 それは……人間だった。


「あ……ぐ、はあはあっ…………あぐ、ぐうっ!」


 ピクピクと身体を痙攣させ、血だらけの服を更に土で汚しながら倒れ伏す影。

 瀕死なのは誰の目にも明らかだった。


「はあっはあっ……ミスティ、この人」


「はっはっ……女の人、みたいですね」


 確かによくみると女性だ。

 って、そんな事はどうでもよくて。


「……げて」


 ぼそりと女性が呟いた。

 その声音は弱々しく、今にも消えそうな命の灯火。


「……逃げて、早く…………!」


 女性は、俺とミスティをしっかり見てそう言った。

 ……こんな状態なのに、他人の心配。

 彼女みたいな人と、俺は最近出会っている。


「……ミスティ、先に逃げてくれ。俺はこの人を」


「お供します、さ、肩を貸してください」


 俺が言い終わる前に彼女は自らの答えを出していた。

 ならば何も言う事はない、今更危険だなんだと言っても無意味なのだから。


「「せーっの!」」


「う、あ……!」


 二人で女性を持ち上げる。

 残念ながら、俺の貧弱な筋力では人一人を支えられない。


「なにを、して」


「喋らない方がいい、傷に響く」


「えと、とりあえず隠れましょうか?」


「そうだな」


 大きな木の影に隠れ、お互い身を寄せ合う。

 咆哮は聞こえてこないが、地面を揺らしながら何かが徘徊している気配はある。


「……もう、大丈夫だろう」


 数分後、地面の揺れも消え去った。

 これで安心……じゃない、傷ついた女性の治療をーー


「ふっ……うう…………先程は、ありがとうございました」


 が、それは杞憂に終わった。

 なんと女性は既に喋れるくらいに回復していたのだ。

 俺が驚いていると、彼女は変わらない表情で語った。


「治癒魔法を習得していますので……まあ、致命傷を治しただけで魔力を使い果たしたので、やっぱりキチンとした治療を受けるのが一番なんでしょうが」


 治癒魔法……魔法⁉︎

 そうか、忘れていたがここは異世界だ。

 魔法があっても不思議じゃない。


「布を何枚か持ってきたので、包帯代わりにどうぞ」


 ミスティが綺麗な布を渡す。

 こういう準備を必要な事を失念していた……やはり彼女が付いてきてくれて正解だった。


「ありがとうございます、それで、貴方達は一体」


 傷口に布を巻きながら女性は疑問を口にする。

 それはこっちも同じだが、どちらが先に自己紹介をしても同じなので俺から名乗っておく。


「俺はアリト、アリト・カグネ、こっちはミスティ」


「その、よろしくお願いします」


 二人分の名乗りを終える。

 一応近くの村から来たと言っておいた。


「そうですか、近くの村から……失礼、私の自己紹介がまだでしたね」


 静まり返った森の中、三人の会話がやけに響く。

 女性は改まって服装を正してから、礼儀正しく名乗りを上げた。


「私はルナリア、ルナリア・ドュンケリュス……ノマルの町の冒険者ギルドのサブギルドマスターです」


 彼女の紫色の髪と瞳が、やけに印象的だった。

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