18話・エクメラルク邸襲撃事件
「着いたぞ」
「……はぁ、はぁ…………!」
アーテルを下ろすと彼女はガクガクと震えながら、両手で身体を抱き込むように縮こまっていた。
「あ、あんなスピード……初体験……」
「行こう、バルグさんが心配だ」
「あっ、待ちなさいよ!」
玄関に向かって歩き出す。
表向きは特に何も起こっておらず、物騒な気配を感じ取る事も無い。
が、変化はすぐに訪れる。
「倒れてる人がいるぞ!」
「屋敷の守衛よ!」
槍を携えた二人の男が、血を流しながら倒れていた。
既に脈は無く、死亡していた。
「……これはもう、疑う余地が無いな」
エスメラルク邸は、何者かの手により襲われた。
それも人死にが出るほどの危険なもの……加えて令嬢が誘拐されかけている。
バルグさんの安否が、より一層気になってくる。
「貴女はここで待っててください、危険ですから」
「いいえ、私も行きます」
アーテルは俺の提案をきっぱり断った。
「この屋敷の人間として、私だけ逃げる事など出来ません」
「……そうですか。万が一の時は、俺も安全を保障し兼ねますよ?」
「貴方を盾にしてでも生き残りますから、ご安心を」
「それだけたくましいなら、安心だな……」
思わず口調を崩してしまう程に面食らった。
それだけの気合いがあるなら、何も言うまい。
と、そんな風に思った時だ。
「ぐああああああっ⁉︎」
「っ!」
「あの声は……⁉︎」
屋敷の中から、男性の声が響き渡る。
それも断末魔のような、痛ましい声音。
最早、一刻の猶予も無い。
「くそっ!」
扉を蹴破るように突入する。
屋敷内は荒らされていて、あちこちに血痕が残っている……当然、屍も多数転がっていた。
ここで何かしらの戦闘が起きたのだろう。
「そんな……皆さん…………!」
顔色を驚愕の表情に染めるアーテル。
しかしすぐに気を持ち直し、強い眼差しで悲鳴の元の部屋を睨む。
「今の声は、執事のセバルのものです」
「そうか」
階段を駆け上がり、廊下を走る。
やはり辺りはボロボロで、血もかなりの量飛び散っていた。
更には襲撃者と思われる人間の遺体もあり、その格好はアーテルを誘拐しようとした連中とほぼ同じもの。
敵は組織的な集団と考えられる。
「バルグ様! 早く避難を!」
「しかし……!」
以前バルグさんと話した部屋の中から、彼の声が聞こえてくる。
「あそこだ!」
扉を勢いよく開ける。
そこにはバルグさんと、その周りに倒れる何人もの使用人や守衛と思しき人達。
そして、剣を持った襲撃者と相対する老人。
「誰だきさ……があっ!」
「寝てろ」
刀で容赦無く斬り捨てる。
不意打ちな為、敵は反応する事が出来ずに、鮮血を撒き散らしながら倒れ伏す。
「アリトくん!」
「バルグさん、助けにきました!」
残る襲撃者の数は、三人。
俺は刀を構え、敵と相対する。
「兄貴! テメェ、よくも兄貴を!」
「俺たち暗殺四兄弟の力、見せてやるぜえ!」
「死ねクソガキイイイイッ!」
三人は上段、中段、下段と隙間無く刃を振るう。
しかし俺はそれを完璧に見切り、それぞれの手元を斬って武器を捨てさせる。
「ぐっ、ああああっ!」
「こいつ、強え!」
「何者だ、お前!」
俺は無言で一人を残して斬り殺す。
残った奴は頭を打ち気絶させた、後で今回の事件について情報を引き出す為だ。
「さ、流石アリトくん……あっという間に四人も」
「凄い、なんて強さなの……!」
二人は俺を見て呆然としていた。
個人的にこいつらはデビルウルフキングには遠く及ばない雑魚だったのだが……
「はっ……そうだ、お兄様!」
「な、アーテル⁉︎ 無事だったか!」
だが二人ともすぐに気を取り戻し、兄妹の再開を喜びあう。
「バルグさん、一体何があったんです?」
「アリトくん……そうだ、敵はまだ残ってるんだ!」
バルグさんは叫ぶ。
使用人達が使っている部屋の方に、何人かの襲撃者が向かっていったのを見たという。
「いってきます、二人は安全な所へ!」
部屋を飛び出し、教えてもらった所へ急ぐ。
いつでも攻撃出来るよう、刀は常に構えておく。
これ以上、死人を出させてたまるか!
そして走って数分、遂に現場へ辿り着いた。
普段使用人達が宿泊に使っているという部屋は屋敷の離れにあり、日本の学生寮がイメージとして近い。
「これは……」
中へ入ると、陰鬱な雰囲気が広がっていた。
遺体は勿論、焦げ臭い匂いも漂っている。
火を付けたが直ぐに消した……そんな感じだ。
「や、やめてください!」
「姉さん!」
「暴れんなこのクソ女が!」
僅かな光が漏れる扉……そこから、女性の悲鳴が聞こえてくる。
様子を見る為覗いてみる……が、俺はその光景が瞳に映し出された瞬間、怒りの激流が込み上げてきた。
「いやっ、いやああああああっ!」
「姉さん、姉さんっ!」
「ま、黙ってるよりマシか! ガハハハ!」
瓜二つの少女ーーライさんと、そのお姉さんがいた。
その近くに、襲撃者の一味と思われる汚い男。
「ああん? 誰だテメェ?」
ライさんは椅子に縛られていた。
そしてお姉さんはベッドに組み敷かれ、今まさに襲われそうになっているーー
「やめろ!」
「がっ!」
瞬時に男をお姉さんから引き剥がし、扉の外へ出してから首を一刀の元斬り捨てた。
廊下に、大量の血がブチまけられる。
「危なかったね、大丈夫?」
「あ、その」
お姉さんは起き上がり、潤んだ瞳で俺を見る。
「俺はアリト、バルグさんの仲間だ。ああそうだ、バルグさんもアーテルも無事だから安心して」
「そ、そうでしたか!」
話しながら、ライの縄を解いて自由にさせる。
「ありがとうございます」
「大したことない、それより何がーー」
その時、お姉さんが突如立ち上がり俺の前に現れる。
頬は赤く、はぁはぁと息を上下させている為、金髪のツインテールが揺れ動いていた。
「ぴっきーん! ライちゃんライちゃん! 私、とうとう運命の相手見つけちゃったわ!」
「「は?」」
俺とライは同時に疑問の声を口に出した。
運命の相手? 急にどうしたんだ?
「私、ライちゃんの双子の姉でレイっていいます!」
唐突に自己紹介を始めるお姉さんーーレイ。
顔はライと瓜二つだが、内面の性格はまるで違うようだ。
ライが静なら、彼女は動と言ったところか。
赤い瞳を爛々と輝かせ、ブンブンと左右のツインテールを振り回しながら話しを続ける。
「こんな時で申し訳ありませんが、私、思った事をすぐ口にしないとやってられないタチなんです! ですので……私と結婚してください、アリトさん!」
空気が凍る。
室温は氷点下にまで下り、ピキリと俺を氷に変える。
それはライも同じだった。
「あれ? ちょっとイキナリすぎだったかなー」
「……姉さん、時と場所を弁えてください、ついでにその軽い口を闇へ葬ってください」
たっぷり数十秒使って、ようやくライが口を開く。
「えーん、ライちゃんが虐める〜」
「と、とにかくバルグさんの所へ行きましょう」
「は〜い!」
「……はい」
機械的なライ、活き活きとしたレイ。
本当、正反対な二人だなぁ。
「やれやれ……」
そうして屋敷の離れを出て、本館のバルグさんの執務室まで二人を連れて行く。
敵の残党がいないかの確認も怠らなかった。
「バルグさん、二人は無事でした」
「貴女たち!」
アーテルが二人に駆け寄る。
「よかった、無事だったようね……」
「はい、私達は何とか、ただ……」
レイは先ほどのテンションを全く感じさせない、とても真剣な表情と雰囲気で惨状を説明した。
離れの使用人は、自分達以外殺されたと。
「そう……」
「こちらも、似たようなものでございます」
「セバル」
セバルという老齢の執事は本館の守衛は勿論、使用人達も皆殺しにされたと言った。
酷い……何故そこまでする必要がある。
敵の目的はバルグさんとアーテルだけじゃないのか⁉︎
「とにかく、生き残っている者は私達だけ、そういう事だ」
「バルグさん……」
バルグさんは怒りを一生懸命堪えていた。
だが、それをここで爆発させる事は無かった。
「私は今回の事件を王都にて報告する。セバル、騎士団に連絡を」
「かしこまりました」
そういえば、ホークは通報してくれたのだろうか。
と、考えていたら……
「アリト、ここにいたか!」
勢いよく扉が開かれ、ホークが転がり込むように入室してきた、そしてーー
「大変だ! 騎士団の詰所も襲われていた!」
事態は、思わぬ方向へ進んでいく。




