13話・二人の少女
俺はある日、修練の合間にルナリアと二人で町やその周辺を散策していた。
試験は町全体を使う事もあるらしく、地形を頭に入れておけばいざという時役に立つからだ。
その時、バルグさんから爵位を貰う話しを彼女にしていなかったので話したのだが……
「き、貴族に⁉︎ 本当ですか!」
「ああ、バルグさんはそう言ってたけど」
「そ、そうですか……アリトが、貴族に……」
何故か虚空を向いてブツブツと呟くルナリア。
顔は青ざめていて、どこか抜けている。
驚いた、というよりもショックとか失望とか、そちらの類に似ている反応だ。
「えっと、何かマズイこと言ったかな、俺?」
「い、いえ、そんな事は決して。これは私の問題ですから」
それでもやっぱり動揺している。
熱でもあるのかと思い、彼女の額に触れてみる。
「なっ、突然何をするのですか!」
「うわっ!」
指先が触れた瞬間バッと俺の手を叩き遠ざかるルナリア。
「いいですか、これでも私は貴族の血を流してるのです! 爵位は無くとも、この体にはドュンケリュス家の青き血が…………はっ」
ルナリアはわちゃわちゃと動きながら赤い顔を隠す。
……本当にどうしたんだ?
聞いても無い事を自分で話し始めるし。
「もしかして、貴族が関係しているの?」
「ぎくうっ!」
自ら擬音を発する人を初めて見た。
普段の冷静な彼女とは程遠いその姿に、俺は思わず笑ってしまう。
「な、何故笑っているのです⁉︎……も、もしや爵位の無い私を嘲笑っているのですか!」
「いや、そんなつもりはないよ……ていうか、ルナリアって元貴族なんだね」
「元とは何ですか!」
それから数分後、俺はようやく落ち着いたルナリアから話しを聞いた。
やはりルナリアは元貴族で今は爵位を持ってないそうだ。
十年前、両親が違法な魔導具に手を出していた事が発覚して両親は投獄、その際に爵位も没収された。
ルナリアはまだ子供だったが、他の家臣も違法魔導具に関わっていたという事で全員逮捕、頼れる人間がいない彼女は冒険者となり、平民として今まで暮らしてきたのだと言う。
「それでも私は貴族の誇りを捨てたつもりはありません、いつの日か必ずドュンケリュス家を立て直すと自分に誓っています……だというのに、貴方が貴族になると聞いて、先を越されたと思ってしまったのです」
それで、あの取り乱しようだったのか。
「ごめん、君の気持ちも考えないで」
「貴方が謝る事じゃありません、隠していたのは私の方ですか……それよりも!」
ビシッと人差し指を向けられる。
「そもそも女性に対し、何の確認も取らないで勝手に体に触るなど言語道断です!」
「そ、それはごめん……次から気をつける」
確かに、最近距離が近いからついついやってしまった、親しき中にも礼儀あり、というやつだ。
「でも、俺は応援してるよ、君が貴族になれる事を」
それは心からの本心だった。
が、ルナリアはどう受け取ったのか、また少しだけ顔を赤くしてから、今度はニヤリと、なにか企んでるかのような笑みを浮かべる。
「……一応、今すぐにでもなる方法はあるんですよ」
そう言って、ルナリアはズイと顔を近づけてきた。
紫色の髪が怪しく輝き、至近距離でゆらゆら揺れる。
彼女の吐く息がダイレクトに伝わり焦ってしまう。
そして、まるで小悪魔のように耳元で囁く。
「ーー貴方と婚約すれば、私も貴族になれますから」
婚約。
彼女はハッキリとそう言った。
「なんて、冗談ですよ」
「は、はい?」
気づいたら彼女は離れていた。
そして何事も無かったかのように歩き始め、いつもの調子で言い切った。
「さっきのお返しです」
「……」
しばらくの間、俺は呆然としていた。
甘く優しいあの声がいつまでも耳に残り、脳内で何度も何度も反響する。
……今日は、眠れそうにないな。
♦︎♦︎♦︎
「私、初級の治癒魔法を覚えたんです」
またある日、俺はミスティが普段修練場として利用しているという町の郊外にいた。
「凄いじゃないか、この短期間で」
「そんな、私なんてまだまだ……アリトさんの方が凄いですよ、知らない間に貴族になってるなんて」
「いやあ、あはは……」
それについては俺もなんと答えていいか分からない。
平民が貴族に成り上がるのはイレギュラー中のイレギュラーらしく、俺は僅かな人を除いて口外していない、あらぬ疑いをかけられる恐れがあるからだ。
「試験まであと二週間、アリトさんはどうですか?」
微妙な雰囲気を悟ったのか、自ら話題を変えてくれるミスティ。
「そうだな、だいぶ手加減出来るようになってきた」
試験を受けるにあたって、俺はギルドマスターから手加減を出来るようにしろとキツく言われていた。
そうでないと、共に試験を受ける人間が死んでしまう可能性が出てくるからだ。
「手加減の修練なんて、流石アリトさん! 他の方とは存在してる次元が違うのですね!」
そんな事ないと思うけど、まあ事実あのスキルを使ったら人間なんて簡単に消し炭に出来てしまう。
クラスメイト以外の人間は殺したくない、この力は普段は封印し、使う時も慎重にいかなければ。
「その、ところでアリトさん」
「なんだ?」
ミスティは急にもじもじし始める。
顔色も赤く染め、上目遣いで俺を見た。
「そろそろ、いいですか?」
なにを、とは聞かなかったーー否、聞けなかった。
彼女から感じる甘いオーラが、言葉にせずとも何を伝えたいのか分かってしまったからだ。
「もう結構な期間一緒にいます、だから……私のこと、女として見てくれますか?」
ドクンドクンと心臓が強く脈打つ。
喉はカラカラで、手汗が滲みでる。
緊張しているのは一目瞭然だった。
「それは……」
言い淀む、正直わからなかった。
ミスティは見た目は勿論性格だって優しくて素晴らしい。
でも……彼女の事を考えると、つい先日のルナリアが脳内に浮かび上がってしまう。
本人も言った通り、あれは冗談にすぎない。
なのに……彼女の事を忘れられない。
「ごめん、正直まだ答えられない」
「……そうですか」
だから俺はこう言うしかない。
「俺の返答に君が待つ必要もない、だからーー」
「待ちますよ、私」
俺の言葉を強く遮る、凛とした声音。
「私の英雄は貴方です、アリトさん……どれだけ悩んでも私は待ちますから、安心して考えてください」
ミスティは、屈託の無い笑顔を見せた。
そして桃色の髪を翻し、修練の続きをすると言って何処かへ行ってしまった。
「俺は……」
初めてだ、こんな気持ち。
何より誰かから好意を寄せられる事自体初めてで、どう接していいかまるで分からない。
親でさえ俺をゴミのように扱ってきた。
クラスメイトは俺を人として見ていなかった。
家にも学校にも居場所が無く、日々をただ耐え忍びながら過ごす毎日。
ミスティの素直な感情は、俺には綺麗すぎたのだ。
ーーそして、時は再び経ち。
「これより、ノマルの町冒険者ギルドの入会試験を行う!」
冒険者になる為の試験が、幕をあげた。




