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12話・公爵貴族バルグ・エスメラルク

 

「デカイなあ……」


 俺は領主とやらの人物の屋敷を見上げ、その大きさに圧倒されていた。


「当然だ。貴族の領主に加えて、バルグ様の爵位は公爵だからな」


 隣のギルドマスターが言う。

 この町の領主、バルグ・エスメラルクは元々下級貴族の男爵だったが、他を寄せ付け無い程の才能の持ち主で、ぐんぐんと爵位を上げていき、たった一代で公爵家まで上り詰めたという。


「相当有能なんですね、その人」


「そりゃあな、国王様から直接、王都へ頻繁に来るよう言われてるくらいだ」


 国王にも信頼されているらしい。

 が、俺はそこで表情を曇らせた。

 何故なら勝手に俺を召喚しときながら、使えないからと理不尽な理由で捨てた張本人だからだ。


「どうした?」


「いえ、何でもないです」


 そういえばあの後、クラスメイト達はどうなったんだろう?

 噂にもなってるくらいだから、生きてはいる。

 まあ、どうでもいいか。


「行きましょう」


「おう」


 門を潜る、すると待ち構えていたかのようにーー実際待っていたんだろうーー二人の女性が現れた。


「お待ちしておりました、お二方」


「部屋までのご案内、おまかせください」


 美しい完璧な作法で頭を下げる二人の女性。

 彼女達を一目見た瞬間、双子だと確信した。


 煌めく金髪、爛々と輝く赤い瞳、雪のように白い肌。

 その要素が合わせ鏡のように全く同時に存在し、髪型が違わなければ同一人物と思ってしまうーーそれ程似ている二人だった。


「……どうなされました?」


「あ、その、すみません、何でもないです」


 二人ともメイド服を着用しているが、日本のメイド喫茶にあるような紛い物ではなく、ロングスカートに露出の少ない黒と白の布地。


 優れた容姿も相まって思わず見惚れてしまい、彼女達をジッと見てしまった。


「ライ、先に行ってバルグ様に御報告を」


「はい姉さん……お二方、失礼致します」


 ショートボブの人がライさんって名前なのか。


「それでは参ります、こちらへ」


 俺とギルドマスターは、双子の姉の人に領主さんの部屋まで案内された。




 ♦︎♦︎♦︎




 屋敷の中も外見に負けず劣らずの豪華さだった。

 廊下も広く天井も高い。

 そんな屋敷の中で一際大きい扉の前に止まり、ライさんは軽くノックをした。


「バルグ様、お客人を連れて参りました」


「うん、はいっていいよ」


 声は若い、青年と言っても差し支えない。

 そして部屋に入ると、領主バルグが待ち構えていた。


「やあ、君が噂の英雄くんかい?」


「……そんな噂、聞いた事ありませんけど」


「はっはっはっ、まあ噂なんてそんなものだよ」


 想像より若い姿に少々驚いてしまう。

 まだ二十代後半だろう、青色の瞳は水々しく、短く切り揃えられた金髪は衰えを感じさせない。


「さあ座って座って。ライ、お茶を」


 そして、妙にフレンドリーで飄々としていた。

 イメージしていた貴族像と、大きくかけ離れている。


「お久しぶりです、バルグ様」


「やあギルドマスター、こちらこそ」


 二人は面識があるのか、やり取りも軽快だ。

 なんだが取り残されてる感が否めないが、自分から話しを切り出す勇気も無い為黙って二人を見守る。


「どうぞ」


「あ、どうも」


 ライさんがお茶を置く。

 高そうな茶葉が使われてる紅茶の香りが、気持ちを落ち着かせてくれる。


「ーーさて、彼も落ち着いたようだし、本題に入るとしましょうか」


 バルグさんが俺をジッと見つめる。

 獰猛な猛禽類の瞳のようだと思いきや、草食動物の優しい目に早変わり……何を考えているのか、全く分からない。


「まずは、お礼を言おうーーありがとう、君のおかげでこの町を救われた」


 なんと、バルグさんが頭を下げてきた。


「町が大変な時に私は何も出来なかった、だからせめてお礼をしようと思ってね」


「はぁ……」


 一応納得する。

 が、ギルドマスターが横槍を入れてきた。


「バルグさん、それだけではないでしょう?」


 途端、バルグさんの雰囲気が変わった。

 まるで鞘から抜き放たれた剣のように、鋭く触れる者を斬り落とさんとしたオーラが滲み出る。


「そう言われると痛いな。だけどアリトくん、私が心の底から君に感謝しているのは本当だよ?」


「それはまあ、もう分かりました」


 腹の探り合いなど俺には出来ない。

 そんな事をするくらいなら、堂々と言いたい事を言ってもらいたいものだ。


 と、そんな表情を読み取ったのか、バルグさんは本心をゆっくりと話し出した。


「私にも立場があるのでね、危うい発言は控えないといけない……が、今回ばかりはそうも言ってられない……単刀直入に言おう。アリトくん、君に私の派閥に入ってもらいたい」


「はい?」


「現在国は二つの派閥に分かれている。君も噂には聞いてるだろうが、国王が別世界から呼び出したという異界の戦士達をどう扱うか、その方針の対立から、今王都はかつてない程危ない空気に染まっている」


 ドクンと心臓が鼓動する。

 血液の流れが速くなり、目の周りが熱くなる。

 異界の戦士ーーつまりクラスメイト達の事を聞いた瞬間、俺はほぼ反射的に動揺した。


「彼らはとても危険な存在だ、というのもーー」


 バルグさんは言った。

 クラスメイト達はその強大な力で各地を荒らし、刃向かうものは容赦無く殺す。

 総じて、残虐非道な人間だと判断していた。


「噂にゃ聞いてたが、そこまで酷いとはな……」


 ギルドマスターが険しい表情を浮かべる。

 それに対しバルグさんはこう言った。


「これは氷山の一角だ、まだ我々に知られていない悪事も多数あるだろうね」


 頭がクラクラしてきた。

 彼らは俺を虐めていたように、その力をこの世界そのものに対して振るっているのだ。


「私はその行いを断じて許すつもりは無い」


 平和な日本でさえ性根が腐っていた連中だ、きっと覚醒したスキルで好き勝手に暴れているのだろう。

 そしてそれを抑えられる人間も、殆ど存在しない。


「私は力が欲しい、彼らに対抗出来る力が……アリトくん、身も蓋も無い言い方だが許して欲しい。私に魔物を一瞬で殲滅したその力を、どうか貸してほしい」


 再び頭を下げてくるバルグさん。

 そのオーラは怒りに満ち、クラスメイトに対する明確な敵意や殺意が混じっていた。


「……俺は」


 今でもクラスメイトは憎い、殺したい程に。

 しかしわざわざ殺しに行こうとは思っていない、それよりミスティやルナリア達と楽しく暮らせる方が大事だ。


 異世界に来てまで、奴らの為に時間を使いたくない。

 だが……奴らは俺の想像以上に屑だった。

 この世界ですら周りに迷惑をかけ、俺のような存在を日夜生み出す外道共。

 最早、無関係などと言ってられない。


 クラスメイトとは、この世界で決着をつける。


「分かりました、是非協力させてください」


「本当かい!」


「はい、一緒に彼らと戦いましょう」


 クラスメイトに虐げられてきた記憶が蘇る。

 それがガソリンのように俺の怨念の炎に注ぎ込まれ、慈悲や情けといった感情を燃やしていく。

 奴らを殺すのに躊躇はしない。

 徹底的に潰し、その存在を消滅させる。


「成る程、アリトも俺らの仲間になるのか」


「ギルドマスターもバルグさんの派閥に?」


「おうよ、各支部の会議で最近議題に上るんだ、異界の戦士達が冒険者を襲う事件が起きてるってな」


 言葉が出ない、俺はそんな連中と机を並べていたのか……もうただの犯罪者じゃないか。


「国は何も言わないんですか?」


「ああ、特別待遇とか何とかって理由を付けて、なーんの罪も罰もありゃしねえ」


「それが、私達が徒党を組む理由でもあるんだよ」


 王国はクラスメイトを露骨に優遇している。

 そもそも何で俺たちを召喚したんだっけ?

 俺が悩んでいると、バルグさんが話しを再開した。


「そうだ、見返りの内容を話していなかったね。私は協力してくれる礼として、君に爵位をあげようかと考えている」


「はい?」


「なっ⁉︎」


 俺とギルドマスターが同時に驚く。

 爵位とは貴族の階級、つまり。


「俺が、貴族に……?」


「ああ。公爵家にはその家が認めた平民に、爵位を叙勲する権限がある、勿論相応の武勲や才覚が必要だけど、あれだけの数の魔物を倒し、この町を救った君なら問題無い」


 ペラペラと冗舌に話しを進めるバルグさん。


「それに今後、私は君に頼る事が多くなるかもしれない、その分の前払いだと思って受け取ってくれ」


「は、はい」


 詳しい手続きは後々するらしい。


「平民が貴族になるなんて、ここ数十年起きてない事だぜ、アリト……こりゃまた一悶着ありそうだな」


 ギルドマスターは今尚驚き続けている。


「といっても階級は一番低い男爵だよ」


「いやいや、それでも平民との間には越えられない壁がありますよ」


 なんだが凄い話になってきた。

 クラスメイトを倒す話しの筈が、何故……


「まあとりあえず、今後ともよろしく、アリトくん」


 バルグさんが笑顔で右手を差し出す。

 俺にそれに答え、グッと握り返す。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 バルグさんのとの、共闘関係が結ばれた。

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