1話・雨を降らして英雄に
「おらっ、お前はここで降りろ!」
馬車が急に止まったかと思うと、共に乗っていた兵士に無理矢理胸ぐらを掴まれ外へ放り投げ出される。
クラスメイトの連中はその一部始終を、まるでテレビのお笑い番組を見てるかのように笑っていた。
そして馬車は再び走り出す……俺を置いてけぼりにして。
「はぁ……一体何なんだよ」
愚痴をこぼしながら立ち上がる、所々痛みはあるが、骨折などの大怪我はしていないようだ。
次いでぐるりとその場で一回転し、今自分が何処にいるのか確認を取る。
「……ここは町……いや、村…………なのか?」
あえて町から村に言い直す。
それはここが、俺の知っている日本の町とは余りにも乖離していたからだった。
どの家も似たような作りで、それも木が剥き出しになっているような乱暴な作り。
道路なんて存在せず、勿論自動販売機も無い。
「……ここは、やっぱり」
ーー異世界なんだ。
俺は、数時間前の事を思い出す。
高校で授業を受けてる最中、突然謎の文様が黒板に現れたかと思うと、次の瞬間には気を失っていた。
そして目覚めるとそこは高校の教室ではなく、バルム王国の国王を名乗るおっさんの神殿だった。
国王は俺らを勇者とその仲間たちと呼び、この世界を救って欲しいと頼み込んできた。
異世界もののライトノベルやアニメで知識を得ていた俺はすぐに状況を理解した。
俺たちは、異世界召喚に巻き込まれたと。
が、俺が望んでいた展開は起きなかった。
俺以外の生徒は勇者だったり賢者だったり、何ともそれらしい力を手に入れていたのだが、何故か俺だけ『天気予報士』という意味不明の称号だった。
クラスメイトは俺をゲラゲラ笑い、国王も俺を不必要と判断し神殿から帰る途中に捨てて行けと兵士に命じた。
神殿は王都とかなり離れている山奥に建ててあり、そこの神聖な魔力を使わないと召喚出来ないらしい。
とまあ、俺は早速無能の烙印を押されたワケだ。
「はぁ……」
記憶の復元が終わると、後に残るのは陰鬱な気分。
結局俺は、日本でも異世界でも役立たずの屑なのか?
「うう……み、水を…………水をください……」
「え?」
そんな事を考えながら歩いていると、ギリギリ服と呼べる布切れを纏った人が倒れていた。
……よく見てみると女性だ、顔や身体もあちこち汚れていて悲惨な姿をしている。
更には彼女のように倒れている人、ふらふらと力無く彷徨っている人が何人もおり、全員水が欲しいと嘆くように口にしていた。
「あの、何があったんですか?」
「……誰、ですか?」
思わず声をかけてしまう。
女性は擦れた声で反応し、幽鬼のように顔を上げる。
「旅人……かな、でも仲間から裏切られて、旅の途中で馬車から降ろされてしまったんだ」
異世界から来ましたとは言えない為、それっぽい適当な事を言っておく、それにあながち間違いじゃない。
「……そうですか、残念でしたね……」
「えっと、貴女はこの村の住人ですか?」
「……はい」
彼女から話を聞いてみると、色々分かった。
彼女の名はミスティ、この村の住人の一人だそうだ。
何でも長らく村や周辺地域に雨が降っておらず、水不足でどの住人も悩んでいるらしい。
それも、生命の危機を感じる程にだ。
隣の村は遠すぎて水を運ぼうにも運べず、王国へ連絡しても何の解決策も出してくれない。
後は天に祈り雨を待つだけ…….そんな状態がもう、何週間も続いているらしい。
村で貯蔵してる水も残り僅か、そろそろ死人が出てもおかしくない……ミスティはそう言った。
「水不足、か……経験した事も無いな」
豊かな現代日本では、滅多にそんな事は起こらなかった。
「ごめん、俺も身一つで何も持っていない……特別な称号やスキルも無いんだ……」
「そんな……気にしないでください」
俺は何か自分に出来る事がないか考えるが、何も出来ない事が分かり頭を下げる。
これでもし俺が勇者や賢者、魔法使いなら、強力な魔法なりスキルなりを使って華麗に解決出来たかもしれないのに。
「あの……もし私が死んだら、埋めてくれませんか、私以外の村の人たちもなるべく……」
それが彼女の、最後の願いなのだろう。
どうせ俺も何も持っていない無能だ、ここで死ぬのは分かりきってるし、そのくらいの願いなら叶えられる。
「ああ、分かったよ」
「……ありがとう、ございます」
彼女はニコリと笑顔を浮かべる。
泥や土で汚れていても、俺はその笑顔に心を打たれた……他人を思いやるその魂の高潔さに。
「ごめんな、本当にごめん。俺が無能じゃなく、選ばれた勇者だったなら……」
だが、俺の称号は天気予報士。
せいぜい次いつ雨が降るのか予測するだけ。
そんなスキルしかどうせ無いだろう。
「天気予測スキル……か、一秒後に雨が降る……なんて、都合の良い予報なんてーー」
その時、ほんの一瞬だけ俺の体が輝いた。
そしてーーポツリポツリと、雨粒が降ってきた。
「え……?」
ミスティが驚愕の表情を浮かべ天を見上げる。
ぽつ、ぽつと雨粒は彼女の顔へ降り注ぐ。
他の村人も気づいたのか、一人残らず空を見上げる。
「……もっとだ」
俺は直感した、これが、俺のスキルによるものだと。
同時に脳内で展開されるステータス、そこには称号・天気予報士と、一つのスキル。
俺はそのスキルに意識を向け、詳細な説明を知る。
神殿の人から教わった、自分のステータスを覗く方法だ。
そこには、こう記されていた。
♢天候操作
世界の天候、大空を操るスキル。
雨、雷、雪、風、霰ーーとにかく天から発生するあらゆる気象を己の意思一つで起こしコントロールする。
空のように広い心を持つ、優しさに溢れた人格者にしか宿らない才能。
こ、これが俺の真の力?
日本ではなんの才能もセンスも無かったけど、全てはこの時この瞬間の為に用意されていたのか⁉︎
「……降れ、もっと降れ!」
「た、旅人さん?」
俺は天に向かい叫ぶ。
足りない、乾ききった大地にはまだまだ足りない。
「うおおおおおおっ!『ウェザースキル・レイン』!」
気づけば、スキル名を無自覚で発していた。
俺の叫びに呼応するように、雨は次第に激しさを増していく。
「あ、雨だ……雨が降ったぞーっ!」
「皆んな表へ出ろっ! 雨だぞ雨ー!」
「や、やった……これで生き残れる……!」
村人は全員、歓喜の声を抑えられずにいる。
そんな中、俺の隣にいるミスティは。
「あ、ああ……そんな、嘘……」
歓喜よりも驚きの方が勝っているのか、未だ俺の方へ顔を向け呆然としている。
「……これで、誰の亡骸も埋めずにすみそうだ」
雨は今なおザアザアと降り続けている。
村人は水を貯蔵する物を引っ張り出し外へ置いている、仮に物が無くても川や井戸などが復活し水不足は解消されることだろう。
「凄い……こんなの、絵本の英雄みたい……!」
「英雄なんて、大袈裟だよ」
「そ、そうだ名前……お名前は何と⁉︎」
ぐいぐいと彼女が詰め寄ってくる、ち、近い……
それで分かったのだが、彼女は実に整った、一言で表すなら美少女と呼ぶに相応しい容姿をしていた。
「え、えと……アリト、家具根有戸」
「アリト……アリトさんですか」
泥や土汚れが雨で落ちたせいであろう、本来の美しさを取り戻した彼女に思わずドギマギしてしまう。
歳は俺と同じくらい、十六〜十八程だろう。
桃色の髪をツインテールに纏めていて、左右に黒のリボンを付けている。
目は紅く輝いていて、左目だけ前髪で隠れている。
「本当に、ありがとうございます……この村を救って頂いてありがとうございます!」
「そんな、まだ早いよ」
大雨の中、俺とミスティは見つめ合う。
クラスメイトの連中とは違う、俺の異世界生活は、ここから始まるんだ。