弐
「あの、この際だから聞いちゃいますけど、僕、なんであんな事したんですか?『口移し』て──そう言ってましたよね?」
神妙に時政さんへと問い掛ける。気分は彼の助手兼生徒である。師もまた大真面目に答えてくれる。
「『口移し』は文字通り中のモノが口を伝って移動する術の事だ。口はものを含む場所だろ。人が創造するモノなんだからアヤカシだって当然、在り方としての仕組みは同じだ。部屋に入るにはドアや窓といった境を使うし、視るには目、聴くには耳を使う。飲み込むのが目的なら口だ。──お前の中にいたナニかが千代瀬さんへと移る為にお前の口を利用した、それだけのことだよ」
「うへぇ……」
これまた分かりやすい解説に、腹から這い出る真っ黒のナメクジ──そんな嫌な想像が脳裏に浮かぶ。なんだかまだ〝ナニか〟の残りが腹の底に燻ってる気がして恐ると下腹部を抱える。きっと何度経験したって慣れない……そしてもう二度と味わいたくない感触だった。
自分が自分じゃない、自分の意思でないのに己の身体を好き勝手に動かされる恐怖はかつてないものだった。
「それじゃあ、僕に時政さんの血を飲ませたことは? 意味が、あるんですよね?」
腹に手を当てたままそうろりと時政さんを見上げる。
はっきりいって時政さんの一夜での行いは常識の全てを逸していた。たぶん、良くないことだった。けれど、時政さん本人は先程の例を挙げても思いのほか常識的で倫理観が整った人なのだ。ならばその時政さんが普通と思えない行動をしてみせる時は必ず意味があると決まっている。少なくとも僕はそう信じている。
現に、時政さんは答える。
「……お前に意識を取り戻させるため。千代瀬さん以上におまえ、瘴気に汚染されてたから」
「あ、そう、それ! そのショウキってのがそもそもわからないんですよ」
度々、時政さんが当然のように口にする単語だ。正気──ではないのだとしたら、どういった意味の言葉なのか。
「ん……どう言ったもんかな。とりあえずアレだ、悪い空気だ。身体とか精神に悪影響を及ぼす迷惑な毒ガスとでも思っておけ。本来の意味は山や川から流れる毒素を含んだ空気の総称だけどな。俺達が云う『瘴気』はそこに別の意味合いも含む。──富士の樹海ってあるだろ? たとえ自殺する気がなくとも迷い込んだものは自ら命を絶つ、て噂、聞いたことねぇか?」
「あー、ありますね……そういう、都市伝説ですよね?」
「そ。都市伝説。で、都市伝説になるからには噂に至った要因がある。──あれな、影響されるんだ。地に染み付いた瘴気に」
〝ショウキ〟──『瘴気』
時政さんが携帯電話の変換機能を用いて表した字を見て、漸く意味と単語が繋がる。
「都市伝説は本当ってことですか? 瘴気のせいで、自殺の名所に?」
「さて。そうだと断言はできねぇし、しねぇよ。あそこは元々地形に問題がある。所謂卵が先か鶏が先か論になるからな。なんなら、山の食材を外部の人間に荒らされないよう敢えてマイナス印象な噂を作って流した説だってある」
ふむふむ。それっぽい顔をして頷く。
まさに卵/噂が先か鶏/現実が先かだ。この探偵は相変わらず生き字引の如く博識だなぁと別のところで感心する。
「昔で云えば、物忌みや喪中時は一定期間外を出歩かないって時代があった。これは、死病になる穢れ──つまり『瘴気』に触れない・撒き散らさない為の予防策だ。これがかなり理に適っていて、現代ほど医術が発展していなくともある程度この島国で感染症の流行を抑えられたのには偏にこの風習があったからとされて……」
「時政さん」
「……特定下で発生する精神作用の強い毒ガス、が結局のところ一番想像しやすいか」
苦笑混じりに纏めてくれた時政さんに僕もジト目を苦笑に変えて吹き出した。クライアントを相手にする時は簡潔明瞭かつ口達者なのに、僕の前だと時々ポンコツな時政さんが可笑しくて、そしてちょっとだけこの時間に優越感を感じてしまう。
しかしそれにしても〝瘴気〟か……口移しに続き、できれば二度と触りたくない不思議の一つにコイツもなりそうだ。そうはいかないんだろうけどさ。
「それじゃあ、僕の背中を叩いたやつは? あれ、かなり痛かったんですけど。歌えっていう指示もよくわかんなかったです」
「瘴気の残滓を祓うため。要領としては坐禅の警策と同じだよ。歌は魔除け。その場しのぎだけどな」
「歌が魔除けになるんですか?」
「そう。『唄』てのは元来、魔除けや神に捧げる祈りを音にしたものなんだ。神楽くらいは聞いたことあるだろ?」
「まあ、はい、聞いたことだけなら……どんな歌でも良いんですか?」
「ああ。歌う行為自体に意味があるんだ。歌っているあいだ、鼻唄や無意識のものは別として大抵の人間は集中している。つまり瘴気に引き摺られにくくなっている。それは微弱だが『結界』になる。魔に突け入られる隙をなくせる。だから、基本的には何でもいいができれば明るいものがいいな。あとは腹に力を入れて笑う、だとかも応急処置としてはオススメだ。──ああ、だけど一人きりの場合に限られるぜ。急に笑ったり歌い出したりしたら、ココがおかしいと思われるからな」
ココ、とわざとらしく大袈裟に己の頭を指した時政さんにハッとする。そうだ、もしかすると時政さんは、そんな心無い扱いを何度も────
美岬館の女将、御崎さんの時政さんを嘘吐きだと断じるあの目付きが忘れられない。直接投げ掛けられたわけでない、隣に座っているしかなかった僕ですら悔しくて叫び出しそうだったのに。それを諦観の姿勢で受け入れるようになるまで、時政さんはどれほど──どれだけ、無責任な人達に傷付けられてきたのだろう。
「あの、時政さんは、その──お祓いとかできる人、なんですよね」
「見様見真似の猿真似に毛が生えた程度ではございますけども」
卑屈っぽく肯定する時政さんへと、たとえあなたのように特別な能力はなくとも僕はあなたを信じている──信じたいと思っていることが伝わるように真摯に向き合って口を開く。
「それじゃあ、あの呪文の事とか教えてください。全部に意味があるって、ちゃんとわかってますから。……できれば、専門用語は控え目で」
「…………」
「時政さんは〝ココ〟がおかしいわけでも、嘘吐きなわけでもないって、僕は知ってますから」
「…………」
「諦めないでください──時政さん」
あかい目を見つめて、繰り返す。とてもとてもきれいだ。惹き付けられる色だ。間違いなく魅力的なのに、どうして千代瀬さんは……貴方は、自分の目に怯えるのだろう。こんなにも、うつくしいのに。
「──アレは『真言』というんだ」
僕からそうっと目を逸らして、時政さんは空間にぽつんと小石を投げ捨てるみたいに答えた。
「マントラ?」
「仏さんの言葉」
仏さん。予想だにしなかった名前に面食らう。……ここにきて次は仏ときたか。
「仏つっても様々だろ? 不動明王だとか釈迦如来とか地蔵菩薩とか。そういった人……じゃねぇけど、それ等の言葉を唱えて力を借りるんだ」
「はぁ、それが真言……。ということは、時政さんは仏教の人なんですか?」
「いや、真言やら数珠を用いたりする事もあるが俺は仏教徒じゃねぇぜ。ちなみに祝詞だって時には拝借するが、だからといって神道に従した身でもない。勿論カトリックなわけもない。各々のイイトコ取りをしてるだけの混ぜ物だ。それでも敢えて派を定めるとするなら──陰陽道だろうな」
「──!」
ぱちん。と。唐突に頭の中で埃を被っていた線と線が繋がった。心の底から納得した。それしかないと──土御門ならば陰陽道であるのが当然だと当たり前に理解できた。
ああ、似合う。しっくりくる。だけども、だ。
「時政さんって陰陽師だったんですか!? 探偵なのに?」
驚愕ついでに時政さんの姿を頭の先から爪の先まで目だけで往復してみる。──改めて〝駄目だ〟と思った。
素顔はともかく、かろうじて不潔感はないものの見るからに不審で、職だって社会的信用を得るには難しい探偵職で、そしてこの言動だ。彼と幾度も関わることで土御門時政の言葉を何においても信じようと決めた僕ですら、いくらなんでも設定を盛り過ぎだと呆れたい気持ちになる。僕でそうなのだから、時政さんを知らない全くの他人が彼の肩書きを知ったならば、まず信用しようとは思わないだろう。ペテン師や思春期の中学生だって裸足で逃げ出すてんこ盛り具合だ。
「んなわけあるか、イマドキ陰陽師なんて金にならねー仕事しねぇよ」
「あ、ですよね」
おそらく百面相をしていただろう僕に、時政さんが馬鹿を見る眼差しからの一刀両断をしてくれたおかげで複雑ながらも安堵の息をこぼした。
ところでその口振りからして、陰陽師そのものは職として本当に存在するのか……。
「そもそも陰陽道自体が混ざり物の代表格なんだよ。中国の五行思想にインドの仏教、日本の神道に、呪術に関しては錬金術から西洋魔術まで取り入れている。まぁ実際、祈りよりも魔術寄りだし陰陽道は東洋の魔術とまで云われた代物だからな。和製魔法使いみたいなところは確かにあるか。──で、ただでさえごちゃ混ぜなのに俺は特定の師を得ず我流で修行している。陰陽師を名乗るには型が自由すぎる」
オーバーに肩を竦めてみせる時政さんにううん、と唸る。誤魔化さないでくれと求めたのは僕だけれど、流石に話が難しくなってきたな……と己の眉間のシワをほぐす。──そうすれば視界をチラつく、ヒビが入った黒々しいブレスレット。
ああ、そうだ。これも、時政さんの〝不思議〟を強調するアイテムの一つなのだった。
「時政さんって、一体──」
幾度と重ねてきた疑問は、ついには口癖のように僕の口からこぼれ出ていた。
自堕落的で、面倒臭がりで、子供っぽくて──だけど僕が知る誰よりも正しい大人。人間らしくて、人間味のないひと。
あなたってなんなんだろう。
見つめてみる。どんな些細な情報も詳らかにしてしまう彼は、ただゆったりと笑みを浮かべている。
ああ、わかってる。何度尋ねたところで、貴方はこう答えるんだ。────「ただの探偵だ」と。
「……じゃ、次は呪文繋がりで『九字切り』の事も知りたいです」
だから、僕も笑ってみせる。まだまだはったりでしかないけれど──あなたの真の理解者になれる日を望んで。
さて、意味深な笑みをさっさと解いた時政さんは、再び自分の携帯電話を取るとメモ機能を開いて九つの漢字を並べて見せた。
『臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前』────「兵に臨んで闘う者、皆最前に列をなして鎮座して在り」
「要約すると、あなたの前には迎え撃とうと兵が並んでいますよ、逃げた方が良いですよ、て意味だ。元々は『青龍・百虎・朱雀・玄武・空珍・南儒・北斗・三態・玉如』が原型だが、中国から日本へ式が伝わる際に修験道と混ぜこぜにされた結果、この形に収まったと謂れている。……俺達としては青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陣・帝久・文王・三台・玉女の方が馴染みがあるんだけどな」
時政さんの蘊蓄っぽい解説を片耳に、画面を申し訳程度に凝視しながら「へえ」なんて間抜けな相槌を打つ。
文というよりも跳ねるような語感だった為にきっと漢字だろうと推測はつけていたけれど、成程、音の一つ一つに意味があるのか。
「あれ。でも、あの──なんか違いませんでした? 一度目と二度目で」
ふと、思い出す。時政さんは正気でない千代瀬さんに向かって二度、この『九字切り』を行った。一度目は指を縦横に。二度目は音こそ同様であれど動作がさらに複雑で奇っ怪だった。
そして、呪の数。──『バク』と、彼は確かに、二度目の式に添えたのだ。
「ああ、最初のは『早九字切り』っつー略式だから。二回目が『九字護身法』──正式に印を切る方法だ。こっちは意味ある手印を正しく結ばなくちゃいけないんだ」
「それじゃあ『バク』っていうのは? バクも呪文に含むとしたら、九字切りなのに九字を超えませんか?」
「……へえ。お前、あの状況でよくそこまで聞いてたな。感心感心」
だとか。なんとも雑に頭を撫でられる。まったく、相変わらずの子供扱いである。
今の時政さんにはある種トレードマークとなっていた時代遅れの瓶底メガネが無くて(昨夜の問答で床に落とした際にレンズを割ってしまったらしい。伊達とはいえ危ないので今は鞄の中に仕舞われている)不用意に目にしたならば夢にも現れそうな奇跡の美形っぷりをすっかり露にしてしまっている為に、平然と近寄ってきた圧倒的美に心臓が変な跳ね方をする。……別に、顔面含めてイヤなわけじゃないけどさ。
「『縛』は文字通り相手を縛る法だ。こうして一文字を付け足すことで威力の増大、字の意味合いを強める作用がある。これを『十字の法』という。大抵は『破・喝・命・水・王・大・合・行・勝・天・鬼・一・龍・虎』てな言葉が使われるな」
うっかり時政さんのご尊顔から目を逸らしている間に、彼の携帯電話には容赦なく漢字が追加されていた。思わずあわあわと字を追って、目を回す。な、なるほど、そうなのか、ほうほう、ふむふむ──────ちっともわからん!!
「えっと、火を止めた呪文とかも中国のものですか?」
「そ。中国の五行思想に基づいて言霊を創ってる。──五行思想、つーのはアレだ。木は土に勝つし土は水に勝つ……てやつ。木・火・土・金・水の五元素内で影響し合い、生滅盛衰によって天地万物は変化し循環する。巡って生み出していくのが『相生』、巡って打ち勝つのが『相剋』、元が強すぎて反尅するのが『相侮』、尅しすぎて元を圧殺するのが『相乗』、気が重なり良い意味でも悪い意味でも威力を増すのが『比和』──この辺りを臨機応変に組み合わせながら式を創るんだ」
「…………」
「ついでに、どうせ聞く気だろうから先に答えると、キュウキュウニョリツリョウはこれな」
『急々如律令』──漢字だらけの画面にまたもや漢字が更新された。ああ、なんてこった。ここまで、ひとつも覚えられる気がしないぞ!
「読み方は『急いで律令の如く行え』──まだ中国が中国って名前になる前の時代に、公文書の終わりとして書かれていたお決まりの一文なんだが、まぁ今としては〝さっさと命を遂行しろ〟あるいは率直に〝悪しきものよ退散しろ〟のニュアンスで使われている言葉だな」
「はえぇ……」
数多の漢字とゴギョーシソウの図で埋まっている画面から目を離す。こめかみを押さえながら宙を仰ぐ。そんな僕に時政さんは黒板代わりの携帯電話をポケットへと仕舞いながら笑っている。
「別に覚えろとは言ってないさ。偏った豆知識程度に思っておけ」
生徒の集中切れに伴い講義は終わりだとばかりに頬杖をつき直した時政さんを、そっと正面へ戻した目で追う。癖っ毛なのにサラサラな黒髪が重力に従い彼のシャープな頬をかすめる。黒の合間から現れるのは──目を奪う程のあか。
きっと事務所に戻った時政さんは、いの一番に予備の眼鏡を取り出してしまうだろう。用意周到なこの人のことだ。まさかこれほど大きな意味を持つ道具のスペアが無いだなんて、到底思えない。
──勿体ないな、と。素直に思う。元の造形の中でも一等輝く血紅色。こんなにも、宝石みたいにきれいなのに。
だがしかし〝隠す〟という行為には必然と理由があるものだ。そしてそれは、時政さんの根っこにまで関わる問題なのだと僕にだってわかる。
だから、いつか。
「──ん? どうした?」
土御門時政というひとがこんなにも優しく瞳を細めながら笑うことを、多くの人が知ってくれますように。
それまでは────この景色を僕が独り占めするっていうのも、悪くはないかな。
「いいえ、なんでも。なんだかお腹が空いてきた気がして」
「ああ、それなら繋ぎにコレ食っとくか? お疲れの頭に糖分補給ってな」
と、ふと時政さんが器用に片腕だけでバックパックから取り出した物は十六個入りセットのご当地土産・美岬饅頭だった。えーっ、いつのまに!?
「駅の土産コーナーだよ。ランダムタイプには激辛餡がレアで混ざってるんだろ? 確かめてみようぜ」
すっかりいつもの子供っぽい様に戻ってパッケージを破こうとしている時政さんにやれやれと笑う。
「どうせなら美岬館の隣のところで買えばよかったのに。あそこのおばさん、気さくで良い人だったし、もしかしたらオマケとかしてくれたかもですよ。あと、氏神様についても詳しそうだったし」
「…………あ? なに言ってんだ?」
破く手を止めた時政さんが怪訝そうに僕を見る。それに僕も怪訝に時政さんを見返す。──うん? あれれ? それってどういう反応なんだ?
「だから、美岬館の隣にある土産物屋のおばさんが、」
「んなもん無かったぞ?」
〝無かった〟────、はて。無かった、とは。……ああ、いなかったの聞き間違いか。
「おばさん、丁度店を出ていたのかも知れませんね」
「いや、だから、そんなもんはなかったって」
…………んんん?
とうとう、見慣れたけど見慣れない顔と顔を突き合わせて揃って首を傾げる。どうにも会話が噛み合わない。
「さっきから何言ってるんですか? 時政さん」
「お前こそ何言ってんだ。美岬館の隣は空き地だろうが」
………………………………えっ?
「ほら、地図見てみろ」
そう、現地に赴く際に購入し電車内で開いた例のガイドブックが再び開かれる。相変わらず美岬館は大きく、清海野旅館は申し訳程度に掲載されているソレの住所案内欄を確認する。
と。
────ない。
何もない。写っていない。土産物屋さんが。
おばさんが、いない。
「…………」
全身から血の気がサササァッと引いたのがわかった。言葉なく混乱する僕に、追い討ちをかける時政さんの一言。
「────おまえ、何を視たんだ?」
「……う、わぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
「ッうるっせぇ!! もう黙って食ってろ!」
──こうして、最後の最後に怪談じみた恐怖なんてまったく有り難くない土産を残しながら、新たなる神を戴く街を遠く遠くに電車は出立していったのだった。
***
【以下は、ある男の記録である。】
──ん、ん~~~んふ。まさかまたここに来ることになるとはねぇ。でも今回はお仕事ですから! ぼく、張り切っちゃうぞーう! ……なぁんてね。ぶっちゃけマサくんが処理した後ならぼくに出来ることなんてなぁんにもないんだけどねぇ。
──うん? ああ、きおくもわかるよね。もうここ、きもちわるくないだろー? そそ。マサくんサマサマだよね~。
──え~? だってせっかくのきおくとの旅行なのに、誰にも邪魔されたくないじゃなぁい? ぼくは家庭に仕事は持ち込まない主義なのでーす。持ちつ持たれつ、てやつさぁ。マサくんは顧客を手に入れられて万々歳! ぼくはきおくとイチャイチャできてバンバンジー! うん、今日の夜は棒々鶏にしようか。
【以下は、ある男の記録である。】
──ああ、女将さーん。おひさしぶりですぅ。そうそう、ぼくってばこう見えて公務員さんなの~。ま、それはいーんだけどね。ぼくが紹介した探偵さんいるでしょー? そう、その人。ちゃあんとホンモノだから、彼が大丈夫って言ったなら大丈夫なんだよーう。……ほぅら、清海野の女将さんはわかってるみたいだよー?
──だから無理やり犯人探しとかしなくていいわけ。おーけー? でないと、あんたの宝物に傷が付くよ。従業員に示しを付けたいだけならもう十分でしょ。
【以下は、ある男の記録である。】
──じゃ、後のことは後輩ちゃんに任せてぼく達は移動しよっか、きおく。なんでもね~、あの人嫌いのマサくんが一般人のバイトを雇ったとか聞いてぼくはビックリ仰天したわけです。そりゃあ……見に行くしかないじゃない? あいつが近くに人を置くなんて、シオンくらい事情がある子じゃないと有り得ないだろーしぃ。
てなわけで──そのうち時刻探偵事務所にも顔を出さなくっちゃねえ。
どんな子なんだろーね……
────倉橋忠行、て。
【以上、不知火篝の記録である。】




