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◆邂逅

 


 ──必然だったのだと思う。


 彼がいつも言っていたように。


 きっと僕と彼が出逢うのは必然だった。



 全て最初から決まっていた事なら──これも決まっていたこと? これも必然? 貴方はこの未来を知っていたの?


 答えてよ……









 ()()()()──────────















「バイト、しなきゃなあ」



 有象無象に溶け入りながら少年はぽつんと呟いた。視線の先には社員兼アルバイトスタッフ募集を大々的に掲げた貼り紙。それを見る少年の目は次第に憂いてく。なぜならば。



「──やっぱ、高校生不可か」



 募集を主張した大袈裟なゴシック体のその下。文字サイズを縮小し途端にしおらしくなった隅に〝十八歳以上〟の文字があった。

 少年──つまりは『僕』だけれど──僕は深々と失望のため息をつくと通帳を片手に帰宅するための歩みを進めた。


 今時、高一の子供を好条件で雇ってくれるとこなんて、ないよな。例えば放課後にしか働けないことだとか。試験前はシフトを入れられないだとか。二十二時以降も勤務させると法に引っ掛かるとか。──そういう面倒な制約があるものなのだそうだ、コーコーセイは。

 勿論、仕事を選ばなければ昔から苦学生といえば新聞配達がステレオ付けされているし、もっと現代的発想をするならコンビニ店員、ファストフード店なんかも学生への門戸をおおらかに開いていると聞く。ただし──低賃金で。所謂、お小遣い収入だ。

 のろのろと沈んだ気分のまま惰性的にアスファルトを踏みつける。

 なにも僕とて望んで働きたいわけではない。しかしアルバイトを始めなければ生活していけないこともわかっていた。ただでさえ僕の保護者というババを引き当てた親族から学費を出してもらっているのに、さらに仕送りまでしろとか厚かましいこと、言えるわけがない。……そもそもあの人達、僕のこと大嫌いだしね。

 いずれは学費代も返していかなければならないのだろう。嗚呼──漠然としたつまらない未来に、また一つため息をこぼした。



「──やあ、少年。何か悩み事かい?」


「……はい?」



 それは突然だった。つと、足を止めた。

 周りに人気はない。と、なれば、必然と声をかけられたのは僕自身とみて間違いないだろう。

 ……なんて。

 実際のところ、そんなことをつらつらと考えている猶予などはなく、僕は反射的に声の主へと振り返っていた。

 そこには。



「…………」



  ──怪しすぎる。


 もっさりと、目を覆い隠す程にうねり伸びたワカメのような黒髪。いつの時代の物なんだと問い詰めたくなるような野暮ったい四角の眼鏡。何処かの校章の入ったジャージ。辛うじて見える口元は弧を描き、少し──いいやかなり不気味だ。


 変質者? ニートの人? あまり関わり合いにはなりたくないタイプ。たぶん、ちまたで職質される人ってこういう人だ。



「おーおー。明らかに怪しんでます、て顔してんなあ」


「え、と……」



 ただでさえ不審者極まりない外見であるのに軽薄っぽく笑う男のさまは、警戒心は尤もとして僕をうんざりした心地にさせるには十分だった。

 なんだか変なのに捕まっちゃったなあ……どうしよう。



「さっきずいぶんと重苦しいため息を吐いてたねえ。何か困ってることがあるんだろう? ほら、お兄さんが聞いてあげよう。人間関係か? 友達とケンカでもしたか。ああ、それとも女関係か? 青春だねえー」



 不躾に推測してはマシンガンのように問いかけてくる怪しい男に自然と後退りする。率直にいってたぶんこの男は頭がおかしいのだ。もしくはそう、この人は酔っている。これは、昼間っからいい歳した大人が酒を引っかけ気弱そうな子供を捕まえて絡んでいる構図だ。絶対によろしくないやつだ。

 詐欺師も裸足で逃げ出すだろう怪しすぎる男の様子に、なんとか刺激せずに避けられないものかと視線を巡らせるが無情、やはり人の気配はない。


 ──あれ? 人の気配はない……?


 ぽつりと。違和感。

 そうだ。話しかけられた時だって、周りに人気はなかった。無感情なアスファルトに影を作るのは僕の他になかったし、時折車道を車が走るのと僕の足音と僕の息遣い以外に音の発生源はなかった。はずだ。ならば、この男は────いつからここにいた?



「っ、」



 男は僕が求人ポスターを見ながら息を吐いたその時には〝ここ〟にいたのだ。それなのに人の気配がしなかった。それって、つまり──



「ああ、金か」



 不意に突き付けられた断定の声が僕の思考を真っ二つにした。……え、



「まあ確かに。大不況のこのご時世、新学期早々のガキを働かせてくれる()()()の店なんて中々ねぇよなー。高二ならまだしも。条件付けなきゃ多少は融通利くだろうに、初バイトともなるとやっぱ生意気にも選びたくなるもんなのかね。ンでも、お前、一人暮らしだろ? しかも貯金ももうねーんだろ? さっさと見つけねぇとヤバイんじゃねーの? 贅沢に選り好みしてる場合かねぇ──と、親切なおにいさんは思うわけだ」



 僕の事情をまるで初めから知っていたかのように躊躇なく我が物顔で語る男。馴れ馴れしくて昔からの友人のような態度だが、勿論彼とは初対面だ。

 そう。初対面なのだ。それなのに何故────



「つーことで提案なんだが、お前、うちで働かない? 家事とか出来んだろ? いやさあ、俺、掃除が特に苦手で……」


「ま、待ってください! 働くって──いや、その前になんで、」


「『そんなことを知ってるのか』────て?」



 クツリと。


 先程とは違う含みを持った男の異質で妖しい笑みに、ゾワリと背筋が粟立った。しかして、男は得意気に解答を並べ立てた。



「簡単な事だ。まず、制服。それ、二つ先の町の高校のだろ? この時点で高校生、てのがわかる。つーかバイト探してる時点で中学生は厳しいだろうしな。中学生に出来るのは精々が新聞配達だ。で、制服が比較的新しい。まぁそれだけじゃ一年生ってとこまでは確定できねぇけど。お前が病的なまでの綺麗好きかもしれねーし。でも、バッグとローファーが新品同様に綺麗。どんな綺麗好きでも地面と接する必要のある鞄と靴はどうあっても汚れる物だ。つまりそいつは下ろし立て。もしくは下ろしてそれほど経っていないもの。使用期間三ヶ月未満、てところか? いくら成長期だって余程の事情がない限り鞄と靴を一年単位で新調したりはしない。これで大体の年齢が特定できる。──で、バイトの広告見てため息ついてる高校生なんて、カワイソーな金欠バイト希望者しかねぇだろ。しかも手に握ってる物、通帳だよな。キャッシュカードでなく通帳なのは取引履歴確認のため。あるいは──もしもこっちが正解だとしたら世知辛いが、あんまりよくない大人のところにお金を借りようとしたのかな、ボク? どっちにしろ、相当金がない証拠だ。君は現時点でかなり切羽詰まっている。……まあ、小遣いがなくて困る学生はよく見るが、わざわざ通帳を持ち出す程じゃあない。小遣いがなくても親の金で生活できんだから。この時点で、親もしくは保護者に金銭的に頼れる状況じゃない事がわかる。つまり、一人暮らし。またはルームシェア。もしくは──ただ一緒に住んでるだけの存在。んで、一番可能性の高い一人暮らしで絞れば大抵の人間は家事ができる。そもそも、外食とかする余裕があるならこんなところでおのぼりさん丸出しにほけほけ求人を見てる筈もないからな。ついでに、バイト経験者なら地道に自分の足で求人を探すよりもネット及び求人雑誌であらかじめ当たりをつけた方が労力も必要経費も最低限で済むと知っている。知らない君は哀しくも頭が足りてないか未経験者か──と。まあ、こんなところだ。どう? 俺の名推理」


「…………」



 ──すごい。少し話しただけでここまでわかるなんて。

 僕は素直に感心していた。一体どれほどの観察眼を持っているのだろう、この男は。

 目なんかもさもさ頭でちっとも見えやしないのに。自分で名推理とか言っちゃって恥ずかしいくらいなのに。



「あなたは一体……」


「おぉっと、これは失礼致しました。──わたくし、こういう者なのですが」



 先程までのふてぶてしい態度はどこへやら。大手企業の社長へと手渡すように恭しく差し出された名刺には、



『あなたのお悩み、承ります。時刻(トキザミ)探偵事務所所長────』



「ま、気が向いたらそこに連絡くれ。これもなにかの縁だろうし、できる限りのことはしてやるよ。……ちなみに、バイト募集中です」









 これが、


『僕』こと倉橋忠行(くらはしただゆき)と、土御門時政(つちみかどときまさ)の出会いだった。



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