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第4章

「こんにちは。株式会社コシガヤ三輪車です」

 あなたは受付嬢に笑顔で話しかける。

「お待ちしてました。今週の郵便物はこれだけです」

 受付嬢はあなたに封筒の束を手渡す。

「おつかれさまです」

 あなたは一礼してバーチャルオフィスを後にする。

 廊下のソファーに座り、郵便物を一通り確認した後、あなたはエレベーターを使ってショッピングセンターまで下りた。

 新越谷の市営駅ビルは、地階が駐車場、1階から4階までが市営ショッピングセンター、5階から7階が市営バーチャルオフィスビル、9階から20階までが市営分譲マンションになっていた。

 ショッピングセンターの店のオーナーはすべて上のマンションの住人だった。

 店の店舗面積は400平米、マンションは300平米、5LDKが平均だった。

 住人はビル建設時にマンションと店の両方を同時に市から安く購入する。

 個人商店のシャッター街対策として、市が職場と住居を駅前一等地に提供したのである。

 都市生活者の典型的なライフスタイルである。

 あなたのような郊外の兼業農家と駅ビルの住人の二つが、標準的な所得水準の国民なのだ。


 火曜日の朝、子供たちが学校へ出かけた後、あなたはバーチャルオフィスへ郵便物を取りに行くのが日課だった。

 バーチャルオフィスは会社の本社登録をしてある場所で、自宅で仕事をしている自営業者がお客様を応接する際に、ビルの応接室を格安で借りられる。

 あなたのような自動車メーカーは昨日のように自宅の作業場にお客様が訪問して車を受け取りに来るが、隣の鈴木さんのような電気メーカーはバーチャルオフィスをとても重宝している、とこの前話していた。

 取引先の人が一切、自宅に来ることはなく、プライベートが保たれるからだ。

 

 妻がPC接続ミシンで仕立てたスーツと自分が作業所でこしらえた内羽根一文字の紳士靴を履き、あなたは自宅の最寄の大袋駅から市営モノレールに乗る。

 高級ブランドの服よりも、自前の仕立て服を着る方がおしゃれだというのが最近の風潮だ。

 市営モノレールは越谷市内を内回り、外回りで循環している。無人運転で、すべての駅も無人だ。

 人件費を削減することでランニングコストの削減をはかっていた。

 モノレールは座れなかったが、空いていた。

 一昔前ならラッシュ時は満員電車で通勤地獄だったのが嘘のようだ。

 行政が東京一極集中をやめ、地方に企業が本社を移転したこと。

 ワーキングシェアによる週二日出勤や在宅勤務がサラリーマンの標準になったこと。

 勤め人より自営業者や個人商店主が労働者の主流になったこと。

 住宅地と商業地、工業地帯をはっきり分離するコンパクトシティー構想を行政が放棄したこと。

 こうしたことにより、通勤地獄問題は解決したのである。

 すべては市議会議員の当番制で、庶民目線の行政が普及したからだ。


 ショッピングセンターであなたは乳製品屋に立ち寄り、牛乳パックを買う。

 「越谷牛乳」と「北海道牛乳」のどちらを買おうか迷ったが、あえて値段の高い「越谷牛乳」を選んだ。

 市内の牧場で作った牛乳だからだ。

 スイスでは、外国製品よりあえて値段の高い国産品を買って国内産業を応援しようという愛国心が国民に普及している、と聞いたことがある。

 同様に、自分の地元の産業を応援すべく、高くても地場産業の製品を買うという郷土愛のモラルがあっていい。

 こうしたモラルが工業製品を含めた全産業の地産地消につながるのだ。

 七〇年代、マスコミは経済成長のために「使い捨て」を国民に推奨した。

 だが最近のジャーナリストたちは、「全産業の地産地消」を推奨している。


 家に戻り、着替えを済ませると、大きめの宅配便が届く。

 洗濯機の組み立てキットだった。

「あなた、組み立ててくださらない」妻が言う。「昨日、あたしがネットで買ったの。古いのは壊れたから処分するわ」

「勝手に買うなよ。ぼくに相談なしに買ったんなら自分で組み立ててくれ」

「そんなあ、お隣の鈴木さんなら、奥さんがほしい電気製品を旦那さんがなんでも作ってくれるわよ」

「鈴木さんはプロだから、ぼくとはちがうよ」

 自宅をDIY建立したあなたは、家具やインテリアはほとんど自作してきた。

 だが電気製品は三分の一が自作、三分の一がネット通販で完成品を購入、残り三分の一がお隣の鈴木さんから買っていた。

 個人商店の総合電気メーカーを標榜する鈴木さんの奥さんと妻は学校の同級生だった。

 庭の畑で採れたにんじんを持っていくと、半額以下で家電を売ってくれた。

 

 自作PC同様、自作白物家電は部材が標準化していて、本棚のように組み立てればよかった。

 だがマニアックな人は電子ボードから自作して、オリジナリティーの高いユニークな家電を自作した。

 そして自作PCマニアたちがかつてホワイトボックス(PCベンチャー)を起業したのと同様、お隣の鈴木さんのような自作家電マニアの上級者がジェネリック家電ベンチャーを起業した。


 かつて総合電気メーカーは半導体も家電も自社内で作っていた。

 現在、家電などの最終製品は地元の個人商店規模の零細企業が生産し、その部材である半導体を大企業が生産した。


 なんとか洗濯機を組み立てると、正午を過ぎていた。

 急に腹が減ってきた。

「久しぶりに庭でバーベキュー食べない?」

 妻の誘いにあなたは無言のままうなずく。

 ファミレスで外食すると周囲の客の声が気になるが、自宅で食事する場合そうした気遣いはない。

 自宅が狭いと居心地が悪いので外出したくなるが、自宅が居心地よければ出かけるのはかえっておっくうだ。

 昔、日本人が居心地の悪い住居に住まわされていたのは、為政者たちの陰謀だろうか。

 自宅にいたくないから、会社に長くとどまってサービス残業もいとわない。

 こういう仕事人間をほめる風潮があったが、今考えるとおかしな話だ。

 あなたはそう思いながら、鉄板を庭に出し、バーベキューの準備を始める。

 

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