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無職の告白

作者: 矢道快

 無職になった。

 低所得階級から、給与を奪われたのだから順当なランクアップと言えるかもしれないね。下方面に上がるというのは、失うということだからね。

 ああ、世間様にはランクダウンどころか、軽蔑の対象だろうね。でも、笑い話の種にはなるんじゃないかな。

 そう、種。種は良いものだよ。ひょっとしたら、芽になるかもしれないじゃないか。何というか、個人的な価値観というものから言わせてもらうとだね、僕は酒の肴ってやつが嫌いなのさ。笑い話は真剣に聞くから、笑いの妙味ってものがある。それこそ、寄席や漫談じゃあ命をかけてるものさ。笑いってやつにね。それを酒のつまみにするなんて野蛮だと思うがね。

 確かに、飲み会ってのは嫌いだ。あれほど嫌なものはないよ。無礼講とか叫ぶ割りに、そうじゃない。酒量を弁えようとしたら、

「俺の酒が飲めないのか」

 なんて言われたよ。醸造家や酒屋に謝って欲しいものだよ。せっかく造ってもらった酒を、不味くさせてごめんなさいって。簡単に飲んでる酒に見えるけどね、それを造るのに苦労している。売るのに苦労している。ご愛顧に苦労しているんだよ。


 ああ、苦労。苦労ばかりさ。この世はね。

 とかく苦労の、終身雇用。


 酔ってはいないよ。自分に酔えるほどの自信家じゃないし、若くもないよ。いや、僕は僕が思っている以上に若いのかもしれない。青臭いってやつ。

 そうか。まだ、言ってなかったね。僕が無職になった理由を。つまらない話だからね、言うのもおこがましいんだけど、聞いて欲しいんだね。たぶん、正義とか公平性ってやつがどこにあるのか、見つけて欲しいんだ。僕はもう、めっきり疲れてしまったからね。空気の中から酸素を見つけるみたいなものになってるんだよ。これが酸素ですって、言えたらどんなに楽か。空海の描いた曼荼羅のように、正しさというのを見たい。それだけのものだったんだね。

 名前は伏せさせてもらうよ。そうだね、嫌いなやつの名前にでも勝手に置き換えてくれたら、話は分かりやすくなるものさ。役職ってやつを使わせてもらうよ。


 僕はね、課長の不正を発見したんだ。コンプライアンス違反ってやつ。珍奇な名前だろう。コンプライアンス違反って。珍獣だとか怪獣みたいじゃないか。まあ、実際のところは怪獣っていうか、モンスターなんだけどね。いや、モンスターじゃないよ。寄生虫だと、僕は思うんだね。

 コンプライアンス違反って言っても、色々あるんだよ。僕のは、ハラスメントに給料泥棒だったよ。

 どうにも、僕と課長は、性格やら勤務態度が合わなかったんだね。課長はね、とにかく僕をバカにしたんだね。何かにつけて。酷いときなんか、他に人がいる前で、

「次の査定で給料を下げてやる」

 なんか言われたよ。まあ、実際に下がった時には、唖然としたよ。

 給料ってやつは、人種差別みたいなものだよ。


 特権階級の幹部さま。

 優遇種族の正社員。

 奴隷階級の契約社員。


 僕は、その奴隷さ。契約社員なんて、本当に奴隷だね。給料を上げたきゃ、社則にそったスキルを持てば上がる。靴磨きが、靴をきれいに磨けば給料は上がる。それは当然の道理だね。

 契約社員はね、満足に靴も磨かせてもらえない。

 僕を雇ったのは、人事異動が起きる前の部長。この人の時はね、奴隷でも給料が上がったんだから不思議だね。

 何故って?

 それは、さっき言った通りさ。スキルを持ったのさ。

 人事異動は、天災だと思ったよ。僕を雇った部長は栄転しちゃった。そこで、新しい部長が来るんだね。

 役職は不思議だね。同じ部長でも、能力や人格がまるっきり違うんだから。

 新しく来た部長ってのは、とにかく自分が可愛いってやつ。そんなんだから、奴隷に興味が無い。いや、興味はあった。訂正する。そもそも、僕が無職になった原因であるかもしれないんだ。

 新部長は、僕の給料を下げたんだ。その理由がね、とても面白いよ。


「スキルは有っても、それを使う部署にいない」


 どうだい、トンチが利いてるだろう。スキルは、それを持っていても実用させなきゃだめってこと。ただ持っているだけじゃあ、紙切れの価値もない。ペーパードライバーは無免許も同然なんて言うがね、ペーパードライバーは無免許と判断された。


「さあ、将軍様、虎を退治しますので、虎を出してください」

「流石は一休じゃ。絵の虎は、しょせん絵ということじゃな」

「いかがです、将軍様」

「実はな、一休よ。虎はおるのだ。しかし、この虎は暴れない。他人を食おうとせぬ」

「じゃあ、でかい猫ですね」

「流石は一休じゃ。獰猛でない虎を、ただの猫という機転。誠に見事」


 奴隷は、奴隷として生まれるのではない。奴隷とさせようとするもの、構造がある。それの設計図は、糸電話みたいに簡単なものさ。

 

 さて、続きといこう。

 こうして、無事(?)に給料が下がると、課長からの風当たりがきつくなったんだ。奴隷を人間扱いする者が消えると、奴隷は奴隷に戻る。単純な構造だね。

 労働組合ってのは、なかなかにイカサマを使ってるんだね。正社員の利が出るなら、契約社員の問題でも問題として扱う。正社員の損なら、問題にしない。問題にしないから、そもそも問題が無い。

 社則では、法令遵守だの労働基準法を声高に叫んでいるんだがね。暗黙の了解なのか、マナーなのか知らないけど、悪癖のほうを忠実に守っているように見えたよ。

 課長のハラスメントが段々と酷くなるって言ったね。それが如実に出てくる。僕が勤務を終える時間を決まって休憩時間にする。それも、喫煙休憩。僕はタバコなんぞ吸わないからね。タバコを吸い終わるまで待たなきゃ、いけない。業務報告も、タバコの匂いが染みついたままやる。タバコを吸わない人間に対してやれる最高のおもてなしだね。もちろん、残業代に含まれない時間さ。10分以内は労働に認められないって規則を、こういう時は守るんだから。

 一応、部長には相談したにはしたよ。

「注意する」

 なんて、ありがたみも無い言葉を聞いたよ。まあ、本当に注意したのかもしれないけど、効果の程は見られなかったね。


 僕は、自主退職って形で無職にジョブチェンジさ。

 その切っ掛けはね、

 きっかけは……

 これは、真剣な話になるね。


『命は、失われて始めて価値が出るものなのか、

 命として存続する間に価値があるものなのか』 


 この問いを、考えて欲しいんだ。

 僕が辞めることを決めたのは、ライターを置かれたんだ。火気厳禁の場所で。それも、どこにでも売ってそうな、ちゃちなライターを。

 僕の業務には、やかましく火気厳禁と安全確認を言われる。それは当然のこと。もし爆発でも起きたら、周りだって大変なことになる。

 そういうところに、ライターを何気なく置かれたんだね。燃料の入ったのを。

 幹部クラスの者は、社内安全に気を配らなきゃいけない。そういうのを、もう忘れて仕事をしているんだな、こいつは。

 そう思うとね、会社自体を可哀想だと思った。

 社是なんて誰も守らない。自己保身に関わるものなら、暗黙の了解だって守るのに。


 

 最後にするよ。

 僕の退職理由は、

『一身上の都合』

 という文字しかなかった。

 確かに、そうなんだね。

 一身上の都合。

 不思議なものだね。

 そうなんだけど、そうじゃないだろうって言いたくなる。

 


 つまらない『身の上』話だったろう。

 まあ、何かの種になってくれたらいいなってところ。

 そうだね。倫理って立派な大樹と、それを世話をする人間が見られたら嬉しいかな。

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