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デスサイズ  作者: LALA
Last Episode 罪と罰
99/118

罪と罰2

 


 その頃


 アナスタシオス教団 本部内


 地下牢




「………………おさまった…………のか?」



 部屋の中心で身体を丸めて座り込んでいた内河だったが、ずっと続いていた地震が止まり、ゆっくりと立ち上がって深呼吸をする。



「……ふいぃぃぃ……長い地震だったぜえ。まあ地震が止まっても、俺が現在 置かれている状況が良くなった訳じゃあないけどな、ハハハハ…………はあ…………」


 笑いだしたかと思えば、あっという間に意気消沈して落ち込む内河。


 緊迫した状況でも、彼の明るさというかコミカルな部分は全くブレていない。


 頼りないイメージが強い内河だが、どんな時でも自分を見失わない一面は、芯の強さの現れなのかもしれない。




「さてさて……目が覚めたら ここに居て、いきなり地震という名の歓迎を受けた訳だが……どうしたもんかね、こりゃ!


  お父ちゃんが開いた穴に落とされた訳だから、アナスタシオス教団のアジトと考えるべきだな! 多分 篠塚さんも違う部屋に閉じ込められているんだろう!


  さっさと篠塚さんを見つけて脱出したいところだが…………何と、逃・げ・場・が・無い! いや待て諦めるな俺! ここは脱出ゲームのアプリで(つちか)った知識を生かし、抜け道を探すのだ!」


 瞳の奥に情熱の炎を たぎらせ、内河は その場で回転しながら部屋の中を見渡す。




 鉄格子(てつこうし)で出入り口を塞がれ、壁も床もコンクリートで出来た、独房並みの広さしかない薄暗く冷たい牢獄。


 備品が何も置かれていない為、地震によって倒れてきた物の下敷きになったりする危険こそ無かったものの、ゲームのように脱出の手助けとなる道具も存在しないということである。


 それに加えて窓も無い為、脱出は不可能に近いだろう。


 この時点で早くも心が折れそうになるも、自分で自分を励ましつつ、今度は鉄格子の向こう側に視線を向ける。



 牢の外には上り階段が見えるが、それ以外は牢内と同じく一切 物が置かれていない。


 この狭い間取りの一室には、上に通じる階段と内河が閉じ込められている鉄格子しかないようである。




「……脱出ルートどころか、アイテムすら無い……だと?」


 ガックリと項垂れ、疲れきったように呟く内河。


 茫然とした様子で見開かれた その瞳には、先程まで めらめらと燃えていた情熱の炎が すっかり消え失せている。


 さすがの内河も脱出の方法も手がかりも無くて、気力が失せてしまったのだろうか。


 強張っている肩はプルプルと小刻みに揺れ、その様子は彼の悔しさや絶望を現しているように見える。



「………………この…………」


 乾ききって若干ひび割れている唇が動き、弱々しい声で一言だけ呟く内河。



 自分の気持ちを落ち着かせるように薄く開いた唇から空気を吸い込み、そして――




「この……クソゲーがああああああああああ!! ふっざけんじゃねえぞマジで、マジで、マジでえええええぇぇぇぇぇっ!!」


 奇声と共に、一気に吐き出した。




「誰が こんな部屋の作りにしたのか知らねーが脱出アイテムが無いとは何事だあ! この部屋をデザインした奴は脱出ゲームが何たるか分かってないいぃ!!


  こういう牢屋の中には脱出のヒントやアイテムを置くのが常識だろーが! それが無ければ積みゲーでクソゲーに なるんだよ! お前は もっと映画や漫画を見て、脱出ゲームしろおおおおい!!」



 顔も知らぬ誰かに意味不明な怒りを ぶつける内河。


 ゲームや映画なら ともかく、現実ならば本気で閉じ込めておきたい相手が居る場所に わざとらしく鍵や役立つ道具を置いておく方が ありえないのだが、頭に血が のぼっている彼には そんな認識が出来ない。



「部屋デザインした奴、出てこいや! 俺が脱出ゲームのノウハウというものを教えてやる! かかってこい、カモォーン!!」


 (しま)いには招き猫の如く腕を振り、部屋の内装を考えた人物を呼び出す始末である。


 普段から常軌を逸している内河だが、今までの出来事と今の状況が合間って頭が混乱しているのか、悪い意味で さらに思考が ぶっ飛んでいるようだ。



 しかし そんな彼の叫びを聞きつけたのか、誰かが階段を降りてくる足音が部屋に響いた。


 内河は騒いでいるせいで聞こえていないようだが。




「バーカ、バーカ、豚のケツー! お前の母ちゃんデベソー! 悔しかったら かかってきやがれえええ!」


 腕を振り乱して低レベルな悪態を吐く内河。


 その様子を、階段から降りてきた人物が鉄格子ごしに見つめていることに彼は未だに気づいていない。




「オツムが残念なことになっている闇の眷属(けんぞく)ども! この内河 松男様が1人残らず正義の鉄槌(てっつい)を下し……」



 ガチャン



 長い長い独り言は、牢屋の扉を閉めていたチェーンが外される音によって終わりを迎えた。



「んんっ!? 誰だ!?」


 ようやく人の気配を感じ、出入り口を見やる内河。



 そこに立っていたのは見慣れた――それでいて懐かしさを感じ、二度と会うことが出来ない筈の人物――今は亡き担任教師、佐々木であった。



「さ、佐々木先生っ!?」


 思わぬ人物の登場に驚きを隠せず、内河は大声で彼女の名を呼びながら側に駆け寄り、食い入るように佐々木の顔を見つめた。



「うおー、ぎゃー! どっから どう見ても佐々木じゃん! いや、でも先生は死んだ筈だから、これは他人の空似だな!


  んん、そういえば月影も こないだ先生そっくりの女をストーキングしてたな! もしかしてソイツと同一人物!?


  つーか、この扉 鍵じゃなくてチェーン式だったのかよ! 安っぽい仕組みだな! 俺としたことが扉を観察し忘れていたとは何たる失態だあ!」


「………………」



 やたらと長い言葉を、大声かつミュージカル俳優のようにオーバーリアクションで話す内河を、佐々木は完全に呆れた眼差しで見つめている。



「…………あいかわらず、うるさい。ただでさえ、からだ おもいのに、そのこえ きいたら 、あたままで、ガンガンしてきた」



 彼の独特のテンションに ついていけず、辟易(へきえき)したような溜め息まじりに呟き、頭に片手を当てる佐々木。



 “あいかわらず”という言葉が示す通り、彼女は教え子である内河の顔や(やかま)しさを うっすらと覚えているようだ。


 だが玲二や竜二、黒斗と同じく彼と自分が どのような関係だったのかまでは記憶に残っておらず、扉を開けて助けたのは無意識の行動に すぎない。



 しかし、そんなことを知らずに内河は無遠慮に彼女に顔を近づけ、上から下まで舐めまわすように見つめてくる。



「うーむ……気味が悪い程ソックリだなあ! ていうか、何でアンタが こんな所に居るんだ? ハッ、まさか…………お前もアナスタシオス教団の信者なのか!?


  この俺を処刑しに来たんだなっ!? うおー、ぎゃー、たーすけてくれえーい! い、いや……逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ! 戦うんだ俺ーっ!」



「ま、まって……なに いってるのか、よく わからない、けど……わたしは、あなたに けがを させるつもりは ないわ…………ひとを さがしてる とちゅうで、あなたを みかけたから、たすけたほうが いいような、きがして……」


 困惑した様子で必死に内河の疑いを晴らそうとする佐々木だが、それも虚しく彼の怪訝そうな目つきは変わらない。


 それどころか佐々木に対する不信感が増していくばかりである。



「フッフッフ、そう簡単に信じると思ったら大間違いなんだぞ! アンタが教団の信者でない証拠も無いからな! 助けてくれたのも、何かの罠かもしれないしな!」


「…………なんか、めんどくさい…………」


 とことん疑い深い内河に、精神的疲労を覚える佐々木。


 彼女としては大神に よって本部に居た信者が殲滅(せんめつ)され、危険が少なく自由に動くことが出来る今のうちに探索を進めていきたいところだが、内河が この様子では すんなりと立ち去ることを許してくれないだろう。


 非常に厄介な状況に、彼女は頭を抱えるしかない。



(…………はやく、れいじと、つきかげくん、みつけたいのに……)


 もどかしさに歯噛みをしながら、佐々木は大神に聞いた話を回想する。




 黒斗と再会し、彼が大神に瀕死の重傷を負わされた あの後、佐々木は出口を塞がれたゲートの中に監禁されていた。


 外に出ることも、気になっている彼らが どうなったのかも知ることが出来ず、ただ心配するばかりで時間が過ぎていった。



 だが、死神の力に目覚めた鈴と共に大神が迎えに来た時 彼は言ったのだ。



「君が大切に思っている佐々木と月影は、ウンデカの手の内にある。放っておけば殺されるかもね」と。


 そして それが嫌なら自分達と一緒に来いと、いつもの醜悪な笑みを浮かべながら、そう言った。



 佐々木には彼が何を考えているのか、そして何が目的なのか全く分からない――だが、本当に2人が捕まっているのなら助けたい。


 そう思い、佐々木は信者が居ない今のうちに教団の本部を1人で探索していたのだ。


 しかし、ここで足止めを されている間に信者が戻ってきては本末転倒である。


 どうにかして上手いこと内河を納得させ、玲二と黒斗を見つけるべく佐々木は思考を巡らせる。




「…………そんなに うたがうなら、いっしょに きて、わたしを、みはっていたら? それで すこしでも あやしいところを みせたら…………ころせば いい」


 考え抜いた末、共に行動する提案を出す佐々木。


 内河自身が監視役ならば彼も文句はないだろう。


 それに自分は何も やましいことはないのだから、殺してもいいという条件は別に怖くもない。



 我ながら名案だと思いながら内河の顔を見ると、彼は相変わらず怪訝な表情を浮かべていたが、やがて納得したように小さく頷いた。



「うーむ……まあ、俺が しっかりと見張ってれば、何も恐れることはないだろう! しかし殺しはしないから安心しろ! 俺も人を探さなくちゃならないし、ここは一緒に動いた方が効率も良し! てな訳で行くぞ! リーダーに続けえ!」


 エヘン、と咳払いしながら胸を叩くと、内河は勇み足で佐々木の脇を通り抜け、さっさと階段を上がっていく。



 監視対象に背を向けるなんて迂闊(うかつ)もいいところだが、ツッコミを入れている場合ではないので、黙って佐々木も彼の後を追った。




 ******




 人の気配が全くしない教団本部内を探索する内河と佐々木。



 照明の類いは一切 存在せず、はめ殺しの小さな窓から射し込む青白い光だけが、中世ヨーロッパの宮殿のような建物内を照らしている。


 だが その光は2人に安心感を与えるどころか、逆に異様な雰囲気を醸し出しており、かえって不安を(あお)ってくる。



「……しっかし……何というか こう、テレビで放送されてれば、うおー、綺麗だなーとか普通の感想が出たんだろうがよ……教団のアジトだと思うと、どこもかしこも不気味に見えるんだから不思議だよな!」


 心にジワジワと忍び寄ってくる恐怖を払うように、おどけた口調で後ろを歩く佐々木に声を かける内河。


 しかし彼女は真剣な表情で(せわ)しなく辺りを見渡しているだけで、返事を してはくれなかった。


 人を探していると佐々木は言っていたが、注意深く周囲を見ている その様子が、内河には何か罠でも仕掛けようと企んでいるように見える。




「……怪しい。怪しすぎるぞー、しかし! この俺の目を(あざむ)こうったって、そうは問屋が おろ」


「しっ!」



 内河の心の声は、後ろから佐々木に いきなり口を塞がれたことによって(さえぎ)られた。


 しかも佐々木の力が強かった為、急に首を後ろに引かれた形となってしまい、内河の首がゴキッという音と共に鈍痛を覚えた。




「ふがっ! ふがごごごごががごががるおあああ!!」


『おいっ! 俺を窒息死させようったって そうはいかないぞ!』と内河は言っているようだが、残念ながら口を塞がれているせいで、出てくるのは何の意味も持たない言葉だけである。




「んごおおお!?」


「しずかにしてっ!」


 手足をバタつかせながら暴れる内河の頭を軽く叩き、佐々木は彼を引きずるように前進して、通路の角に身を隠した。




「ふぁんふぁんばぼ、いっばい……」


 言葉になっていない独り言を漏らしつつ佐々木の顔を横目で見やると、彼女は息を潜めて緊張した様子で、通路を覗きこんでいる。



「……ぼべ」


 何か居るのだろうかと思い、内河も佐々木に習って慎重に通路を覗く。


 すると、内河の顔色が瞬時に変わった。





「……っ、ぎも!」


 身体をガタガタと震わせながら、咄嗟に顔を背ける内河。



 覗きこんだ場所――そこには彼の予想通り、確かに“何か”居た。


 “誰か”ではなく、“何か”が。


 この世のものとは思えない、おぞましい姿を した何かが――




「………………」


 恐ろしい、気味が悪い、もう視界に入れたくない。


 頭では そう強く思っていても、身体が勝手に動いてアレが居る通路を覗きこむ。


 何故 人間とは不快なものを、恐怖を感じるものを見たがるのだろうか。


 頭の中は熱湯でも浴びせられたように熱く、ボーッとしているのに、冷静に そんなことを考えている自分に内河は心の中で自嘲する。




「……ばんばんばよ、あべば」


 口を塞がれた状態で無意味な独り言を呟き、改めて通路に居る何かの姿を確認する。



 彼と佐々木の視線の先に居るもの――それは大きな球形の赤黒い生き物であった。


 大きさは何かに例えるならば、公園の遊具であるグローブジャングルジムほどだろう。


 丸くて巨大な形状という時点で異質さと不気味さが醸し出されているものの、特筆すべき点は外見だ。



 その生き物の外見は、全身に老若男女様々な人間の顔が数えきれないほど浮かび上がっており、顔と顔の隙間から胎児のような小さく短い手が飛び出しているというものだ。


 短い手を器用に使って のしのしと巨体を揺らしながら歩き、透明でヌルヌルとした液体を垂らして床を汚している。


 おまけに無数の顔は どれも血走った目をしており、今にも悲鳴を あげそうな苦悶の表情を浮かべている。



 ずっと見つめていると、精神が不安定になりそうだ。





「…………おねがい、あっち、いって…………」


 あまりの気持ち悪さから、目に涙を滲ませながら祈るように呟く佐々木。


 人間の顔が ついているものの、あれは人間ではなく ただの化け物だ。



 あんなものに見つかったら一体どうなるのか――想像したくもない。



 内河も彼女と同じ気持ちなのか、身を縮めて化け物が去るのを じっと待ち構えている。



 ──はやく、はやく、いなくなれ。




 嫌な汗によって全身を濡らしながら強く念じる佐々木と内河。



 すると その思いが届いたのか、化け物は2人が居る方向とは逆方向に歩いていき、角を曲がって姿を消した。



 ズシン、ズシンという足音が ゆっくりと遠ざかっていき、やがて聞こえなくなると緊張の糸が切れた内河と佐々木は へなへなと その場に座り込んだ。



「…………はあ~…………」


 息を吸い込み、一気に吐き出す佐々木。


 それと同時に内河の口から手を離し、ようやく自由の身となった彼は大きく身体を伸ばした。



「あーーー、キモかったあ!! マジでキモかった!! 何だよアレ、何なんだよアレ!? あんなバケモンが居るなんて聞いてないんですけどっ!!」


「しずかにしなさい……あなたのバカでかいこえが、きこえて、きづかれたら、どうするの?」


「いやいやいや、騒がずにはいられないだろ! アレ、何!? 人間の顔が集まったみたいな見た目だけどさ……絶対に人間じゃないし、かといって動物な訳ない! マジで何なんだよ……!」


 非現実的な、まるでパニックホラー映画にでも出てきそうな生き物を目の当たりにして、狼狽(ろうばい)した様子で頭を掻きむしる内河。


 佐々木も佐々木で、 死神である大神とは違うベクトルの人外に困惑を隠せないようで、青ざめた顔を している。




「……しんじゃが、いなくなって、あんしん、だと おもったのに、あんなのが、いるなんて……」


 掠れた声で佐々木が言うと、内河は「全くだ」と返事をしながら頷いた。



「こりゃあ、この先 何が居るのか分かんねえから慎重に進まないとな……つーか、篠塚さん大丈夫かよ~……ハア……」


 早くも疲労を感じながら、内河と佐々木は立ち上がり、探索を再開するのだった。

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