表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デスサイズ  作者: LALA
Episode4 すれ違い
9/118

すれ違い1

 


「やかましいわ!! この異常者がああっ!!」



 怒鳴り声が聞こえ、部屋に閉じこもっている少女がビクリと肩を震わせた。




「お前は頭がおかしいんじゃ!! 病院に行けや異常者!!」


「イヤアアア!! あたし頭おかしくなんかないっ!! おかしくないっ!!」



 少女が耳を塞いでも突き抜ける、両親の罵声。


 叫びたい気持ちを必死に堪え、静かに涙を流す。




「大声出すなや! 変な噂がたつだろうが!!」



 ガタン


 ガシャン



 激しく争ってるような物音が聞こえ、慌てて少女は扉を少しだけ開けて、隙間から様子を伺う。




「このクソ女がっ!!」


 父親が、椅子に座っている母親の頭を強く殴りつけている。


 1度だけではなく、何度も、何度も。




「クソ女! いかれ女!」


 拳を痛めたのか、疲れたのか、罵りながら父親が、母親と距離をとる。




「……アハハハハハハハハハハ!!」


 突然狂ったように笑い出す母親に、父親も少女も心底驚いた。



「うるせえわ!! とうとう壊れやがったか!」


 激昂した父親が先程と同じように、母親の頭を殴りつける。



「アハハハハハハハ!!」


 それでも母親は笑い続けている。




「病院に行けや病院にっ!!」


 殴るのと腕を引っ張るのを父親が交互に繰り返す。



「いたいよぅ……いたい、いたい……」


 笑うことをやめた母親が、枯れた声で痛みを訴えるが、父親の暴力は止まらない。




「……いたいんだってばあああ゛あ゛!!」


 喉がはちきれんばかりの大声を上げて、母親が父親を押し倒した。




「うわーー!! 殺されるー!! わー、わー、助けてくれー!」


 揉み合いながら父親も狂ったように叫び出す。




「…………」


 それを見ていた少女は、部屋の隅で踞った。




 ───もう耐えられない。



 ───逃げたい、逃げたい。



 ───この地獄から出ていきたい。




 震える指で携帯を取りだし、『110』と番号を打ち込んだ。




「……もし、もし。助けて……おとう、さんが、おかあさんを……殴って……」


 この後どうなるか、少女は考えていなかった。


 ただ父親と離れたいと、母親と2人で暮らしたいと、その思いしか無かった。




******





「んー。今日もええ天気やなあ」


 心地よい朝日を浴びながら、鈴が大きく身体を伸ばす。


 今日も黒斗と鈴は、いつものように一緒に登校している。




「あーにーきー!」


「ん?」


 後ろから聞き慣れた声が聞こえて、黒斗が振り返る。


 すると、こちらに向かってノロノロと走って来る玲二の姿が見えた。



「おっはよー!」


 黒斗の鈴の前に辿り着いた玲二はビシッと敬礼のポーズをとり、2人に挨拶をした。



「レイちゃん! 退院したんか!?」


 驚きながらも笑顔で言った鈴の言葉に、玲二は頷きVサインをした。



「昨日、めでたく退院いたしました!」


「そっか! 良かったなレイちゃん!」


 鈴は玲二の退院を素直に喜んでいたが、黒斗は不自然な程に明るく振る舞う彼に違和感を抱く。



「……随分と元気そうだな。親友が死んだわりに」


「ッ!」


 冷たく言い放たれた黒斗の言葉に、玲二の顔から一瞬で笑顔が消え去る。



「ちょっ、クロちゃん! デリカシー無さすぎやで! レイちゃんは辛くても弱音吐かずに頑張ってるんやで!」


「だ、大丈夫だよ鈴ちゃん! オレは大丈夫だから!」


 黒斗に食いかかる鈴を宥め、玲二は口を開く。



「有理が自殺したのは悲しいよ。でも……悲しんでても有理は帰って来ない。だから、せめて有理の分まで笑っていようと決めたんだ」


「……レイちゃん……」


「……そうか」


 玲二の言葉に、2人はそれ以上何も言わずに話を終わらせた。



「ホラ! 朝からしんみりしない! 早く学校に行こーよ!」


 黒斗と鈴の背中を押し出す玲二。


 顔は笑っていたが、心の中はどんよりと曇っていた。




 有理が自殺したと聞いた時、確かに悲しかった。


 いくら酷いことをされたって元は親友。亡くなったとなれば、やはり悲しい気持ちになる。




 だけど――




 有理が死んだ時、悲しみよりも安堵の気持ちの方が強かった。




 ───これでもう、有理に怯えずに済む。




 真っ先に浮かんだのは、この言葉であった。


 親友が亡くなったというのに、こんな不謹慎なことを思った自分に激しい嫌悪感を抱き、改めて己が、どれほど薄情で汚い人間なのかを思い知ったのだった。





(……こんなオレだから、神様が罰として絵を描けなくしたのかもね)


 ネガティブなことを考えてしまい、頭を振って考えを消す。



(……今は考えないようにしよう。考えれば考えるほど、自分が嫌いになる)


 暗い気持ちを吹き飛ばすように、無理に玲二は明るく振る舞う。




「ほら、2人共急いで!」


 グイグイと黒斗と鈴の背中を押していく。



「ちょ、ちょっと待ってやレイちゃん! あ、あれ!」


「どうした?」


 緊迫した鈴の声に反応し、黒斗と玲二は彼女の指さす方向を見る。




 そこには、橋の上から川を覗きこむ少女の姿があった。


 黒いセーラー服を着ていて、長く綺麗な黒髪はポニーテールで1つに纏めている可愛らしい少女は、無表情のまま川を見つめている。




「……あの女がどうしたんだ?」


 黒斗が疑問をぶつけるが、鈴の耳にその言葉は届いていない。



(あの子……あんな所で立ってて……まさか自殺!?)


 鈴の脳裏に物騒な考えが浮かび、全身から血の気が引いていく。



 橋の上+うれいの表情。


 少々 短絡的な鈴がそう思うのは、無理もないかもしれない。




「あぶなーーいっ!!」


 言うが早いが、鈴は少女に向かって全速力で走り、勢いそのままにタックルを繰り出した。



「キャアア!?」


 突然の出来事に、少女が悲鳴をあげながら鈴に押し倒された。




「あ、あわわ! 鈴ちゃん、何を!?」


 鈴の考えを知らない玲二が慌てて、駆け寄っていく。


 黒斗も玲二に習い、鈴の元に急いだ。



 一方、騒ぎを起こしている張本人は少女の体に乗ったまま説得を試みている。



「アンタに何があったのかは知らんけど……死んだらアカン! 生きていれば、きっとエエ事があるんやで!?」


 鈴の熱い説得を聞いて、状況が分かった少女が苛立ったような表情を浮かべた。



「……あのさ。アンタ、私が自殺志願者だと思った訳?」


「え…違うんか?」


「あったりまえでしょ! いいから降りてよ、重たいのよアンタ!」


 慌てて鈴が身体を離すと、少女は体に着いたほこりを払いながら立ち上がった。



「ほんと信じらんない……大体、話も聞かずにいきなりタックルする? 意味分かんないし」


「……ほんま、すんまへん」


 自由を得るなり悪態を吐いてくる少女へ、鈴は素直に頭を下げて謝る。



「……今日は最悪の日だし。朝からバカ女にタックルされるとか、仏滅もいいとこだし」


 ブツブツ文句を言いながら、少女は立ち去っていった。




「はあ……やってもうた」


 叱られた子犬のようにしょんぼりする鈴。



「気にしない気にしない! こんなの、よくあることだよ!」


「……自殺と勘違いされて、見知らぬ相手に思いきりタックルをぶちかまされるのが、よくある出来事でたまるか」


 玲二のフォローを、黒斗はバッサリと切り捨てた。



「アハハ……」


 そんな2人の会話に、鈴は乾いた笑みを浮かべる。



「あれ? あそこ、何か落ちてるよ?」


 地面に何かが落ちていることに玲二が気づき、黒斗がソレを拾い上げた。



「これは……学生証だな」


 落ちていたのは学生証。


 写真に写っているのは、先程の少女だった。


 黒斗が持つ学生証を、鈴と玲二が覗きこむ。



南風みなみかぜ女子高等学校 3年D組在籍 風祭かざまつりみきほ……だって」


 学生証に書かれている情報を玲二が読み上げる。



「どないしよう……学生証を落として、困っとるんちゃうかな」


 先程の少女――みきほのことを気遣う鈴。



「……とりあえず、俺達は学校に行くぞ。それで放課後、この学生証を渡しに南風女子高等学校に行けばいい」


「……せやな。ウチらの学校、遅刻にはうるさいし……この みきほさんには悪いけど、返すのは後にしよか」


「そうだね……」



 黒斗の提案に鈴と玲二は頷き、再び如月高校に向かうのだった。




******




 放課後 南風女子高等学校 校門前――



 風祭 みきほに学生証を届ける為、黒斗・鈴・玲二の3人は、校門の前で みきほが出てくるのを待っていた。


 男性である黒斗や玲二は勿論、違う学校の生徒が女子高の前でたむろしているので、出てくる生徒達からは奇異の目で見られていた。




「……風祭さん、出てこないね」


 待ち続けて数十分、未だにみきほは出てこない。



「もう帰ったのかもしれないな」


「せやな……どないしようか、これ」


「交番にでも届ければいいんじゃないか」


 黒斗の言葉に鈴は頷き、踵を返して帰ろうとする。




「あれ? あんたら……」


 すると、背後から聞き覚えのある声が耳に入り、振り向いた。


 そこに立っているのは今朝、学生証を落とした少女――風祭 みきほだった。


 みきほも黒斗達のことを覚えているようで、姿を確認した途端、嫌悪感を露に表情を歪ませる。




「……何で学校に来てんの? キモいんだけど。それとも何? ストーカーって奴?」


「ち、違うよ! オレらはただ……」


「あたしに付きまとわないでほしいんだけど。今度また見かけたら、通報してやるから」


 弁明する玲二の言葉を遮り、言いたいことだけを言って、みきほはさっさと帰ろうとする。



「……人の話くらい聞いたらどうだ? 」


「ストーカーの話なんか聞きたくないし」


 振り返らずに答えるみきほ。


 そんな彼女の肩を鈴が掴み、強引に振り向かせる。



「ウチらはストーカーやない! 落とし物を届けに来ただけや!」


「落とし物……?」


 ようやく こちらの話を聞いてくれる気になったみきほに、黒斗が学生証を手渡す。




「今朝、落ちていたんだ」


「あっ……ありがと……」


 みきほは学生証を受け取ると、意外と素直に礼を述べた。



「……勘違いして、ゴメン。わざわざ届けに来てくれるなんて、あんたら馬鹿だけど良い奴らだね……」


 モジモジしながら、みきほは3人に謝罪をする。



「ええって、ええって。誤解は解けたんやし」


「そうそう!」


 鈴と玲二が笑いながら言う。




「……あのさ。お礼と言ってはアレだけど、ファミレスにでも行かない? おごるから」


「……別にいい。奢られるようなことでも無いだろ」


 みきほからの思わぬ誘いを黒斗は断るが、彼女は引かずに、顔をしかめて彼に迫る。



「このあたしが奢るって言ってんのに、断るとかありえない。いいから着いて来なさいよ。借りを作ったままなのは、あたしの気が済まないし」


「……ハア……分かったよ。行けばいいんだろ、行けば」


 溜め息を吐きながら、渋々黒斗が頷くと、みきほは「それでいい」と言わんばかりに何度も頷いた。



「じゃ、着いて来て。あたし、いい店知ってるから」


 そう言うと、みきほはさっさと歩き出し、3人も後に続くのだった。




******




 とあるファミレス内



「それでは……ありがたく頂戴します! いただきますー!」


 注文していた大盛りオムライスが届き、玲二が無邪気にはしゃぎながらがぶりつく。



「……お前は“遠慮”という言葉を知らないのか?」


 ブラックコーヒーを啜りつつ、黒斗が呆れたような眼差しで玲二を見る。



「ふぉれへも、えんふりょひたんはよ?」


「何言ってるか分からないし汚い。飲み込んでから喋れ」



 注意を受けて、玲二が口に含んでいた食べ物をゴックン、と飲み込んだ。




「これでも遠慮したんだよ? 普段なら大盛りオムライスにコーラ。あとオニオンスープとフライドポテトLサイズ、デザートにチョコレートパフェも外せない!」


「……お前の母親に同情するよ」



 当たり前のように言い切った玲二を見て、そうとう食費に金を使っているであろう佐々木を初めて気の毒に思った。




「あの……ほんまに良かったんですか? 奢ってもらっちゃって……」


 遠慮がちにショートケーキを頬張りながら、鈴がみきほに上目使いでたずねる。



「しつこい。いいって言ってるし、誘ったのもあたし。お金なら有り余ってるし。どうせ弁当買うことにしか使わないから……」


「弁当? みきほさんのお母さん、料理せえへんのですか?」


「ママは仕事で帰りが遅いから」


「そうなんですか……嫌なこと聞いて、すんません」


 頭を下げる鈴だが、みきほは無表情のままメロンソーダをストローでかき回している。


 あまり気にしていない様子だ。




「あれ、でも……みきほさんは料理しないんですか?」


 玲二が何気なく言った言葉に、みきほの眉がピクリと動き、持っていたストローがグニャリと折れ曲がる。




「…………」


 みきほの周囲に負のオーラが立ち込め、思わず3人は押し黙った。



「……あんた。デリカシー無さすぎ」


 地の底から沸き上がるような低い声を出しながら、みきほは玲二を睨みつける。



「デ、デリ菓子? それって、どんなお菓子?」


 お決まりのボケをかます玲二の頭を、黒斗が勢いよく叩く。



「……悪い。コイツ、ご覧の通りバカなんだ。多目に見てやってくれ」


「そや! レイちゃんバカやから、気にせんといたってや!」


「ふ、2人共! そんなにバカバカ言わないでよっ!」



 バカを連呼された玲二が抗議の声をあげるが、ものの見事にスルーされる。


 そんな彼らの様子を見て、みきほは呆れたような溜め息を吐くと、メロンソーダを少しだけ飲んだ。



「……まあ、バカなら仕方ないか。気にしないことにする」


「み、みきほさんまで……もうオレ、バカでいいや……」



 さすがに堪えたのか、玲二はガックリとテーブルに顔を突っ伏した。


 かと思えば直ぐに顔を上げて、みきほに話しかける。



「で、結局みきほさん料理出来ないの?」


 せっかく丸くおさまりそうだったのに、またも地雷を踏み抜く玲二に、黒斗は思わず頭を抱える。




「……………………」


 気まずく長い沈黙が、その場を支配した。


 地雷を踏んだ本人は、訳も分からずキョトンとしているし、鈴はみきほの顔色を伺っている。


 そして冷たいオーラをかもし出しているみきほは、鋭い眼光で玲二を見つめている。




「……出来ないし」


 不意に呟かれた言葉に反応し、3人がみきほを見つめた。



「……料理、出来ないの! あたしが作れるのは、おにぎりとホットケーキぐらい!! 何か文句あんの!?」


 顔を真っ赤にしながら、みきほが怒鳴り散らす。



「……み、みきほさん……料理出来ないんだ」


 冷や汗を流しながら玲二が呟くと、みきほがキッと睨みつけてきた。




「料理出来ないからって何!? 料理出来る人ってそんなに偉いの!? そもそも女だから料理が出来て当たり前って考え、おかしいじゃん! 人には得意、不得意ってのがあるでしょ!?」


 息つく間もなく早口で言い放つみきほの迫力に、玲二はただ頷くことしか出来ない。



「……なるほど。それで毎日、弁当生活って訳か」


「うっさい!」


 黒斗の言葉を一蹴いっしゅうするみきほ。


 そんな彼女に、鈴がオドオドしながら質問を投げかける。



「あのー……みきほさん、今日も弁当なんですか?」


「……そうだよ。今からコンビニ行って弁当買うの」


「そんなんじゃアカンです! 毎日、毎日、弁当ばかりじゃ栄養が偏って、不健康になってまいます!」


 バン、とテーブルを叩きながら鈴が詰め寄る。



「んなこと言われても困るし。料理出来る人が家に居ないんだから」


「それやったら、ウチに任せてもらえまへんか?」


「……は?」


 胸に手を当ててニッコリと笑う鈴に、みきほはいぶかしげな視線を送る。




「……どうやら橘のお節介スキルが発動してしまったようだな」


「お、お節介スキル? 何それ?」


「制御不可能の暴走技だ」


 1度 鈴がお節介スキルを発動してしまっては止められないと分かっている黒斗は、諦めたようにガックリと肩を落とすのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ